4.riverbero
ー/ー

次のターン、舞が勝ち誇ったかのように先ほどまで「幻影」を形作っていたカードを投げるように放つと、墓石の様に重く冷たいテーブルの隅にある溝へ、舞のカード達が闇に入り込んでいく。
ケイは舞のターンが終わるまでにその動きを見極めていた。しかし今、彼女の指先の震えは、その熱意が完全に凍りついてしまったことを物語っていた。
「さあ、どうぞ。今度こそあなたの本領を見せてください」
舞の冷たい言葉が会場に響く。ケイは『COLORS』の本質を思い出していた。このゲームは単なるカードの組み合わせではない。各カードが持つ特殊効果は、現実世界に干渉する力を持つ。そして何より、プレイヤーの心そのものを映し出す鏡でもあった。
上から見下ろすような舞の冷たい視線をかいくぐるように、ケイは一瞬の判断で2枚のカードを重ねた。彼はこれまでのゲームで数え切れないほどのイカサマを仕掛けてきた。しかし、それは全て物理的な技術によるもので、カードを操る指の動き、角度、タイミング――すべては計算され尽くした技巧だった。
だが今回は違う。初めて出会う、心が黒で覆われた見えない相手。人の「動き」を見透かしてきた彼にとって、これは未知の領域だった。
「お前だけが世界じゃない。幾ら頭がキレているのかわからんが、色々わかったつもりでも、大切なカメちゃんが居なくなったように、未来まではわからないもんだよな」
その言葉を発した瞬間、舞の瞳孔が僅かに開いた。ケイはその反応を見逃さなかった。かつて『銀』最強と呼ばれた観察眼の持ち主が、初めて心の動揺を見透かした瞬間だった。
「わからない。でも、それで私は生きてきたから――」
その声には、深い闇が潜んでいた。まるで地獄の入り口に立つ少女が、巨大な扉に向かって助けを求める悲鳴のように。その声は会場の空気を震わせ、ケイの心にも響いた。
彼の言葉が高級な防音室の中で、耳がプツとなる位静寂が響き渡った会場に、重たく響きわたった。
ケイは「反射」の役を完成させる。この役は『COLORS』の中でも特異な存在だった。相手の技を完全に跳ね返すだけでなく、その効果を使用者自身の心にも向ける。つまり、舞の「幻影」が生み出す混乱と歪みは、彼女自身にも跳ね返ることになる。
全く計算外だったのか、舞は目を見開いた。その瞳に映るのは、自分自身の歪んだ姿。幼い頃から培ってきた観察眼が、今や彼女自身を切り裂こうとしていた。
「な……何を!?」
同等の効果が現れたそのカードの光に、ケイは一瞬の隙を見た。この瞬間を逃さず、彼は最後の大きな仕掛けを舞に向かって、爪の間に待針を突き刺すように鋭く差し込む。
「心を完全に失ったその先に、何が待っているのか、君は知ってるはずだろう?」
ケイは冷たい視線を彼女の目の奥、瞳孔の先の視神経が絡まるその向こうの、彼女の心の闇に向けて告げた。舞はその言葉に反応し、頭を振り、彼女の意識もそれに揺らいだ。
「スピア」との試合は、ケイが舞の手を返しイーブンで終わらせた。これは単なる引き分けではない。『銀』のプレイヤーとしての矜持と、「メイス」への牽制。全てを計算した上での結果だった。
しかし、ゲームが終了してケイがその座っている革製のもの^_^高級そうな椅子に背を預け、大きく息を吸い込んだその口元はわずかに震えていた。今までの数々の試合で、これほどまでに精神を消耗したことはなかった。
試合の後、会場の入り口には小さな女の子の背中があった。15歳とは思えない幼さを残すその背中は、どこか儚げで、それでいて冷たい。会場の外に出てわずかな階段を降り、心の闇をゆっくりと休ませられる静かな場所を求めてふわふわと歩き出す。
彼女の心には、軽い動揺と共に、自らを取り繕うための不安が渦巻いていた。今まで見透かしてきた他人の心が、まるで鏡のように自分自身を映し出す。その感覚に、彼女は耐えられなくなっていた。
--私の存在には、意味がある--
何度も心の中で呟いていたが、果たしてそれが真実なのか疑問に思いながら。その言葉が徐々に自分の心を、未来を握りつぶしていることも知らずに、何度も呪いの言葉の様に呟いていた。
彼女は会場のはす向かいにある広場の入り口で、無造作にCOLORSのカードを取り出した。心の痛みを消すため、目の前に見える「道具」の一枚だけを残し、その場に全てばらまいた。キラキラと光るそのカード達が地面に落ちていく幻のような光景が目の前で消えない内に、混乱した心の隙間を埋めるため、思考を閉ざす。彼女は自らの身体に、未来に影響が及ぶ行動に出た。
COLORSのカードは、使用者の意思で現実に干渉する力を持つ。それは時として、使用者自身の命すら脅かす。舞はそれを知っていながら、あるいはそれを望んでいたかのように、一枚のカードを手に取った。
