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財政難

ー/ー



「ならぬ。そのような戯れのために、アルポート王国の貴重な財源を割くわけにはいかない」

 アルポート王国が覇王に降伏してから一ヶ月が経った5月の初旬の頃、ユーグリッドは政務室で財政帳簿を睨んでいた。その顔は年寄りのように眉間に皺が寄っており、性格まで頑固な老人のようになっていた。

「で、ですが陛下。この神楽舞は50年以上も続く伝統行事でして、領民たちも毎月楽しみにしております。領民たちにささやかな娯楽を提供するのも、我々国家の役割です。どうかこの神楽劇団への寄付金をご認可ください」

 その吝嗇(りんしょく)な王に、宰相のテンテイイは懸命に政策の採用を願い入っている。

「ならぬ。今のアルポート王国にそんな無駄な金を出している余裕はない」

 だがユーグリッドはテンテイイの申請をまたしても却下したのだ。その取り付く島もない王の断りにテンテイイは顔を真っ赤する。

「ユーグリッド陛下、いい加減にしてください! 何故宰相である私の献策をどれもこれも無視するのですか!? 

 治水工事もせず、貧民への施しもせず、病人への医療制度の整えない。あげく増税ばかりして領民たちに負担ばかり押し付けている。陛下のせいで、このアルポート王国の領民たちは疲弊しきっているのですぞ! 

 中には犯罪に走ってしまう者すらおり、その無法者の数は増加の一途を辿るばかり。何故陛下は、領民たちにもっと心を向けてくださらぬのですか!?」

 テンテイイは王の悪政に対して怒りをぶつける。
だがなおもユーグリッドは不機嫌そうな顔をして宰相の叱責を無下に扱う。

「単純な話だ。この国には今金がない。金がないから碌な政治もできない。それは宰相のお主とてわかりきっていることだろう? とにかくもうこの祭事の支援金の話はなしだ」

「陛下ッ!」

 テンテイイが再び王に反駁しようとする。
だがユーグリッドは手のひらを広げてその宰相の不満を制した。

「テンテイイ、今は領民たちにかまけている暇はない。リョーガイの借金を返さねばならぬし、覇王への来年の上納金も納めねばならん。今はとにかく金が必要なのだ」

「……」

 テンテイイはいつもの『金』としか言わぬ王とのやりとりに、肩をがっくりと落として押し黙る。もはやユーグリッドには何を言っても無駄だという諦めの境地に入っていた。そしてそのまま主君に礼もせず政務室の扉を開けた。

「……陛下は、金のことしか頭にないのですね……」

 去り際にテンテイイは王に毒吐いた。
扉がバタンと閉まると、ユーグリッドは椅子の背もたれに体重を預け、ハアと深いため息をつく。

「テンテイイ、俺とて金があればお前の政策を聞き入れているよ。俺も好きで領民たちの嫌われ者になっているわけではない。できれば俺も、人に施しを与えられるぐらいの余裕を持ちだいものだ……」

 ユーグリッドはそう独りごちると、今までの状況を頭の中で整理し始めた。



 まず、このアルポート王国には2つの金の悩みがあった。
1つはリョーガイからの借金問題について。

 リョーガイは100万金両の完済のために毎月2万金両の返済を求めてきた。完済までの4年2ヶ月間、その間ずっと滞りなく返済することを条件にアルポート王国に100万金両を貸し付けたのである。だが、もし返済が滞った場合の手筈については何も回答が得られなかった。

(リョーガイ……奴にそれを問いただしても、『その時は考えさせていただく』と返答しただけで具体的なことは何一つ明かさなかった。だが、奴は業突く張りの商人。どんな不利益な条件をこちらに押し付けてくるかわかったものではない。やはり素直にリョーガイへの借金の返済はしておいたほうが無難だな……)

 ユーグリッドは改めてそう結論づけると、またハアとため息をつく。
続いて覇王への追加の上納金について考え始めた。

 一ヶ月前の4月1日の降伏の時、覇王はリョーガイが用意した100万金両を、自軍の東陣まで部下に運ばせて受け取った。その際に、『1年後の4月の初めに、また50万金両を持ってこい』と言って軍を引き上げたのだった。

 50万金両、それは今のアルポート王国の全財産と等しい額であった。その大金が1年後の4月にも担保できているかどうかはわからない。そしてもし約束の春に50万金両を用意できなければ、覇王はまた大軍を率いてアルポート王国に攻めてくるだろう。この50万金両が、来年のアルポート王国の存亡に直結するものだと結論しても過言ではなかった。

(リョーガイの毎月の借金を返済しつつ、覇王への上納金を用意しなければならない、か……果たして国の財政について全く無知な俺に、そんな芸当ができるだろうか?)

