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第63話 揺れ動く葛藤

ー/ー



「すまんな」

「ん?」

 落ち着いたのか、大槻が俺の顔を見て始めにそう言った。
 だいぶ警戒は緩んでいる。

「迷惑かけた俺が『良かった』なんて言う資格ないだろ……」

「そういう難しいこと俺は分からんよ。椎名は言いそうだけどな」

「ふ」

 大槻が少しだけ笑顔になる。
 だが、俺は緊張感が増していた。

 本来の大槻ならそういう資格とかは気にしない。
 これは相当参っているのか? それとも辞めるということの表れか?

 次の話題を考える。
 どうする? どう切り込む?
 言葉を選びながら、会話を持っていく。

「歓迎会が終わった後、轟先輩に言われたよ『ゴールデンウィーク後にいつものようにみんなで部活に来るように!』って謎のポーズされながら」

「杉野、俺は――」

「それに! 今日だってみんなで話し合ったんだ! 椎名と増倉は相変わらず揉めたし山路はバイトでいなかったけど! 樫田だって後悔していたし、夏村だって!」

「杉野……」

 ダメだ。届いていない。
 大槻の瞳が遠く、俯瞰しているようだった。

 ソコに辿り着いていない。
 心の炉が全く熱を持っていない。

 俺は知っている。その冷めた見方は自分を凍らせ、頑なにさせることを。

「申し訳ないとは思っているよ。けど俺は決めたから」

 あまりにも遠くから言われた。
 こんなにも離れてしまったのか。もう俺の声は届かないのか?

 俺一人ではダメだ。
 けど……けどこの状態の大槻をみんなに会わせられるか?

 怒るにしろ、同情するにしろ、この『冷め』はきっと感染する。
 ああそうかい。勝手にどうぞ。
 そういう空気が場を支配する。

 せめてこの状態を変えろ。

「なら、どうして公園にいたんだ?」

「…………」

「何か思うところがあるんじゃないのか? 言いたいことも後悔も懺悔もあるならちゃんと向き合え」

「俺は別に……」

「大槻、今お前は逃げている」

「……そう、かもな」

「そう悟るな。歓迎会が無事に終わって良かったんだろ? 安心したんだろ? ならその気持ちをちゃんと握れ」

「握る?」

「ああ、今のお前はその気持ちすら手放して楽になろうとしている」

「…………」

「お前がさっき感じた気持ちを今ちゃんと持っているか?」

 俺の言葉は自惚れか自己満足か。

 さっきから俺の中で嫌悪感が喚く。

 かっこつけるな。善人ぶるな。

 ああ、そうだな。俺は自分の言いたいことを言っているだけだ。

 大槻のため、それは大義名分だよな。

 だから分かってんだろ?

 

「杉野、お前の言っていることなんとなく分かるよ」

 ああ、ちくしょう。
 だからその達観した目を止めてくれ。

「そりゃ、お前らからしたら理不尽な話だよな。怒りも当然だ…………けどさ。俺を許せないのは俺もなんだよ。笑っちまうだろ。言うに事を欠いてそれかよって。本当、自分でも嫌になるよ」

 俺がどんなに全速力で近づこうとしても離れる一方だ。
 大槻の心はもう溺れている。

「みんなにはちゃんと言うよ。先輩たちにも。一年生たちは……まぁみんなの判断次第ってことでさ」

「ちが、違うんだ大槻。俺はそういうことを言いたいんじゃ……」

「だから、そんな辛そうな顔すんなよ」

「…………っ!」

 喉が絞られ、言葉が詰まる。
 お粗末な自分が嫌になる。

 何で大槻が俺を気にするんだよ!

 何で俺が大槻に気遣われている!

 何でこんなに胸が苦しいんだよ!