首筋にカードの角を押し当て、ぱっと引く。
一瞬何も無かったかのように、静寂が過ぎていったあと、勢いよく赤い水が何もなかった場所から線を引くように噴き出し、彼女の目の前を真紅の色で染める。
彼女はその行動によって、現実を忘れ、わからない未来を葬り去ることができると思った。しかし、流れる血が温もりを失わせていくのを感じながら、彼女はその痛みにも似た心地よさの中に、彼女が今まで知らなかった命を自分の中で見出していた。
「何をしているの私――」
恍惚となりながら目の前に倒れ込む。彼女の意識は、初めてその時に知った感覚である一番大切な、「命」が消えていくのを感じながら徐々に遠のいていき、そのまま彼女の知っている暗闇に飲み込まれていった。
舞が倒れ込んだ後、救急車のサイレンが静寂を破る。その音が遠ざかっていく中、彼女の過去がケイの心に覆いかぶさる。彼は今でも舞が自らの心を削りながら、どのように生きてきたのかを考えてしまい、全身が痺れるようなゲームを終えた後も震える唇を、タバコを挟んでいる手で覆い隠していた。
「あの後、彼女は一命を取り留めた」とケイは静かに語る。「でも、彼女の心の傷は深すぎた。誰かを信じることも、自分を信じることもできなくなっていた」
***現在***
「思い出したくもない記憶だ。でも、何故かCOLORSの光を見ると、あの手に持っていたカードと、彼女の後姿を思い出すんだ。終わりの見えない繰り返しの中で、彼女は自らを壊していった」
ケイはカードを音もなく束ね、命の次に大事とも言われる、商売道具である包丁をしまう時と同じように、丁寧にケースに収めた。その動作には、かつての『銀』のプレイヤーとしての冷徹さと、一人の人間としての温かみが混在していた。
「今日はもう帰るか」
ケイはその言葉を呟いて、タバコの紫煙を潜って着いてくる真智を裏口から送り出した。
真智の背中を送り出した後、真っ暗な裏口のカギを締めたその指は、あの時の舞の指と同じように震えていた。
夜の静けさの中、月明かりが寿司屋「巴」の看板を照らしている。その光は、どこか遠い日の、ある少女の涙のように見えた。明日、また新たな戦いが始まる。そして、過去の亡霊たちは、再び姿を現すのだろう。
ケイは最後の煙を吐き出しながら、空を見上げた。そこには、まるで舞の瞳のように、冷たく輝く星々が瞬いていた。
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ケイは舞のターンが終わるまでにその動きを見極めていた。しかし今、彼女の指先の震えは、その熱意が完全に凍りついてしまったことを物語っていた。
「さあ、どうぞ。今度こそあなたの本領を見せてください」
舞の冷たい言葉が会場に響く。ケイは『COLORS』の本質を思い出していた。このゲームは単なるカードの組み合わせではない。各カードが持つ特殊効果は、現実世界に干渉する力を持つ。そして何より、プレイヤーの心そのものを映し出す鏡でもあった。
上から見下ろすような舞の冷たい視線をかいくぐるように、ケイは一瞬の判断で2枚のカードを重ねた。彼はこれまでのゲームで数え切れないほどのイカサマを仕掛けてきた。しかし、それは全て物理的な技術によるもので、カードを操る指の動き、角度、タイミング――すべては計算され尽くした技巧だった。
だが今回は違う。初めて出会う、心が黒で覆われた見えない相手。人の「動き」を見透かしてきた彼にとって、これは未知の領域だった。
「お前だけが世界じゃない。幾ら頭がキレているのかわからんが、色々わかったつもりでも、大切なカメちゃんが居なくなったように、未来まではわからないもんだよな」
その言葉を発した瞬間、舞の瞳孔が僅かに開いた。ケイはその反応を見逃さなかった。かつて『銀』最強と呼ばれた観察眼の持ち主が、初めて心の動揺を見透かした瞬間だった。
「わからない。でも、それで私は生きてきたから――」
その声には、深い闇が潜んでいた。まるで地獄の入り口に立つ少女が、巨大な扉に向かって助けを求める悲鳴のように。その声は会場の空気を震わせ、ケイの心にも響いた。
彼の言葉が高級な防音室の中で、耳がプツとなる位静寂が響き渡った会場に、重たく響きわたった。
ケイは「反射」の役を完成させる。この役は『COLORS』の中でも特異な存在だった。相手の技を完全に跳ね返すだけでなく、その効果を使用者自身の心にも向ける。つまり、舞の「幻影」が生み出す混乱と歪みは、彼女自身にも跳ね返ることになる。
全く計算外だったのか、舞は目を見開いた。その瞳に映るのは、自分自身の歪んだ姿。幼い頃から培ってきた観察眼が、今や彼女自身を切り裂こうとしていた。
