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第七十六話

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 礼安と丙良。その声の方へ振り向くと、純白のローブに包まれた老齢の男が、倒壊し燃え盛る家屋の中から静かに現れた。裸足かつ、炎に包まれているはずなのに、汗一つ掻いていない。傍にいたはずなのに、お互い完全に知覚できなかった異常さが、その二人の悪寒を助長していた。
「――誰だ!?」
「名乗るなら、まずはそっちからじゃあねェかい? 礼儀のなってねえガキンチョだぜ」
 普通なら、礼安がここで能天気に名乗るだろうが、その魔力の圧から臨戦態勢を一切解いていない。生物的本能が告げているのだ。眼前の存在は、暢気するほどの余裕は一切ないことを。
「――丙良、慎介。英雄学園東京本校英雄科、二年一組」
「瀧本礼安、英雄学園東京本校英雄科……一年一組」
 二人の堅苦しい名乗りを耳にして、男は不敵に笑んでいた。
「おう、それでいい。それでこそあるべき礼儀の形ってもんだぜ」
 男はそこら中で燃え盛る炎を、まるで水を掬うかのようにあっさりと手にし、自身の周りに遊ばせる。
「俺は、待田 招来|《マチダ ショウライ》。一応茨城支部所属ではあるが……ここ最近別支部から寄こされたモンだ。一応元鞘では……『副支部長』を務めていた」
 待田招来、その男の存在は、丙良は重々理解していた。それは、英雄としての免許を取得したプロ、そして仮免許を取得した存在に渡される、手配書《ビンゴ・ブック》内で高値の懸賞金が配当されている、名うての連続殺人犯。通称、『罪人殺し|(キラーキラー)』。日本円にして、懸賞金額一億円である。
 それまでの高値を付けられているのは、長い間捕まっていないことと『本人の強さ』に起因する。あまりにもの強さに、二年次上位から三年次上位程度の強さでは、到底手の付けられないような存在として、学園長自身も『遭遇したら逃げるのが最善策』と伝えるほどであった。
「――そいや、礼安とか言ったか。お前さんは神奈川支部と埼玉支部、その二つぶっ潰した張本人だよな? 情報によると、まあまあ暢気している奴だってのは聞いていたが……委縮でもしてんのかい? そんな強さは感じられないが」
 支部二つを潰した張本人、それを目の当たりにしていながら、一切気にしていない様子の待田。どころか、二人の借りてきた猫のような静まり返り方に、けらけらと笑い飛ばしていた。
「――何かしらの偶然か、あるいは必然か。俺は占いも出来んだけどよ。お前さんがそれほどのヤツには……あまり見えねンだわ。戦う相手の事前情報は入れねえタチなんだけどよ、お前さんが支部潰せたのは……よほど手前の怒りを買ったか、あるいは支部長を揺さぶれたか、そのどっちかだな」
 実際、それは二つとも的中している。フォルニカは、礼安の心をぼんやりと読み取れる第六感に動揺、それがほころびとなり敗北。グラトニーも、礼安と透の怒りを買った結果、追い打ちまでされる形で完全撃破。
「――礼安ちゃん……君は逃げた方が良い」
「……俺が、野郎に興味があるとでも?」
 そう嘲ると、待田は丙良に掌を向け、念力により宙から区外へ弾き飛ばした。丙良は一切言葉を発することなく、戦線を離脱させられたのだった。
「――さァて。こっからはお楽しみの時間だ。地味に楽しみだったンだ、ジジイとはいえ、心が躍るってもんだ」
 礼安は、静かに怒っていた。握る手も、自然と力強くなる。
「ああ、安心していいぜ。俺は別にあの野郎……丙良とか言ったか。あいつを殺すつもりで吹き飛ばしたわけじゃあねえ。お前さんとの対話の邪魔になるだろうと思っただけだ。やろうと思えば、宙で捩じ切って奴の真っ赤なジュースも生産できるがな。だがしなかった、その意味を考えろよ、礼安」
 待田は静かに構え、礼安の攻撃を待つばかり。自発的に攻撃をするより、相手に攻めさせカウンターを仕掛ける、フリッカーのようなスタイルであった。
「……ほら、どうした? 来てみな礼安。お前さんの全力ってやつ、見せてみろよ」
「――――分かったよ、後悔しないでね」
 『アーサー王』、『トリスタン』の二枚を認証、ドライバーに装填。迸る雷が、礼安を覆う。
「変身!!」
『アーサー×トリスタン、マッシュアップ!! アースタンフォーム!!』
 その雷をそのまま身に纏うように、装甲が顕現。二つの物語がマッシュアップされた、現時点の礼安において最強の姿。最初からこの姿になるのは、透との決闘を除き、これが初めてのことである。
 話し合うなど不可能。顕現してすぐに、人間がとてもじゃあないが反応できないであろう速度での、紫電纏う光速ストレート。
 しかし、その渾身の拳は、待田の眼前で不自然に止められる。
「その威勢やよし。そうでなきゃあ、ドンパチも乗り気にならねえ」
 ほんの一瞬、待田側にほんの少し引き込まれたと思ったら、『礼安が』雷の速度そのままにはるか遠くへ弾き飛ばされる。
 あの拳の威力そのままに、地面に叩きつけられる形で何とか威力を殺すも、飛ばされた距離はかなりのもの。田園調布から、大田区の中央部に位置する、蒲田まで約四キロメートルもの距離を、光の速度で弾き飛ばされた。そうまでしないと、威力が殺しきれなかったのだ。
(どういうことなんだろう……防がれた??)
