お互いドライバーを取り外して変身を解除し、勝負を終えた二人に対して、賞賛の拍手が送られる。しかし、周りが礼安と院を見る目は、いち友人という訳ではない、尊敬を超えた畏怖の対象そのものであった。
「――これで、とりあえず一組の意識改革は大丈夫かな。彼女の望みも達せられた、そして自分たちの近くにいる存在の異常性を理解できた。これで、よりこの子たちも英雄として勉強に励んでくれるだろう。礼安と院の二人も、自分が現在時点の頂点だからと言って、これに慢心せずに修練に励んでね!」
そう言うと、実に楽しそうに手をひらひらと振り、スキップをしながら学園校舎に戻っていく信一郎。彼の思惑は合理的であったが、想像以上にえげつないものであった。
なあなあで英雄間の競争社会を生き残ることはできない。万人の先駆者である信一郎が、誰よりもそれを理解していた信一郎が、この実の娘二人を交えたデモンストレーションを以って示したのだ。
クラスメイト達は、礼安たちを羨望の目で見やる。それをどこか、礼安と院は居心地が悪いように感じていた。
「お父様、電話口では何か考えがある様子でしたが……こうだとは。見事にダシにされましたわ」
「皆……」
授業前、授業中はどこか和気藹々としていた雰囲気も、こうまで重苦しくなるとは。礼安も院も、そうなることとは考えていなかった。想像力が足りない、と言われたらそれまでだが、こうなることまで見越していた信一郎が一枚上手であったのだ。
「強くならなきゃ……」
「二人を見習わなきゃ……」
「ライセンスを顕現させたくらいで満足してちゃあだめなんだ……」
「一組の名に恥じない英雄にならなきゃ……」
それぞれが、内に秘めた闘争心を湧き立たせ、暗い表情で教室に戻っていく。
その時であった。
突如として、生徒や教師陣の魔力とも異なる、歪な魔力を感知した礼安と院は、その対象に背を向けた状態で、敵意をむき出しにする。
「貴方、いったい何者なの」
すると、その存在は飄々とした様子で笑い、高価そうなシルクハットをひらひらと振る。
「やあやあ、英雄の卵諸君。唐突で悪いが、大人の世界は金がどうあってもいるだろう、高額融資の相談は如何かな?」
礼安たちが振り返ると、そこにいたのは全体的に肥満然とした体格の男一人。心の底が知れない、薄気味悪い笑みを見せる。それによって露わになる総金歯となった歯。しかしフォルニカとは異なり、見た目はそう若くない、実に五十代ほどと見える。その成金じみたその見た目は、見る者によっては不快感しか呼び起こさないであろう。
そして、何より不快感を面に出していたのは、
「お前は……『グラトニー』!!」
他でもない、透自身であった。
礼安と院に関しては、その正体が『教会』関係者であること以外理解できなかったが、透の反応を見るかぎり、そのおくびにも隠さない様子に加え、胸元には『教会』支部長のバッジも光っており、敵対する理由は十分であった。
「おやおや、債務者である天音透さんではないですか。先ほどの手合わせを拝見させていただきましたが……ずいぶんとこっ酷く敗北いたしましたねえ」
「黙れ外道が!! それ以上何か言うならぶち殺すぞ!!」
敵意しか感じられない透を嘲笑いながら、礼安たち二人に向き直る。
「おお、怖い怖い。まあ今回の目的は、債務者に対する未払い借金の催促という訳ではありません。神奈川支部を事実上の壊滅まで追い込んだ、そちらの功労者に用があるのです」
「――仇討でも、しに来たんですの?」
そう院が脅すと、グラトニーは嘲笑していた。
「別に、フォルニカがどうこうという訳ではありません。私も、ああいった下品な輩は取引相手として大嫌いでして。道理の通じないマッドは、金払いがよくとも相手にはしたくないものです」
フォルニカを嘲笑うグラトニーに対し、礼安は明らかに不機嫌な態度を取っていた。
