三階、重役接待エリア。『教会』関係者や埼玉県の重役がこの場に集い、互いの利益を考えカネのやり取りを行う場所である。その影響か、この場所で行われるのはカネのやり取りだけではなく、接待のためにストリップショーを行うこともある。
よほどやり取りを見られたくないのだろうか、窓は一切の光を通さない遮光性抜群のものであり、外から中を窺い知ることは容易ではない。
さらにフロア全体が完全防音となっており、『どれだけ』のことを行おうとも認知することはできない。その『どれほど』がどういったことなのかは、想像に任せるとしよう。
ひときわ巨大な会議室、そこには『教会』埼玉支部のあらゆる行いが記されているコンソールがひとつあるばかりで、エヴァの探索はすぐに終了した。特に誰がいるわけでもないこの状況に、疑問を抱きながら。
(これだけの重要証拠をむき出しに置いておくのは……不用心が過ぎる。絶対に何か裏がある)
そう警戒し、デュアルムラマサを取り出し、辺りに殺気をばら撒くも、それに反応する者はいない。もとより、人の気配など微塵も感じられないのだ。
「――――ということは、このコンソール。わざと置いた可能性が高い、ってことか……。何か見られたくないものはここには一切置かず、逆に『見せてもいい情報』しか入っていない、と」
正直、これまでの証言や自分たちが集めた証拠から、嫌なものしか想像できなかった。しかし、それがタイプする指を止める理由になどなりはしない。
いつでも応戦できるように、腰にライセンス装填済みのデュアルムラマサを携え、デバイスと共にそのコンソールから情報を抜き出し、自分とデバイスに記憶させていく。
無機質なタイプ音しか聞こえない空間。馬鹿に静かであった上に、その静寂が耳につく。
少しでも気分を紛らわせるため、礼安たちとの思い出を想起しながら作業する。
「――始まりは、偶然ともいえるものでしたね」
独り言交じりに、あの入学前の出来事を脳内に呼び起こす。あの時は限界オタクのような感情をむき出しにしていても、嫌な顔一つせずふるまってくれた礼安のことを、まるで天使のように思っていた。
しかし、そのあと神奈川支部との戦いの中で、苦悩し、それでも多くの人を守るため前に進むことを決めた。芯の強い、将来有望な英雄であることを理解したのと同時に、彼女に対しての恋愛感情を自覚した瞬間でもあったのだ。
礼安のことを考えるたび、自身の頬が緩むのを自覚している。それは埼玉内で事実上のデートをあのショッピングモールで行った際。自分で服を買ったことがないお嬢様であり、人のあらゆる感情に実は乏しいことをそこで知った。
「――正直、あのバックボーンがあったのを知ったのは、あの事件以降でした。少しでも支えになれれば……とも思いましたが、どうにかできるのでしょうかね。私なんかに」
無機質なタイプ音が終わった瞬間。それ即ちデータの吸出しが完了していたのだ。
早速、ことの悪事やら自分たちの情報やらがごちゃ混ぜになったデータを、皆に送ろうとした矢先。眼前のデバイスに信じられないものが映っていたのだ。
「え……これって……!?」
そこに記されていたのは、天音家について。過去から現在に至るまで、しっかりとした家系図が記されていた。透やあの七人の子供のうち一人以外すべてにバツ印がつけられており、自分たちがまったくもって知らない情報の濁流が起こっていたのだ。
「――なぜ埼玉支部のコンソールの中に、天音さんの家系図が……!?」
その疑問に答えるかのように、闇からひっそりと現れる存在がいた。
「お嬢さん、埼玉支部の情報に、何か疑問でもあったかい」
その声の主の方に向き、腰に携えたデュアルムラマサに手をかける。そこに現れたのは、エヴァにとって信じられない顔をしていた。
「ら、礼安さん――!?」
そう、その人物の表情は紛れもない礼安そのもの。礼安にどす黒い悪性が追加されたような、妖しい雰囲気を纏っており、情報処理を脳が拒むほどに見た目が礼安そのものであった。
その礼安に似た存在は、エヴァの取り乱す様子を見て、くつくつと嗤っていた。
