時間は戻り、今に至る。
どれだけ寝込みを襲おうと、まず信一郎は『寝ていない』。だからこそ普通ならチャンスタイムと言える夜の時間帯ですら、疲労を回復させるためにも眠るしかない。
それに、信一郎が風呂に入っているタイミングなど三人は狙いたくない。最初に「覗くな」と言っただけに、こちらがそれを反故|《ほご》にしてしまうのは、どうも透自身の良心が許せなかった。
そのため、今日にいたるまでの間で、互いにルールを作り出した。それは、『休息の時間帯透たち三人は一切の攻撃行動を行わない』こと。自主トレーニングは良いとして、攻撃を仕掛けに行く行動を自分たちの意思でやめにしている。
それゆえに、トレーニングの難易度が跳ね上がったのだ。
常に変身を保つわけにもいかず、ぶっ通しで変身していられる一日当たり二時間、回復すればそれが一日数回ある中で、何とか有効打を叩きこもうと画策。しかし、結局今まで一発たりとも入れられていない。
透は、これは成功するのか、と内心弱気になっていた。弱音を吐く二人を元気づけようと鼓舞していた一方で、眼前の脅威がたまらなく巨大な壁のように思えて、仕方なかったのだ。
「――流石に、ここまでかな。五日間で頑張った結果だけど……結局こうなったわけだ。まあ……正直『予想』はしていたさ」
一回当たりの変身時間の限界を超えてもなお、立ち向かう彼女たちの頑張り。それを考えても残り数時間で回復しきるとは思えなかった。
顔色を見る限り、血の気はぐっと引いて、もはや生命の危機に瀕する一歩手前。通常ならドクターストップがかかってもおかしくはない。
しかし、それでも尚透は足元がおぼつかない状態で信一郎に立ち向かう。
「――止めておきな。確かに一発入れられることは叶わなかったが……この地球の十倍の重力環境下で修行した結果、君たちの肉体はしっかり成長している。それは確かだ」
いくら非情になったとしても、あくまで教育者。透の疲弊しきった体を考えるに、立つことは出来ても攻撃することは不可能である。
「それでも――それでも……!!」
ドライバーの両側を力任せにプッシュし、全身にありったけの魔力を帯びさせる。
『超必殺承認!!』
「――なるほど、君の……天音透が自身のうちに眠る英雄へ示した覚悟は……それほどのものなんだね。実に――――『妹弟バカ』の君らしいよ」
ここで、ノーガードでありったけの力を『有効打』とすることもほんの少しだけ考えた。しかし、ここで加減したらこれまでの数日がふいになる。それだけは、信一郎の心が許せなかったのだ。
「――来な、天音透。君のありったけ、私が『原初の英雄』として全力で防ぐ」
言語化できないほどに雄叫びを上げながら、その場を跳躍。瞬時に九人に分身し、飛び蹴りの体勢を整える。
「ああぁあああああああああぁああッ!!」
『身外身たちが紡ぐ、勝利への導線|《シンガイシン・シャイニーヴィクトリー》!!』
九連続の『全力』が、一点に集約。九回分の衝撃が順々にやってくるのではなく、その九回分の衝撃を刹那の違いなく一回かつ一点に集約しているのだ。つまるところ、通常の九倍の威力。ここが特殊空間でないならば、それこそあのトラックが戦いの場であるならば。威力の余波によって、余裕でコンクリートの地面はおろか、その下にある基盤すら砕く威力を放つことだろう。
その影響か、信一郎のガードを、ほんの少しではあるが圧していたのだ。
(マジかよ、大人げない程度に守り固めてんだけど!?)