「――あの人の事情を知らないからって、好き勝手言い過ぎじゃあないかな?」
「当人の背景|《バックボーン》を知っていれば、多数の殺しは認める、と?」
そのグラトニーの返しに何も言えない礼安。それが正論そのものであったからだ。しかし、そのグラトニーに対し、透は苛立ちを隠せていなかった。
「お前、あの『事件』の主犯格だってのに……よくそんな上っ面だけの言葉並べてられんな――このドグサレ野郎!!」
「『事件』……? はて、何のことでしょうか。物的証拠が一つでも――何かあるのでしょうか」
その彼女たちのやり取りを見て、『事件』の単語に引っかかりを覚えた礼安と院の二人。
しかし、院がそのことに対して質問しようとするも、透が激情のままにドライバーを装着する。英雄として誰かを守るためではなく、目の前の標的を殺害するためであった。
「お前は……お前だけは生かしちゃいけねェ……絶対に!!」
『孫悟空』のライセンスを認証し、荒々しく装填。
「おやおや、荒事は少々苦手なんですがねえ」
グラトニーも、懐からチーティングドライバーを取り出す。フォルニカの物同様、実に歪なデザインをしていた。しかし側近の存在が見られないため、たったひとりで敵陣ど真ん中にやって来たことに違和感を抱く院。
(発言や役職から考えても、明らかに打算で動くタイプのはず。そんな無防備に、自分がやられるリスクを考えない馬鹿はやらかさないはず……?)
「「変身」!!」
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
『Crunch The Story――――Game Start』
院の心配をよそに、透とグラトニーが対峙する。
グラトニーの変身態は、機動力としてはそこまで感じられないほどに、重厚感のある和装、鎧を身に纏った見た目であった。その場から一切動く素振りのない、仁王立ちそのものである。
フォルニカは徒手と触手、そして自身の能力『狂った青鬼|《リベンジ・オブ・ヘイテッド》』を用いた、相手の心を徹底的に揺さぶるトリッキーな戦いを得意としていたが、グラトニーの手に握られているのは、刀身と持ち手が非常に長い薙刀、背に無数の歪な武具を携えていた。正面からどの攻撃でも受け切る、そんな慢心などではない自信が感じられた。大衆が想像する怪人の姿、と言うよりは英雄の装甲に感覚が近しいのだ。
「絶対に――お前だけはこの手で殺す!!」
そう意気込み、如意棒を高速で何度も伸長させる透。しかし、その如意棒による連続攻撃を軽くいなして見せるグラトニー。
『全く、貴女はケダモノですか? 貴女なんぞの意志無き攻撃は、微塵も手ごたえが無いことくらい自覚したらどうでしょう』
「うるせぇクソッタレ!!」
透も無策だったわけではない。脚部に風の力を溜めこみ、フィールドを蹴り宙へ。
ドライバーの左側を力任せに押し込み、如意棒を宙へ放り投げる。
『必殺承認! 身外身たちによる大騒ぎの夜|《シンガイシン・フィーバーナイト》!!』
放り投げた如意棒が無数に数を増やし、透自身も無数に分身。それぞれがグラトニーに突貫していく。
しかし、グラトニーはそんな透をせせら笑っていた。
『数じゃあ私はどうこうできない、それくらいのこと……人海戦術でどうこうすることしか能のない、この世の負け犬には理解できませんか』
それと共に、グラトニーもチーティングドライバー上部を軽く押し込む。
『Killing Engine Ignition』
薙刀に力を籠め、淀んだ魔力を滲ませる。一瞬にして透は「それに当たることは不味い」と理解したものの、圧倒的風力を推進力としているために、咄嗟に風力を逆噴射、と言うことは透の技量的にも出来ない。
