「仁科さんて、なんというかあたしたちとまだ入ったばかりの人に対する態度がこう、……微妙に違いますよね?」
沙英より五歳年上の
加藤 千嘉が、宗史が課室を去ったのを確かめて小声で話し出した。
おそらくは沙英が室内に見当たらなかったからではないか。今日のアポイントを知って、入り口のカウンターからは死角になる複合機で作業をしていたのだ。もちろん彼の目に留まらないよう、故意に。
今はどうしても会いたくなかった。
今は。
「そりゃそうでしょ。『若くて素直な可愛い子』しかお呼びじゃないのよ、ああいう男は。だって自分の内容のなさが透けて見えちゃうじゃない? 加藤さんはまだしも、三十過ぎたわたしみたいな女には」
言葉を濁す後輩の気遣いなど無視し、包んだオブラートを破り捨てる勢いで広美が辛辣な言葉を並べる。
少なくとも職場で噂話などしない、当然陰口を叩いたりもしない彼女が珍しく饒舌になっているのも宗史に対する嫌悪が強いからだろうか。
そういえば、広美は最初から宗史を見る目が厳しかった。
わざわざ忠告までしてくれた先輩の話に耳を傾けなかったのは沙英自身だ。信じる相手を間違えた己のミスを悔やんでも、もう遅い。
「あー、わかります。あたしの他の課の同期にも評判よくないんですよね、仁科さん。表面上は取り繕って態度悪いってわけじゃないんだけど……」
どうやら広美や千嘉に限らず女性社員は、宗史にはあまりいい印象は持っていなかったらしいと今にして気づいた。
「あくまでも『噂』ですけど、あの人毎年新人女子片っ端から目つけて誘い掛けたりしてたらしいですから。野村さん、クズ男に
標的にされなくてよかったわねぇ」
「あ、あの。本庄さんが最初に注意してくださったので、その……」
何も知らないだろう千嘉が気遣ってくれるのに、一瞬喉が詰まったがどうにか言葉を続けた。
「さすが本庄さん、抜かりないですね!」
「そりゃ年期入ってるからね」
「何言ってんですか! まだアラサーお姉さまでしょー」
広美と千嘉の掛け合いのような会話に、思わず割り込んでしまう。
「そうですよ! 本庄さんは私なんかが言うのも失礼ですけどすごくお綺麗だし、何でもお出来になるし、それに──」
「やめてやめて! 二人してなんなの、褒め殺しか!? いや、古! そんなの通じないよね……」
「えー、大丈夫ですよ。あたしと本庄さん、五歳くらいしか変わらないじゃないですかー」
先輩たちの掛け合いを聞きつつ考える。
入ったばかりで何も知らない小娘だから、あの男には「御しやすい」と侮られていたのか。
たとえ既婚者だという事実が露見しても、沙英は絶対に公にすることなどはないと低く見られていたのだろう。
「実際さぁ、可愛い後輩にくだらない男に引っかかって欲しくないと思うの当然じゃない? 加藤さんもそう思わない?」
「いや、思います」
真顔で答える千嘉に、自分は本当にいい先輩に恵まれた、と改めて感謝する。
ないに越したことはないが、もし同じようなことがあったら今度は自分も助ける側に回りたい。
相手が以前の沙英と同じく、聴く耳を持たない愚かな人間ではないことだけを期待しよう。
残念ながら、己は表立って何か言える立場ではなかった。法や常識ではなく、沙英の感覚ではそうなのだ。
しかし、美和子は違う。
彼女には、あの男を合法的に追い込む資格がある。『妻』の立場は相当に強固だ。
実際に会って話した印象からも、美和子は意志が強く感情に流されることはなさそうだった。