表示設定
表示設定
目次 目次




ずっとあなたを好きでした

ー/ー



 柊くんは覚えているかな。あの日、私が強引に連れて行って、私を奪わせてしまったあの日の事を。
 
 ……愚問だよね。柊くんが忘れるわけがないから。思った事自体が間違いだね。ごめんね。柊くん。
 
 今はまだ家に居ない柊くんに私は謝っていた。夕焼けが今日は綺麗だ。夕方の五時と言うのにこの綺麗さ。冬はやっぱり、昼が短い。だから寒いと感じてしまうのだと思う。
 
 あの日、柊くんに抱きしめられるまでの私は冬の季節そのものだった。
 
 初めて付き合った彼氏は酷いでは言い尽くせないほどの最低な男だった。家では当たり前に暴力が飛ぶ。心も身体も嬲られる。痛い記憶しかなかった。はじめても痛くて苦しかった記憶しかなかった。
 
 家の外でも見えなければストレスの捌け口にされて、バレないように暴力。痣や傷ができても、転けたとか仕事でとか適当な嘘で誤魔化された。そして気付かれた事を私の能力不足にされて暴力。あの男の顔色を伺って行動するしかなかった。それも殆ど意味をなさなかった。
 
 痛くて苦しくて辛くて……
 
 それ以外の感情が湧かなかった。
 
 何度も死のうとしたけど、弱かったからそれが出来なかった。失敗した時のリスクを考えて何も出来なかったし、もう一歩を踏み込めなかった。柊くんがあの夜に辿々しい言葉で言ったよね。
 
『凍てつく吹雪の中の深い雪の雪原で哀しく踊っているようだ』
 
 その通りだった。笑顔であの飲み会も振る舞っていたけど、限界だった。あの夜に柊くんが抱いてくれなかったら、私はその一歩を踏み出していたと思う。そしたら、今はここに居なかったと思うんだ。だからよかった。柊くんが最後の最後で男の子だったから。
 
 デジタル式の時計に目をやると、五時二十三分を示していた。そろそろご飯の準備をしよう。私は暖かく木の温もりを感じるリビングから、白と木でデザインされた私と柊くんで決めた台所へと向かった。
 
 
 
 今日の夕食はおでんにしている。柊くんは寒い中帰ってくるんだから、温かい食べ物がいいって思って。鍋でもいいけど、私の気分がおでんって言っているからおでん。柊くんも大好きだから、大丈夫だよね。大丈夫。柊くんは優しいから許してくれる。私は自分を肯定する。
 
 柊くんは、私が誰でもいいから助けて欲しくて声を掛けた、つけてきたって思っている。今でもずっと。柊くんはネガティブになりがちだから、そう考えちゃうのは仕方ないと思う。けどそれは違うよ。
 
 正直に答えるのが恥ずかしくて、未だに答えられていない私も悪いけど、柊くんを狙っていた。柊くんが優しくて断れないお人好しだからでもないよ。優しいが理由に繋がってはいるけど。
 
 私は柊くんが最初から好きだったから。柊くんじゃなきゃ抱きしめて欲しくなかった。柊くんだから全てを受け入れられた。
 
 他の人だったらキスされた時点で多分パニックを起こして、ビンタして逃げてたと思う。男の人に近づかれるのがあの時はダメだったから。そもそも近づけさせなかったと思うけど。今でもそれはまだ残っていて時々顔をのぞかせる時はある。ある程度軽減はしたから日常生活に支障はないかな……多分。
 
 あれこれ考えていたら、おでんがいい感じで煮込まれてきた。見た感じ大体大丈夫かな。練り物が主体だし、牛スジは処理済みのものを使っている。大根も下茹でしたのを入れているし、箸も通るからOK。
 
 味はしっかり染みた方がいいから、火を切ろう。最近冷ましたほうが味が染みるって聞いたから試してみる。ジュワッと出汁が出てきた方が美味しいからね。餅巾着は、柊くんが帰ってきてから入れよう。じゃあ、リビングに戻って少しゆっくりしていよう。
 
 私は火を消したのをちゃんと確認してから、リビングに軽くハミングをしながら戻った。デジタル時計は六時十二分。窓の外は暗く、灯りが必要な時間だと言うのが分かる状況だった。
 
