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第七話 死に化粧

ー/ー



 私の名前は幸田美紅。フランス人の父と日本人の母を持つハーフだ。幼い頃から「お人形さんみたいだね」と褒められ、もてはやされてきたけれど、それは周りが言うほど良いものだとは思えない。容姿が良いことは、時に人生を歩む上で枷となることがあるからだ。
 美しい顔立ち。それだけで家は裕福で、勉強もスポーツもできて、社交的な人間だと思われる。それが世間の抱く“美人”のステレオタイプだけど、私は違う。顔以外のステータスにはまるで恵まれていない。
 父はフランス人。それを聞けば誰もが耽美なイメージを思い浮かべるだろう。でも現実は違う。父は売れない画家で本国フランスでも評価されず、ただ自分の作品に酔いしれる自惚れ屋。母が身を削って働き、稼いだ金で画材を買ってやっても、父は「気が乗った時」にしか絵を描かない。そして「気が乗らない時」には酒をあおり、気分が悪ければ私に八つ当たりする。
 確かに父は見た目だけは良かった。ハリウッド俳優みたいだと揶揄されるほどに。でも私にとって彼はただの無能な男。その娘である私はどうかと言えば顔だけは良くて、それ以外は何もない。そんな私は周囲から「顔だけの女」と見られ、最終的には「付き合いにくいただの馬鹿」という烙印を押された。
 学校でも同じ。私は幼い頃からその容姿ゆえに目立ち浮いていた。クラスメイトから嫉妬され、嫌味を言われることが日常。教師たちですら私を特別扱いする一方で、内面や能力には全く期待していないのは馬鹿な私でもわかる。「美紅さんならきっと大丈夫よ」と根拠のない言葉だけを投げかけられ、それ以上深く関わろうとはしなかったから。
 そうして私は次第に他人に興味を持てなくなった。どうせ誰も私を理解しようとしないし、私も彼らのことを知りたいとは思わなかったからだ。ただ一つ――父から教わった筆の使い方だけが私の中で唯一の価値だった。
 26歳になった今でもその価値観は変わらず、私は死化粧師として働いている。亡くなった方々に化粧を施し、ご遺族と引き合わせる前に綺麗なお顔へ仕上げる。それが私の日常だ。この仕事に就いた理由は単純で、他人と深く関わる必要がない仕事だからだ。そして何より、この仕事には感謝される瞬間がある。それだけで十分だった。
 今日も一人、ご婦人に最後のお化粧を施している。
 目の前には白髪交じりの髪を整えた老婦人が横たわっている。その顔には生前の苦しみが刻まれていた。私は静かに筆を取り、彼女の頬へ軽く色を乗せていく。その手つきは滑らかで無駄な動き一つないと自負している。
 
「大丈夫ですよ……」
 
 そう呟きながら、眉を整え、唇に薄く紅を引く。筆先が肌を滑るたび、不思議とその顔には血色が戻り、生前そのままの姿へと変わっていく。まるで眠っているだけのような表情になったその瞬間――。
 冷たい手が私の腕を掴んだ。
 驚きはしなかった。この程度では動じなくなっている。私はその手にそっと触れ、「大丈夫です」と微笑みながらゆっくりと手を降ろして一礼する。
 
「ぐぐぐ……かっ……かっ……ふ……」

 婦人の口元が動いた。目は閉じたままだというのにその口だけが開き、不自然な音とともに何か言葉にならない声を漏らしている。それでも私は動じずにただ静かに微笑みながら、その手を布団へ戻した。
 私が化粧を施すと、ご遺体には血色が蘇り、生前そのままの姿へと戻るという話は業界でも有名だった。しかし、それ以上知られていない事実がある――私には死者を蘇らせる力があるということ。
 
 化粧を施した遺体は徐々に生命力を取り戻し、約4日後には完全に意識を取り戻す。しかし大抵の場合、その頃には火葬場の炉の中。そして焼かれる瞬間、人々は完全な意識を取り戻し、灼熱地獄の中でもがき苦しみながら再び死へ向かう。
 私はそれを知っている。それでも何も感じない。ただ仕事として淡々と化粧を施すだけだ。

 焼かれる瞬間の苦しみを想像したことがないということはない。
 炉の中で熱さに目を覚ました彼らがどんな表情を浮かべるのか。どれほどの絶叫を上げるのか。それは私の知るところではない。私はその場にはいないし見届ける必要もない。ただ化粧を施す。それが私の仕事だ。
 それでも時折考えることがある。彼らは何を感じるのか、蘇ったその瞬間に自分が再び焼かれる運命にあると気づいた時、その意識はどこへ向かうのだろうと。
 そんなことを考えるとき、私は決まって微笑む。
 
