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第三十話

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 あの手合わせ及び『教会』の襲撃から、早一時間後。透は誰の目にもつかない学園都市の暗い路地裏へ逃げていた。整備されていない訳では無いものの、多くの人で賑わっているわけでもない。あまり群れることを良しとしない英雄科や武器科の人間ばかりが、この場に集っている。
 取り巻きすら自分の側に置くこともせず、ただ一人で歩く。道ですれ違う者は全て、首席入学した気性難の透の事を知っていたために、あまり刺激しないよう意図的に避けられていた。
 思い返すのは、手合わせの最後に自分に向けられた言葉と、襲撃時の礼安の行動。
 あの時、対して回避されるわけでもなく、しっかりと敗北したこと。
 あの時、自らの憎しみから生まれた分かりやすい隙を見せた結果、礼安と院に庇われたこと。
 それが、自分がどうしようもなく情けなく思えて仕方がなかった。
「俺は――弱いんだ。あくまでお山の大将だったんだ」
 『最強』なんて、夢のまた夢。自分があの学年の頂点なのではなく、数日前に彗星のごとく現れた良血統|《礼安たち》の存在が、自分の手の届かない場所に存在していたのだ。
 透自身、驕り高ぶるわけではないが、あの手合わせに関しての事前準備は万全であった。
 あの瀧本礼安と言う存在を侮ることはせず、予想される戦い方を思考し、それに合致した戦術を立てた。修行として、多くのならず者をコテンパンにした。変身することなく、徒手格闘《ステゴロ》のみで。不平等を嫌う透にとって、人体よりも圧倒的な性能を誇る装甲|(アーマー)を生身のならず者相手に纏うことは『弱い者いじめ』であると、自覚していたためだ。
 しかし、相手は力の扱い方を熟知していた。ほんの数日前に力を覚醒させたとは思えないほどに、天性の才能|《センス》が光り輝いていたのだ。何なら、こちらに先手どころか戦闘の全体的な主導権を最後の一瞬まで握らせていたのだ。
 力の差。それはほんの数日で、簡単に埋められるほどの小さなものでは決して無かった。言うならば、そのスポーツ始めたての初心者が形だけの抵抗を一通り行い、それら全てを熟練者に簡単に捌かれ、苦しむことの無いよう一撃で勝負をつけられるようであった。
 もはや清々しい。何があったらあそこまでの差が生まれるものか。透には理解できないほどの試練を潜り抜けてきたのだろう。
 問題は二つ目にある。
 自分がいたずらに前に出て、何もできずに弄ばれた結果、庇われた。その事実がどうあっても許せなかったのだ。自分自身を卑下するどころの話ではない。
 もし、あの庇った行動で礼安と院が死んだとしたら。自責の念に駆られ、きっと透自身命を絶つだろう。
 『弱者は、強者の邪魔をしてはならない。』
 『強者は、弱者を守る存在である。』
 今まで透が生きてきて、学んだ人生哲学。それを、自分自身が無意識下にて否定してしまうのだから、自分で自分が許せなかったのだ。
 少しでも、透と礼安と院の間に存在する力の差を分かっていれば。サポートに徹していれば。
 今となっては、思考しても意味がないタラレバの話。しかし、それをしてしまうほどに、透の心は摩耗していたのだ。
「……クソッ」
 『孫悟空』のヒーローライセンスを強く握りしめる。自分が強くあり続けるために、己の内に秘められた『強くなりたい』欲を開示し、扱えるようになった力。使えるものは何でも使う、その精神で簡易的な契約しか結ばなかったことが、この結果を生み出したのだった。
「――俺に応えろよ、孫悟空さんよォ。俺は強くなりたいんだ……」
 袋小路に行き詰った。歩いた先も、透の力も。
 思わず漏れ出た言葉に、ライセンスは一切応答せず。
「――俺の中にいるお前さんは、あの話同様だいぶ意地悪ィんだな」
 弱り切った悪態を吐くだけ。透は、どうすることもできなかった。
 しかし、その時であった。
「……探しましたわ、天音さん」
