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第五十二話

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 デュアルムラマサにより高速で斬りかかるエヴァであったが、その刃を易々と受け止める富士宮。それと共に、装甲越しに誘惑する。
 その行為に嫌な予感を知覚したエヴァは即座に後方へ下がるも、その不安は的中してしまう。
 装甲が、一撫でで溶け出していたのだ。熱によるものではなく、彼女が手のひらから分泌する粘度の高い液体によるもので、さながらロー……赤ちゃんの肌をも保湿できる、いろいろな使用用途をもった『アレ』のようである。
「安心して、体には無害なものだから」
「そういうことを気にしている訳じゃあない!!」
 一切の武器を持たない富士宮に対し、デュアルムラマサで応戦するエヴァ。しかし、圧倒的に武具の面で優勢であるはずのエヴァは、一切の手傷を追わせることが出来ずにいたのだ。
 全力を以って袈裟にぶった切ろうとしても、その液体が刃にかかる力を失わせ、デュアルムラマサが駄目ならと肉弾戦を仕掛けようとしても、その繰り出す拳や蹴りは意味をなさず無力化されるばかり。
 しかし、一方の富士宮は、というと。攻撃する意思など感じさせずただ攻撃を無力化していくだけであった。どれだけ無力化した後に隙が生じようとも、装甲を溶かすばかりで一切の攻撃を繰り出さないのだ。
「――何だ、私を舐めているのか」
「いえ、単純に私は戦闘向きじゃあないだけ。このエッチ用のロ……液体に塗れた手で撫でて戦意を喪失させるくらい?」
「今ローションって言いかけたよな!? もうごまかしても意味ないだろエッチ用まで言っちゃったら!!」
 そのエヴァのツッコミに、妖しい笑みのまま問い掛ける富士宮。
「なに、分かっちゃうってことは普段から使っているの?」
「そ、そんなことは――――」
 エヴァの言いよどむ表情を楽しみながら、富士宮は肌に塗るようにジェスチャーする。
「お肌の保湿に便利よねこれ!」
「――!! 私をおちょくっているのか!?」
 デュアルムラマサを振るって、何とか有効打を与えようと試みるものの、どれだけ速度を上げようとも火力を上げようとも、勢いを殺されてしまう。ローションによって全てが滑り、強く握りしめようとも片方を離してしまいそうなほど。
 さらに、富士宮自身が、荒事全般がどうも苦手なのか、受け流し捌くばかりで明確な攻撃行動をとらないことも理由する。抵抗こそするものの、敵対はしない。そういう感じであった。
 実に不思議なスタンスの彼女に、やり辛いような顔色を見せると、小ばかにするようにくすくすと笑う。
「あら、もう終わりかしら。英雄さん?」
「私は厳密には違うが……これで終わってたまるか!!」
 次第にローションの感覚をつかんだエヴァは、滑る勢いを生かし踊るように攻撃を繰り出す。滑る流れは誰にも理解しきれないため、予測不能の舞であった。
(凄いわ、あれだけの足元の不安定さを逆にリズムを乱すために利用するだなんて。戦闘のIQが私なんかよりもはるかに上ね)
 しかし、エヴァが『武器の匠』でありながら戦闘の才があるのなら、富士宮は攻撃を寄せ付けない、あるいはいなす才があった。それこそが、別の誰かに変身した時のような土の魔力性質。
 超高粘度のローションでも威力を殺しきれない苛烈な攻撃は、自分の周りに薄く張り巡らせた土の鎧を以って防ぐ。実に薄く、そして強固。魔力の込め方によって性質はいくらでも変貌しうるため、乾き硬質化した土にも、足や剣、拳を絡めとる粘土質な泥にも変わる。
「私は貴女を戦意喪失させる。殺すだとか、傷つけるだとか。そういう野蛮なことはほかの構成員に任せるのが私のモットー。血なんて見たくはないの」