「それもまた、彼らの人生だったんでしょう」
 
 今日も仕事終わりにコンビニへ寄り道して酒を買った。
 家に帰る途中でふと夜空を見上げると星が瞬いている。その光景は美しい――けれど、どこか遠い。私には関係のないものだと思った。
 家に着くと、私はいつものように一人で酒を飲む。グラスに注いだ液体が揺れ、その表面に自分の顔が映り込む。美しい顔立ち。それだけが私の取り柄。
 
「顔だけ……ね」
 
 グラスを口元に運びながら呟く。その言葉には感情はなく、ただ事実として受け入れているだけだ。
 その夜、私は夢を見た。
 火葬場の炉の中で目を覚ました人々が次々と叫び声を上げている夢。彼らは熱さに耐えきれず手足をバタつかせながらもがき苦しんでいた。そしてその中には――今日化粧を施したご婦人もいた。
 
「助けて……!」
 
 彼女は私に向かって手を伸ばしていた。その顔には恐怖と痛みが浮かんでいるが私は動かなかった。ただその光景を冷静に見つめているだけ。そして彼女が完全に焼け落ちた瞬間――。
 
「ぐぐぐ……かっ……かっ……ふ……」

 あの声が聞こえたがここは夢ではなく現実。部屋の隅に誰か――いや、“何か”が立っていた。それは今日化粧を施したご婦人だった。
 彼女は焼け焦げた肌でそこに立ち尽くしていた。目は虚ろで口だけが不自然に開いている。そしてその口から漏れ出た声。
 
「どうして……?」

 私はベッドから身動き一つせずにその姿を見つめていた。恐怖という感情はなく、ただ冷静な私は静かに呟いた。
 
「それもまた……あなたの人生だったんでしょう」
 
 その言葉に反応するように、ご婦人は一歩こちらへ近づいてくる。その足音は湿った肉が床へ張り付くような音だった。
 
「どうして……どうして……どうして……!」
 
 徐々に大きくなる声が叫び声となった瞬間、私は冷静さを失い目を閉じた。次にゆっくりと目を開けた時にもう部屋には誰もいなかったが、ただ焦げ臭い匂いだけが漂っていた。
 翌朝、私はいつも通り仕事場へ向かう。化粧道具一式を整え、御遺体へ手を伸ばす。それが私の日常。私はただ、自分にできることをするだけ。それ以上でも、それ以下でもない。それが私の人生なのだから……。