 そこに現れたのは、学校を去った透を、ただひたすらに追いかけた院であった。

「……んだよ、敗者である俺になんか用かよ。『ビッグマウスのわりに案外弱かったな』、とかでも言いに来たかよ。あのクソお人よしは……居ねえか」
「ええ、今頃礼安はこの学園都市を迷子になっています。あとで探しに向かわないといけないので、手短に」
 そんな虚勢を張る透を、憐みの目で見る院。その目に、心底嫌気がさしていた。
「俺の敗北宣言が見たいわけでもなし、何なら『学園に戻ってこい』だなんてテンプレセリフもナシ。何もねえならこんなとこに来るなよ。強者の余裕、そう取られても文句は言えねえぞ」
「違います、私はそんなド外道ではありませんわ」
 院はそう語り掛けると、デバイスをいじりだした。
「――以前から、貴女の名前に引っかかって。大雑把ながら、全て調べさせていただきましたの」
「――――なら、何なんだよ」
 提示されたデバイスには、日本内でもスラムと言えるほどに治安が悪い区域にて、ある事件の被害者一覧。その中には、『アマネ』の名字が複数存在していた。
「かつてあった……治安のさらなる悪化を予防するために、『漂白|《ブリーチ》』と称して頭のおかしい『教会』の端役による、大量虐殺が身勝手にも行われました。歴史上の出来事になぞらえた、通称『ホロコースト事件』。その、被害者の一人ですわね」
 ホロコースト。それはかつて、第二次大戦中のナチ党支配下ドイツにて行われた、ユダヤ人を中心に行われた大量虐殺行為。『教会』が行っていた行為は、それに類する排他行為であったのだ。
 さらに、不幸にも透はその事件の被害者の一人。それにより、両親を失っていたのだ。
「――――あんまり、思い出させんじゃあねえよ。胸糞悪くなる」
「それについては失礼しました、でも――それが貴女の目標である『最強』に紐づくのでしょう? だから、礼安や私を目の敵にした。私自身が言うのもアレですが……ぽっと出の存在に今の『首席』と言うブランドを、より高いレアリティで奪われることが何より嫌だったんでしょう」
 院の言葉は、的を射ていた。誰にも明かしたことは無かったが、調査によって知られてしまった事実であった。
 そして、それは透にとって最も知られたくない事実でもあった。
「さらに、貴女は……と言うより天音家は莫大な借金を抱えている。恐らくあの口ぶりからして、あの『教会』埼玉支部のあの男|《グラトニー》に嵌められたのでしょう」
 元々、天音家は裕福な家庭であった。そんな中で、少しでも家族にいい思いをさせてあげたい親心から、新規ビジネスを打ち立てるためにも融資を申し込んだ。しかし、何者か……十中八九グラトニーの策略によりビジネスは派手に頓挫した。その結果、極貧生活を強いられることとなった。
 さらに、追い打ちをかけたのはあの『ホロコースト事件』。何とか家族を立て直そうとしていた最中、両親は透たちを庇って惨殺されてしまった。
 それが、透の胸中に影を落とす結果となったのだ。
 すっくと立ちあがって、院に背を向ける透。その横顔は、実に物憂げなものであった。
「――――俺については、もう探んじゃあねえ。それで変な情をかけられたら気分悪ィ」
「でも、正直看過できません。貴女だって日々の生活を送り辛いでしょうに――」
 その院の心配を、近くの壁を殴りつけ静止させる。拳からは鮮血が滴り落ちていた。
「……それが、それが迷惑だって言ってんだよ!!」
 一切表情を見せない透は、声が震えていた。抱えているものの大きさに、誰より圧し潰されそうであったのにも拘らず、気丈であり続けることに、強くあり続けることに、一匹狼で在り続けることにこだわったのだ。
「誰もが――優しさを求めていると思うなよ。勝手に押し付けられて……迷惑だ」
 こんな時、礼安だったら何と言っただろう。それでも、望んでいなくとも、自分の欲のままにお人よしであり続けるのだろう。
 しかし、この場にいる院はどうだろうか。
「――この『教会』の案件は、俺一人でカタを付ける。そうじゃあなきゃあ……俺の目指す『最強』じゃあねえ」
 その場を去る透を引き留められるほど、意地っ張りではなかった。