「駄弁ろうって言ってくれてありがとな。少し気持ちの整理がついたよ」

 そう言って大槻はスマホを手に取って、テーブルの上で操作し始めた。
 俺は咄嗟にそのスマホに手をかける。

「杉野……?」

 大槻が驚いた表情をするが、俺は気にせずに言おうとする。
 かっこつけず、気取ることすらできず。

「辞めないでくれぇ……」

 やっと出たのは、そんな弱弱しい言葉だった。
 なんでか、死ぬほどの怖さを覚える。
 今この瞬間が震えて仕方ない。

「お前はやっぱズルいな……」

「ズルくてもいい! 俺は!」

「けどな。わりぃ。きっといつもなら嬉しい言葉なんだろけどさ。今は、辛いわ」


 左手で俺の手をゆっくりとスマホから離す。
 力ない俺の手は、大槻の動かすままだった。

 大槻はスマホをテーブルに置いて、俺を見た。
 たった数十センチのテーブルを挟んで向かいあっているのに、瞳の奥が見えない。

「杉野、これ以上はもう言葉じゃどうしようもないんだよ。償いはそんな軽くないんだ」

 償い。部活に迷惑をかけたから、夏村を泣かせたから、自分を許せないから。
 その対価としてなのか。罪過としてなのか。
 だから重く苦しい罰を。

 そんなのってないだろ……。
 違っている。間違っている。

 逃げているだけじゃないのか?
 迷惑をかけたなら許されるまで謝罪を示すものじゃないのか?
 たぶん俺でもそんな論破ができるだろう。

 けど、その言葉に何の意味がある。
 大槻にとって既に言葉でのやり取りは軽いものになっている。
 行動で、決意で示そうとしている。

 きっとしっかりと自分の罪と向き合ったのだろう。

「言葉での償いはそんなに軽いものなのか……?」

「……そういうつもりはないけど、分かるだろ? 俺が何言っても上っ面になるって」

「そんなことはないだろ」

「だって俺だぜ? 今までの行動が、さ。軽いだろ……」

 そう言い自虐的に笑って、テーブルの上の紅茶を飲んだ。
 俺と目を合わせないようにするためか、そのまま視線が下がったまま大槻は言った。

「サボり魔で不真面目でテキトーで……部活での俺の行動って最低だったからな。今更誠意も何も見せるものがないだろ……」

 謝罪。誠意。償い。

 そういったものはただの言葉、ただの行動では意味がないことは俺でも知っている。
 日頃の評価や性格、言動がその価値を変える。
 初犯と再犯で罪の重さが違うように。

「なら、なおさら――」

「ない。さっき償いなんて言ったけど、俺は許されるほどの対価を示せない」

 何かを言う前に、大槻が否定した。

 ああ、もう彼の中で自分を許すことはないのかもしれない。
 そう思えるほどの、はっきりとした口調だった。

「夏村が許すと言ってもか?」

「言ってたのか?」

 まるでこっちの掌の内が分かっているかのように、さらりと聞き返す。

「許すとは言ってはなかった……けど、お前に部活を好きな気持ちがあるなら一緒に部活をしたいとは言っていた」

「それは……」

 大槻は言葉に詰まった。
 表情を見ると、辛そうな様子だった。

 俺は見逃さなかった。

 これは葛藤であり、迷いだ。
 大槻の中にある部活への未練。罪と欲とがぶつかっている。
 だが、今の俺に現状の打開策はなかった。

 一秒、二秒。

 ダメだ。何かを言わないと!
 この迷いを広げろ!
 俺の中で何かが訴えるが、言葉が出ない。
 何かないのか! 何か!