 ローションの粘度や滑りやすさを逐次可変させていき、リズムや流れをつかみ始めたエヴァの攻撃を殺していく。全ての行動が思うようにいかないもどかしさが胸中に募る中、一瞬の隙を見つけた富士宮はドライバー上部を押し込む。
『Killing Engine Ignition』
「本当、このベルトも『殺人機構の点火』なんて、野蛮極まりないわ。これからすることはそんなこと微塵も考えていないのに」
 ローションと土を織り交ぜた、粘度の高い地に手を置き、無数の人型を生成する。やがてその人型全員、エヴァを覆いつくしていく。
「なッ……これは!?」
「簡単よ、私の必殺技は相手の好きな人の裸体で囲んで、じっくり堕落させるもの。誰も傷つけたくない、私の心が願った最も効率のいい、そして最も心地のいい心の折り方よ」
 次第に、エヴァの周りには無数の礼安が裸体となって現れだしていた。戸惑うエヴァをよそに、富士宮は静かに勝利宣言かのように語りだす。
「言っているでしょう? 私は、ハナから戦うことは考えてないの。なんせ自分が弱いことくらい自分がよく分かっているから。だから、私は常に戦意喪失させることに重きを置くの。だからチーティングドライバーで私が強化を望んだのは……明確な力じゃあない、相手を惑わす幻術方面よ」
「そ、そんな――!」
 装甲が完全に溶けていたエヴァにとって、頼みの綱はデュアルムラマサだけであったが。結局はそのデュアルムラマサすら無数の礼安たちに優しく離されてしまった。
 体中を駆け巡る快感に、身をよじりながら耐えるエヴァ。しかし、声は次第に我慢しきれず漏れ出していた。
 そんなエヴァの傍に横になり、自身も変身を解除する富士宮。その瞳は妖しさなど微塵も感じさせない、憐憫の色に満ちていた。
「もういいじゃあない、無理に命を張って戦わなくても。結局は生き死になんて野蛮なことを考えるからこそ、貴方たち英雄は蜉蝣の如く、儚く命を落とす。長い戦いの中で、十分学んでいるでしょう」
 富士宮が望むのは、抗争や戦争などではないのだ。思考の結末としては、堕落させる方向で『教会』サイドそのままである。しかし、思考の過程にあるのは争いを望まない、『英雄』サイドのもの。
 複雑怪奇でありながらも、富士宮が望むものは世の混沌ではなく、世の平穏であるのだ。
「正直……私はあの一階で戦う丸善爺様が死ぬか刑務所に入るとしたら、次は私があのポストに収まることになる。私もこの埼玉支部を愛する気持ちは一緒だし……この現状を変えることだってやぶさかじゃあない」
 次第に、エヴァの抵抗力は落ちていき、愛撫に屈してしまう寸前にあった。少しでも痛みによって自分の意識を保とうとしていたが、唇を力強く噛み締めていたのも、手を握りしめて爪を食い込ませていたのも、全て弛緩していった結果無力に。快楽に身を委ね、次第に目も虚ろなものになっていく。
「――今のトップであるグラトニー様。正直やり方が気に食わないの。金と暴力で全てを終わらせる、野蛮な考えがとくに。だから……私が変えてあげる、この埼玉支部の現状を。だから……もう抵抗しないでエヴァ。それが――『貴女のため』なの」
 エヴァを芯から気にかけている、富士宮。その言葉、その心はまさに本物。もし立場さえ異なったら、もし時代が異なったら。彼女はどうなっていたのだろう。
 しかし、エヴァはその富士宮の言葉に異を唱えた。
「ちょっと……待って……『貴女のため』って……?」
「そうよ、貴女も、お仲間も。傷つかなくていいのよ」
 優しく手を握る富士宮であったが、エヴァはその手を残された力で振り払った。
「私は……その『貴女のため』って言葉が何より嫌いだ……自分の意のままに他者を言いくるめようとする、底にある意地汚さが見え透いた……エゴ極まった台詞だ……!!」
 あれだけの快楽で包み込んだエヴァが、未だこの反抗精神を持ち合わせていたことに驚愕しつつも、富士宮はエヴァに子供に言い聞かせるかのように語り掛ける。