何とか回避しようと足掻くことは出来ず。『なぜか』推進力を増した透と薙刀。それを力任せに振り回し、透や如意棒群を薙ぎ払う。
透の装甲は礼安や院のものと比べると非常に薄く防御力が低い。風力を扱うが故に、自身を徹底的に軽量化しているのだ。それゆえに、全てのダメージがほぼダイレクトに伝わってしまう。風力の逆噴射が出来ないもう一つの理由であった。
衝撃が胸元にクリーンヒットした透は、派手に吹き飛んで変身が解除されてしまった。
肺にモロに伝わった衝撃によって、透が呼吸をするのも困難な状況となってしまったのだ。
『これだから、負け組にはなりたくない。いつだって、強者に食い物にされるわけですからねえ』
ゆっくりとグラトニーが近づく間、透は生命活動が何とかできるほどの酸素以外、取り入れることが出来ずにいた。肺に血が溜まり、咳と喀血が止まらない。誰彼構わず噛みつく彼女であったが、それすら出来ない状況下にあったのだ。
しかし、透の前に立つのは敵意をむき出しにした礼安と院。それを見たグラトニーは、実に嬉しそうであった。
『いやはや、ようやく本題に戻れそうで。負け犬と商談をするのも、悪いことばかりではありませんね』
「『負け犬』って天音ちゃんを悪く言うけどさ……それ、本当に許せないや」
「正直、彼女に良いことをしてもらった試しはありませんが……正直、見ていて非常に気分が悪かったので。礼安同様、外道である貴方を排他することに異論はありませんわ」
しかし、ここでグラトニーは。そこで歩みを止めた。
『――――『三』対『一』。しかもその相手はどうも、術中に嵌めても無理な相手が含まれていると来た。ならば……退散することが一番の得策でしょう。本来の目的こそ果たされませんでしたが、敵陣で顔見せくらいは出来たので上々でしょう』
変身を解除し、帽子を取り胸元に置くグラトニー。静かに倒れ伏す透を含めた眼前の三人に挨拶すると、薄気味悪い笑みを浮かべながら霧散していく。
(債務者の抵抗により、思ったよりも時間がかかってしまいました。次回は……いえ、次回の機会すら与えずに消耗させにかかりましょう。ではさようなら、お嬢さんがた)
グラトニーが英雄学園運動場から退散した後、辺りに異変など無いか軽く見渡して、院は校舎の方を見やる。するとそこでコーヒーを啜りながら様子を窺っていたのは、紛れもない信一郎自身であった。
デバイスを起動させ、本人と電話を繋ぐ院。
「――恐らくですが、あのグラトニーとか言う教会関係者。お父様を察知して逃げたんだと思われますが、どうでしょう」
『正解だね、我が愛しの娘の一人、院ちゃん。ちょーっと勝負後の感想戦にしては時間かかってるなあ、とか思ってね。学園長室の大きな窓から状況を全て見せてもらったよ』
「――では、今我々が望んでいることは分かりますね?」
『無論だとも、既にそちらに救護班が向かってるよ』
そう信一郎が微笑するとその言葉通り、英雄学園が誇る最上級の救護班が担架を持って現れた。透の現状を軽く診て、すぐさま保健室へと透を連れて行った。
「――大丈夫かな」
「恐らくは。命に別状はないでしょうが……せめて、あの場で変身してから前に立つべきだと思いますわ。あの外道の能力が知れてない中で前に出ることは……自身の命を擲つ行為ですわ」
礼安にそんなこと言っても無駄だ、と言うことを自覚していながらも口に出てしまう院の心配。そんな心配などつゆ知らず、礼安は笑って見せた。
しかしその一時間後。礼安と院の元に、耳を疑う情報が入ってきた。その情報を二人に血相抱えて伝えたのは、英雄学園救護班の一人。
「学園長の娘様二人に、急を要する報告です!!」
何か嫌な予感を抱いた二人は、その報告を神妙な顔つきで聞く。その後、二人とも一組の担任に許可を取って学園を飛び出した。
その急報は、『透が処置後経過観察中に、突如として行方不明になった』とのことだった。