「よそ見は禁物だぜ、嬢ちゃん」
 どこからか、声と魔力反応がした。それと共に、礼安の今まさに着地したその場所に、猛烈な歪みが生じ始める。
(これ……逃げなきゃ不味い!!)
 足に魔力の大体を注ぎ込み、クラウチングスタートを切るようにその場から離脱。
 その一秒後、その場所がピンポイントで『圧し潰される』。空気圧でも、重力でもない、念力を用いた『何か』が、礼安を殺しにかかるのだ。それが何かは現時点において分からないものの、どこからか称賛の拍手が聞こえてきた。
「嬢ちゃん、初見で俺の『圧|《プレシオン》』を避けるだなんて、大したもんじゃあねえか。大体理解できずに死ぬ奴らばっかだが」
 息つく暇もなく、次々に礼安の着地点を狙った『圧』。礼安の観察眼で正体を探ろうとしたものの、今までの法則を打ち破る真正面からの『圧』が、礼安の顔面を鋭く捉える。
「馬鹿野郎、ワンパターンなわけねえだろ。上からだけじゃあない、全方向死角なしだぜ」
 常人なら、顔面に貰ったその一撃だけで、意識が飛ぶほどの強烈無比なもの。攻撃を受けてもなお、礼安は地面に転がるものの、何とか立ち上がって見せたのだ。
「お前さん……どうやらタフネスはかなりのものらしいな。だから『圧』一回辺りの強さを百トンまで上げてんだ。やたらデケェ工業用クレーン複数台や、まあまあなデカさの曳舟数隻が、お前さんの顔面に装甲越しではあるが猛スピードで衝突しているようなもんだぜ」
 顔面だけでなく、死角なしの言葉通り、体中を百トンの『圧』が無数に襲い掛かる。他人の臓器破裂、粉砕骨折、筋肉断裂などお構いなしと言わんばかりの、無限のラッシュ。「止めて」と言っても絶対に止まらない、『圧』の雨霰。
 意識が飛ぶどころの話ではない。そんなものがぶつかったら最後、首の骨が折れ全身不随待ったなし。しかし、それでも礼安は立ち上がり続ける。意識が飛んでいないのは、無論装甲が他生徒よりもスペックが高いのが理由としてあるが、礼安自身の意志の強さがそこに加わるのだ。
 装甲は砕け、一部礼安の肉体が露わになる。出血こそすれど、決して声は漏らさない。彼女の覚悟故か、あるいは。
「――それでも……皆に……被害を負わせた貴方を……許さない……!!」
「……へえ。これでも死なねえと来たか。お前さんのタフネスは、大分常軌を逸しているぜ? ほかの生徒が不憫に思えるほどだ。並外れた、なんて言葉が陳腐に思えちまう」
 しかし次の瞬間。礼安の想像したくないことが起こってしまう。
 先ほど、無力化に成功した二年次が、再び怪人となって襲い掛かるのだ。先ほどよりも、より迷いのない動きで。
「どういう……こと??」
 それらの攻撃を手負いの状態でありながら捌いていたものの、数多くの『圧』を体中に貰っていた結果、体中の腱は切れ、力は装甲のサポートなしには入らない。
 人間がステーキを作るとき、ミートマレットで肉を叩くあの瞬間。繊維を切断し、肉を柔らかくすることが目的であるが、今まさに礼安の状況がそれであった。
 無力な状態を、多くの二年次が寄ってたかって攻撃を加えていく。
 「何で」、そんな簡単な疑問の言葉など、投げかける事すら許されない。日頃の恨み、と言わんばかりに、礼安の純粋無垢な肉体が、暴力により弄ばれていく。
「――全ては、お前さんというイレギュラーが招いた結末だ。元から、丙良だとか他より頭一つ抜けた存在がいたことにより、こいつらの鬱憤は爆発寸前だった」