「それが傷つかなくていい最良の選択肢よ、お互いもう血を流さなくていいのよ!? 何で……私の言うことを否定するの!?」
 エヴァはその覚醒した力で、富士宮の頬を平手打ちする。初めて、この二人のやり取りの中で生まれたダメージであった。
「――ふざけないで。確かにそれは理想かもしれないけど……それはどんなクソ野郎にも適応されてしまうのが……何より気に食わない。あのスラム街を恐怖のどん底に陥れた計画犯は、グラトニーは、そんな生ぬるい所業で終わらせていい相手じゃあなかった!!」
 痛みを伴わない解決。それが今なおできるのだったら、この世に戦争という概念は生まれなかった。世界中のどこかで、続く紛争。それが起こる理由は互いの意見の衝突だったり、エゴ極まった意見による一方的なものだったり。
 この日本において、情状酌量をかけられる存在は数多く存在する。
 その中には、きわめて凶悪な犯罪を思考し、実行したのにも拘らず、偽りの精神障害云々によって言い逃れするような性根の腐った輩や、たかがその一時の感情のブレにより他者に暴力を振るい、排他する行為、すなわちいじめの加害者が含まれる。そう、『法で裁けない悪』そのものであるのだ。
「富士宮……アンタの意見そのままに語るなら。それすら許し平和的解決……ってことになる。そんなのあり得ない。いつだって、そんな平和ボケした価値観をぶつけられて割を食うのは被害者ばかりじゃあないか!!」
 エヴァは、過去とある事件により男性を酷く嫌うようになった。トラウマともいえたその最悪な状況を、少しでも接することが出来たきっかけは同級生の丙良や、学園長の働き掛けによるもの。
 常時平和であること。それは理想極まった理想郷|《ユートピア》。しかしそれを成し遂げるためには人類の意識全てを操り、争いなど起こらないよう洗脳でもしない限り不可能である。そんなものはただの反理想卿≪ディストピア≫そのもの。
 人間は常に、誰かと比べ競うことで進化を続けてきた、いわば争いを常套化した生物である。それをやめてしまったら、何が残るのだろう。
 その中で生まれたがん細胞である性根の腐りきった存在を許してしまったら、社会や世界に大きな膿が出来上がってしまう。人々が手を取り合い、差別などが永遠あり得ない平和な世界など、一生あり得ないのだ。
「もし、もしだ。自分のところで働く大切なストリップ嬢たちが、どこぞの薄汚い男に犯されたら……アンタはそれでも平和を謳う気か。『貴女のためだ』だとか、世迷言を宣うつもりか!!」
 脆い理想。それは思考することをやめた、大前提の可能性に対する防御力が、著しく低い。灯台下暗しとでも表現しようか、そう言った最も近く思考することを無意識にやめていた事柄が、喉元に刃として突き立てられるのだ。
 言い淀む富士宮。それは無論そんなことを許せない、責任者として当然の思考であった。
 抗うことを、戦うことを諦めたら。結局はそうなってしまうのだ。
「――私たち、英雄学園は。世の中に根付いた悪を打ち滅ぼし続ける。人々の希望の象徴として、社会がなあなあで済ませてきた事柄にメスを入れる。それが――不破学園長の現役時代から続くモットー、そして英雄学園のスローガンだ」
 礼安の幻覚は、いつの間にか崩壊していた。びちょびちょになった衣服を整えると、エヴァは富士宮の元を離れる。
「もし、もし私の意見に異を唱えるなら。ドライバーを取って私に立ち向かってみろ。その時は、容赦なく斬り伏せる」
 戦い始めは迷いこそあったものの、今の彼女の刃に迷いなどない。たとえどれだけ防ごうとも、刃が肉体に到達することだろう。
 しかし、富士宮は一向に異を唱えようとしない。エヴァはその場を立ち去ろうとすると、彼女がぽつりと呟きだしたのだ。
「――分かっていた。本当は分かっていたの。自分が掲げる理想が、どれほどの夢物語か、ってことくらい。でも……多くを失ったあの日から、私は壊れていったの」