 
 
 柊くんは、私とはじめて会ったのは高校生になってからって言ってたけど、それも違うよ。違うことだらけでおかしくなっちゃう。でも、それを許せちゃうと言うか気にならない。私本当に好きなんだなあって思う。
 
 柊くんは五歳の時に逢っていたんだ。あの日も雪が降った一日だった。二十年以上前なのに今でもはっきりと覚えている。
 
 私の家はパパもママも忙しくて、私は放置気味に育てられた。ただひたすらに寂しかったのが幼少期。
 
 幼少期は親とのコミュニケーションを取って、どう人と接するかを覚えるけど、私はわかってなかった。何も言えなくて、友達いなかった。家にも誰もいないから鍵を締めて誰も居ない公園のブランコに座って夕方になるのを待っていた。寒いけど、家よりも誰かに会えそうな気がしていたから。でも話せないから意味はなかった。その時までは。
 
 雪を振り払わずに、ブランコに座って寒い思いをしていたら、柊くんが突然後ろから現れて優しく雪を払ってくれたんだ。寒くないのって声を掛けてくれて。払ってくれた雪が光り輝いて見えて、柊くんの顔をより強く私に残してくれたし、かっこよく映ったんだ。
 
 見惚れながら出した言葉は、言葉として成立していなかったけど、私のありがとうとか遊びたい話したいを読み取ってくれて、砂場で遊んでくれたんだ。子どもらしく山を作るだけ。でも、楽しかった。言葉が言えていたかは怪しかったけど、ちゃんと意思疎通が出来て、私の事をずっと見ていてくれた。楽しませてくれた。それだけの事だよって柊くんは言いそうだけど、それで私には十二分だったんだ。
 
 あの日があったから私は人生をスタート出来たと思う。だって、もっとおしゃべりしたいからって思って、話すって言う事を、気持ちを伝えるって事を頑張る事が出来たから。覚えられたから。それから世界は広がった。
 
 また絶対に会いたい、逢いたいって思ったけど、あの日から高校に進学するまで会えなかった。多分、家族構成からして、あの日は柊くんの親戚の家に遊びに来ていただけだったからだよね。実家は私のとかなり距離があるから。
 
 それで再会したら全く覚えてなかったから、ちょっと寂しかった。昔にたった一回遊んだだけだから無理もないから、期待しすぎた私がアホだった話だとは思う。あと、私の見た目が自分で言うのもおかしいけど、垢抜けたのもありそうだって思った。目を隠すのをやめたし、ある時期からメガネからコンタクトに変えたから。会話だってちゃんと出来るようになって友達が居なくて寂しい思いをしなくなったのもあるかな。
 
 でも、忘れてもらえるくらい変わることが出来たって切り替えたら凄く嬉しくなった。だからその時の、変わる事が出来た自分で色々柊くんの気を引こうとした。
 
 そうしたら柊くんは私に惚れてきたのがわかってきた。決して自惚れじゃない。私にだけとても異常な反応をするし、常に見てきているのも知ってた。気づいてないと思ってただろうけど、見られる側は意外と気づいているもんだよ。しかも、目線を逸らして私を見るから、余計に意識しているのが分かっていた。
 
 だから、柊くんから告白して欲しかった。それが私に理想だったから。でもその時は来なかった。柊くんに少しヤキモキしたけど、ちゃんと考えたら自分が悪かったと思う。そんな状態なら、自分が押せば落ちたはずだから。でも、それをしなかったって事はやっぱりどこかで自分に自身がなかったからだと思う。
 
 その自信のなさが、あの男に靡く隙を作ったと思っている。私がただの尻軽なクズ女なだけだっただけかもしれない。いや、そうだろう。強く自分を持っていたら、靡くわけがなかった。柊くん一筋にいけない私はダメ女だ。
 
 そんな私も愛してくれて、私伴侶にしてくれたんだからあの日あの時と変わらない優しい柊くんなんだと思う。柊くんには返しきれないなあ。私の受けた恩を。
 
 物思いに耽っていたら、少し寂しくなったから柊くんの部屋にすこーしだけ入ろう。柊くん別に入っていいって言ってたから。心配しているわけじゃなくて、ここに居ない今が寂しいだけだから。それだけだから。
 