 そこに、究極のイレギュラーである礼安が現れた。彼女のベースを担う才能も、ひたむきに努力する姿も、そして周りを取り込んでいく底なしの人望も、英雄と武器に愛された天運も。多くの痛みの上に成り立った、何もかも恵まれた彼女の幸せを、心の底から恨む者が現れた。
 それこそが、この裏切り。みっともない、そんな上っ面の感情など取り払い、感情が全て煮詰まり煮凝りのようになった。純粋な嫉妬だけが、彼らに残ったのだ。
 どれほど努力を重ねても、敵わない存在に。過ぎた暴力で仕返しをする。出る杭は打たれるように、眼前の出過ぎた存在を打ち伏せるのみである。
「そこにとどめを刺したのは、同胞の死だろうな。フェイクであることなんて関係ねえ、暴力を振るえる口実が出来たのは最もいいことだろう」
 学園長がいくら真実を告げようと、この試合にはよほどでない限り関与しないことは、現時点を以って確定している。ルールを違反した存在への処罰以外に、大したことはしないだろう。
 もし学園に戻って、明確な処罰を与えられようと、自分勝手に復讐が出来るのなら、好き勝手にできる方を選ぶ。後にどれほどの罪を被ろうと、『気楽な方』へ向かうのみ。人間の悪性が、『教会』支部の扇動により、業火となり燃え盛る。
「他人が傷つけられるのは嫌なんだろ? ならよ、手前が死んでこいつらのためになれよ。多くの報われねえ奴のために、死して救済を施せよ」
 礼安は、いつだって誰かを傷つけるくらいなら、自分に被害が及ぶことを選んでいた。進んで皆のサンドバッグとなっていた。狂っていると思われるほどの、聖人君主っぷり。
 しかし、礼安の選んだ選択は、皆の攻撃をすんでのところで受け止める事だった。
「――何で、死ぬ選択を選ばねえ。見ず知らずの奴らのために、命張ンのが手前の願いなんだろ? ならさっさと死んじまえよ、そいつらの手で」
 装甲の隙間から、多量の出血。サポートがほぼ効いていない、ぼろぼろの装甲で踏ん張るのも限界がある。そんな中でも、割れた仮面の奥から除く瞳は、誰よりも強く輝いていた。
「――――ここでは、死ねない。私の願いは……まだ……果たされてない……!!」
 『自分のために、友達も、赤の他人も助ける』。それこそが、礼安が英雄になるうえでの欲の根源。お人よし極まった彼女の、優しいエゴ。
 怪人たち全員に、スタンガンの要領で超電流を流し込んで、全員一時的に戦闘不能にする。
 今まで、どこにいるか不明だった待田は、四キロ先から宙に浮かびながら、礼安の前に現れる。その表情は、ぼろ雑巾のように重傷を負った礼安を憐れんでいたのだ。
「――眩しいな、嬢ちゃん。手前が放つその光が、眩しく感じる奴らに現在進行形で害されてる、ってのによォ。その圧倒的にイカれたド根性……俺ァ気に入ったぜ」
 どれだけ自分の血を流そうと、誰かを傷つけることで自分を正当化するのではなく、相手の罪を砕き、真っ当に生きさせる。それこそが礼安の戦い方であった。
 故に、怪人化し己に恨みをぶつけていた二年次すらも、ただ眠らせただけで終わらせている。
「……何で、そこまで誰かに固執する? その他人に、現在進行形で害されていたのによ」
「――それが、私の願いだから」
 実に純粋な、未来|《さき》を見据える瞳。土煙や強風、血ですら彼女の眼は潰せない。
 そんな礼安に対し、待田の行動は至極単純だった。
 デバイスドライバーを掴み、ライセンスを二枚排出してから握り砕く。礼安の変身はドライバーを外された瞬間強制的に解除され、その場に倒れ伏すのみ。
 今までその場に立っていたのは、ただの根性。体じゅうボロボロな状態で、立ち向かっていたこと自体奇跡と思えるほどの重傷を負っていたのだ、至極当然であった。