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 デュアルムラマサにより高速で斬りかかるエヴァであったが、その刃を易々と受け止める富士宮。それと共に、装甲越しに誘惑する。
 その行為に嫌な予感を知覚したエヴァは即座に後方へ下がるも、その不安は的中してしまう。
 装甲が、一撫でで溶け出していたのだ。熱によるものではなく、彼女が手のひらから分泌する粘度の高い液体によるもので、さながらロー……赤ちゃんの肌をも保湿できる、いろいろな使用用途をもった『アレ』のようである。
「安心して、体には無害なものだから」
「そういうことを気にしている訳じゃあない!!」
 一切の武器を持たない富士宮に対し、デュアルムラマサで応戦するエヴァ。しかし、圧倒的に武具の面で優勢であるはずのエヴァは、一切の手傷を追わせることが出来ずにいたのだ。
 全力を以って袈裟にぶった切ろうとしても、その液体が刃にかかる力を失わせ、デュアルムラマサが駄目ならと肉弾戦を仕掛けようとしても、その繰り出す拳や蹴りは意味をなさず無力化されるばかり。
 しかし、一方の富士宮は、というと。攻撃する意思など感じさせずただ攻撃を無力化していくだけであった。どれだけ無力化した後に隙が生じようとも、装甲を溶かすばかりで一切の攻撃を繰り出さないのだ。
「――何だ、私を舐めているのか」
「いえ、単純に私は戦闘向きじゃあないだけ。このエッチ用のロ……液体に塗れた手で撫でて戦意を喪失させるくらい?」
「今ローションって言いかけたよな!? もうごまかしても意味ないだろエッチ用まで言っちゃったら!!」
 そのエヴァのツッコミに、妖しい笑みのまま問い掛ける富士宮。
「なに、分かっちゃうってことは普段から使っているの?」
「そ、そんなことは――――」
 エヴァの言いよどむ表情を楽しみながら、富士宮は肌に塗るようにジェスチャーする。
「お肌の保湿に便利よねこれ!」
「――!! 私をおちょくっているのか!?」
 デュアルムラマサを振るって、何とか有効打を与えようと試みるものの、どれだけ速度を上げようとも火力を上げようとも、勢いを殺されてしまう。ローションによって全てが滑り、強く握りしめようとも片方を離してしまいそうなほど。
 さらに、富士宮自身が、荒事全般がどうも苦手なのか、受け流し捌くばかりで明確な攻撃行動をとらないことも理由する。抵抗こそするものの、敵対はしない。そういう感じであった。
 実に不思議なスタンスの彼女に、やり辛いような顔色を見せると、小ばかにするようにくすくすと笑う。
「あら、もう終わりかしら。英雄さん?」
「私は厳密には違うが……これで終わってたまるか!!」
 次第にローションの感覚をつかんだエヴァは、滑る勢いを生かし踊るように攻撃を繰り出す。滑る流れは誰にも理解しきれないため、予測不能の舞であった。
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 しかし、エヴァが『武器の匠』でありながら戦闘の才があるのなら、富士宮は攻撃を寄せ付けない、あるいはいなす才があった。それこそが、別の誰かに変身した時のような土の魔力性質。
 超高粘度のローションでも威力を殺しきれない苛烈な攻撃は、自分の周りに薄く張り巡らせた土の鎧を以って防ぐ。実に薄く、そして強固。魔力の込め方によって性質はいくらでも変貌しうるため、乾き硬質化した土にも、足や剣、拳を絡めとる粘土質な泥にも変わる。
「私は貴女を戦意喪失させる。殺すだとか、傷つけるだとか。そういう野蛮なことはほかの構成員に任せるのが私のモットー。血なんて見たくはないの」