 院から離れた透。自分の寮に帰ると、デバイスを起動し兄弟たちへ連絡を取ろうと試みる。しかし、いくらかけようと繋がらない。不安感が募る中、見たくもない人物から連絡が。借金取りであるグラトニーであった。
『もしもし、天音さんの電話ですね』
「気味悪い猫撫で声で話しかけんじゃあねえ、借金取り如きが。虫唾が走る」
 敗北を喫したグラトニーにすら、苛立ちが募っているせいか刺々しい態度を崩さない透。しかし、電話の向こう側の相手は表情こそ見えないものの、口角を歪に歪ませているようであった。
『そんな態度をしていていいんですかねえ、電話の相手、変わって差し上げましょうか?』
 その一言で嫌な予感を感じ取った透は、変わった相手の声を聞いた瞬間に、すっと青ざめた。
『お姉ちゃん……教えてくれたように抵抗したんだけど――捕まっちゃったよ』
「!? その声は――!!」
 察知した透は、途端に息が荒くなる。
『返済はかなり頑張っているようですが、それでどうにもならないほどに借金がかさんでいるそうで。ちょくちょく学内通貨を通常通貨に兌換|《だかん》して仕送りしているそうですが……それでも足りないようで』
「そんなはず無い!! 今日の分求める金額は確かに渡したはずだ!!」
 透自身、学園都市内で得た学内通貨を一切使うことなく、家族全体が抱える借金返済と、弟や妹たちの贅沢のために仕送りしていた。借金は日々生活していくだけでかさんでいく極限状態の中、少しでも楽が出来るように多めに送っていた。透は、誰よりも早く学園都市内で幾つものバイトを重ね、そして学園長に直談判を重ね多額の学内通貨を借金返済へ充てていたのだ。
「今月の分、確かに……は?」
『諸経費にて、貴女が返済した分が消費されてしまいまして。より借金が膨れ上がっている一方なんですよ。今よりも、ペース上げてもらわないと、ねえ?』
 出自不明の『諸経費』。それは借金地獄で永遠の金づるとして雁字搦めにする、ただの方便であったのだ。恐らくではあるが、あの成金じみたグラトニーの指輪や贅肉代となっているのだろう。
「ふざけんじゃあねえ、俺がどれだけ返済に充ててると思ってんだよ!? 今週だけで累計一千万だ!!」
『口答えする胆力を見せるより、お宅の小さい子たちを気にしなくてどうするんですか?』
 震えが止まらなくなる透。家族を失う怖さは、喪失感は、そしてそれに伴う重圧は、何より理解していた。
『一週間、それだけは待ちましょう。それまでに利息分の一億、払ってもらわないと……どうなっちゃうんでしょうねえ』
 それだけ言い残すと、透への電話は切れてしまった。



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 取り巻きすら自分の側に置くこともせず、ただ一人で歩く。道ですれ違う者は全て、首席入学した気性難の透の事を知っていたために、あまり刺激しないよう意図的に避けられていた。
 思い返すのは、手合わせの最後に自分に向けられた言葉と、襲撃時の礼安の行動。
 あの時、対して回避されるわけでもなく、しっかりと敗北したこと。
 あの時、自らの憎しみから生まれた分かりやすい隙を見せた結果、礼安と院に庇われたこと。
 それが、自分がどうしようもなく情けなく思えて仕方がなかった。
「俺は――弱いんだ。あくまでお山の大将だったんだ」
 『最強』なんて、夢のまた夢。自分があの学年の頂点なのではなく、数日前に彗星のごとく現れた良血統|《礼安たち》の存在が、自分の手の届かない場所に存在していたのだ。
 透自身、驕り高ぶるわけではないが、あの手合わせに関しての事前準備は万全であった。
 あの瀧本礼安と言う存在を侮ることはせず、予想される戦い方を思考し、それに合致した戦術を立てた。修行として、多くのならず者をコテンパンにした。変身することなく、徒手格闘|《ステゴロ》のみで。不平等を嫌う透にとって、人体よりも圧倒的な性能を誇る装甲|《アーマー》を生身のならず者相手に纏うことは『弱い者いじめ』であると、自覚していたためだ。