 何度も懸念を重ねてきた2つの財政問題に、ユーグリッドは頭が痛くなった。

 今のアルポート王国の税収は月に3万金両程度、そこからリョーガイに返済する2万金両を差し引くと、わずか1万金両しか残らない。そのたった1万金両の資金で国の政務をやりくりしなければならなかったのである。

 今月5月分の内政にかかる支出を算出すると、それは2万5320金両。差額1万5320金両の完全な赤字である。アルポート王国の国庫にある財産を切り崩さねば、国の経営が成り立たない状態なのであった。

(このままだと覇王に来年上納する50万金両が確保できない。そうなれば覇王は確実にアルポート王国に再び攻めてくる。

 どうする? その時はまたリョーガイから金を借りるか? いや、奴に弱みを握らせるような真似はしたくない。奴に隙を見せれば、何をされるかわかったものではないのだから。

 ……何か、何か金を増やせるような起死回生の策はないのか?)

 ユーグリッドは沸騰しそうなほど頭を熱くして悩み入る。
20歳になったばかりのユーグリッドには金儲けの知恵などまるでなかった。10歳ばかりの物心ついた時から、父からは王族としての立ち居振る舞いや政務の知識を教えられ、そして生家であるレグラス家の武芸を習っただけである。
金について自分があれこれ考えたことは今まで経験したことがなかった。

(どうすればいい? 金とはどうやって増やせばいい? 俺はこのまま借金まみれの王として生涯を閉じるのか……?)

 若きユーグリッドは思考の袋小路に迷い込んでしまう。
だがそれにも疲れ果ててしまい、いつの間にか背もたれに(もた)れかかったまま眠ってしまった。目が覚めるともうすっかり辺りが暗くなっており、今日もまた何の解決策も見出だせないまま無駄な時間を過ごしてしまった。
ユーグリッドは懐中時計を見ると、その短針はちょうど9時を指している。

(……もうこんな時間なのか? そろそろ父上の墓参りに行かないと)

