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第四十七話 「遺志を胸に、生きて明日へ」

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 グウェスの遺体はその場で荼毘(だび)に付すことにした。
 この世界では土葬が一般的だが、下山するまで遺体をそのまま持って降りてしまえば当然腐敗してしまう。
 ほんの数分前まで言葉を交わしていた父が、みるみるうちに骨と灰に変わっていく。

「グウェスのダンナは、文句無しの一流の戦士だった」
「…………」
「戦場は命のやり取りをする場だ。何かを殺し、誰かが死ぬ。死ぬのは相手かもしれねぇし、自分か、大事な仲間かもしれねぇ」
「しょうがないことだって……言いたいんですか……」
「……そうだ」

 怒る気にもならない。
 いや、怒りを覚えるのはお門違いだろう。
 レギンが言いたいことは、なんとなく分かっている。

「生き物はいつか皆死ぬ。遅かれ早かれな。
 その時に大事なのは、悔いを残さない事だと俺は思ってる。
 俺の勝手な推測だが、ダンナはきっと悔いがあった」
「……」
「おまえだ、ライ坊。おまえの将来を見届けられないことこそが、ダンナの、親としての悔いだろうよ」

 手の中にあるネックレスに視線を落とす。
 それは、簡素な二つの指輪が括られた、両親の形見。
 この世界での家族、その唯一の繋がり。
 前世で父親がいない俺にとって、グウェスは正真正銘ただ一人の父親だった。
 一般的な父親の在り方というものは分からないが、グウェスは俺にとって憧れであり、尊敬出来る人だった。
 サラの無償の愛情は前世の母同様、家族としての温かみに溢れ、今でも俺の心を優しく包んでくれている。
 だが、もう、誰もいない。

 静かに涙が頬を伝い落ちる。
 声は出なかった。
 溢れて落ちる涙だけは止まらなかった。

「俺は……生きます」
「……あぁ」
「まだ、生きて。やりたいことがあるんです」
「そうか」
「アトラの魔術学校に行きたい。
 この世界をもっと冒険したい。
 強くなって、もう誰も失わないですむようになりたい」

 いつしか涙は止まっていた。

「父さんと母さんはきっと、俺の好きな様に生きろって言うと思うんです。
 そういう、人達でした――」

 ネックレスを自身の首に括り付ける。
 しっかりと、離れないように。

「だから、生きて進みます。
 どんなに辛くて、厳しい世界でも」


 ----

 遺灰は簡素な瓶に詰めて持って帰ることにした。
 グウェスには悪いが、今はこれで我慢してもらうしかない。

 3000メートル地点のキャンプ地に戻り、残っていた馬車の護衛とルコンと合流する。
 ルコンは俺達が大きな怪我なく戻ってきた事に喜んでいたが、グウェスの姿が見えないことに気づくとすぐさま問い詰めてきた。
 正直に、ありのままを話して聞かせた。
 ルコンは実の父が亡くなったかのように泣いて、泣いて、泣き続けた。
 ルコンはグウェスに懐いていたし、グウェスも娘の様に可愛がっていた。
 下山するまでの道中、遺灰の瓶はルコンが大事に抱き抱えてくれていた。

 数日をかけて山を降り、樹海を抜けて樹海前のキャンプへと戻る。
 山道も含め、道中では魔獣に幾度か襲われたものの、問題無く撃退することが出来た。
 ただ……

「あ〜やっぱ慣れたモンじゃねえと駄目だな……」
「俺も、素手だけで戦うのは久々ですね」

 俺とレギンは武器を失ってしまった。
 龍の身体に刺さったままの互いの武器は、龍気に晒され溶け崩れてしまった。

「ドルフさん、でしたっけ? 怒られちゃいますね……」
「どうかしらね。
『武器は命を奪うためのモンだが、命を守るためのモンでもある。使い方は人それぞれだ』とよく言っていたわ。
 あなたが思うように使って、結果あなたは生きている。それがドルフにとって一番の成果だと思うわよ」
「そう、ですかね。いずれにしても、いつか一度お礼に行きたいと思います」
「彼、無愛想だからあまりお勧めはしないわよ?」
「ルコンも欲しいです! かっこいい杖とか、えっと、剣とか!」
「そうだね、一緒に作ってもらおう」

 お礼と謝罪をして、本人さえよければまた武器を仕立ててもらおう。
 これから先も戦えて、皆を守れるような。

「おぉ! これがかの赤龍の!?」
「なんてデカさだ……!」

 馬車の荷台を覗き込んで驚嘆の声を挙げているのは、樹海キャンプの兵士達であった。
 荷台には赤龍討伐の証として、残っていた右角と左目を載せて帰っていた。
 残りの体は研究のためにも、後日ギルドが研究班を送り込んで解体して持ち帰ることになる。

「本当に、終わったんだな」
「? お兄ちゃん?」
「いや、何でもないよ」

 ここまでの道中、胸にはある考えがあった。
 それは、これから先の事。
 どうしても、今のままでは進めない自分が、心の隅にいる。
 それを払拭するためにも、やりたい事がある。
 それを先生達に話すのは、王都に帰ってからにしよう。