「――通常、俺はお前ら英雄に情はかけねえタチなんだが……「痛い」の一言すらあげず、狂気的なほど真っすぐな奴に無礼を働く方が、俺の性に合わねェ。ドライバーは砕いた、それで良いだろ」
 礼安の傍に置かれたのは、『教会』幹部より上の階級の人間に渡される、即効回復薬。常軌を逸した回復性能であるため、下っ端が飲むだけで強靭な肉体を得られるほど、強化剤としての役割も果たすほどの逸品。しかし違法薬物が複数混在しているため、法律は余裕で違反している。
「……第一、俺の『圧』が躱された時点で、お前さんの素質を認めた。潔く認める。あっさり英雄側を裏切ったそこら辺のモブなんかよりも、お前さんは――圧倒的に強く、優しい奴だ」
 高価そうな煙草を咥え、辺りの火で着火しその場を後にする待田。その瞳は、礼安がこれで命尽きる訳がない『確信』があったため、期待に満ちていた。
「――言っておくが、これァ俺からの、上からの指令ガン無視の施しだ。それほどに……お前さんには期待してんだ。こんなとこで死ぬんじゃあねえぞ?」
 きっと、今の礼安には聞こえていないだろうが、それでも。
 待田にとって、楽しみと言えば高い酒と女と煙草と殺人|《コロシ》。強い相手と戦う、だなんてことはあまり経験したことはないが、身を浸らせると危ない麻薬と思い込んでいる。しかし、こうまでして目をかけた存在が成長する様を、少しでも見てみたいと思考したことはまさに事実であった。
(――しかし。事前情報入れてない、なんて大嘘をついたが……こいつはとんでもねェ。『アイツ』が目をかけるだけはある)
 無傷のまま、大田区を後にした待田に、生死の境を彷徨う礼安。待田相手に、初めての完全敗北を喫したのだった。
 デバイスが破壊されたことにより、ポイントが待田にそのまま移動。追加ポイントは四十ポイント、元々七十ポイントにて三位であったため、一位に躍り出る結果となった。
 待田は静かに笑いながら、その場を後にした。試合は続く。



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「――誰だ!?」
「名乗るなら、まずはそっちからじゃあねェかい? 礼儀のなってねえガキンチョだぜ」
 普通なら、礼安がここで能天気に名乗るだろうが、その魔力の圧から臨戦態勢を一切解いていない。生物的本能が告げているのだ。眼前の存在は、暢気するほどの余裕は一切ないことを。
「――丙良、慎介。英雄学園東京本校英雄科、二年一組」
「瀧本礼安、英雄学園東京本校英雄科……一年一組」
 二人の堅苦しい名乗りを耳にして、男は不敵に笑んでいた。
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 男はそこら中で燃え盛る炎を、まるで水を掬うかのようにあっさりと手にし、自身の周りに遊ばせる。
「俺は、待田 招来|《マチダ ショウライ》。一応茨城支部所属ではあるが……ここ最近別支部から寄こされたモンだ。一応元鞘では……『副支部長』を務めていた」
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 それまでの高値を付けられているのは、長い間捕まっていないことと『本人の強さ』に起因する。あまりにもの強さに、二年次上位から三年次上位程度の強さでは、到底手の付けられないような存在として、学園長自身も『遭遇したら逃げるのが最善策』と伝えるほどであった。
