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悪夢を喰らう焔

ー/ー



 どうしてか、旭は朝からずっと調子が振るわなかった。歩いている中でも真っ直ぐ歩くことができず、視界が揺れるような不調が続いていた。身体に力が入らない状態だった。旭はそれを死印のせいだと思っていたが、実際はそうではない。


「今日は朝から何も食ってないんだった」


 ウミストラの”海王の槍”によって、赤褐色の怪物はずぶ濡れになっていた。もちろん、その怪物に掴まれたままの旭も、全身に水を被っている。


「ほんとはもっと美味いもん食いたいんだがな」

「贅沢言わないでくれよ。僕は料理人じゃないぞ」


 旭は滴る水を舐め取り、少量の透き通った水をごくんと飲み込んだ。すると、先程まで抵抗すらできていなかった旭は、怪物の手の中で暴れ始めた。
 それどころか、旭は再び焔を纏い、赤褐色の怪物を焼き焦がす。最初に放った焔では怪物に傷を付けることすらできなかったというのに、今度の焔は火力が桁外れだった。


「お前、強いんだよなぁ……」


 理性のない赤褐色の怪物には、重要な部分が理解できなかった。圧倒的な力を持つ怪物にとって、この世の生物はすべて()()に過ぎない。自分は常に『狩る側』で、それ以外は己の快楽を満たす為の道具だった。
 だが、赤褐色の怪物はこの時、初めて()()した。


「そんなに俺を離したくねぇか? なら、ちょっと火力上げてやるから――」


 目の前の男は、()()などではない。


「死んでも手ぇ離すんじゃねぇぞ!」


 この男は、()だと、怪物の中の何かが激しく訴えた。しかし、怪物は手の中で轟々と燃え上がる旭を離そうとしない。逆に怪物は更に強く旭を握りしめ、潰してしまう勢いで顔を歪めている。だが、旭はビクともしない。まるで鋼鉄を握りしめているかのような感覚で、怪物は再び背筋を凍らせる。


「どうした、随分優しいじゃねぇか。それとも、やっと気づいたか?」


 その時、赤褐色の怪物はようやく理解した。目の前の男は()で、そして今の自分は――


悪夢(おまえ)なんて、俺が喰らい尽くしてやるよ」


 旭にとっての、()()だった。そのことにもっと早く気づくことができれば、怪物の結末は違ったのかもしれない。
 ゆっくりと、旭の纏う紅い焔が変色していく。じわりじわりと煌々と輝く焔は、妖しく無限に広がるような不思議な感覚に襲われる(あお)い焔に変わっていった。
 蒼い焔は赤褐色の怪物を包み込み、ゆっくりと(とろ)かすように怪物を焼き殺す。旭の魔法をよく知る国綱やレオノールはもちろん、ウミストラでさえもその魔法の異常さに気づいた。それは『焔』ではない。魔法ですらないかもしれない。


「”妖魔(ようま)彼岸薔薇(ひがんばら)”」


 魔法の妖術の融合した旭の新しい力、『妖魔』。相反する妖と魔。混ざり合わない水と油。その2つを融合させる荒業。他の誰にも真似出来ないはしない。秀でた才覚、魔法と妖両方に強く接触している旭だからできることだ。
 蒼い焔に飲み込まれた赤褐色の怪物は、そのままゆっくりと体の輪郭を溶かしていく。旭が身体の自由を取り戻し、焔が消えた時、そこに怪物の面影はなく、僅かにそれらしい残骸が残っているだけだった。


「あ〜、くっそ痛てぇ……」


 濁点の着いたような濁り、疲れきった声を出して、旭はその場にバタンと倒れ込んだ。ウミストラは国綱に肩を貸して旭に駆け寄る。
 2人の余裕さからは想像もできないほど状態は深刻だった。国綱は全身打撲とどこかの内蔵を傷つけているらしく吐血が止まない。旭はそんな国綱よりも酷い容態で、砕けるまではいかないまでも、全身の骨にひびが入っている状態で歩くこともままならない。
 レオノールは旭の傷を確認するために服を脱がす。痛々しい傷の数々。痕になっている傷跡も多くあった。だが、それ以上にレオノールの目を引いたのは、()()()()()()()()()()()だった。
 旭もようやく気がついたのか、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに冷静になってしまった。そして、旭は目を閉じて八重の言葉を思い出す。

『それは死印と知れ。『焔』を使う度、その印がお主の身体を蝕んでいくだろう。右腕から半身、足にまで及び、最後には心臓を喰らう』

 八重の言葉に一切の嘘はなかった。言葉通りなら、次は足にまで死印が広がる。恐らく、強力な『焔』を扱えるのはあと4()()といったところだろう。旭は大きくため息をついて、やがて口を開いた。


