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ー/ー



◆◆◆


「……えっ!? 何それ! その人レズなんじゃない!?」


 最近あった静香さんとの出来事を相談してみると、一瞬驚いた顔を見せた香澄。


「やっぱりそうなのかな……」


 男の人は好きではないと、そうハッキリと言葉にしていた静香さんを思い返す。


「で、どうするの? 家出るの?」

「うーん……。別に偏見がある訳じゃないし、静香さん良い人だから……」

「あのねぇ、わかってる? 人の指舐めて何度も名前呼ぶって異常だからね!? 真紀絶対狙われてるから! ……家賃三万が惜しいのはわかるけどさぁ」


 私の言葉を聞いて急に語気を強めた香澄は、最後には呆れたような顔をすると大きく溜息を吐いた。
 確かに香澄の言う通りあの時の静香さんは異常だった。ピチャピチャと音を鳴らして指を舐めながら、私の名前を何度も呼んでいた静香さん。あの時の光景は今でも私の脳裏に焼き付いて離れない。
 静香さんの色香にドキリとし、それ以上に恐ろしさで背筋がゾクリとしたのを覚えている。

 ──けれど、それでもやはり家賃三万は捨てがたい。


(そもそも、あそこを出たら住む家がなくなっちゃうし……)


 黙ったまま俯いていると、そんな私を見た香澄が小さく溜息を吐いた。


「……ごめん。出たくてももう出れないんだよね。私も同棲してなかったら泊めてあげれたんだけど……」

「ううん、ありがとう。頑張ってお金貯めて一人暮らしするよ」

「まだまだ先になりそうだね」

「……うん」

「話ぐらいならいつでも聞くから。何もできないかもしれないけど……困ったら言ってね」

「うん、ありがとう」


 心配そうな顔をする香澄に向けて小さく微笑むと、私は目の前のロッカーを閉じると鍵をかけた。


「……あっ! ねぇ、真紀の住んでる家ってどこにあるの? 私ちょっと話してみるよ、静香さんと。話せば安全かどうかわかるし」

「あ、えっと……、家は教えられないんだ」

「え? 何で?」

「静香さんがね、持ち家だから自分の知らない人に個人情報は話して欲しくないって」

「そっか……。わかった、じゃあ探すよ。真紀から聞かなきゃいいんでしょ? なら自力で探す!」

「……えっ!?」


 その突拍子もない発言に驚き、目の前の香澄を見つめて目を丸くする。


「ここから徒歩十分だって前に言ってたよね? 真紀の帰る方向は知ってるし……うん、大丈夫探せるよ!」


 自信満々にそう宣言する香澄に思わず唖然とする。


「家の特徴だって前に真紀に聞いたし。うん、絶対に見つける自信ある! 私が勝手に見つけたんなら別に問題ないでしょ?」

「……そこまでしなくても大丈夫だよ?」

「何言ってんの!? 絶対変だよ、その静香さんて人! 私が会って見極めてやるんだからっ!」


 胸の前で腕組みをすると、香澄はそう言って息巻いた。


「家賃三万だってさ、もしかしたら女の子目当てかもしれないよ? 相手が女の人だからって安心しちゃいけなかったんだ……。あーっ、もう! 私のバカ!!」


 ロッカーから取り出した荷物を雑に(まと)めると、香澄は「じゃ、早速今から探してくるから! バイト頑張ってね!」と言って足早に立ち去ってゆく。


「あっ……!」


 止める間もなく立ち去ってしまった香澄。パタリと音を立てて閉じられた扉を眺めながら、大丈夫だろうかと心配になる。
 追いかけたいのは山々なのだけれど、早番の香澄に対して今日の私は遅番のシフト。先程バイトが終わった香澄と入れ違いで私は今からバイトなのだ。


(あと八時間か……)


「とりあえずバイトが終わったら連絡してみよう」


 そう小さく呟くと私は更衣室を後にした。



◆◆◆



「真紀ちゃん、美味しい?」


 私の目の前でニッコリと優しく微笑む静香さん。
 あの日の出来事などまるで何もなかったかのように、普段通りに戻った静香さん。私はといえば、あの時見た静香さんの姿が未だに忘れられずに、どう接すればよいのかわからなくなっていた。


(早く貯金を貯めて一人暮らししなくちゃ。それまでは極力静香さんと関わらずにすればいいだけだし……)


 数日前に香澄に相談した私は、その時からそう考えるようになっていた。
 けれど、夕飯だけはどうしても避けられない。私の為にわざわざ静香さんが用意してくれているのだし、今まで一緒に食べていたのに突然それを辞めたら明らかに不自然だ。


「……はい、凄く美味しいです」

「良かった。今日のスペアリブは自信作なのよ」


 私の為に料理を作り、私が美味しいと言えば嬉しそうな顔をする静香さん。そんな姿を前にチクリと胸が痛む。


(こんなにいい人なのに……)