「あれぇー?」

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。
 反射的にそっちを向く。
 彼女たちを確認すると俺は笑った。

「はは」

 そんな俺を不思議に思ったのだろう、首を傾げていた。
 ああ、悪い悪い。
 これは、だなと思ってな。
 俺は横のテーブルが開いているのを確認して、彼女たちに話しかけた。

「偶然だな。なんだ? 一年生で集まって」

 そこ居たのは、田島、池本、金子の一年生たちだった。



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「ん?」
 落ち着いたのか、大槻が俺の顔を見て始めにそう言った。
 だいぶ警戒は緩んでいる。
「迷惑かけた俺が『良かった』なんて言う資格ないだろ……」
「そういう難しいこと俺は分からんよ。椎名は言いそうだけどな」
「ふ」
 大槻が少しだけ笑顔になる。
 だが、俺は緊張感が増していた。
 本来の大槻ならそういう資格とかは気にしない。
 これは相当参っているのか? それとも辞めるということの表れか?
 次の話題を考える。
 どうする? どう切り込む?
 言葉を選びながら、会話を持っていく。
「歓迎会が終わった後、轟先輩に言われたよ『ゴールデンウィーク後にいつものようにみんなで部活に来るように!』って謎のポーズされながら」
「杉野、俺は――」
「それに! 今日だってみんなで話し合ったんだ! 椎名と増倉は相変わらず揉めたし山路はバイトでいなかったけど! 樫田だって後悔していたし、夏村だって!」
「杉野……」
 ダメだ。届いていない。
 大槻の瞳が遠く、俯瞰しているようだった。
 ソコに辿り着いていない。
 心の炉が全く熱を持っていない。
 俺は知っている。その冷めた見方は自分を凍らせ、頑なにさせることを。
「申し訳ないとは思っているよ。けど俺は決めたから」
 あまりにも遠くから言われた。
 こんなにも離れてしまったのか。もう俺の声は届かないのか?
 俺一人ではダメだ。
 けど……けどこの状態の大槻をみんなに会わせられるか?
 怒るにしろ、同情するにしろ、この『冷め』はきっと感染する。
 ああそうかい。勝手にどうぞ。
 そういう空気が場を支配する。
 せめてこの状態を変えろ。
「なら、どうして公園にいたんだ?」
「…………」
「何か思うところがあるんじゃないのか? 言いたいことも後悔も懺悔もあるならちゃんと向き合え」
「俺は別に……」
「大槻、今お前は逃げている」
「……そう、かもな」
「そう悟るな。歓迎会が無事に終わって良かったんだろ? 安心したんだろ? ならその気持ちをちゃんと握れ」
「握る?」
「ああ、今のお前はその気持ちすら手放して楽になろうとしている」
「…………」
「お前がさっき感じた気持ちを今ちゃんと持っているか?」
 俺の言葉は自惚れか自己満足か。
 さっきから俺の中で嫌悪感が喚く。
 かっこつけるな。善人ぶるな。
 ああ、そうだな。俺は自分の言いたいことを言っているだけだ。
 大槻のため、それは大義名分だよな。
 だから分かってんだろ?
 《《その言葉じゃ届かないこと》》。
「杉野、お前の言っていることなんとなく分かるよ」
 ああ、ちくしょう。
 だからその達観した目を止めてくれ。
「そりゃ、お前らからしたら理不尽な話だよな。怒りも当然だ…………けどさ。俺を許せないのは俺もなんだよ。笑っちまうだろ。言うに事を欠いてそれかよって。本当、自分でも嫌になるよ」
 俺がどんなに全速力で近づこうとしても離れる一方だ。
 大槻の心はもう溺れている。
「みんなにはちゃんと言うよ。先輩たちにも。一年生たちは……まぁみんなの判断次第ってことでさ」
「ちが、違うんだ大槻。俺はそういうことを言いたいんじゃ……」
「だから、そんな辛そうな顔すんなよ」
「…………っ!」
 喉が絞られ、言葉が詰まる。
 お粗末な自分が嫌になる。
 何で大槻が俺を気にするんだよ!
