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夏の終わり①

ー/ー



 夏ももう終わりに近づき、空は秋の空へと変わり始まている。

 ここ最近は台風が直撃したりしているため、瑠菜のもとへ来る依頼は少なくなっているが、楓李や雪紀は医療の知識を持っているため台風の被害にあって怪我をしている人の所へ行っている。

 「一週間、楓李兄さんも龍子君もここへは来てませんね。」
 「まぁ、忙しいのよ。たぶん今日くらいまでじゃないかしら?」
 「そうですかぁ。」
 「何?早く会いたいんの?」
 「そ、そんなわけないです。ただ、龍子君いないと、静かで……落ち着かない、というか。」
 「龍子君に会いたいんだ。」
 「違いますって!」

 瑠菜が終わった仕事を片付けながらサクラをからかっていると、久しぶりに小屋の扉がトントンとなった。
楓李や、あきならわざわざノックなんかせずに入ってくるだろう。
 瑠菜は、急に音が鳴ってびっくりする。

 「サクラ、ごめん。開けてあげて。」
 「はーい。大丈夫ですか?…………どうぞお入りください。」
 「あ……え、はい。」

 瑠菜がびっくりした反動で落としてしまったペンを取ろうと机にもぐりこんでいるため、サクラが扉を開けた。
 すると、あまりにも小さいサクラが出てきたからか、扉の先にいた人は少し戸惑ってしまっていた。

 「あ、座ってください。」
 「え、えーと……君が、相談に乗ってくれるの?」

 扉の先にいたのは制服を着た女の子だった。
 胸には名門校の校章をつけていて、頭もよさそうな見た目をしている。

 「あ、いえ。相談は……。」
 「彼女は私の妹で手伝いをしているだけです。基本的には私が相談に乗らせていただいております。もし彼女がいいというのであれば単純な悩みのみ彼女にやらせることもできますが、どうしますか?」

 机の下からペンを拾った瑠菜はサクラの言葉をさえぎって女子高生の前に出た。
 女子高生は急に出てきた瑠菜を信用していないような目で見ている。

(この子の相談は聞く必要がないと思うけど。)
 「いえ、あなたにお願いしたいです。」
 「……じゃあ、サクラ。お菓子とお茶をよろしく。」
 「はーい。えっと、アレルギーや好き嫌いはありますか?」
 「……だ、大丈夫です。」
 「ないなら、私が選んできます。」
 「お願いします。」

 サクラは瑠菜の教え通りの対応をして、奥のかごから数種類のお菓子を取ってお皿へと盛る。

 こう見えて、瑠菜はしっかりサクラに教えているのだ。
 ただ、サクラがへまして瑠菜が呼び出されるだけで。

 「それで?どんな相談があるの?」
 「え……あ、はい。実は私の住んでいる地域は学力主義なんです。その中で私は、一番下の学校に通っています。」
 「そんなことないです。すごく頭のいい学校で入れないって有名なとこですよね?」
 「サクラ。」
 「あ、すみません。話の途中で……。」
 「いえ、いいんです。周りからはそう言われていますが、地域の中では底辺高校なんです。先生や親はすごく応援してくれて頑張らなきゃと思うんですが、私自身はその学校内でも底辺で……。そんな中、頑張っていたんですがなぜか怒られてしまって。やる気も自信もなくなってしまい。」

 少女は下を向いたまま動かなくなってしまった。

 (話したくないから、前置きが長かったのか。面倒ね。)

 瑠菜はそう思いながらコーヒーを一口飲んだ。

 サクラは瑠菜が猫舌なのを知っているため、瑠菜のコーヒーはぬるめに入れてくれる。
おかげで気持ちを落ち着けたいときにすぐ飲めるのだ。

 「なぜ、怒られてしまったの?」
 「……。」
 「言いたくないなら言わなくてもいいわ。ただ、どんなにわかりにくい説明でも、途中で何も言えなくなってしまってもいいから、言ってもらえると助かるの。」
 「勉……強中にほかの……紙にメモを取っていたら……、授業の後に呼ばれて……。関係ないことをするなって。……でも……私、関係ないことなんて……していなかったから。」
(また、この系統か。)

 瑠菜はそう思いながらコップに入ったコーヒーを一口、口に入れた。
 夏休み前の受験生を担当する先生からの圧力や理不尽さを感じる高校生は少なくない。
 そんな先生が嫌になる人もいるだろう。
 瑠菜も怒られたりして理不尽さを感じていた時期が最近まであったらしく、日記にはそのことばかり書かれていたからわかる。
記憶はなくとも、多少感じる部分はあるのだ。