 そんな静香さんのことを少し怖いと感じてしまっている私は、一方的に避けてしまっているのだ。
 今こうして目の前で微笑んでいる静香さんを見ていると、何故こんなにも優しい笑顔を見せる静香さんのことを怖がっているのかと、自分でもよくわからなくなってくる。
 罪悪感にそっと目を伏せると、目の前にいる静香さんが口を開いた。


「真紀ちゃん? やっぱり口に合わなかったかしら?」

「あ……、いえ! とっても美味しいです!」


 心配そうに私の顔を覗き込む静香さんを見て、私は慌てて顔を上げると小さく微笑んだ。
 その言葉は勿論嘘などではなく、確かにとても美味しいのだ。


(暗い顔を見せちゃダメだよね)


 そう思った私は、ニッコリと笑うとお皿に盛られたスペアリブに手を伸ばした。
 突き出た骨を掴んでテラテラと輝くお肉にかぶりつけば、口の中一杯に香ばしい香りが充満する。少し弾力のあるお肉はスルリと骨から剥がれ、私の口の中で
たっぷりと肉汁を垂らしながら喉の奥へと流れていった。





──────


────





 食事を終えて自室へと戻ってきた私は、携帯を開くと画面をスライドさせた。


「まだ既読にならない……」


 手元の携帯を眺めながらポツリと小さく呟く。その視線の先には、香澄とのメールや通話の履歴が表示されている。


(香澄、どうしたんだろ……)


 バイトで顔を合わせたあの日以来、香澄と連絡がつかないのだ。
 私の家を探すと言っていた香澄。その日、私はバイトが終わるとすぐに香澄に電話を掛けてみた。数回鳴らしても繋がらない電話に、諦めた私はメールを送信しておくことにした。
 それが未だに未読のままなのだ。


『静香さん、今日って誰か家に来ましたか?』


 三日前。帰宅した私がそう尋ねると、『誰も来てないわよ。どうして?』と不思議そうな顔をしていた静香さん。
 あの日、もしかして香澄は何処(どこか)で事故にでも遭ったのだろうか──? そんな不安が頭を過ぎる。

 私は通話ボタンを押すと手元の携帯を耳にあてた。規則正しい呼び出し音は、何度も耳に流れては消えてゆく。
 一向に繋がらない携帯を耳から離すと、諦めた私は小さく溜息を吐いた。


(明日は確か香澄とシフトが同じだったはず)