「エヴァちゃん、どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてさ」
彼女はエヴァの心を弄ぶかのようにあくどい笑みを浮かべているものの、エヴァはそんな彼女を恨めしそうに睨みつけた。
「誰だか知らないが……私の大切な人を騙るな!!」
「しょうがないじゃない、私の十八番というか……『能力』そのものなんだもの」
頬から土がボロボロと零れ落ち、やがてその人物の本当の顔が露わになる。
実に見目麗しい女性であり、まるでストリップ嬢のような豊満な肉体に、ナイトドレスを着用。華美なネックレスやピアスなども好んでつけており、男を惑わす魔性の女そのものである。
「最初に開示しちゃうけど、私の能力は『欲塗れの竜宮童子≪デザイア・シルエット≫』。相手の望む姿に変身できる、って欠片も戦闘向きじゃあない能力。だって当人の身体能力とか、そう言った肝心なものをコピーできるわけじゃあないから。まあ偵察、諜報、潜入向けの能力よね」
戦闘向きではないかもしれないが、その力は確かなもの、雰囲気こそまねできなかったものの、その見た目は間違いなく礼安そのものであった。昔話そのままに、厄介なものだと感じていた。
「私はこの『教会』埼玉支部所属、壇之浦銀行次長兼この三階ストリップ場の統括責任者。富士宮 えり|《フジノミヤ エリ》よ。以後よろしく、お嬢さん」
「……英雄学園東京本校武器科二年一組所属兼『武器の匠』、エヴァ・クリストフ」
富士宮は、エヴァを品定めするような目で全身を伺うと、ぱあと顔色が明るくなった。
「貴女、ずいぶん将来有望な肉体をしているわ。おっぱいも大きくなりそうだし、スタイル抜群よ。どう、うちの劇場でゲストとして出演しない?」
「誰が。あのコンソールからしても、情報網は確かなものだと理解はしたけど……私の性的志向を分かっていてその冗談を?」
富士宮は妖しい笑みを浮かべながらも、エヴァに触れる。
「分かっていて、よ。別にストリップが男だけのものではないわ、貴女好みの女の子たちがくんずほぐれつする姿を楽しみにする、そんな女性のお客様も少なからず存在するものよ?」
以前の自分なら、己の欲を満たすことのできる場として、武器に向けるもの以外にほしいと、少しでもその甘言に揺らいだことだろう。結局は『武器の匠』としての人生を選ぶだろうが、選択肢としてはあり得た。
しかし、今は違う。明確な想い人がいる中、そういった蠱惑の坩堝に身を浸らせるよりも、もっと大切な存在の傍にいたい。自分たちで、平和な世の中を作り出していきたい。そう言った英雄的|《ヒロイック》志向に、あの一件以来目覚めているのだ。
「――魅力的な提案ではあったけれど。でも私には……礼安さんがいるので。その人を追うことで、今私の頭の大体を支配されていることくらい、知っているものと思いましたがね」
「あら、ごめんなさいね。別に恋路の邪魔なんてしないわ。でも――私も『ソッチ』の気があるのよね。だからそう易々とは諦められないかな、なんてね」
チーティングドライバーを手にし、艶めかしい手つきで装着、起動させる。
『Crunch The Story――――Game Start』
「変身」
投げキッスと共に異形化、あの渋谷の地でも複数見られた、女性型の怪人の姿へ変貌する。
富士宮の肉体美をそのままデザインとして落とし込み、あられもなくはだけた着物を纏い、さながら花魁のよう。顔のゆがみとして、目は確認できず唇のみ。自分の肉体に驚異的な自信を持ち合わせた、男も女も等しく堕落させてきた、淫魔|《サキュバス》の姿であった。
エヴァもそれに対抗するように、デュアルムラマサを手にし、勢いよく分割。
「構築、開始|《ビルド・スタート》!!」
雷光と共に、装甲を纏うエヴァ。その瞳は、覚悟の決まった戦士のそれと同様。
「ああ、実にヒロイック。そんな貴女を性的に堕としたいわ」
「堕とされなんてしないさ、強い意志がある限り、『武器の匠』として仕事をするだけさ」