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第59話 リザード

ー/ー



「アルトラ、リザード……!」

 少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。

万城目日和(まきめ ひより)……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」

 人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。

「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」

「……」

 万城目日和はケタケタと笑っている。

 ウツロは何も言えなかった。

「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」

「くっ、来いっ……!」

「ん~?」

 臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。

 何かがおかしい、そう思った。

「これは……」

 甘いにおい。

 そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。

 何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。

「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」

「ぐっ、しまった……」

 猛烈な眠気がウツロを襲う。

 こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。

 刀を杖の代わりに、必死で体を支える。

「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」

 トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。

 ウツロはある覚悟を決めた。

「なめ、るな……!」

「――っ!?」

 ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。

 万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。

「ぐっ――!」

 あわてて体を翻し、応戦する。

 トカゲの爪は黒刀(こくとう)剣戟(けんげき)(はじ)き、お互いにまた間合いを取った。

「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」

 もご……

 ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。

「べっ……!」

 吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。

「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」

「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」

 トカゲが毒虫に突進する。

「ふんっ!」

 ウツロは高く跳躍した。

 すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。

 だが、降りてくる気配がない。

「――っ!?」

 ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。

「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」

「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」

「お互いにな」

「ふん」

 天地上下でにらみ合う。

 しかけるタイミングを見計らっているのだ。

 遠くのほうで船の汽笛が鳴った。

「いくぞ、万城目日和っ――!」

「来なっ、ウツロおおおっ――!」

 ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。

「ぐうっ――!」

「があっ――!」

 爬虫類の脚力は想像以上だった。

 しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。

 ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。

 倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。

「まだまだっ、万城目日和いっ――!」

「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」

 広い空間に破裂音がこだまする。

 火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。

 何度も、何度も。

 ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。

 あらゆる方向から、あらゆる手段で。

 それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。

 ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。

 つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。

 こうしていれば、何かが見出せるのではないか?

 二人はひたすら、もがきつづけた。

「はあっ、はあっ……」

「ふうっ、ふうっ……」

 互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。

 何も見えてこない。

 ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。

 そんなもどかしさを感じていた。

「ウツロ、何か見えたか?」

 万城目日和は問いかけた。

「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」

 ウツロは正直な心中を吐露した。

「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」

「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」

「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」

「かまわない。それが俺の、性分なんでな」

「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」

「どういうことだ?」

「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」

「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」

「……」

 図星だった。

 だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。

 屈辱だ。

 ウツロ、おまえは気がついていない。

 そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。

 彼女は決心した。

 和解という選択肢を放棄することを。

 すまない、ウツロ。

 やっぱり、死んでくれ……

「ウツロ」

「……」

 トカゲの右手が上がる。

「これ、な~んだ?」

「……?」

 そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。

「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」

「それが、何だというんだ?」

 いぶかるウツロに、万城目日和は口角(こうかく)をゆがませた。

「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」

 何を意味するのか、理解することはできなかった。

 しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。

 果たしてその予感は、的中することになる。

「あ~ん」

 つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。

「なっ、何をしている……!?」

「まだわからねえの? おまえ、バカ?」

 ガリガリと虫をかみ砕く。

「こうしてな、胃の中で分析(・・)するんだぜえ?」

「……」

「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」

 ウツロはやっと理解した。

 前方へ向け、脚を蹴り上げる。

「いまさらおせえよ。もうしっかりと、できあがっちまってる(・・・・・・・・・・)んだぜえ……!」

 万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。

 ウツロはそれをモロに浴びてしまった。

「うっ……」

 強烈な刺激臭が鼻をつく。

 そのときにはもう、すでに遅かった。

「これ、は……」

 呼吸がろくにできない。

 彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。

「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」

 トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――「アルトラ、リザード……!」

 少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。

万城目日和(まきめ ひより)……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」

 人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。

「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」

「……」

 万城目日和はケタケタと笑っている。

 ウツロは何も言えなかった。

「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」

「くっ、来いっ……!」

「ん~?」

 臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。

 何かがおかしい、そう思った。

「これは……」

 甘いにおい。

 そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。

 何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。

「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」

「ぐっ、しまった……」

 猛烈な眠気がウツロを襲う。

 こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。

 刀を杖の代わりに、必死で体を支える。

「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」

 トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。

 ウツロはある覚悟を決めた。

「なめ、るな……!」

「――っ!?」

 ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。

 万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。

「ぐっ――!」

 あわてて体を翻し、応戦する。

 トカゲの爪は黒刀(こくとう)剣戟(けんげき)(はじ)き、お互いにまた間合いを取った。

「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」

 もご……

 ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。

「べっ……!」

 吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。

「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」

「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」

 トカゲが毒虫に突進する。

「ふんっ!」

 ウツロは高く跳躍した。

 すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。

 だが、降りてくる気配がない。

「――っ!?」

 ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。

「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」

「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」

「お互いにな」

「ふん」

 天地上下でにらみ合う。

 しかけるタイミングを見計らっているのだ。

 遠くのほうで船の汽笛が鳴った。

「いくぞ、万城目日和っ――!」

「来なっ、ウツロおおおっ――!」

 ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。

「ぐうっ――!」

「があっ――!」

 爬虫類の脚力は想像以上だった。

 しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。

 ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。

 倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。

「まだまだっ、万城目日和いっ――!」

「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」

 広い空間に破裂音がこだまする。

 火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。

 何度も、何度も。

 ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。

 あらゆる方向から、あらゆる手段で。

 それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。

 ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。

 つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。

 こうしていれば、何かが見出せるのではないか?