「帰ろう。帰ったら、ゆっくり休もうか」



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 グウェスの遺体はその場で|荼毘《だび》に付すことにした。 この世界では土葬が一般的だが、下山するまで遺体をそのまま持って降りてしまえば当然腐敗してしまう。
 ほんの数分前まで言葉を交わしていた父が、みるみるうちに骨と灰に変わっていく。
「グウェスのダンナは、文句無しの一流の戦士だった」
「…………」
「戦場は命のやり取りをする場だ。何かを殺し、誰かが死ぬ。死ぬのは相手かもしれねぇし、自分か、大事な仲間かもしれねぇ」
「しょうがないことだって……言いたいんですか……」
「……そうだ」
 怒る気にもならない。
 いや、怒りを覚えるのはお門違いだろう。
 レギンが言いたいことは、なんとなく分かっている。
「生き物はいつか皆死ぬ。遅かれ早かれな。
 その時に大事なのは、悔いを残さない事だと俺は思ってる。
 俺の勝手な推測だが、ダンナはきっと悔いがあった」
「……」
「おまえだ、ライ坊。おまえの将来を見届けられないことこそが、ダンナの、親としての悔いだろうよ」
 手の中にあるネックレスに視線を落とす。
 それは、簡素な二つの指輪が括られた、両親の形見。
 この世界での家族、その唯一の繋がり。
 前世で父親がいない俺にとって、グウェスは正真正銘ただ一人の父親だった。
 一般的な父親の在り方というものは分からないが、グウェスは俺にとって憧れであり、尊敬出来る人だった。
 サラの無償の愛情は前世の母同様、家族としての温かみに溢れ、今でも俺の心を優しく包んでくれている。
 だが、もう、誰もいない。
 静かに涙が頬を伝い落ちる。
 声は出なかった。
 溢れて落ちる涙だけは止まらなかった。
「俺は……生きます」
「……あぁ」
「まだ、生きて。やりたいことがあるんです」
「そうか」
「アトラの魔術学校に行きたい。
 この世界をもっと冒険したい。
 強くなって、もう誰も失わないですむようになりたい」
 いつしか涙は止まっていた。
「父さんと母さんはきっと、俺の好きな様に生きろって言うと思うんです。
 そういう、人達でした――」
 ネックレスを自身の首に括り付ける。
 しっかりと、離れないように。
「だから、生きて進みます。
 どんなに辛くて、厳しい世界でも」
 ----
 遺灰は簡素な瓶に詰めて持って帰ることにした。
 グウェスには悪いが、今はこれで我慢してもらうしかない。
 3000メートル地点のキャンプ地に戻り、残っていた馬車の護衛とルコンと合流する。
 ルコンは俺達が大きな怪我なく戻ってきた事に喜んでいたが、グウェスの姿が見えないことに気づくとすぐさま問い詰めてきた。
 正直に、ありのままを話して聞かせた。
 ルコンは実の父が亡くなったかのように泣いて、泣いて、泣き続けた。
 ルコンはグウェスに懐いていたし、グウェスも娘の様に可愛がっていた。
 下山するまでの道中、遺灰の瓶はルコンが大事に抱き抱えてくれていた。
 数日をかけて山を降り、樹海を抜けて樹海前のキャンプへと戻る。
 山道も含め、道中では魔獣に幾度か襲われたものの、問題無く撃退することが出来た。
 ただ……
「あ〜やっぱ慣れたモンじゃねえと駄目だな……」
「俺も、素手だけで戦うのは久々ですね」
 俺とレギンは武器を失ってしまった。
 龍の身体に刺さったままの互いの武器は、龍気に晒され溶け崩れてしまった。
「ドルフさん、でしたっけ? 怒られちゃいますね……」
「どうかしらね。
『武器は命を奪うためのモンだが、命を守るためのモンでもある。使い方は人それぞれだ』とよく言っていたわ。
 あなたが思うように使って、結果あなたは生きている。それがドルフにとって一番の成果だと思うわよ」
「そう、ですかね。いずれにしても、いつか一度お礼に行きたいと思います」
「彼、無愛想だからあまりお勧めはしないわよ?」
「ルコンも欲しいです! かっこいい杖とか、えっと、剣とか!」
「そうだね、一緒に作ってもらおう」
 お礼と謝罪をして、本人さえよければまた武器を仕立ててもらおう。
 これから先も戦えて、皆を守れるような。
「おぉ! これがかの赤龍の!?」
「なんてデカさだ……!」
 馬車の荷台を覗き込んで驚嘆の声を挙げているのは、樹海キャンプの兵士達であった。
 荷台には赤龍討伐の証として、残っていた右角と左目を載せて帰っていた。
 残りの体は研究のためにも、後日ギルドが研究班を送り込んで解体して持ち帰ることになる。
「本当に、終わったんだな」
「? お兄ちゃん?」
「いや、何でもないよ」
 ここまでの道中、胸にはある考えがあった。
 それは、これから先の事。
 どうしても、今のままでは進めない自分が、心の隅にいる。
 それを払拭するためにも、やりたい事がある。
 それを先生達に話すのは、王都に帰ってからにしよう。
「帰ろう。帰ったら、ゆっくり休もうか」