第47.5話 拠点会話・苺の話
ー/ー「ふう…」
本の整理を終わらせ、苺はひと息つく。
いつもと同じように、紅茶と一切れのケーキを机に持ってくる。
ここは彼女の自室。
拠点内に用意された個室の中の一つであり、今の彼女の家とも呼べる場所だ。
必要十分な設備が用意されており、また広さもそれなりにあるこの部屋は、言うなればアパートの部屋のようなものとも言える。
そして、苺はこの部屋にたくさんの本と甘味、飲み物を用意してもらった。
後者2つは、別にどうしても必要なものではなかったのだが、ダメ元で姜芽に頼んでみたらあっさり承諾してもらえたのだ。
司祭苺、本名サディ・アルラシアは、読書と甘味が何より好きだ。前者は幼い時から魔法を始めとした勉強が好きだったから。後者は単純に彼女の好みに合ったから、である。
彼女はこうして、適当な本を読み終わったらそれを片付け、静かに紅茶と甘味を嗜むのが日課なのだ。
この馬車に積まれている物資は、いずれも行く先々で買い漁ったものだ。ということは、当然サンライト産のものもある。
そして、これこそが彼女にとってのミソであった。
苺にとって、なじみのある母国の紅茶は何より味の良い飲み物だ。
幼い時は、エネルギー補給にちょうどいい飲み物であるということから勉強の合間によく飲んでいたが、今は単純に嗜好品として飲んでいる。
苺は大の甘味好きなのだ…こうして甘い物を食べているときが、一番幸せな時間であるかもしれないと思うほどには。
しかし、いつも静かにそれができるかと言うとそうではない。
「リラックスタイムもいいけどさ、真面目に考えたほうがいいんじゃない?」
そう言ってくるのは、生まれてからこのかた、ずっと付き合ってきた彼女。
頭の中の制御室で一緒に暮らしている、もう一人の自分だ。
「真面目に…って、どういうこと?」
「はあ…?まさかわかんないの?これからどうするか、ってことよ!」
「いや、それはわかってる…けど、今は一旦考えるのはストップよ」
苺は二重人格者だ。
元々彼女らは双子の姉妹で生まれるはずだったのだが、彼女を産む直前に母にトラブルがあり、一つの肉体に二つの人格を持って産まれたのである。
2人は、どちらも洗礼名は『苺』だが、普段表に出ている本人格は『サディ』、時折現れる別人格は『エリナ』という。
今現在どちらの人格が出ているかは、目の色によって見分けがつく。本来の彼女…サディは青い目をしているが、もう一人の彼女…エリナは紫の目をしている。
そして、エリナはサディより積極的で、また言葉遣いもくだけている。
「あのね…今の状況わかってるの!?私達は、早く真相を突き止めなきゃないのよ!」
「だとしても、私1人に何ができるというの?焦ってもろくなことはないわ」
サディは、普段は丁寧語で話すが、こうして二人きりの時は普通の口調に戻るのだ。
「だからって、それで諦めるの?少しでも、自分に何かできることがないか考え、行動するべきなんじゃないの?」
「今の私は、一度力を失って回復したばかり。無理に動けば、体を壊すことになる。どんなに思うところがあっても、むやみに行動することはできないわ」
「いや、確かにそうかもだけど…それならそれで、何か策を練るくらいすべきじゃない?」
「どんな策を練れというの?今は情報がなさすぎる。彼女がなぜ私を襲ったのか、なぜポルクス姉妹が戻ってきたのか。そして、なぜ私があの場所で倒れていたのか。何もわかっていないじゃない」
「それは…」
「そもそも、私は今1人じゃない。この軍の者たちは、信頼できると思う。今は彼らとともに行動して、情報を集めるべきだと思う」
「…」
エリナは黙った。
そして、最後にため息をついて言った。
「わかったわよ。なら、今後しばらくあなたに任せる。私が出るのは戦いの時と、エリミアかポルクス姉妹に会った時だけにする。そのほうが、いろいろ都合良さそうだしね」
「ずいぶん素直ね。…まさか、今出てきたのは体を乗っ取るため…とかじゃないでしょうね」
「…だって、あなたがあまりにも悠長にしてるから…」
「言ったはずよ。今の私は、むやみには動けない。それとも、あなたはこの広大な砂漠の国を一人で彷徨いたいの?」
「…。もういい!」
エリナは、怒ったような声を上げて引っ込んだ。
「…まったく、困った妹ね」
サディは、本来はエリナの双子の姉なのだ。
もし肉体が別々にあったら、エリナはどんな姿になっていただろうか。
それはわからないが、少なくとも今と同等かそれ以上に苦労させられていたことは間違いないだろう。
その意味では、この体に感謝しないとな…と、サディは時折思う。
しかし、一方で自立した妹の姿を見てみたいとも思う。
精神分離の魔法を使って人格を一時的に体から分離させることはできるが、その時の彼女の姿は自分のコピーでしかない。
もし、エリナが完全な自分の体を持っていたら…どんな姿になっていただろうか。
きっと、自分より美しいだろう。
彼女はやや無鉄砲だが、心の優しい司祭だ。人気も、自分と同じくらいあったに違いない。
サディは、そんなことを思った。
「…」
部屋のドアの前で、輝は硬直していた。
というのも、ここまでの2人の会話はすべてサディのセリフだけが口に出して話されており、傍から見れば彼女が一人で喋っているようにしか聞こえなかったからだ。
(なんだ、苺さんって…見えない友達と喋るとかそういう感じなのか?)
たまたま通りがかっただけだったのだが、輝は偶然にも、何か深い闇を知ってしまったような気がした。
まあ、誤解しても仕方ないだろう。
彼はこの時、苺が二重人格であることを知らなかったのだから。
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