 二人はひたすら、もがきつづけた。

「はあっ、はあっ……」

「ふうっ、ふうっ……」

 互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。

 何も見えてこない。

 ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。

 そんなもどかしさを感じていた。

「ウツロ、何か見えたか?」

 万城目日和は問いかけた。

「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」

 ウツロは正直な心中を吐露した。

「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」

「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」

「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」

「かまわない。それが俺の、性分なんでな」

「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」

「どういうことだ?」

「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」

「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」

「……」

 図星だった。

 だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。

 屈辱だ。

 ウツロ、おまえは気がついていない。

 そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。

 彼女は決心した。

 和解という選択肢を放棄することを。

 すまない、ウツロ。

 やっぱり、死んでくれ……

「ウツロ」

「……」

 トカゲの右手が上がる。

「これ、な~んだ?」

「……?」

 そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。

「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」

「それが、何だというんだ?」

 いぶかるウツロに、万城目日和は口角(こうかく)をゆがませた。

「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」

 何を意味するのか、理解することはできなかった。

 しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。

 果たしてその予感は、的中することになる。

「あ~ん」

 つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。

「なっ、何をしている……!?」

「まだわからねえの? おまえ、バカ?」

 ガリガリと虫をかみ砕く。

「こうしてな、胃の中で分析(・・)するんだぜえ?」

「……」

「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」

 ウツロはやっと理解した。

 前方へ向け、脚を蹴り上げる。

「いまさらおせえよ。もうしっかりと、できあがっちまってる(・・・・・・・・・・)んだぜえ……!」

 万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。

 ウツロはそれをモロに浴びてしまった。

「うっ……」

 強烈な刺激臭が鼻をつく。

 そのときにはもう、すでに遅かった。

「これ、は……」

 呼吸がろくにできない。

 彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。

「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」

 トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――


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 少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。
「|万城目日和《まきめ ひより》……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」
 人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。
「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」
「……」
 万城目日和はケタケタと笑っている。
 ウツロは何も言えなかった。
「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」
「くっ、来いっ……!」
「ん~?」
 臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。
 何かがおかしい、そう思った。
「これは……」
 甘いにおい。
 そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。
 何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。
「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」
「ぐっ、しまった……」
 猛烈な眠気がウツロを襲う。
 こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。
 刀を杖の代わりに、必死で体を支える。
「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」
 トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。
 ウツロはある覚悟を決めた。
「なめ、るな……!」
「――っ!?」
 ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。
 万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。
「ぐっ――!」
 あわてて体を翻し、応戦する。
 トカゲの爪は|黒刀《こくとう》の|剣戟《けんげき》を|弾《はじ》き、お互いにまた間合いを取った。
「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」
 もご……
 ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。
「べっ……!」
 吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。
「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」
「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」
 トカゲが毒虫に突進する。
「ふんっ!」
 ウツロは高く跳躍した。
 すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。
 だが、降りてくる気配がない。
「――っ!?」
 ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。
「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」
「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」
「お互いにな」
「ふん」
 天地上下でにらみ合う。
 しかけるタイミングを見計らっているのだ。
 遠くのほうで船の汽笛が鳴った。
「いくぞ、万城目日和っ――!」
「来なっ、ウツロおおおっ――!」
 ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。
「ぐうっ――!」
「があっ――!」
 爬虫類の脚力は想像以上だった。
 しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。
 ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。
 倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。
「まだまだっ、万城目日和いっ――!」
「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」
 広い空間に破裂音がこだまする。
 火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。
 何度も、何度も。
 ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。
 あらゆる方向から、あらゆる手段で。
 それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。
 ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。
 つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。
 こうしていれば、何かが見出せるのではないか?
 二人はひたすら、もがきつづけた。
「はあっ、はあっ……」
「ふうっ、ふうっ……」
 互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。
 何も見えてこない。
 ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。
 そんなもどかしさを感じていた。
「ウツロ、何か見えたか?」
 万城目日和は問いかけた。
「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」
 ウツロは正直な心中を吐露した。
「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」
「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」
「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」
「かまわない。それが俺の、性分なんでな」
「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」
「どういうことだ?」
「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」
「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」
「……」
 図星だった。
 だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。
 屈辱だ。
 ウツロ、おまえは気がついていない。
 そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。
 彼女は決心した。
 和解という選択肢を放棄することを。
 すまない、ウツロ。
 やっぱり、死んでくれ……
