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「やっぱり、来てくれると思っていたわ」

 付き合っていたころ、ふたりでよく来ていた店。いつもの窓際の席へ近づくと、スミレが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。この前に会ったときと同じように、グレーのパンツスーツ姿だった。

「彼女から、行ってこいって言われたんだよ」
「そう。心が広いのね、姫野愛茉さんは」

 なぜ愛茉の名前を知っているのか。コレットで聞いたのだろうか。いずれにしても、何事も徹底的に調べる性格のスミレにとって、オレの恋人の素性を把握することなど造作もないのだろう。

「知っているのは名前だけだから、安心して。あぁ、顔もこの前見たっけ。とっても可愛い子よね。でも、取って食うなんてこと、しないから」
「別に、なんかされるとは思ってねぇよ」

 陰湿な手は絶対に使わない。少なくともオレの知っているスミレは、そういう人間だった。それが変わっていないのは、顔を見ればなんとなく分かる。
 
「気になったのよ。貴方がいまどんな生活をして、どんな人たちと関わっているのか。それらがすべて、絵に表れるから。元恋人としてではなく、私のビジネスに見合うかどうかを判断したかったの」

 元恋人という単語が、やたら乾いた響きに聞こえる。仕事の話をしに来ているからなのか。

「あ、なにか飲む? ここは私が出すから」
「んじゃ、ミックスジュース」

 この店でいつも頼んでいたので、反射的に口にしてしまう。すると、スミレが小さく吹き出した。

「言うと思った。相変わらず、好きなのね」

 そう言って笑う顔は、やはり昔のまま。

 不思議なものだな。当時のような抑えきれない衝動は、もう微塵も感じない。好きな気持ちを抱えたまま別れたというのに、あの感情は一体どこへ行ってしまったのだろうか。

 スミレへのわだかまりが、まったくないと言えば嘘になる。それでも、変わらない笑顔を見て、なぜか安堵している自分がいた。

 愛がどこかへ消えても、情は残るもの。4年近く一緒にいれば当然だろう。オレはそれを自覚したくなかったのかもしれない。ただ、心から信じて送り出してくれた愛茉に対して後ろめたくなるような感情は、一切湧いてこなかった。

「愛茉が待っているから、用件は手短に話してくんねぇかな」
「あら、デート中だった?」
「家で待ってんだよ。一緒に住んでんの」
「そうなの。まぁ昔話をしている暇はないし、単刀直入に言うわ」

 スミレは驚いた様子もなく、コーヒーをひと口飲んだ。そして相変わらず真っすぐな瞳で、オレの顔をじっと見つめる。


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「やっぱり、来てくれると思っていたわ」
 付き合っていたころ、ふたりでよく来ていた店。いつもの窓際の席へ近づくと、スミレが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。この前に会ったときと同じように、グレーのパンツスーツ姿だった。
「彼女から、行ってこいって言われたんだよ」
「そう。心が広いのね、姫野愛茉さんは」
 なぜ愛茉の名前を知っているのか。コレットで聞いたのだろうか。いずれにしても、何事も徹底的に調べる性格のスミレにとって、オレの恋人の素性を把握することなど造作もないのだろう。
「知っているのは名前だけだから、安心して。あぁ、顔もこの前見たっけ。とっても可愛い子よね。でも、取って食うなんてこと、しないから」
「別に、なんかされるとは思ってねぇよ」
 陰湿な手は絶対に使わない。少なくともオレの知っているスミレは、そういう人間だった。それが変わっていないのは、顔を見ればなんとなく分かる。
「気になったのよ。貴方がいまどんな生活をして、どんな人たちと関わっているのか。それらがすべて、絵に表れるから。元恋人としてではなく、私のビジネスに見合うかどうかを判断したかったの」
 元恋人という単語が、やたら乾いた響きに聞こえる。仕事の話をしに来ているからなのか。
「あ、なにか飲む? ここは私が出すから」
「んじゃ、ミックスジュース」
 この店でいつも頼んでいたので、反射的に口にしてしまう。すると、スミレが小さく吹き出した。
「言うと思った。相変わらず、好きなのね」
 そう言って笑う顔は、やはり昔のまま。
 不思議なものだな。当時のような抑えきれない衝動は、もう微塵も感じない。好きな気持ちを抱えたまま別れたというのに、あの感情は一体どこへ行ってしまったのだろうか。
 スミレへのわだかまりが、まったくないと言えば嘘になる。それでも、変わらない笑顔を見て、なぜか安堵している自分がいた。
 愛がどこかへ消えても、情は残るもの。4年近く一緒にいれば当然だろう。オレはそれを自覚したくなかったのかもしれない。ただ、心から信じて送り出してくれた愛茉に対して後ろめたくなるような感情は、一切湧いてこなかった。
「愛茉が待っているから、用件は手短に話してくんねぇかな」
「あら、デート中だった?」
「家で待ってんだよ。一緒に住んでんの」
「そうなの。まぁ昔話をしている暇はないし、単刀直入に言うわ」
 スミレは驚いた様子もなく、コーヒーをひと口飲んだ。そして相変わらず真っすぐな瞳で、オレの顔をじっと見つめる。