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 私の名前は幸田美紅。フランス人の父と日本人の母を持つハーフだ。幼い頃から「お人形さんみたいだね」と褒められ、もてはやされてきたけれど、それは周りが言うほど良いものだとは思えない。容姿が良いことは、時に人生を歩む上で枷となることがあるからだ。
 美しい顔立ち。それだけで家は裕福で、勉強もスポーツもできて、社交的な人間だと思われる。それが世間の抱く“美人”のステレオタイプだけど、私は違う。顔以外のステータスにはまるで恵まれていない。
 父はフランス人。それを聞けば誰もが耽美なイメージを思い浮かべるだろう。でも現実は違う。父は売れない画家で本国フランスでも評価されず、ただ自分の作品に酔いしれる自惚れ屋。母が身を削って働き、稼いだ金で画材を買ってやっても、父は「気が乗った時」にしか絵を描かない。そして「気が乗らない時」には酒をあおり、気分が悪ければ私に八つ当たりする。
 確かに父は見た目だけは良かった。ハリウッド俳優みたいだと揶揄されるほどに。でも私にとって彼はただの無能な男。その娘である私はどうかと言えば顔だけは良くて、それ以外は何もない。そんな私は周囲から「顔だけの女」と見られ、最終的には「付き合いにくいただの馬鹿」という烙印を押された。
 学校でも同じ。私は幼い頃からその容姿ゆえに目立ち浮いていた。クラスメイトから嫉妬され、嫌味を言われることが日常。教師たちですら私を特別扱いする一方で、内面や能力には全く期待していないのは馬鹿な私でもわかる。「美紅さんならきっと大丈夫よ」と根拠のない言葉だけを投げかけられ、それ以上深く関わろうとはしなかったから。
 そうして私は次第に他人に興味を持てなくなった。どうせ誰も私を理解しようとしないし、私も彼らのことを知りたいとは思わなかったからだ。ただ一つ――父から教わった筆の使い方だけが私の中で唯一の価値だった。
 26歳になった今でもその価値観は変わらず、私は死化粧師として働いている。亡くなった方々に化粧を施し、ご遺族と引き合わせる前に綺麗なお顔へ仕上げる。それが私の日常だ。この仕事に就いた理由は単純で、他人と深く関わる必要がない仕事だからだ。そして何より、この仕事には感謝される瞬間がある。それだけで十分だった。
 今日も一人、ご婦人に最後のお化粧を施している。
 目の前には白髪交じりの髪を整えた老婦人が横たわっている。その顔には生前の苦しみが刻まれていた。私は静かに筆を取り、彼女の頬へ軽く色を乗せていく。その手つきは滑らかで無駄な動き一つないと自負している。
「大丈夫ですよ……」
 そう呟きながら、眉を整え、唇に薄く紅を引く。筆先が肌を滑るたび、不思議とその顔には血色が戻り、生前そのままの姿へと変わっていく。まるで眠っているだけのような表情になったその瞬間――。
 冷たい手が私の腕を掴んだ。
 驚きはしなかった。この程度では動じなくなっている。私はその手にそっと触れ、「大丈夫です」と微笑みながらゆっくりと手を降ろして一礼する。
「ぐぐぐ……かっ……かっ……ふ……」
 婦人の口元が動いた。目は閉じたままだというのにその口だけが開き、不自然な音とともに何か言葉にならない声を漏らしている。それでも私は動じずにただ静かに微笑みながら、その手を布団へ戻した。
 私が化粧を施すと、ご遺体には血色が蘇り、生前そのままの姿へと戻るという話は業界でも有名だった。しかし、それ以上知られていない事実がある――私には死者を蘇らせる力があるということ。
 化粧を施した遺体は徐々に生命力を取り戻し、約4日後には完全に意識を取り戻す。しかし大抵の場合、その頃には火葬場の炉の中。そして焼かれる瞬間、人々は完全な意識を取り戻し、灼熱地獄の中でもがき苦しみながら再び死へ向かう。
 私はそれを知っている。それでも何も感じない。ただ仕事として淡々と化粧を施すだけだ。
 焼かれる瞬間の苦しみを想像したことがないということはない。
 炉の中で熱さに目を覚ました彼らがどんな表情を浮かべるのか。どれほどの絶叫を上げるのか。それは私の知るところではない。私はその場にはいないし見届ける必要もない。ただ化粧を施す。それが私の仕事だ。
 それでも時折考えることがある。彼らは何を感じるのか、蘇ったその瞬間に自分が再び焼かれる運命にあると気づいた時、その意識はどこへ向かうのだろうと。
 そんなことを考えるとき、私は決まって微笑む。
「それもまた、彼らの人生だったんでしょう」
 今日も仕事終わりにコンビニへ寄り道して酒を買った。
 家に帰る途中でふと夜空を見上げると星が瞬いている。その光景は美しい――けれど、どこか遠い。私には関係のないものだと思った。
 家に着くと、私はいつものように一人で酒を飲む。グラスに注いだ液体が揺れ、その表面に自分の顔が映り込む。美しい顔立ち。それだけが私の取り柄。
「顔だけ……ね」
 グラスを口元に運びながら呟く。その言葉には感情はなく、ただ事実として受け入れているだけだ。
 その夜、私は夢を見た。
 火葬場の炉の中で目を覚ました人々が次々と叫び声を上げている夢。彼らは熱さに耐えきれず手足をバタつかせながらもがき苦しんでいた。そしてその中には――今日化粧を施したご婦人もいた。
「助けて……!」
 彼女は私に向かって手を伸ばしていた。その顔には恐怖と痛みが浮かんでいるが私は動かなかった。ただその光景を冷静に見つめているだけ。そして彼女が完全に焼け落ちた瞬間――。
「ぐぐぐ……かっ……かっ……ふ……」
 あの声が聞こえたがここは夢ではなく現実。部屋の隅に誰か――いや、“何か”が立っていた。それは今日化粧を施したご婦人だった。
 彼女は焼け焦げた肌でそこに立ち尽くしていた。目は虚ろで口だけが不自然に開いている。そしてその口から漏れ出た声。
「どうして……?」
 私はベッドから身動き一つせずにその姿を見つめていた。恐怖という感情はなく、ただ冷静な私は静かに呟いた。
「それもまた……あなたの人生だったんでしょう」
 その言葉に反応するように、ご婦人は一歩こちらへ近づいてくる。その足音は湿った肉が床へ張り付くような音だった。
「どうして……どうして……どうして……!」
 徐々に大きくなる声が叫び声となった瞬間、私は冷静さを失い目を閉じた。次にゆっくりと目を開けた時にもう部屋には誰もいなかったが、ただ焦げ臭い匂いだけが漂っていた。
 翌朝、私はいつも通り仕事場へ向かう。化粧道具一式を整え、御遺体へ手を伸ばす。それが私の日常。私はただ、自分にできることをするだけ。それ以上でも、それ以下でもない。それが私の人生なのだから……。