彼女は、本気であった。全てを注ぎ、この無理ゲーとも言える状況をひっくり返そうとしていたのだ。期日が迫る中、自分の兄弟を守るために助力した礼安たちのためになりたい。少しでも、足手まといのような存在ではなく隣で戦いたい。『軟弱者』であることを嫌った透の、覚悟をもった意地の通し方であった。
そして、魔力を帯びた暴風が、信一郎のガードを無理やりこじ開け、胸部に叩き込まれる全身全霊の一撃。それは、余波でその重力空間にいる気絶していた剣崎と橘を起こすほど。
(――これは、間違いなくあの時よりも強くなった。魔力量、威力、そして天音ちゃんの圧。最初は実に頼りないものだったが……強い『願い』や『欲望』は人を強くするなあ)
教職者としての歓びに浸りながら、吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられる信一郎。吹き飛ばしたと同時に、その場で力なく倒れ疲労により息絶え絶えな状態の透。
そしてその場で明確に宣言した。飛びかけた意識すら呼び起こすほど、三人が待ち望んだ言葉が。
「――あァ、いい一撃だった。実にいい一撃だったよ、天音ちゃん。このタイミングをもって学園長ーズブートキャンプ短期集中コース……見事合格だよ」
カリキュラム終了後、まず学園長が行ったことは、三人の治療であった。
事前に現状についてはエヴァから知らされていたため、何より三人の回復が優先事項であった。特に身体的ダメージが重い透。
彼女は特に成長したため、今回の戦いにおいて大層輝けるだろう。しかし、未だに埼玉で起きている現状を彼女らに話せていないうえに、剣崎と橘の二人に関しては戦地へ送り出すことに迷いが生じていた。
(……馬鹿正直に現状を伝えたら、天音ちゃんは絶対に無理してでも向かうだろう。それだけは避けたい。それと――この剣崎ちゃんと橘ちゃんの二人。確かに成長はしたが……現状のままだと厳しいな)
学園に待機している救護班に交じって、それぞれに「なる早で」とだけ言い残して、足早に保健室を去る信一郎。ちなみにあれだけの衝撃を受けておきながら信一郎は大した傷を負っていない。まさに化け物である。
(今の時間ってあの子起きてるかな……?? まあ起きてなくともスタ爆でも何でもして起こすか)
何とも現代においてパワハラと表現できるような危険思考を持ちつつ、先日かなり世話になったある人物に電話をかける。開口一番ため息を吐かれたものの、何とか応答してはくれた。
『……はい、丙良です』
「あっごめーん丙良くん?? 学園通貨手当学園長権限でマシマシにするからさぁ……ちょーっと今から埼玉向かっ――――」
『嫌です!!』
まさかの即答に、信一郎はすぐさまビデオ通話に切り替え必死そうな表情を見せる。少しでも誠意を見せるためだろうか。何をするか容易に想像がついてしまう。
「お願いこの通り!! 先日はちょーっと情報の行き違いがあって、我が愛娘二人のお世話を事前情報なしに頼んだことは謝るからさ!」
『今回もそれがらみでしょうに!! 僕あの入学式であの二人がご息女だって初めて知ったんですけど!? 知ったらあんなリスキーな修行させませんでしたよ!!』
学園長が情けなく土下座しても、画面の向こう側の人物は苦労人ゆえの怒号の嵐。ご機嫌取りともいえる学内『山吹色のお菓子』すら通じず。嘘はつくものではない。
もし、万が一あそこで帰らぬ人になったら間違いなく丙良の責任になってしまう。まあ知っても知らなくても同じものだが、なんとも無神経である。
「だってェ、エヴァちゃんの計画によると、最後のワンピース君らしいんだよ!! それだけ戦力として認められている証ってことでいいじゃあ、ないの~!?」
『駄目です絶対ダメダメ!!』
年齢を感じるやり取りを経て、丙良は取り付く島もない様子であったことが分かってしまったため、信一郎は分かりやすく肩を落とす。
「じゃあどうすればいいんだよォ……他に頼りになりそうな人は確かにいるけどさあ……」
『――『信玄|《ノブハル》』は、戦力としてどうなんです??』
豪放磊落、破天荒な立ち居振る舞いから、『信長』とあだ名されている英雄科二年次の生徒。その名も『森信玄|《モリ ノブハル》』。丙良同様に『仮免許』を所持している。しかし、あまりにも破天荒過ぎるがゆえに、少々扱い辛い。何より埼玉の地で迷子になる心配しかなかった。
「――なんかヤダァ、絶対さらなる面倒ごとになるもーん……」
『英雄学園の指導者の頂点がその態度はどうなんですかね!?』
盛大なツッコミをもらった信一郎は、「ごめんねえ時間奪っちゃって」とだけ言い残して電話を切った。
しかし、代わりの人間が用意できないと、エヴァの攻城は叶わないだろう。そして埼玉県内で『教会』がより勢力を増していくだろう。そう考えたらどうにかせざるを得なかった。
(だとしても……この一件に生徒会腕利きの二人、『生徒会長』と『副生徒会長』は……オーバースペックが過ぎるし……武器科の子連れても限界があるし――他に有力な生徒は確かにいるだろうけど……絶対夜遅くからの計画に賛同してくれる子はいないだろうなあ。勉強とかトレーニングとかあるだろうし)
そう考えた末、信一郎は頼りになる人物の中で、最後の一人を思い浮かべた。
「……よくよく考えたら、いろいろ大丈夫かな……??」
小難しいことをうんうんうなりながら思考し、結局何もかもどうでもよくなった結果。
「――――ま、いっか!!」
嫌なことを全て忘れきったような快活な笑顔を浮かべ、すっくと立ちあがって学園長室に戻る信一郎。三人の全快はおよそ二時間後との目算なため、そこまで一時間ほど仮眠をとることにしたのだった。