 ローションの粘度や滑りやすさを逐次可変させていき、リズムや流れをつかみ始めたエヴァの攻撃を殺していく。全ての行動が思うようにいかないもどかしさが胸中に募る中、一瞬の隙を見つけた富士宮はドライバー上部を押し込む。
『Killing Engine Ignition』
「本当、このベルトも『殺人機構の点火』なんて、野蛮極まりないわ。これからすることはそんなこと微塵も考えていないのに」
 ローションと土を織り交ぜた、粘度の高い地に手を置き、無数の人型を生成する。やがてその人型全員、エヴァを覆いつくしていく。
「なッ……これは!?」
「簡単よ、私の必殺技は相手の好きな人の裸体で囲んで、じっくり堕落させるもの。誰も傷つけたくない、私の心が願った最も効率のいい、そして最も心地のいい心の折り方よ」
 次第に、エヴァの周りには無数の礼安が裸体となって現れだしていた。戸惑うエヴァをよそに、富士宮は静かに勝利宣言かのように語りだす。
「言っているでしょう? 私は、ハナから戦うことは考えてないの。なんせ自分が弱いことくらい自分がよく分かっているから。だから、私は常に戦意喪失させることに重きを置くの。だからチーティングドライバーで私が強化を望んだのは……明確な力じゃあない、相手を惑わす幻術方面よ」
「そ、そんな――!」
 装甲が完全に溶けていたエヴァにとって、頼みの綱はデュアルムラマサだけであったが。結局はそのデュアルムラマサすら無数の礼安たちに優しく離されてしまった。
 体中を駆け巡る快感に、身をよじりながら耐えるエヴァ。しかし、声は次第に我慢しきれず漏れ出していた。
 そんなエヴァの傍に横になり、自身も変身を解除する富士宮。その瞳は妖しさなど微塵も感じさせない、憐憫の色に満ちていた。
「もういいじゃあない、無理に命を張って戦わなくても。結局は生き死になんて野蛮なことを考えるからこそ、貴方たち英雄は蜉蝣の如く、儚く命を落とす。長い戦いの中で、十分学んでいるでしょう」
 富士宮が望むのは、抗争や戦争などではないのだ。思考の結末としては、堕落させる方向で『教会』サイドそのままである。しかし、思考の過程にあるのは争いを望まない、『英雄』サイドのもの。
 複雑怪奇でありながらも、富士宮が望むものは世の混沌ではなく、世の平穏であるのだ。
「正直……私はあの一階で戦う丸善爺様が死ぬか刑務所に入るとしたら、次は私があのポストに収まることになる。私もこの埼玉支部を愛する気持ちは一緒だし……この現状を変えることだってやぶさかじゃあない」
 次第に、エヴァの抵抗力は落ちていき、愛撫に屈してしまう寸前にあった。少しでも痛みによって自分の意識を保とうとしていたが、唇を力強く噛み締めていたのも、手を握りしめて爪を食い込ませていたのも、全て弛緩していった結果無力に。快楽に身を委ね、次第に目も虚ろなものになっていく。
「――今のトップであるグラトニー様。正直やり方が気に食わないの。金と暴力で全てを終わらせる、野蛮な考えがとくに。だから……私が変えてあげる、この埼玉支部の現状を。だから……もう抵抗しないでエヴァ。それが――『貴女のため』なの」
 エヴァを芯から気にかけている、富士宮。その言葉、その心はまさに本物。もし立場さえ異なったら、もし時代が異なったら。彼女はどうなっていたのだろう。
 しかし、エヴァはその富士宮の言葉に異を唱えた。
「ちょっと……待って……『貴女のため』って……?」
「そうよ、貴女も、お仲間も。傷つかなくていいのよ」
 優しく手を握る富士宮であったが、エヴァはその手を残された力で振り払った。
「私は……その『貴女のため』って言葉が何より嫌いだ……自分の意のままに他者を言いくるめようとする、底にある意地汚さが見え透いた……エゴ極まった台詞だ……!!」
 あれだけの快楽で包み込んだエヴァが、未だこの反抗精神を持ち合わせていたことに驚愕しつつも、富士宮はエヴァに子供に言い聞かせるかのように語り掛ける。