「――そいや、礼安とか言ったか。お前さんは神奈川支部と埼玉支部、その二つぶっ潰した張本人だよな? 情報によると、まあまあ暢気している奴だってのは聞いていたが……委縮でもしてんのかい? そんな強さは感じられないが」
 支部二つを潰した張本人、それを目の当たりにしていながら、一切気にしていない様子の待田。どころか、二人の借りてきた猫のような静まり返り方に、けらけらと笑い飛ばしていた。
「――何かしらの偶然か、あるいは必然か。俺は占いも出来んだけどよ。お前さんがそれほどのヤツには……あまり見えねンだわ。戦う相手の事前情報は入れねえタチなんだけどよ、お前さんが支部潰せたのは……よほど手前の怒りを買ったか、あるいは支部長を揺さぶれたか、そのどっちかだな」
 実際、それは二つとも的中している。フォルニカは、礼安の心をぼんやりと読み取れる第六感に動揺、それがほころびとなり敗北。グラトニーも、礼安と透の怒りを買った結果、追い打ちまでされる形で完全撃破。
「――礼安ちゃん……君は逃げた方が良い」
「……俺が、野郎に興味があるとでも?」
 そう嘲ると、待田は丙良に掌を向け、念力により宙から区外へ弾き飛ばした。丙良は一切言葉を発することなく、戦線を離脱させられたのだった。
「――さァて。こっからはお楽しみの時間だ。地味に楽しみだったンだ、ジジイとはいえ、心が躍るってもんだ」
 礼安は、静かに怒っていた。握る手も、自然と力強くなる。
「ああ、安心していいぜ。俺は別にあの野郎……丙良とか言ったか。あいつを殺すつもりで吹き飛ばしたわけじゃあねえ。お前さんとの対話の邪魔になるだろうと思っただけだ。やろうと思えば、宙で捩じ切って奴の真っ赤なジュースも生産できるがな。だがしなかった、その意味を考えろよ、礼安」
 待田は静かに構え、礼安の攻撃を待つばかり。自発的に攻撃をするより、相手に攻めさせカウンターを仕掛ける、フリッカーのようなスタイルであった。
「……ほら、どうした? 来てみな礼安。お前さんの全力ってやつ、見せてみろよ」
「――――分かったよ、後悔しないでね」
 『アーサー王』、『トリスタン』の二枚を認証、ドライバーに装填。迸る雷が、礼安を覆う。
「変身!!」
『アーサー×トリスタン、マッシュアップ!! アースタンフォーム!!』
 その雷をそのまま身に纏うように、装甲が顕現。二つの物語がマッシュアップされた、現時点の礼安において最強の姿。最初からこの姿になるのは、透との決闘を除き、これが初めてのことである。
 話し合うなど不可能。顕現してすぐに、人間がとてもじゃあないが反応できないであろう速度での、紫電纏う光速ストレート。
 しかし、その渾身の拳は、待田の眼前で不自然に止められる。
「その威勢やよし。そうでなきゃあ、ドンパチも乗り気にならねえ」
 ほんの一瞬、待田側にほんの少し引き込まれたと思ったら、『礼安が』雷の速度そのままにはるか遠くへ弾き飛ばされる。
 あの拳の威力そのままに、地面に叩きつけられる形で何とか威力を殺すも、飛ばされた距離はかなりのもの。田園調布から、大田区の中央部に位置する、蒲田まで約四キロメートルもの距離を、光の速度で弾き飛ばされた。そうまでしないと、威力が殺しきれなかったのだ。
(どういうことなんだろう……防がれた??)
「よそ見は禁物だぜ、嬢ちゃん」
 どこからか、声と魔力反応がした。それと共に、礼安の今まさに着地したその場所に、猛烈な歪みが生じ始める。
(これ……逃げなきゃ不味い!!)