 しかし、相手は力の扱い方を熟知していた。ほんの数日前に力を覚醒させたとは思えないほどに、天性の才能|《センス》が光り輝いていたのだ。何なら、こちらに先手どころか戦闘の全体的な主導権を最後の一瞬まで握らせていたのだ。
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 もはや清々しい。何があったらあそこまでの差が生まれるものか。透には理解できないほどの試練を潜り抜けてきたのだろう。
 問題は二つ目にある。
 自分がいたずらに前に出て、何もできずに弄ばれた結果、庇われた。その事実がどうあっても許せなかったのだ。自分自身を卑下するどころの話ではない。
 もし、あの庇った行動で礼安と院が死んだとしたら。自責の念に駆られ、きっと透自身命を絶つだろう。
 『弱者は、強者の邪魔をしてはならない。』 『強者は、弱者を守る存在である。』
 今まで透が生きてきて、学んだ人生哲学。それを、自分自身が無意識下にて否定してしまうのだから、自分で自分が許せなかったのだ。
 少しでも、透と礼安と院の間に存在する力の差を分かっていれば。サポートに徹していれば。
 今となっては、思考しても意味がないタラレバの話。しかし、それをしてしまうほどに、透の心は摩耗していたのだ。
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「――俺の中にいるお前さんは、あの話同様だいぶ意地悪ィんだな」
 弱り切った悪態を吐くだけ。透は、どうすることもできなかった。
 しかし、その時であった。
「……探しましたわ、天音さん」
 そこに現れたのは、学校を去った透を、ただひたすらに追いかけた院であった。
「……んだよ、敗者である俺になんか用かよ。『ビッグマウスのわりに案外弱かったな』、とかでも言いに来たかよ。あのクソお人よしは……居ねえか」
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「俺の敗北宣言が見たいわけでもなし、何なら『学園に戻ってこい』だなんてテンプレセリフもナシ。何もねえならこんなとこに来るなよ。強者の余裕、そう取られても文句は言えねえぞ」
「違います、私はそんなド外道ではありませんわ」
 院はそう語り掛けると、デバイスをいじりだした。
「――以前から、貴女の名前に引っかかって。大雑把ながら、全て調べさせていただきましたの」
「――――なら、何なんだよ」
 提示されたデバイスには、日本内でもスラムと言えるほどに治安が悪い区域にて、ある事件の被害者一覧。その中には、『アマネ』の名字が複数存在していた。
「かつてあった……治安のさらなる悪化を予防するために、『漂白|《ブリーチ》』と称して頭のおかしい『教会』の端役による、大量虐殺が身勝手にも行われました。歴史上の出来事になぞらえた、通称『ホロコースト事件』。その、被害者の一人ですわね」
 ホロコースト。それはかつて、第二次大戦中のナチ党支配下ドイツにて行われた、ユダヤ人を中心に行われた大量虐殺行為。『教会』が行っていた行為は、それに類する排他行為であったのだ。
 さらに、不幸にも透はその事件の被害者の一人。それにより、両親を失っていたのだ。
「――――あんまり、思い出させんじゃあねえよ。胸糞悪くなる」
「それについては失礼しました、でも――それが貴女の目標である『最強』に紐づくのでしょう? だから、礼安や私を目の敵にした。私自身が言うのもアレですが……ぽっと出の存在に今の『首席』と言うブランドを、より高いレアリティで奪われることが何より嫌だったんでしょう」
 院の言葉は、的を射ていた。誰にも明かしたことは無かったが、調査によって知られてしまった事実であった。
 そして、それは透にとって最も知られたくない事実でもあった。
「さらに、貴女は……と言うより天音家は莫大な借金を抱えている。恐らくあの口ぶりからして、あの『教会』埼玉支部のあの男|《グラトニー》に嵌められたのでしょう」
 元々、天音家は裕福な家庭であった。そんな中で、少しでも家族にいい思いをさせてあげたい親心から、新規ビジネスを打ち立てるためにも融資を申し込んだ。しかし、何者か……十中八九グラトニーの策略によりビジネスは派手に頓挫した。その結果、極貧生活を強いられることとなった。