「それが傷つかなくていい最良の選択肢よ、お互いもう血を流さなくていいのよ!? 何で……私の言うことを否定するの!?」
 エヴァはその覚醒した力で、富士宮の頬を平手打ちする。初めて、この二人のやり取りの中で生まれたダメージであった。
「――ふざけないで。確かにそれは理想かもしれないけど……それはどんなクソ野郎にも適応されてしまうのが……何より気に食わない。あのスラム街を恐怖のどん底に陥れた計画犯は、グラトニーは、そんな生ぬるい所業で終わらせていい相手じゃあなかった!!」
 痛みを伴わない解決。それが今なおできるのだったら、この世に戦争という概念は生まれなかった。世界中のどこかで、続く紛争。それが起こる理由は互いの意見の衝突だったり、エゴ極まった意見による一方的なものだったり。
 この日本において、情状酌量をかけられる存在は数多く存在する。
 その中には、きわめて凶悪な犯罪を思考し、実行したのにも拘らず、偽りの精神障害云々によって言い逃れするような性根の腐った輩や、たかがその一時の感情のブレにより他者に暴力を振るい、排他する行為、すなわちいじめの加害者が含まれる。そう、『法で裁けない悪』そのものであるのだ。
「富士宮……アンタの意見そのままに語るなら。それすら許し平和的解決……ってことになる。そんなのあり得ない。いつだって、そんな平和ボケした価値観をぶつけられて割を食うのは被害者ばかりじゃあないか!!」
 エヴァは、過去とある事件により男性を酷く嫌うようになった。トラウマともいえたその最悪な状況を、少しでも接することが出来たきっかけは同級生の丙良や、学園長の働き掛けによるもの。
 常時平和であること。それは理想極まった理想郷|《ユートピア》。しかしそれを成し遂げるためには人類の意識全てを操り、争いなど起こらないよう洗脳でもしない限り不可能である。そんなものはただの反理想卿≪ディストピア≫そのもの。
 人間は常に、誰かと比べ競うことで進化を続けてきた、いわば争いを常套化した生物である。それをやめてしまったら、何が残るのだろう。
 その中で生まれたがん細胞である性根の腐りきった存在を許してしまったら、社会や世界に大きな膿が出来上がってしまう。人々が手を取り合い、差別などが永遠あり得ない平和な世界など、一生あり得ないのだ。
「もし、もしだ。自分のところで働く大切なストリップ嬢たちが、どこぞの薄汚い男に犯されたら……アンタはそれでも平和を謳う気か。『貴女のためだ』だとか、世迷言を宣うつもりか!!」
 脆い理想。それは思考することをやめた、大前提の可能性に対する防御力が、著しく低い。灯台下暗しとでも表現しようか、そう言った最も近く思考することを無意識にやめていた事柄が、喉元に刃として突き立てられるのだ。
 言い淀む富士宮。それは無論そんなことを許せない、責任者として当然の思考であった。
 抗うことを、戦うことを諦めたら。結局はそうなってしまうのだ。
「――私たち、英雄学園は。世の中に根付いた悪を打ち滅ぼし続ける。人々の希望の象徴として、社会がなあなあで済ませてきた事柄にメスを入れる。それが――不破学園長の現役時代から続くモットー、そして英雄学園のスローガンだ」
 礼安の幻覚は、いつの間にか崩壊していた。びちょびちょになった衣服を整えると、エヴァは富士宮の元を離れる。
「もし、もし私の意見に異を唱えるなら。ドライバーを取って私に立ち向かってみろ。その時は、容赦なく斬り伏せる」
 戦い始めは迷いこそあったものの、今の彼女の刃に迷いなどない。たとえどれだけ防ごうとも、刃が肉体に到達することだろう。
 しかし、富士宮は一向に異を唱えようとしない。エヴァはその場を立ち去ろうとすると、彼女がぽつりと呟きだしたのだ。
「――分かっていた。本当は分かっていたの。自分が掲げる理想が、どれほどの夢物語か、ってことくらい。でも……多くを失ったあの日から、私は壊れていったの」