 明日になればバイト先で会える。そう思った私は、ベットに横になると重たくなってきた瞼をゆっくりと閉じた。





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「……えっ!? 何それ! その人レズなんじゃない!?」
 最近あった静香さんとの出来事を相談してみると、一瞬驚いた顔を見せた香澄。
「やっぱりそうなのかな……」
 男の人は好きではないと、そうハッキリと言葉にしていた静香さんを思い返す。
「で、どうするの? 家出るの?」
「うーん……。別に偏見がある訳じゃないし、静香さん良い人だから……」
「あのねぇ、わかってる? 人の指舐めて何度も名前呼ぶって異常だからね!? 真紀絶対狙われてるから! ……家賃三万が惜しいのはわかるけどさぁ」
 私の言葉を聞いて急に語気を強めた香澄は、最後には呆れたような顔をすると大きく溜息を吐いた。
 確かに香澄の言う通りあの時の静香さんは異常だった。ピチャピチャと音を鳴らして指を舐めながら、私の名前を何度も呼んでいた静香さん。あの時の光景は今でも私の脳裏に焼き付いて離れない。
 静香さんの色香にドキリとし、それ以上に恐ろしさで背筋がゾクリとしたのを覚えている。
 ──けれど、それでもやはり家賃三万は捨てがたい。
(そもそも、あそこを出たら住む家がなくなっちゃうし……)
 黙ったまま俯いていると、そんな私を見た香澄が小さく溜息を吐いた。
「……ごめん。出たくてももう出れないんだよね。私も同棲してなかったら泊めてあげれたんだけど……」
「ううん、ありがとう。頑張ってお金貯めて一人暮らしするよ」
「まだまだ先になりそうだね」
「……うん」
「話ぐらいならいつでも聞くから。何もできないかもしれないけど……困ったら言ってね」
「うん、ありがとう」
 心配そうな顔をする香澄に向けて小さく微笑むと、私は目の前のロッカーを閉じると鍵をかけた。
「……あっ! ねぇ、真紀の住んでる家ってどこにあるの? 私ちょっと話してみるよ、静香さんと。話せば安全かどうかわかるし」
「あ、えっと……、家は教えられないんだ」
「え? 何で?」
「静香さんがね、持ち家だから自分の知らない人に個人情報は話して欲しくないって」
「そっか……。わかった、じゃあ探すよ。真紀から聞かなきゃいいんでしょ? なら自力で探す!」
「……えっ!?」
 その突拍子もない発言に驚き、目の前の香澄を見つめて目を丸くする。
「ここから徒歩十分だって前に言ってたよね? 真紀の帰る方向は知ってるし……うん、大丈夫探せるよ!」
 自信満々にそう宣言する香澄に思わず唖然とする。
「家の特徴だって前に真紀に聞いたし。うん、絶対に見つける自信ある! 私が勝手に見つけたんなら別に問題ないでしょ?」
「……そこまでしなくても大丈夫だよ?」
「何言ってんの!? 絶対変だよ、その静香さんて人! 私が会って見極めてやるんだからっ!」
 胸の前で腕組みをすると、香澄はそう言って息巻いた。
「家賃三万だってさ、もしかしたら女の子目当てかもしれないよ? 相手が女の人だからって安心しちゃいけなかったんだ……。あーっ、もう! 私のバカ!!」
 ロッカーから取り出した荷物を雑に|纏《まと》めると、香澄は「じゃ、早速今から探してくるから! バイト頑張ってね!」と言って足早に立ち去ってゆく。
「あっ……!」
 止める間もなく立ち去ってしまった香澄。パタリと音を立てて閉じられた扉を眺めながら、大丈夫だろうかと心配になる。
 追いかけたいのは山々なのだけれど、早番の香澄に対して今日の私は遅番のシフト。先程バイトが終わった香澄と入れ違いで私は今からバイトなのだ。
(あと八時間か……)
「とりあえずバイトが終わったら連絡してみよう」
 そう小さく呟くと私は更衣室を後にした。
◆◆◆
「真紀ちゃん、美味しい?」
 私の目の前でニッコリと優しく微笑む静香さん。
 あの日の出来事などまるで何もなかったかのように、普段通りに戻った静香さん。私はといえば、あの時見た静香さんの姿が未だに忘れられずに、どう接すればよいのかわからなくなっていた。
(早く貯金を貯めて一人暮らししなくちゃ。それまでは極力静香さんと関わらずにすればいいだけだし……)
 数日前に香澄に相談した私は、その時からそう考えるようになっていた。
 けれど、夕飯だけはどうしても避けられない。私の為にわざわざ静香さんが用意してくれているのだし、今まで一緒に食べていたのに突然それを辞めたら明らかに不自然だ。
「……はい、凄く美味しいです」
「良かった。今日のスペアリブは自信作なのよ」
 私の為に料理を作り、私が美味しいと言えば嬉しそうな顔をする静香さん。そんな姿を前にチクリと胸が痛む。
(こんなにいい人なのに……)
 そんな静香さんのことを少し怖いと感じてしまっている私は、一方的に避けてしまっているのだ。
 今こうして目の前で微笑んでいる静香さんを見ていると、何故こんなにも優しい笑顔を見せる静香さんのことを怖がっているのかと、自分でもよくわからなくなってくる。
 罪悪感にそっと目を伏せると、目の前にいる静香さんが口を開いた。
「真紀ちゃん? やっぱり口に合わなかったかしら?」
「あ……、いえ! とっても美味しいです!」
 心配そうに私の顔を覗き込む静香さんを見て、私は慌てて顔を上げると小さく微笑んだ。
 その言葉は勿論嘘などではなく、確かにとても美味しいのだ。
(暗い顔を見せちゃダメだよね)
 そう思った私は、ニッコリと笑うとお皿に盛られたスペアリブに手を伸ばした。
 突き出た骨を掴んでテラテラと輝くお肉にかぶりつけば、口の中一杯に香ばしい香りが充満する。少し弾力のあるお肉はスルリと骨から剥がれ、私の口の中で
たっぷりと肉汁を垂らしながら喉の奥へと流れていった。
──────
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 食事を終えて自室へと戻ってきた私は、携帯を開くと画面をスライドさせた。
「まだ既読にならない……」
 手元の携帯を眺めながらポツリと小さく呟く。その視線の先には、香澄とのメールや通話の履歴が表示されている。
(香澄、どうしたんだろ……)
 バイトで顔を合わせたあの日以来、香澄と連絡がつかないのだ。
 私の家を探すと言っていた香澄。その日、私はバイトが終わるとすぐに香澄に電話を掛けてみた。数回鳴らしても繋がらない電話に、諦めた私はメールを送信しておくことにした。
 それが未だに未読のままなのだ。
『静香さん、今日って誰か家に来ましたか?』
 三日前。帰宅した私がそう尋ねると、『誰も来てないわよ。どうして?』と不思議そうな顔をしていた静香さん。
 あの日、もしかして香澄は|何処《どこか》で事故にでも遭ったのだろうか──? そんな不安が頭を過ぎる。
 私は通話ボタンを押すと手元の携帯を耳にあてた。規則正しい呼び出し音は、何度も耳に流れては消えてゆく。
 一向に繋がらない携帯を耳から離すと、諦めた私は小さく溜息を吐いた。
(明日は確か香澄とシフトが同じだったはず)
 明日になればバイト先で会える。そう思った私は、ベットに横になると重たくなってきた瞼をゆっくりと閉じた。