 ユーグリッドは気怠けに体を起こし、うだつの上がらない調子で政務室を出ていった。



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「ならぬ。そのような戯れのために、アルポート王国の貴重な財源を割くわけにはいかない」
 アルポート王国が覇王に降伏してから一ヶ月が経った5月の初旬の頃、ユーグリッドは政務室で財政帳簿を睨んでいた。その顔は年寄りのように眉間に皺が寄っており、性格まで頑固な老人のようになっていた。
「で、ですが陛下。この神楽舞は50年以上も続く伝統行事でして、領民たちも毎月楽しみにしております。領民たちにささやかな娯楽を提供するのも、我々国家の役割です。どうかこの神楽劇団への寄付金をご認可ください」
 その吝嗇《りんしょく》な王に、宰相のテンテイイは懸命に政策の採用を願い入っている。
「ならぬ。今のアルポート王国にそんな無駄な金を出している余裕はない」
 だがユーグリッドはテンテイイの申請をまたしても却下したのだ。その取り付く島もない王の断りにテンテイイは顔を真っ赤する。
「ユーグリッド陛下、いい加減にしてください! 何故宰相である私の献策をどれもこれも無視するのですか!? 
 治水工事もせず、貧民への施しもせず、病人への医療制度の整えない。あげく増税ばかりして領民たちに負担ばかり押し付けている。陛下のせいで、このアルポート王国の領民たちは疲弊しきっているのですぞ! 
 中には犯罪に走ってしまう者すらおり、その無法者の数は増加の一途を辿るばかり。何故陛下は、領民たちにもっと心を向けてくださらぬのですか!?」
 テンテイイは王の悪政に対して怒りをぶつける。
だがなおもユーグリッドは不機嫌そうな顔をして宰相の叱責を無下に扱う。
「単純な話だ。この国には今金がない。金がないから碌な政治もできない。それは宰相のお主とてわかりきっていることだろう? とにかくもうこの祭事の支援金の話はなしだ」
「陛下ッ!」
 テンテイイが再び王に反駁しようとする。
だがユーグリッドは手のひらを広げてその宰相の不満を制した。
「テンテイイ、今は領民たちにかまけている暇はない。リョーガイの借金を返さねばならぬし、覇王への来年の上納金も納めねばならん。今はとにかく金が必要なのだ」
「……」
 テンテイイはいつもの『金』としか言わぬ王とのやりとりに、肩をがっくりと落として押し黙る。もはやユーグリッドには何を言っても無駄だという諦めの境地に入っていた。そしてそのまま主君に礼もせず政務室の扉を開けた。
「……陛下は、金のことしか頭にないのですね……」
 去り際にテンテイイは王に毒吐いた。
扉がバタンと閉まると、ユーグリッドは椅子の背もたれに体重を預け、ハアと深いため息をつく。
「テンテイイ、俺とて金があればお前の政策を聞き入れているよ。俺も好きで領民たちの嫌われ者になっているわけではない。できれば俺も、人に施しを与えられるぐらいの余裕を持ちだいものだ……」
 ユーグリッドはそう独りごちると、今までの状況を頭の中で整理し始めた。
 まず、このアルポート王国には2つの金の悩みがあった。
1つはリョーガイからの借金問題について。
 リョーガイは100万金両の完済のために毎月2万金両の返済を求めてきた。完済までの4年2ヶ月間、その間ずっと滞りなく返済することを条件にアルポート王国に100万金両を貸し付けたのである。だが、もし返済が滞った場合の手筈については何も回答が得られなかった。
(リョーガイ……奴にそれを問いただしても、『その時は考えさせていただく』と返答しただけで具体的なことは何一つ明かさなかった。だが、奴は業突く張りの商人。どんな不利益な条件をこちらに押し付けてくるかわかったものではない。やはり素直にリョーガイへの借金の返済はしておいたほうが無難だな……)
 ユーグリッドは改めてそう結論づけると、またハアとため息をつく。
続いて覇王への追加の上納金について考え始めた。
 一ヶ月前の4月1日の降伏の時、覇王はリョーガイが用意した100万金両を、自軍の東陣まで部下に運ばせて受け取った。その際に、『1年後の4月の初めに、また50万金両を持ってこい』と言って軍を引き上げたのだった。
 50万金両、それは今のアルポート王国の全財産と等しい額であった。その大金が1年後の4月にも担保できているかどうかはわからない。そしてもし約束の春に50万金両を用意できなければ、覇王はまた大軍を率いてアルポート王国に攻めてくるだろう。この50万金両が、来年のアルポート王国の存亡に直結するものだと結論しても過言ではなかった。
(リョーガイの毎月の借金を返済しつつ、覇王への上納金を用意しなければならない、か……果たして国の財政について全く無知な俺に、そんな芸当ができるだろうか?)
 何度も懸念を重ねてきた2つの財政問題に、ユーグリッドは頭が痛くなった。
 今のアルポート王国の税収は月に3万金両程度、そこからリョーガイに返済する2万金両を差し引くと、わずか1万金両しか残らない。そのたった1万金両の資金で国の政務をやりくりしなければならなかったのである。
 今月5月分の内政にかかる支出を算出すると、それは2万5320金両。差額1万5320金両の完全な赤字である。アルポート王国の国庫にある財産を切り崩さねば、国の経営が成り立たない状態なのであった。
(このままだと覇王に来年上納する50万金両が確保できない。そうなれば覇王は確実にアルポート王国に再び攻めてくる。
 どうする? その時はまたリョーガイから金を借りるか? いや、奴に弱みを握らせるような真似はしたくない。奴に隙を見せれば、何をされるかわかったものではないのだから。
 ……何か、何か金を増やせるような起死回生の策はないのか?)
 ユーグリッドは沸騰しそうなほど頭を熱くして悩み入る。
20歳になったばかりのユーグリッドには金儲けの知恵などまるでなかった。10歳ばかりの物心ついた時から、父からは王族としての立ち居振る舞いや政務の知識を教えられ、そして生家であるレグラス家の武芸を習っただけである。
金について自分があれこれ考えたことは今まで経験したことがなかった。
(どうすればいい? 金とはどうやって増やせばいい? 俺はこのまま借金まみれの王として生涯を閉じるのか……?)
 若きユーグリッドは思考の袋小路に迷い込んでしまう。
だがそれにも疲れ果ててしまい、いつの間にか背もたれに凭《もた》れかかったまま眠ってしまった。目が覚めるともうすっかり辺りが暗くなっており、今日もまた何の解決策も見出だせないまま無駄な時間を過ごしてしまった。
ユーグリッドは懐中時計を見ると、その短針はちょうど9時を指している。
(……もうこんな時間なのか? そろそろ父上の墓参りに行かないと)
 ユーグリッドは気怠けに体を起こし、うだつの上がらない調子で政務室を出ていった。