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「妙にあっさり引き下がったから、なんか変だとは思っていたんだよな。あれだけ熱が入っていたのに」
「……やっぱり、やりたくないの? 上司の人からも説得するように言われてるって、スミレさんが」
「なんでオレが、スミレのためにリスクを冒さなきゃなんねぇんだよ」

 トゲのある言葉が、まるで自分に向けられたかのように突き刺さった。そして桔平くんは、苛立った様子で立ち上がる。

「ち、違うよ。スミレさんのためじゃない。桔平くん自身のためでしょ?」

 慌ててベッドからおりて食い下がった。キッチンでウイスキーを注ぎながらため息をつくその表情からは、心底煩わしいという空気が滲み出ている。怯みそうになったけれど、ダメだ、負けるなと自分に言い聞かせた。
 
「だから、オレは自分のために断ったんだよ。言っただろ。溺れるのが分かっていて、激流に飛び込みたくはねぇって」
「そうかもしれないけど、分からないじゃない。溺れるかどうかなんて」
「浅尾瑛士の絵と並ぶのがどんな意味を持つのか、愛茉だって分かるだろ?」
「わ、分かる……けど……」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
「でも」

 ウイスキーを喉に流し込んで、桔平くんは叩きつけるようにしてグラスをカウンターへ置いた。無機質な音に、思わずビクッと体を竦める。
 すごく怖い顔。いままで見たことのない表情で、背中がゾクっとした。

「この話は終わり。もう寝ようぜ」
「桔平くん」
「おやすみ」
「待って、桔平くん。お願いだから話を聞いて」

 私を無視して、桔平くんは布団に潜ってしまった。どうしよう。こんなの初めてで、どう対応したらいいのか分からない。
 いつだって話を聞いてくれるのに。ちゃんと目を見て話してくれるのに。いまは私の顔を見ようともせず、取りつく島がない。

 らしくない。やっぱり、こんなの桔平くんらしくないよ。
 いつもの桔平くんなら、ちゃんと話してくれるじゃない。嫌なものは嫌なんて、そんな子供みたいな言い方しないでしょう。

 このままじゃダメだよ。スミレさんの言う通り、ただ逃げてるだけになっちゃう。前に進まなくちゃ。ふたりで一緒に。

「……私ね、桔平くんの絵が大好きなの。お父さん……浅尾瑛士さんの絵とも全然違う、とってもあたたかくて繊細な雰囲気があるから」

 ベッドの上に座って、桔平くんの背中に語りかけた。

「眺めているだけで、いろいろな感情が湧いてきてね。涙が込み上げてくるの。私には専門的なことなんて分からないけど、桔平くんは絶対、世界に羽ばたける人だって思っているんだよ」

 桔平くんは、背を向けたまま動かない。


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「妙にあっさり引き下がったから、なんか変だとは思っていたんだよな。あれだけ熱が入っていたのに」
「……やっぱり、やりたくないの? 上司の人からも説得するように言われてるって、スミレさんが」
「なんでオレが、スミレのためにリスクを冒さなきゃなんねぇんだよ」
 トゲのある言葉が、まるで自分に向けられたかのように突き刺さった。そして桔平くんは、苛立った様子で立ち上がる。
「ち、違うよ。スミレさんのためじゃない。桔平くん自身のためでしょ?」
 慌ててベッドからおりて食い下がった。キッチンでウイスキーを注ぎながらため息をつくその表情からは、心底煩わしいという空気が滲み出ている。怯みそうになったけれど、ダメだ、負けるなと自分に言い聞かせた。
「だから、オレは自分のために断ったんだよ。言っただろ。溺れるのが分かっていて、激流に飛び込みたくはねぇって」
「そうかもしれないけど、分からないじゃない。溺れるかどうかなんて」
「浅尾瑛士の絵と並ぶのがどんな意味を持つのか、愛茉だって分かるだろ?」
「わ、分かる……けど……」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
「でも」
 ウイスキーを喉に流し込んで、桔平くんは叩きつけるようにしてグラスをカウンターへ置いた。無機質な音に、思わずビクッと体を竦める。
 すごく怖い顔。いままで見たことのない表情で、背中がゾクっとした。
「この話は終わり。もう寝ようぜ」
「桔平くん」
「おやすみ」
「待って、桔平くん。お願いだから話を聞いて」
 私を無視して、桔平くんは布団に潜ってしまった。どうしよう。こんなの初めてで、どう対応したらいいのか分からない。
 いつだって話を聞いてくれるのに。ちゃんと目を見て話してくれるのに。いまは私の顔を見ようともせず、取りつく島がない。
 らしくない。やっぱり、こんなの桔平くんらしくないよ。
 いつもの桔平くんなら、ちゃんと話してくれるじゃない。嫌なものは嫌なんて、そんな子供みたいな言い方しないでしょう。
 このままじゃダメだよ。スミレさんの言う通り、ただ逃げてるだけになっちゃう。前に進まなくちゃ。ふたりで一緒に。
「……私ね、桔平くんの絵が大好きなの。お父さん……浅尾瑛士さんの絵とも全然違う、とってもあたたかくて繊細な雰囲気があるから」
 ベッドの上に座って、桔平くんの背中に語りかけた。
「眺めているだけで、いろいろな感情が湧いてきてね。涙が込み上げてくるの。私には専門的なことなんて分からないけど、桔平くんは絶対、世界に羽ばたける人だって思っているんだよ」
 桔平くんは、背を向けたまま動かない。