 さらに、追い打ちをかけたのはあの『ホロコースト事件』。何とか家族を立て直そうとしていた最中、両親は透たちを庇って惨殺されてしまった。
 それが、透の胸中に影を落とす結果となったのだ。
 すっくと立ちあがって、院に背を向ける透。その横顔は、実に物憂げなものであった。
「――――俺については、もう探んじゃあねえ。それで変な情をかけられたら気分悪ィ」
「でも、正直看過できません。貴女だって日々の生活を送り辛いでしょうに――」
 その院の心配を、近くの壁を殴りつけ静止させる。拳からは鮮血が滴り落ちていた。
「……それが、それが迷惑だって言ってんだよ!!」
 一切表情を見せない透は、声が震えていた。抱えているものの大きさに、誰より圧し潰されそうであったのにも拘らず、気丈であり続けることに、強くあり続けることに、一匹狼で在り続けることにこだわったのだ。
「誰もが――優しさを求めていると思うなよ。勝手に押し付けられて……迷惑だ」
 こんな時、礼安だったら何と言っただろう。それでも、望んでいなくとも、自分の欲のままにお人よしであり続けるのだろう。
 しかし、この場にいる院はどうだろうか。
「――この『教会』の案件は、俺一人でカタを付ける。そうじゃあなきゃあ……俺の目指す『最強』じゃあねえ」
 その場を去る透を引き留められるほど、意地っ張りではなかった。
 院から離れた透。自分の寮に帰ると、デバイスを起動し兄弟たちへ連絡を取ろうと試みる。しかし、いくらかけようと繋がらない。不安感が募る中、見たくもない人物から連絡が。借金取りであるグラトニーであった。
『もしもし、天音さんの電話ですね』
「気味悪い猫撫で声で話しかけんじゃあねえ、借金取り如きが。虫唾が走る」
 敗北を喫したグラトニーにすら、苛立ちが募っているせいか刺々しい態度を崩さない透。しかし、電話の向こう側の相手は表情こそ見えないものの、口角を歪に歪ませているようであった。
『そんな態度をしていていいんですかねえ、電話の相手、変わって差し上げましょうか?』
 その一言で嫌な予感を感じ取った透は、変わった相手の声を聞いた瞬間に、すっと青ざめた。
『お姉ちゃん……教えてくれたように抵抗したんだけど――捕まっちゃったよ』
「!? その声は――!!」
 察知した透は、途端に息が荒くなる。
『返済はかなり頑張っているようですが、それでどうにもならないほどに借金がかさんでいるそうで。ちょくちょく学内通貨を通常通貨に兌換|《だかん》して仕送りしているそうですが……それでも足りないようで』
「そんなはず無い!! 今日の分求める金額は確かに渡したはずだ!!」
 透自身、学園都市内で得た学内通貨を一切使うことなく、家族全体が抱える借金返済と、弟や妹たちの贅沢のために仕送りしていた。借金は日々生活していくだけでかさんでいく極限状態の中、少しでも楽が出来るように多めに送っていた。透は、誰よりも早く学園都市内で幾つものバイトを重ね、そして学園長に直談判を重ね多額の学内通貨を借金返済へ充てていたのだ。
「今月の分、確かに……は?」
『諸経費にて、貴女が返済した分が消費されてしまいまして。より借金が膨れ上がっている一方なんですよ。今よりも、ペース上げてもらわないと、ねえ?』
 出自不明の『諸経費』。それは借金地獄で永遠の金づるとして雁字搦めにする、ただの方便であったのだ。恐らくではあるが、あの成金じみたグラトニーの指輪や贅肉代となっているのだろう。
「ふざけんじゃあねえ、俺がどれだけ返済に充ててると思ってんだよ!? 今週だけで累計一千万だ!!」
『口答えする胆力を見せるより、お宅の小さい子たちを気にしなくてどうするんですか?』
 震えが止まらなくなる透。家族を失う怖さは、喪失感は、そしてそれに伴う重圧は、何より理解していた。
『一週間、それだけは待ちましょう。それまでに利息分の一億、払ってもらわないと……どうなっちゃうんでしょうねえ』
 それだけ言い残すと、透への電話は切れてしまった。