 足に魔力の大体を注ぎ込み、クラウチングスタートを切るようにその場から離脱。
 その一秒後、その場所がピンポイントで『圧し潰される』。空気圧でも、重力でもない、念力を用いた『何か』が、礼安を殺しにかかるのだ。それが何かは現時点において分からないものの、どこからか称賛の拍手が聞こえてきた。
「嬢ちゃん、初見で俺の『圧|《プレシオン》』を避けるだなんて、大したもんじゃあねえか。大体理解できずに死ぬ奴らばっかだが」
 息つく暇もなく、次々に礼安の着地点を狙った『圧』。礼安の観察眼で正体を探ろうとしたものの、今までの法則を打ち破る真正面からの『圧』が、礼安の顔面を鋭く捉える。
「馬鹿野郎、ワンパターンなわけねえだろ。上からだけじゃあない、全方向死角なしだぜ」
 常人なら、顔面に貰ったその一撃だけで、意識が飛ぶほどの強烈無比なもの。攻撃を受けてもなお、礼安は地面に転がるものの、何とか立ち上がって見せたのだ。
「お前さん……どうやらタフネスはかなりのものらしいな。だから『圧』一回辺りの強さを百トンまで上げてんだ。やたらデケェ工業用クレーン複数台や、まあまあなデカさの曳舟数隻が、お前さんの顔面に装甲越しではあるが猛スピードで衝突しているようなもんだぜ」
 顔面だけでなく、死角なしの言葉通り、体中を百トンの『圧』が無数に襲い掛かる。他人の臓器破裂、粉砕骨折、筋肉断裂などお構いなしと言わんばかりの、無限のラッシュ。「止めて」と言っても絶対に止まらない、『圧』の雨霰。
 意識が飛ぶどころの話ではない。そんなものがぶつかったら最後、首の骨が折れ全身不随待ったなし。しかし、それでも礼安は立ち上がり続ける。意識が飛んでいないのは、無論装甲が他生徒よりもスペックが高いのが理由としてあるが、礼安自身の意志の強さがそこに加わるのだ。
 装甲は砕け、一部礼安の肉体が露わになる。出血こそすれど、決して声は漏らさない。彼女の覚悟故か、あるいは。
「――それでも……皆に……被害を負わせた貴方を……許さない……!!」
「……へえ。これでも死なねえと来たか。お前さんのタフネスは、大分常軌を逸しているぜ? ほかの生徒が不憫に思えるほどだ。並外れた、なんて言葉が陳腐に思えちまう」
 しかし次の瞬間。礼安の想像したくないことが起こってしまう。
 先ほど、無力化に成功した二年次が、再び怪人となって襲い掛かるのだ。先ほどよりも、より迷いのない動きで。
「どういう……こと??」
 それらの攻撃を手負いの状態でありながら捌いていたものの、数多くの『圧』を体中に貰っていた結果、体中の腱は切れ、力は装甲のサポートなしには入らない。
 人間がステーキを作るとき、ミートマレットで肉を叩くあの瞬間。繊維を切断し、肉を柔らかくすることが目的であるが、今まさに礼安の状況がそれであった。
 無力な状態を、多くの二年次が寄ってたかって攻撃を加えていく。
 「何で」、そんな簡単な疑問の言葉など、投げかける事すら許されない。日頃の恨み、と言わんばかりに、礼安の純粋無垢な肉体が、暴力により弄ばれていく。
「――全ては、お前さんというイレギュラーが招いた結末だ。元から、丙良だとか他より頭一つ抜けた存在がいたことにより、こいつらの鬱憤は爆発寸前だった」
 そこに、究極のイレギュラーである礼安が現れた。彼女のベースを担う才能も、ひたむきに努力する姿も、そして周りを取り込んでいく底なしの人望も、英雄と武器に愛された天運も。多くの痛みの上に成り立った、何もかも恵まれた彼女の幸せを、心の底から恨む者が現れた。
 それこそが、この裏切り。みっともない、そんな上っ面の感情など取り払い、感情が全て煮詰まり煮凝りのようになった。純粋な嫉妬だけが、彼らに残ったのだ。
 どれほど努力を重ねても、敵わない存在に。過ぎた暴力で仕返しをする。出る杭は打たれるように、眼前の出過ぎた存在を打ち伏せるのみである。
「そこにとどめを刺したのは、同胞の死だろうな。フェイクであることなんて関係ねえ、暴力を振るえる口実が出来たのは最もいいことだろう」
 学園長がいくら真実を告げようと、この試合にはよほどでない限り関与しないことは、現時点を以って確定している。ルールを違反した存在への処罰以外に、大したことはしないだろう。
 もし学園に戻って、明確な処罰を与えられようと、自分勝手に復讐が出来るのなら、好き勝手にできる方を選ぶ。後にどれほどの罪を被ろうと、『気楽な方』へ向かうのみ。人間の悪性が、『教会』支部の扇動により、業火となり燃え盛る。