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 手紙と伝えた気持ち


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 柊くんは覚えているかな。あの日、私が強引に連れて行って、私を奪わせてしまったあの日の事を。
 ……愚問だよね。柊くんが忘れるわけがないから。思った事自体が間違いだね。ごめんね。柊くん。
 今はまだ家に居ない柊くんに私は謝っていた。夕焼けが今日は綺麗だ。夕方の五時と言うのにこの綺麗さ。冬はやっぱり、昼が短い。だから寒いと感じてしまうのだと思う。
 あの日、柊くんに抱きしめられるまでの私は冬の季節そのものだった。
 初めて付き合った彼氏は酷いでは言い尽くせないほどの最低な男だった。家では当たり前に暴力が飛ぶ。心も身体も嬲られる。痛い記憶しかなかった。はじめても痛くて苦しかった記憶しかなかった。
 家の外でも見えなければストレスの捌け口にされて、バレないように暴力。痣や傷ができても、転けたとか仕事でとか適当な嘘で誤魔化された。そして気付かれた事を私の能力不足にされて暴力。あの男の顔色を伺って行動するしかなかった。それも殆ど意味をなさなかった。
 痛くて苦しくて辛くて……
 それ以外の感情が湧かなかった。
 何度も死のうとしたけど、弱かったからそれが出来なかった。失敗した時のリスクを考えて何も出来なかったし、もう一歩を踏み込めなかった。柊くんがあの夜に辿々しい言葉で言ったよね。
『凍てつく吹雪の中の深い雪の雪原で哀しく踊っているようだ』
 その通りだった。笑顔であの飲み会も振る舞っていたけど、限界だった。あの夜に柊くんが抱いてくれなかったら、私はその一歩を踏み出していたと思う。そしたら、今はここに居なかったと思うんだ。だからよかった。柊くんが最後の最後で男の子だったから。
 デジタル式の時計に目をやると、五時二十三分を示していた。そろそろご飯の準備をしよう。私は暖かく木の温もりを感じるリビングから、白と木でデザインされた私と柊くんで決めた台所へと向かった。
 今日の夕食はおでんにしている。柊くんは寒い中帰ってくるんだから、温かい食べ物がいいって思って。鍋でもいいけど、私の気分がおでんって言っているからおでん。柊くんも大好きだから、大丈夫だよね。大丈夫。柊くんは優しいから許してくれる。私は自分を肯定する。
 柊くんは、私が誰でもいいから助けて欲しくて声を掛けた、つけてきたって思っている。今でもずっと。柊くんはネガティブになりがちだから、そう考えちゃうのは仕方ないと思う。けどそれは違うよ。
 正直に答えるのが恥ずかしくて、未だに答えられていない私も悪いけど、柊くんを狙っていた。柊くんが優しくて断れないお人好しだからでもないよ。優しいが理由に繋がってはいるけど。
 私は柊くんが最初から好きだったから。柊くんじゃなきゃ抱きしめて欲しくなかった。柊くんだから全てを受け入れられた。
 他の人だったらキスされた時点で多分パニックを起こして、ビンタして逃げてたと思う。男の人に近づかれるのがあの時はダメだったから。そもそも近づけさせなかったと思うけど。今でもそれはまだ残っていて時々顔をのぞかせる時はある。ある程度軽減はしたから日常生活に支障はないかな……多分。
 あれこれ考えていたら、おでんがいい感じで煮込まれてきた。見た感じ大体大丈夫かな。練り物が主体だし、牛スジは処理済みのものを使っている。大根も下茹でしたのを入れているし、箸も通るからOK。
 味はしっかり染みた方がいいから、火を切ろう。最近冷ましたほうが味が染みるって聞いたから試してみる。ジュワッと出汁が出てきた方が美味しいからね。餅巾着は、柊くんが帰ってきてから入れよう。じゃあ、リビングに戻って少しゆっくりしていよう。
 私は火を消したのをちゃんと確認してから、リビングに軽くハミングをしながら戻った。デジタル時計は六時十二分。窓の外は暗く、灯りが必要な時間だと言うのが分かる状況だった。