「な……何を!?」
同等の効果が現れたそのカードの光に、ケイは一瞬の隙を見た。この瞬間を逃さず、彼は最後の大きな仕掛けを舞に向かって、爪の間に待針を突き刺すように鋭く差し込む。
「心を完全に失ったその先に、何が待っているのか、君は知ってるはずだろう?」
ケイは冷たい視線を彼女の目の奥、瞳孔の先の視神経が絡まるその向こうの、彼女の心の闇に向けて告げた。舞はその言葉に反応し、頭を振り、彼女の意識もそれに揺らいだ。
「スピア」との試合は、ケイが舞の手を返しイーブンで終わらせた。これは単なる引き分けではない。『銀』のプレイヤーとしての矜持と、「メイス」への牽制。全てを計算した上での結果だった。
しかし、ゲームが終了してケイがその座っている革製のもの^_^高級そうな椅子に背を預け、大きく息を吸い込んだその口元はわずかに震えていた。今までの数々の試合で、これほどまでに精神を消耗したことはなかった。
試合の後、会場の入り口には小さな女の子の背中があった。15歳とは思えない幼さを残すその背中は、どこか儚げで、それでいて冷たい。会場の外に出てわずかな階段を降り、心の闇をゆっくりと休ませられる静かな場所を求めてふわふわと歩き出す。
彼女の心には、軽い動揺と共に、自らを取り繕うための不安が渦巻いていた。今まで見透かしてきた他人の心が、まるで鏡のように自分自身を映し出す。その感覚に、彼女は耐えられなくなっていた。
--私の存在には、意味がある--
何度も心の中で呟いていたが、果たしてそれが真実なのか疑問に思いながら。その言葉が徐々に自分の心を、未来を握りつぶしていることも知らずに、何度も呪いの言葉の様に呟いていた。
彼女は会場のはす向かいにある広場の入り口で、無造作にCOLORSのカードを取り出した。心の痛みを消すため、目の前に見える「道具」の一枚だけを残し、その場に全てばらまいた。キラキラと光るそのカード達が地面に落ちていく幻のような光景が目の前で消えない内に、混乱した心の隙間を埋めるため、思考を閉ざす。彼女は自らの身体に、未来に影響が及ぶ行動に出た。
COLORSのカードは、使用者の意思で現実に干渉する力を持つ。それは時として、使用者自身の命すら脅かす。舞はそれを知っていながら、あるいはそれを望んでいたかのように、一枚のカードを手に取った。
首筋にカードの角を押し当て、ぱっと引く。
一瞬何も無かったかのように、静寂が過ぎていったあと、勢いよく赤い水が何もなかった場所から線を引くように噴き出し、彼女の目の前を真紅の色で染める。
彼女はその行動によって、現実を忘れ、わからない未来を葬り去ることができると思った。しかし、流れる血が温もりを失わせていくのを感じながら、彼女はその痛みにも似た心地よさの中に、彼女が今まで知らなかった命を自分の中で見出していた。
「何をしているの私――」
恍惚となりながら目の前に倒れ込む。彼女の意識は、初めてその時に知った感覚である一番大切な、「命」が消えていくのを感じながら徐々に遠のいていき、そのまま彼女の知っている暗闇に飲み込まれていった。
舞が倒れ込んだ後、救急車のサイレンが静寂を破る。その音が遠ざかっていく中、彼女の過去がケイの心に覆いかぶさる。彼は今でも舞が自らの心を削りながら、どのように生きてきたのかを考えてしまい、全身が痺れるようなゲームを終えた後も震える唇を、タバコを挟んでいる手で覆い隠していた。
「あの後、彼女は一命を取り留めた」とケイは静かに語る。「でも、彼女の心の傷は深すぎた。誰かを信じることも、自分を信じることもできなくなっていた」
***現在***
「思い出したくもない記憶だ。でも、何故かCOLORSの光を見ると、あの手に持っていたカードと、彼女の後姿を思い出すんだ。終わりの見えない繰り返しの中で、彼女は自らを壊していった」
ケイはカードを音もなく束ね、命の次に大事とも言われる、商売道具である包丁をしまう時と同じように、丁寧にケースに収めた。その動作には、かつての『銀』のプレイヤーとしての冷徹さと、一人の人間としての温かみが混在していた。
「今日はもう帰るか」
ケイはその言葉を呟いて、タバコの紫煙を潜って着いてくる真智を裏口から送り出した。
真智の背中を送り出した後、真っ暗な裏口のカギを締めたその指は、あの時の舞の指と同じように震えていた。
夜の静けさの中、月明かりが寿司屋「巴」の看板を照らしている。その光は、どこか遠い日の、ある少女の涙のように見えた。明日、また新たな戦いが始まる。そして、過去の亡霊たちは、再び姿を現すのだろう。
ケイは最後の煙を吐き出しながら、空を見上げた。そこには、まるで舞の瞳のように、冷たく輝く星々が瞬いていた。