「ウツロ」
「……」
 トカゲの右手が上がる。
「これ、な~んだ?」
「……?」
 そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。
「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」
「それが、何だというんだ?」
 いぶかるウツロに、万城目日和は|口角《こうかく》をゆがませた。
「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」
 何を意味するのか、理解することはできなかった。
 しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。
 果たしてその予感は、的中することになる。
「あ~ん」
 つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。
「なっ、何をしている……!?」
「まだわからねえの? おまえ、バカ?」
 ガリガリと虫をかみ砕く。
「こうしてな、胃の中で|分析《・・》するんだぜえ?」
「……」
「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」
 ウツロはやっと理解した。
 前方へ向け、脚を蹴り上げる。
「いまさらおせえよ。もうしっかりと、|できあがっちまってる《・・・・・・・・・・》んだぜえ……!」
 万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。
 ウツロはそれをモロに浴びてしまった。
「うっ……」
 強烈な刺激臭が鼻をつく。
 そのときにはもう、すでに遅かった。
「これ、は……」
 呼吸がろくにできない。
 彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。
「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」
 トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――「アルトラ、リザード……!」
 少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。
「|万城目日和《まきめ ひより》……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」
 人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。
「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」
「……」
 万城目日和はケタケタと笑っている。
 ウツロは何も言えなかった。
「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」
「くっ、来いっ……!」
「ん~?」
 臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。
 何かがおかしい、そう思った。
「これは……」
 甘いにおい。
 そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。
 何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。
「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」
「ぐっ、しまった……」
 猛烈な眠気がウツロを襲う。
 こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。
 刀を杖の代わりに、必死で体を支える。
「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」
 トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。
 ウツロはある覚悟を決めた。
「なめ、るな……!」
「――っ!?」
 ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。
 万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。
「ぐっ――!」
 あわてて体を翻し、応戦する。
 トカゲの爪は|黒刀《こくとう》の|剣戟《けんげき》を|弾《はじ》き、お互いにまた間合いを取った。
「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」
 もご……
 ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。
「べっ……!」
 吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。
「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」
「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」
 トカゲが毒虫に突進する。
「ふんっ!」
 ウツロは高く跳躍した。
 すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。
 だが、降りてくる気配がない。
「――っ!?」
 ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。
「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」
「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」
「お互いにな」
「ふん」
 天地上下でにらみ合う。
 しかけるタイミングを見計らっているのだ。
 遠くのほうで船の汽笛が鳴った。
「いくぞ、万城目日和っ――!」
「来なっ、ウツロおおおっ――!」
 ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。
「ぐうっ――!」
「があっ――!」
 爬虫類の脚力は想像以上だった。
 しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。
 ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。
 倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。
「まだまだっ、万城目日和いっ――!」
「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」
 広い空間に破裂音がこだまする。
 火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。
 何度も、何度も。
 ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。
 あらゆる方向から、あらゆる手段で。
 それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。
 ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。
 つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。
 こうしていれば、何かが見出せるのではないか?
 二人はひたすら、もがきつづけた。
「はあっ、はあっ……」
「ふうっ、ふうっ……」
 互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。
 何も見えてこない。
 ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。
 そんなもどかしさを感じていた。
「ウツロ、何か見えたか?」
 万城目日和は問いかけた。
「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」
 ウツロは正直な心中を吐露した。
「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」
「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」
「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」
「かまわない。それが俺の、性分なんでな」
「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」
「どういうことだ?」
「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」
「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」
「……」
 図星だった。
 だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。
 屈辱だ。
 ウツロ、おまえは気がついていない。
 そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。
 彼女は決心した。
 和解という選択肢を放棄することを。
 すまない、ウツロ。
 やっぱり、死んでくれ……
「ウツロ」
「……」
 トカゲの右手が上がる。
「これ、な~んだ?」
「……?」
 そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。
「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」
「それが、何だというんだ?」
 いぶかるウツロに、万城目日和は|口角《こうかく》をゆがませた。
「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」
 何を意味するのか、理解することはできなかった。
 しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。
 果たしてその予感は、的中することになる。
「あ~ん」
 つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。
「なっ、何をしている……!?」
「まだわからねえの? おまえ、バカ?」
 ガリガリと虫をかみ砕く。
「こうしてな、胃の中で|分析《・・》するんだぜえ?」
「……」
「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」
 ウツロはやっと理解した。
 前方へ向け、脚を蹴り上げる。
「いまさらおせえよ。もうしっかりと、|できあがっちまってる《・・・・・・・・・・》んだぜえ……!」
 万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。
 ウツロはそれをモロに浴びてしまった。
「うっ……」
 強烈な刺激臭が鼻をつく。
 そのときにはもう、すでに遅かった。
「これ、は……」
 呼吸がろくにできない。
 彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。
「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」
 トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――