 何で俺が大槻に気遣われている!
 何でこんなに胸が苦しいんだよ!
「駄弁ろうって言ってくれてありがとな。少し気持ちの整理がついたよ」
 そう言って大槻はスマホを手に取って、テーブルの上で操作し始めた。
 俺は咄嗟にそのスマホに手をかける。
「杉野……?」
 大槻が驚いた表情をするが、俺は気にせずに言おうとする。
 かっこつけず、気取ることすらできず。
「辞めないでくれぇ……」
 やっと出たのは、そんな弱弱しい言葉だった。
 なんでか、死ぬほどの怖さを覚える。
 今この瞬間が震えて仕方ない。
「お前はやっぱズルいな……」
「ズルくてもいい! 俺は!」
「けどな。わりぃ。きっといつもなら嬉しい言葉なんだろけどさ。今は、辛いわ」
 左手で俺の手をゆっくりとスマホから離す。
 力ない俺の手は、大槻の動かすままだった。
 大槻はスマホをテーブルに置いて、俺を見た。
 たった数十センチのテーブルを挟んで向かいあっているのに、瞳の奥が見えない。
「杉野、これ以上はもう言葉じゃどうしようもないんだよ。償いはそんな軽くないんだ」
 償い。部活に迷惑をかけたから、夏村を泣かせたから、自分を許せないから。
 その対価としてなのか。罪過としてなのか。
 だから重く苦しい罰を。
 そんなのってないだろ……。
 違っている。間違っている。
 逃げているだけじゃないのか?
 迷惑をかけたなら許されるまで謝罪を示すものじゃないのか?
 たぶん俺でもそんな論破ができるだろう。
 けど、その言葉に何の意味がある。
 大槻にとって既に言葉でのやり取りは軽いものになっている。
 行動で、決意で示そうとしている。
 きっとしっかりと自分の罪と向き合ったのだろう。
「言葉での償いはそんなに軽いものなのか……?」
「……そういうつもりはないけど、分かるだろ? 俺が何言っても上っ面になるって」
「そんなことはないだろ」
「だって俺だぜ? 今までの行動が、さ。軽いだろ……」
 そう言い自虐的に笑って、テーブルの上の紅茶を飲んだ。
 俺と目を合わせないようにするためか、そのまま視線が下がったまま大槻は言った。
「サボり魔で不真面目でテキトーで……部活での俺の行動って最低だったからな。今更誠意も何も見せるものがないだろ……」
 謝罪。誠意。償い。
 そういったものはただの言葉、ただの行動では意味がないことは俺でも知っている。
 日頃の評価や性格、言動がその価値を変える。
 初犯と再犯で罪の重さが違うように。
「なら、なおさら――」
「ない。さっき償いなんて言ったけど、俺は許されるほどの対価を示せない」
 何かを言う前に、大槻が否定した。
 ああ、もう彼の中で自分を許すことはないのかもしれない。
 そう思えるほどの、はっきりとした口調だった。
「夏村が許すと言ってもか?」
「言ってたのか?」
 まるでこっちの掌の内が分かっているかのように、さらりと聞き返す。
「許すとは言ってはなかった……けど、お前に部活を好きな気持ちがあるなら一緒に部活をしたいとは言っていた」
「それは……」
 大槻は言葉に詰まった。
 表情を見ると、辛そうな様子だった。
 俺は見逃さなかった。
 これは葛藤であり、迷いだ。
 大槻の中にある部活への未練。罪と欲とがぶつかっている。
 だが、今の俺に現状の打開策はなかった。
 一秒、二秒。
 ダメだ。何かを言わないと!
 この迷いを広げろ!
 俺の中で何かが訴えるが、言葉が出ない。
 何かないのか! 何か!
「あれぇー?」
 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。
 反射的にそっちを向く。
 彼女たちを確認すると俺は笑った。
「はは」
 そんな俺を不思議に思ったのだろう、首を傾げていた。
 ああ、悪い悪い。
 これは、《《可能性》》だなと思ってな。
 俺は横のテーブルが開いているのを確認して、彼女たちに話しかけた。
「偶然だな。なんだ? 一年生で集まって」
 そこ居たのは、田島、池本、金子の一年生たちだった。