 柊くんは、私とはじめて会ったのは高校生になってからって言ってたけど、それも違うよ。違うことだらけでおかしくなっちゃう。でも、それを許せちゃうと言うか気にならない。私本当に好きなんだなあって思う。
 柊くんは五歳の時に逢っていたんだ。あの日も雪が降った一日だった。二十年以上前なのに今でもはっきりと覚えている。
 私の家はパパもママも忙しくて、私は放置気味に育てられた。ただひたすらに寂しかったのが幼少期。
 幼少期は親とのコミュニケーションを取って、どう人と接するかを覚えるけど、私はわかってなかった。何も言えなくて、友達いなかった。家にも誰もいないから鍵を締めて誰も居ない公園のブランコに座って夕方になるのを待っていた。寒いけど、家よりも誰かに会えそうな気がしていたから。でも話せないから意味はなかった。その時までは。
 雪を振り払わずに、ブランコに座って寒い思いをしていたら、柊くんが突然後ろから現れて優しく雪を払ってくれたんだ。寒くないのって声を掛けてくれて。払ってくれた雪が光り輝いて見えて、柊くんの顔をより強く私に残してくれたし、かっこよく映ったんだ。
 見惚れながら出した言葉は、言葉として成立していなかったけど、私のありがとうとか遊びたい話したいを読み取ってくれて、砂場で遊んでくれたんだ。子どもらしく山を作るだけ。でも、楽しかった。言葉が言えていたかは怪しかったけど、ちゃんと意思疎通が出来て、私の事をずっと見ていてくれた。楽しませてくれた。それだけの事だよって柊くんは言いそうだけど、それで私には十二分だったんだ。
 あの日があったから私は人生をスタート出来たと思う。だって、もっとおしゃべりしたいからって思って、話すって言う事を、気持ちを伝えるって事を頑張る事が出来たから。覚えられたから。それから世界は広がった。
 また絶対に会いたい、逢いたいって思ったけど、あの日から高校に進学するまで会えなかった。多分、家族構成からして、あの日は柊くんの親戚の家に遊びに来ていただけだったからだよね。実家は私のとかなり距離があるから。
 それで再会したら全く覚えてなかったから、ちょっと寂しかった。昔にたった一回遊んだだけだから無理もないから、期待しすぎた私がアホだった話だとは思う。あと、私の見た目が自分で言うのもおかしいけど、垢抜けたのもありそうだって思った。目を隠すのをやめたし、ある時期からメガネからコンタクトに変えたから。会話だってちゃんと出来るようになって友達が居なくて寂しい思いをしなくなったのもあるかな。
 でも、忘れてもらえるくらい変わることが出来たって切り替えたら凄く嬉しくなった。だからその時の、変わる事が出来た自分で色々柊くんの気を引こうとした。
 そうしたら柊くんは私に惚れてきたのがわかってきた。決して自惚れじゃない。私にだけとても異常な反応をするし、常に見てきているのも知ってた。気づいてないと思ってただろうけど、見られる側は意外と気づいているもんだよ。しかも、目線を逸らして私を見るから、余計に意識しているのが分かっていた。
 だから、柊くんから告白して欲しかった。それが私に理想だったから。でもその時は来なかった。柊くんに少しヤキモキしたけど、ちゃんと考えたら自分が悪かったと思う。そんな状態なら、自分が押せば落ちたはずだから。でも、それをしなかったって事はやっぱりどこかで自分に自身がなかったからだと思う。
 その自信のなさが、あの男に靡く隙を作ったと思っている。私がただの尻軽なクズ女なだけだっただけかもしれない。いや、そうだろう。強く自分を持っていたら、靡くわけがなかった。柊くん一筋にいけない私はダメ女だ。
 そんな私も愛してくれて、私伴侶にしてくれたんだからあの日あの時と変わらない優しい柊くんなんだと思う。柊くんには返しきれないなあ。私の受けた恩を。
 物思いに耽っていたら、少し寂しくなったから柊くんの部屋にすこーしだけ入ろう。柊くん別に入っていいって言ってたから。心配しているわけじゃなくて、ここに居ない今が寂しいだけだから。それだけだから。