「ダモクレスが心配だ。レオ、俺を背負ってくれ」

「……任せろよお荷物野郎」

「安心安全で出荷しろよ。速さしか能がねぇんだからよ」

「よぉし全速力でいくから振り落とされんなよ」

「煽られるなよレオノール。急ぎつつゆっくり行こう」

 
 レオノールが旭を背に抱え、4人は歩き出す。重く、軽やかさなど欠けらもない歩みで、1歩1歩を踏みしめるように歩いていく。


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 どうしてか、旭は朝からずっと調子が振るわなかった。歩いている中でも真っ直ぐ歩くことができず、視界が揺れるような不調が続いていた。身体に力が入らない状態だった。旭はそれを死印のせいだと思っていたが、実際はそうではない。
「今日は朝から何も食ってないんだった」
 ウミストラの”海王の槍”によって、赤褐色の怪物はずぶ濡れになっていた。もちろん、その怪物に掴まれたままの旭も、全身に水を被っている。
「ほんとはもっと美味いもん食いたいんだがな」
「贅沢言わないでくれよ。僕は料理人じゃないぞ」
 旭は滴る水を舐め取り、少量の透き通った水をごくんと飲み込んだ。すると、先程まで抵抗すらできていなかった旭は、怪物の手の中で暴れ始めた。
 それどころか、旭は再び焔を纏い、赤褐色の怪物を焼き焦がす。最初に放った焔では怪物に傷を付けることすらできなかったというのに、今度の焔は火力が桁外れだった。
「お前、強いんだよなぁ……」
 理性のない赤褐色の怪物には、重要な部分が理解できなかった。圧倒的な力を持つ怪物にとって、この世の生物はすべて|獲《・》|物《・》に過ぎない。自分は常に『狩る側』で、それ以外は己の快楽を満たす為の道具だった。
 だが、赤褐色の怪物はこの時、初めて|恐《・》|怖《・》した。
「そんなに俺を離したくねぇか? なら、ちょっと火力上げてやるから――」
 目の前の男は、|獲《・》|物《・》などではない。
「死んでも手ぇ離すんじゃねぇぞ!」
 この男は、|敵《・》だと、怪物の中の何かが激しく訴えた。しかし、怪物は手の中で轟々と燃え上がる旭を離そうとしない。逆に怪物は更に強く旭を握りしめ、潰してしまう勢いで顔を歪めている。だが、旭はビクともしない。まるで鋼鉄を握りしめているかのような感覚で、怪物は再び背筋を凍らせる。
「どうした、随分優しいじゃねぇか。それとも、やっと気づいたか?」
 その時、赤褐色の怪物はようやく理解した。目の前の男は|敵《・》で、そして今の自分は――
「|悪夢《おまえ》なんて、俺が喰らい尽くしてやるよ」
 旭にとっての、|獲《・》|物《・》だった。そのことにもっと早く気づくことができれば、怪物の結末は違ったのかもしれない。
 ゆっくりと、旭の纏う紅い焔が変色していく。じわりじわりと煌々と輝く焔は、妖しく無限に広がるような不思議な感覚に襲われる|蒼《あお》い焔に変わっていった。
 蒼い焔は赤褐色の怪物を包み込み、ゆっくりと|蕩《とろ》かすように怪物を焼き殺す。旭の魔法をよく知る国綱やレオノールはもちろん、ウミストラでさえもその魔法の異常さに気づいた。それは『焔』ではない。魔法ですらないかもしれない。
「”|妖魔《ようま》・|彼岸薔薇《ひがんばら》”」
 魔法の妖術の融合した旭の新しい力、『妖魔』。相反する妖と魔。混ざり合わない水と油。その2つを融合させる荒業。他の誰にも真似出来ないはしない。秀でた才覚、魔法と妖両方に強く接触している旭だからできることだ。
 蒼い焔に飲み込まれた赤褐色の怪物は、そのままゆっくりと体の輪郭を溶かしていく。旭が身体の自由を取り戻し、焔が消えた時、そこに怪物の面影はなく、僅かにそれらしい残骸が残っているだけだった。
「あ〜、くっそ痛てぇ……」
 濁点の着いたような濁り、疲れきった声を出して、旭はその場にバタンと倒れ込んだ。ウミストラは国綱に肩を貸して旭に駆け寄る。
 2人の余裕さからは想像もできないほど状態は深刻だった。国綱は全身打撲とどこかの内蔵を傷つけているらしく吐血が止まない。旭はそんな国綱よりも酷い容態で、砕けるまではいかないまでも、全身の骨にひびが入っている状態で歩くこともままならない。
 レオノールは旭の傷を確認するために服を脱がす。痛々しい傷の数々。痕になっている傷跡も多くあった。だが、それ以上にレオノールの目を引いたのは、|旭《・》|の《・》|左《・》|半《・》|身《・》|を《・》|覆《・》|う《・》|火《・》|傷《・》|跡《・》だった。
 旭もようやく気がついたのか、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに冷静になってしまった。そして、旭は目を閉じて八重の言葉を思い出す。
『それは死印と知れ。『焔』を使う度、その印がお主の身体を蝕んでいくだろう。右腕から半身、足にまで及び、最後には心臓を喰らう』
 八重の言葉に一切の嘘はなかった。言葉通りなら、次は足にまで死印が広がる。恐らく、強力な『焔』を扱えるのはあと|4《・》|回《・》といったところだろう。旭は大きくため息をついて、やがて口を開いた。
「ダモクレスが心配だ。レオ、俺を背負ってくれ」
「……任せろよお荷物野郎」
「安心安全で出荷しろよ。速さしか能がねぇんだからよ」
「よぉし全速力でいくから振り落とされんなよ」
「煽られるなよレオノール。急ぎつつゆっくり行こう」
 レオノールが旭を背に抱え、4人は歩き出す。重く、軽やかさなど欠けらもない歩みで、1歩1歩を踏みしめるように歩いていく。