「他人が傷つけられるのは嫌なんだろ? ならよ、手前が死んでこいつらのためになれよ。多くの報われねえ奴のために、死して救済を施せよ」
 礼安は、いつだって誰かを傷つけるくらいなら、自分に被害が及ぶことを選んでいた。進んで皆のサンドバッグとなっていた。狂っていると思われるほどの、聖人君主っぷり。
 しかし、礼安の選んだ選択は、皆の攻撃をすんでのところで受け止める事だった。
「――何で、死ぬ選択を選ばねえ。見ず知らずの奴らのために、命張ンのが手前の願いなんだろ? ならさっさと死んじまえよ、そいつらの手で」
 装甲の隙間から、多量の出血。サポートがほぼ効いていない、ぼろぼろの装甲で踏ん張るのも限界がある。そんな中でも、割れた仮面の奥から除く瞳は、誰よりも強く輝いていた。
「――――ここでは、死ねない。私の願いは……まだ……果たされてない……!!」
 『自分のために、友達も、赤の他人も助ける』。それこそが、礼安が英雄になるうえでの欲の根源。お人よし極まった彼女の、優しいエゴ。
 怪人たち全員に、スタンガンの要領で超電流を流し込んで、全員一時的に戦闘不能にする。
 今まで、どこにいるか不明だった待田は、四キロ先から宙に浮かびながら、礼安の前に現れる。その表情は、ぼろ雑巾のように重傷を負った礼安を憐れんでいたのだ。
「――眩しいな、嬢ちゃん。手前が放つその光が、眩しく感じる奴らに現在進行形で害されてる、ってのによォ。その圧倒的にイカれたド根性……俺ァ気に入ったぜ」
 どれだけ自分の血を流そうと、誰かを傷つけることで自分を正当化するのではなく、相手の罪を砕き、真っ当に生きさせる。それこそが礼安の戦い方であった。
 故に、怪人化し己に恨みをぶつけていた二年次すらも、ただ眠らせただけで終わらせている。
「……何で、そこまで誰かに固執する? その他人に、現在進行形で害されていたのによ」
「――それが、私の願いだから」
 実に純粋な、未来|《さき》を見据える瞳。土煙や強風、血ですら彼女の眼は潰せない。
 そんな礼安に対し、待田の行動は至極単純だった。
 デバイスドライバーを掴み、ライセンスを二枚排出してから握り砕く。礼安の変身はドライバーを外された瞬間強制的に解除され、その場に倒れ伏すのみ。
 今までその場に立っていたのは、ただの根性。体じゅうボロボロな状態で、立ち向かっていたこと自体奇跡と思えるほどの重傷を負っていたのだ、至極当然であった。
「――通常、俺はお前ら英雄に情はかけねえタチなんだが……「痛い」の一言すらあげず、狂気的なほど真っすぐな奴に無礼を働く方が、俺の性に合わねェ。ドライバーは砕いた、それで良いだろ」
 礼安の傍に置かれたのは、『教会』幹部より上の階級の人間に渡される、即効回復薬。常軌を逸した回復性能であるため、下っ端が飲むだけで強靭な肉体を得られるほど、強化剤としての役割も果たすほどの逸品。しかし違法薬物が複数混在しているため、法律は余裕で違反している。
「……第一、俺の『圧』が躱された時点で、お前さんの素質を認めた。潔く認める。あっさり英雄側を裏切ったそこら辺のモブなんかよりも、お前さんは――圧倒的に強く、優しい奴だ」
 高価そうな煙草を咥え、辺りの火で着火しその場を後にする待田。その瞳は、礼安がこれで命尽きる訳がない『確信』があったため、期待に満ちていた。
「――言っておくが、これァ俺からの、上からの指令ガン無視の施しだ。それほどに……お前さんには期待してんだ。こんなとこで死ぬんじゃあねえぞ?」
 きっと、今の礼安には聞こえていないだろうが、それでも。
 待田にとって、楽しみと言えば高い酒と女と煙草と殺人|《コロシ》。強い相手と戦う、だなんてことはあまり経験したことはないが、身を浸らせると危ない麻薬と思い込んでいる。しかし、こうまでして目をかけた存在が成長する様を、少しでも見てみたいと思考したことはまさに事実であった。
(――しかし。事前情報入れてない、なんて大嘘をついたが……こいつはとんでもねェ。『アイツ』が目をかけるだけはある)
 無傷のまま、大田区を後にした待田に、生死の境を彷徨う礼安。待田相手に、初めての完全敗北を喫したのだった。
 デバイスが破壊されたことにより、ポイントが待田にそのまま移動。追加ポイントは四十ポイント、元々七十ポイントにて三位であったため、一位に躍り出る結果となった。
 待田は静かに笑いながら、その場を後にした。試合は続く。