それからというものの。仲直りを目当てにした、礼安の猛アタックが始まった。
ある時。図書室で目当ての本を探していた際、何とも届かない位置にあった格闘技のハウツー本を素早く取ると。
「はい天音ちゃん! この本探してたんだよね?」
「気持ちわりィ、近づくなよ七光り!」
またある時。校内掲示板で新着の学園都市内のバイトを見ていた際。
「天音ちゃん、どのバイトが興味あるの?」
「うるせェ近寄んなよ七光り!!」
あれだけ悪態を吐かれたのに、あれだけ険悪な雰囲気を醸し出していたのに。ものの一時間もしないうちに、何とも間の抜けた雰囲気が漂っていた。
礼安を撒くために逃げようものなら、撒いたその先で出会う。
灯台下暗し、と言えるような場所にいたとしても、驚異的なサーチ力か運か、確実に見つけてくる。距離感の分からない人間と付き合うのは、こうも心労激しいものか。
それがかれこれ数時間。早めに放課後となった初日が足早に過ぎていく。礼安の執着を見た透の取り巻きは恐れをなしてどこかに行ってしまった。
「――――本当に鬱陶しいな、お前。何度もしつこいっつっても付いてくるしよ、撒いたと思ったらすぐ側にいるしよ。ゴキブリかよお前」
何とか撒こうと努力をしていた透。日はしっかりと沈み、息はすっかり上がっていた。しかし礼安は息一つ乱さず、友達になりたい忠犬かの如く爛々と輝く瞳で透を見つめていた。
「だって、あの教室の中で、ずっと笑ってなかったんだもん。気になるよ」
「んだよ笑ってなかったら犯罪なのかよ」
「そうじゃあないよ、天音ちゃん! でもね、最初からなんか……貴女の中のもやもやが、どうも引っかかるの!」
礼安には、長い間虐げられていたことから培われた、他人の表情や立ち居振る舞いから『心の模様や色』をうかがい知ることが出来る。実際、それはフォルニカとの戦いの中でも有利に働いた結果、格上殺し《ジャイアントキリング》をするきっかけとなった、礼安自身の誇るべき第六感|である。
「……お前、読心術でも使えんのか?」
その透の言葉に首を傾げる礼安。無自覚ではあるが、他人の嘘や偽りを見抜くことが出来ることに、どうも一抹の気味悪さを感じ取っていた。
「――――分かったよ、七光り……いや、瀧本礼安。条件付きだが、少しだけ態度を軟化してやるよ」
その一言に礼安は表情を明るくするも、その礼安のテンションは「ただし」と打ち切られる。
「その代わり、明日の実践訓練初回時、俺とタイマンしろ」
「で、でも……決まりではけっこう? はダメだって」
「決闘だ馬鹿野郎、身体能力バケモノなくせしてアホの極み乙女かよ」
英雄学園内の決まり事、と言うより数少ない校則。制服や髪型、アクセサリーに関しては一切の決まりがないうえに、法律を違反する犯罪行為をしなければ、大体どのようなことをしたって校則違反にはなりえないこの英雄学園内での、絶対的な決まり事。
それは、『デバイスドライバーを用いた、手前勝手な私闘の禁止』。
この校則が制定された理由は、単純に英雄の卵である存在を、その私闘によって失ってしまうことのリスクが重要視されている。それに加え、未熟な内では力のコントロールが出来ない中、万が一競い合う仲間でありライバル同士である英雄の卵自身が、英雄を殺した汚名を着せられることとなる。それらを未然に防ぐための、絶対的な決まり事である。
無論、それは透も礼安も十分理解していた。万が一力を扱いきれず、まかり間違って強靭な力を振るったら。命を奪う可能性を孕んでいることくらい、容易に理解できていた。
礼安は、その透の提案を撥ね退けようと考えたものの、透の今までにないほどの真剣な表情で引き戻された。
「俺は……何がなんでも『最強』でなけりゃあ駄目なんだ。そのためには……お前が、瀧本礼安と言う何もかもが恵まれた上位存在|《お前》が、どうしようもなく目障りなんだよ」
窺い知る、透の心情。何の事情があるかは知らないが、『最強』であることに固執している。それを否定することは、彼女自身を否定することに他ならない。礼安に、それを否定することは出来なかった。
「瀧本礼安、お前に宣戦布告する! どっちが上か、俺とお前でタイマンだ」
「――――分かったよ、それで天音ちゃんが満足するなら」
翌日のこと。その日は一限目が実戦訓練であった。
クラス中の雰囲気が、どうも重苦しかった。それはどんな未熟な英雄の卵であっても理解できた。そしてその重圧を作り出している存在は、このクラスのトップの実力を持つ二人であることも。
「……礼安」
「大丈夫、仲良くなるために――頑張る」
あの礼安と透の二人の密会の後。礼安は院に全てを打ち明けた。放課後に起こったことすべて、彼女に話したのだ。
「全くもう……貴女それガッツリ校則違反じゃあないの」
「ごめんね、でも……天音ちゃんは一切ふざけてなかったんだ。真面目だったんだ。それに応えてあげることが……正解だと思ったんだ」
深い、深いため息をついたのち。院が電話をかけた先は信一郎であった。
「――――もしもしお父様」
『どうしたんだい我が愛すべき娘よ、お小遣い欲しい?』
「声のトーンでそんな下らない話題じゃあないことくらい分かってくださいまし!!」
実の娘のガチな叱責に、電話越しではあるものの信一郎は本気で落ち込んでいた。小声で「そうだよねえ……お父さん失格だよねえ……」と呟き続けていた。
「――私が提案したいのは、貴方の愛する実の娘が、そしてその実の娘が友達になりたい方が、校則違反にならないための『提案』ですわ」
『――――へえ、ちょっと楽しそうじゃあないか。良いだろう、事の顛末を全て聞かせてくれたまえ。それによっては……ちょーっとパパ、ワクワクして協力しちゃうかも』
一方、透の方は。二人の取り巻きにすら一切話しかけない状態であった。取り巻きは、その何とも言えない雰囲気を察知して、二人に近付こうともしなかった。
透の体には、目新しい生傷が何か所もあった。礼安を負かすために、乱暴な手段でより力をつけていたのだ。
それは全て、『最強』であるために。彼女自身のプライドがそうさせたのだ。
担任の教師である目白も、どうもやり辛い様子であった。一挙手一投足、全てが何ともぎこちなかった。
一応教師陣も英雄としての武力や知識を備えてはいるが、因子を備えた生徒たちとは異なり、それはあくまで付け焼刃のようなもの。教師陣で本当に強い存在は学園長ただ一人である。
「え、えーと……次の時間は初めての実践訓練ですね。一部生徒を除いて聖遺物のライセンス化を果たしていないため、デバイスと事前に用意してもらった聖遺物を持って、学園校庭に体操服姿で集合してくでゃっさいね」
全員が、教師が、主に透から発せられる重圧に負け、教師の何となくな甘噛みをツッコむ暇はなかった。