「アルトラ、リザード……!」
少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。
「|万城目日和《まきめ ひより》……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」
人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。
「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」
「……」
万城目日和はケタケタと笑っている。
ウツロは何も言えなかった。
「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」
「くっ、来いっ……!」
「ん~?」
臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。
何かがおかしい、そう思った。
「これは……」
甘いにおい。
そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。
何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。
「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」
「ぐっ、しまった……」
猛烈な眠気がウツロを襲う。
こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。
刀を杖の代わりに、必死で体を支える。
「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」
トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。
ウツロはある覚悟を決めた。
「なめ、るな……!」
「――っ!?」
ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。
万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。
「ぐっ――!」
あわてて体を翻し、応戦する。
トカゲの爪は|黒刀《こくとう》の|剣戟《けんげき》を|弾《はじ》き、お互いにまた間合いを取った。
「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」
もご……
ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。
「べっ……!」
吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。
「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」
「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」
トカゲが毒虫に突進する。
「ふんっ!」
ウツロは高く跳躍した。
すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。
だが、降りてくる気配がない。
「――っ!?」
ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。
「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」
「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」
「お互いにな」
「ふん」
天地上下でにらみ合う。
しかけるタイミングを見計らっているのだ。
遠くのほうで船の汽笛が鳴った。
「いくぞ、万城目日和っ――!」
「来なっ、ウツロおおおっ――!」
ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。
「ぐうっ――!」
「があっ――!」
爬虫類の脚力は想像以上だった。
しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。
ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。
倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。
「まだまだっ、万城目日和いっ――!」
「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」
広い空間に破裂音がこだまする。
火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。
何度も、何度も。
ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。
あらゆる方向から、あらゆる手段で。
それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。
ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。
つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。
こうしていれば、何かが見出せるのではないか?
二人はひたすら、もがきつづけた。
「はあっ、はあっ……」
「ふうっ、ふうっ……」
互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。
何も見えてこない。
ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。
そんなもどかしさを感じていた。
「ウツロ、何か見えたか?」
万城目日和は問いかけた。
「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」
ウツロは正直な心中を吐露した。
「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」
「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」
「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」
「かまわない。それが俺の、性分なんでな」
「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」
「どういうことだ?」
「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」
「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」
「……」
図星だった。
だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。
屈辱だ。
ウツロ、おまえは気がついていない。
そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。
彼女は決心した。
和解という選択肢を放棄することを。
すまない、ウツロ。
やっぱり、死んでくれ……
「ウツロ」
「……」
トカゲの右手が上がる。
「これ、な~んだ?」
「……?」
そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。
「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」
「それが、何だというんだ?」
いぶかるウツロに、万城目日和は|口角《こうかく》をゆがませた。
「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」
何を意味するのか、理解することはできなかった。
しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。
果たしてその予感は、的中することになる。
「あ~ん」
つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。
「なっ、何をしている……!?」
「まだわからねえの? おまえ、バカ?」
ガリガリと虫をかみ砕く。
「こうしてな、胃の中で|分析《・・》するんだぜえ?」
「……」
「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」
ウツロはやっと理解した。
前方へ向け、脚を蹴り上げる。
「いまさらおせえよ。もうしっかりと、|できあがっちまってる《・・・・・・・・・・》んだぜえ……!」
万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。
ウツロはそれをモロに浴びてしまった。
「うっ……」
強烈な刺激臭が鼻をつく。
そのときにはもう、すでに遅かった。
「これ、は……」
呼吸がろくにできない。
彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。
「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」
トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――「アルトラ、リザード……!」
少女の姿が、一匹のどう猛なトカゲへと変貌した。
「|万城目日和《まきめ ひより》……まさかとは思ったが、本当にトカゲとはな……」
人の形をしたトカゲ、その異様な姿に、ウツロは戦慄した。
「ふふっ、ウツロ。要するにこれが、俺の本性ってことなんだろ? アルトラとはすなわち、その人間の精神の投影ってか」
「……」
万城目日和はケタケタと笑っている。
ウツロは何も言えなかった。
「けっこう気に入ってるんだぜ、この姿はよ? さてウツロ、仕切り直しと行こうじゃあねえか」
「くっ、来いっ……!」
「ん~?」
臨戦態勢を取るも、彼女はニヤニヤとほほえんでいる。
何かがおかしい、そう思った。
「これは……」
甘いにおい。
そして次の瞬間、ウツロのひざが勝手に地面をついた。
何が起こったのか理解できず、彼は激しく困惑した。
「甘いだろ? そのにおい。俺は体内でいろんなにおいを作れるんだよ。これを使ってそいつらを眠らせ、拉致ったのさ」
「ぐっ、しまった……」
猛烈な眠気がウツロを襲う。
こんな状況において、彼の脳は睡眠を渇望しているのだ。
刀を杖の代わりに、必死で体を支える。
「体ってのは正直だな、あ? ウツロ、おまえはもう動けねえ。俺の勝ちは決まりだな」
トカゲ人間がゆっくりと近づいてくる。
ウツロはある覚悟を決めた。
「なめ、るな……!」
「――っ!?」
ウツロの口から血が滴り、その姿がパッと消え失せた。
万城目日和はハッとなり、そして背後を取られたことに気がついた。
「ぐっ――!」
あわてて体を翻し、応戦する。
トカゲの爪は|黒刀《こくとう》の|剣戟《けんげき》を|弾《はじ》き、お互いにまた間合いを取った。
「バカな、舌をかむ力なんて残ってなかったはずだ……」
もご……
ウツロの口から、黒い角のようなものが顔を出す。
「べっ……!」
吐き出された物体、それはバカでかいクワガタだった。
「時期はずれだが、来てもらっていて助かったよ」
「ははっ! クワガタに舌をかませるなんてな! いいねえウツロお、最高だぜ、おまえ。こいつはいよいよ楽しくなってきた……!」
トカゲが毒虫に突進する。
「ふんっ!」
ウツロは高く跳躍した。
すぐさま上空からの攻撃に備える万城目日和。
だが、降りてくる気配がない。
「――っ!?」
ウツロは背中の羽を大きく広げ、羽虫のごとく宙に浮いていた。
「へっ、空も飛べるのかよ、ウツロ?」
「われながらおぞましい能力だと思うよ、万城目日和?」
「お互いにな」
「ふん」
天地上下でにらみ合う。
しかけるタイミングを見計らっているのだ。
遠くのほうで船の汽笛が鳴った。
「いくぞ、万城目日和っ――!」
「来なっ、ウツロおおおっ――!」
ウツロは下降し、万城目日和は跳躍した。
「ぐうっ――!」
「があっ――!」
爬虫類の脚力は想像以上だった。
しかし、羽虫の突撃もまた、同様だった。
ぶつかり合う力は反力を生み、互いに後方へ弾き飛ばされる。
倉庫の向かい合う壁面に、それぞれが激突した。
「まだまだっ、万城目日和いっ――!」
「殺してやるっ、ウツロおおおっ――!」
広い空間に破裂音がこだまする。
火花のようなそれは、冷たい倉庫の中に熱量を与えた。
何度も、何度も。
ぶつかっては弾かれ、延々とそれを繰り返す。
あらゆる方向から、あらゆる手段で。
それはほとんど、戦闘というよりは葛藤に近かった。
ありもしない答えを、必死に導きだそうとしている。
つかめるはずもないものを、必死につかもうとしている。
こうしていれば、何かが見出せるのではないか?
二人はひたすら、もがきつづけた。
「はあっ、はあっ……」
「ふうっ、ふうっ……」
互いに地面へ降り立ったとき、そのダメージは決して少ないものではなかった。
何も見えてこない。
ふいてもふいても取れることのない、ガラスのくもり。
そんなもどかしさを感じていた。
「ウツロ、何か見えたか?」
万城目日和は問いかけた。
「いや、何も……こんなに難しいのは、はじめてかもしれない……」
ウツロは正直な心中を吐露した。
「解決する方法があるんじゃないか。そんなことを考えてたんだろ?」
「まあな。みんながうまい具合に助かれば、それが一番だからな」
「けっ、やっぱり吐き気がする。ヒーロー気取りのクソ野郎がよ」
「かまわない。それが俺の、性分なんでな」
「ふん、そうかい。なら、おまえの負けだぜ?」
「どういうことだ?」
「おまえが必死にそんなことを考えてる間、俺はおまえを倒すことだけを考えてたからさ」
「強がるな、万城目日和。戦いを通じてわかった。おまえは決して、魔道になど落ちてはいない。本当はおまえだって、俺と同じことを考えていたんだろう?」
「……」
図星だった。
だが、そんなことをやすやすと認めるような万城目日和ではない。
屈辱だ。
ウツロ、おまえは気がついていない。
そのやさしさが、どんな存在にもよりそおうとする甘さが、結果として人の心を傷つけ、踏みにじることもある。
彼女は決心した。
和解という選択肢を放棄することを。
すまない、ウツロ。
やっぱり、死んでくれ……
「ウツロ」
「……」
トカゲの右手が上がる。
「これ、な~んだ?」
「……?」
そこには小さな、一匹の黒い虫がつまみ取られている。
「おまえとぶつかり合ってる最中に失敬したんだ。簡単だったぜ?」
「それが、何だというんだ?」
いぶかるウツロに、万城目日和は|口角《こうかく》をゆがませた。
「あれ、わからねえ? さっき俺が言ったこと、もう忘れたのか? いろんなにおいを作れるって、確かにそう言ったよなあ?」
何を意味するのか、理解することはできなかった。
しかしウツロは、猛烈に嫌な予感がした。
果たしてその予感は、的中することになる。
「あ~ん」
つまんでいたその虫を、万城目日和は口の中へと放りこんだ。
「なっ、何をしている……!?」
「まだわからねえの? おまえ、バカ?」
ガリガリと虫をかみ砕く。
「こうしてな、胃の中で|分析《・・》するんだぜえ?」
「……」
「ふんふん、なるほどな。よし、よし、と……」
ウツロはやっと理解した。
前方へ向け、脚を蹴り上げる。
「いまさらおせえよ。もうしっかりと、|できあがっちまってる《・・・・・・・・・・》んだぜえ……!」
万城目日和の体から、紫色の気体が噴き出す。
ウツロはそれをモロに浴びてしまった。
「うっ……」
強烈な刺激臭が鼻をつく。
そのときにはもう、すでに遅かった。
「これ、は……」
呼吸がろくにできない。
彼は苦しさあまって、地面へと倒れこんだ。
「アポトーシスだ、ウツロ。この世にただひとつ、おまえだけを確実にぶち殺せる毒ガスの完成よ。はははっ!」
トカゲの笑い声が響きわたる中、毒虫の意識はどんどんと遠くなっていった――