 「あなたが自信を無くす必要はないわ。あなたはあなたの人生を生きればいいのだから。」
 「でも、私には夢とかは……まったく。将来についてもあまりで……。」
 「大丈夫。夢がないってことは、夢に縛られないってこと。つまりは自由ってことでしょう?それにあなたはとても真面目に見えるわ。あなたならお金にならない仕事を副業として楽しむこともできるわ。」
 「でも、ほかの人はしっかり決めて……。」
 「私が、この仕事を選んだのは三年前。元は医者になるために勉強をしていたの。」
 「え?」
 「夢を持つのに襲いも早いもない。途中でやめたらゼロに戻るんだから。」

 瑠菜はそう言って自分の飲んでいたコーヒーを洗い場に捨て、そのままコップを置いた。
 サクラに対し、その子を帰らせるように合図したのだ。

 「そ、それじゃあ……今日はもう……。」
 「え?」
 「えっと、お金は……。」
 「今日はもういいわ。あなた学生でしょう?お母さん、お父さんのお金、無駄にしないようにね。」
 「お、お金なら、あります。だから……。」

 少女はそういって札束を出した。
 普通の高校生が稼げる額ではないことだけは誰が見てもすぐにわかる。

 「ふーん。で?何の話がしたいの?」
 「……実は。」

 サクラはそういって少女の前に立つ瑠菜を見てお金につられたのだろうと思った。
 少女も少しうれしそうに話そうとしている。

 「って、言うと思う?残念だけど、そんな大金を出されたところで、じゃあ続行とはならないわよ。」
 「え……。」

 瑠菜はそう言うと、すぐに少女と少女の荷物を外へと追い出した。

 サクラは瑠菜のまさかの行動に驚いたのか、口をパクパクさせながらそれを見ていた。
 ガチャリとドアを閉めた瑠菜は少女がちゃんと帰ったか、後姿が見えなくなるまで窓の外を見ていた。

 「ちょっと、ひどいんじゃないですか?」

 サクラに言われて瑠菜は首をかしげた。

 「ひどい?あぁ。確かにいつもならあんな風に追い出さないわね。じゃ、サクラ。あの子があの大金を持っていた理由、わかる?」
 「そりゃ、お父さんお母さんから……。」
 「されが一番うれしいことね。まぁ、そんな親もなかなかいないと思うけど。もう一つ、考えられることない?」
 「え?」

 瑠菜が人差し指を立てると、サクラは意味が分からないという表情をした。

 サクラには親がいないため親からのお小遣いをもらったことがない。
親は大量にお小遣いをくれるんだろうと思っていた。
 実際、瑠菜は自分のお手伝いをしてくれるサクラに約一万円のお小遣いを給料として毎月くれる。

 「自分で稼いだ。もしそうだとしたら、違法の可能性が高いし関わらないほうがいいわ。」
 「違法って……犯罪者ってことですか?」

 サクラは顔を青くしてわなわなとしながら叫んだ。
 瑠菜はにっこりと笑ってまた首をかしげた。
 そして、それっきり何も言わなくなった。

 サクラにとってその瑠菜の反応は、社会の怖さをどんな言葉で教えられるよりも心に深く刻まれた気がした。






 楓李と雪紀、その二人を手伝いに行っていた龍子が帰ってきたのはその日の昼過ぎだった。

 「おかえりなさい。お昼ご飯は食べましたか?」
 「作れって言ってたか?」
 「作ってはないです。もし食べてなければ作ろうかと思って。」
 「悪い……。」

 しおんに強く当たっていると、サクラと瑠菜ににらまれたため雪紀は居心地悪そうに謝った。
 そしてその後すぐ、雪紀は相当疲れた様子でソファーの上に倒れこんだ。

 「相当疲れてるみたいね。ほっときましょう。」
 「みっともないですね。疲れているとはいえ帰ってきてそうそうやつあたりしてそのまま昼寝なんて。」

 サクラはまるでダメ人間でも見るかのように雪紀に軽蔑の目を向けた。

 瑠菜もそれをされて仕方ないとでも思っているのか、サクラを怒ったりせずに黙っている。
 黙ったまま、部屋の隅にあるタンスから薄い毛布を出して雪紀にかけた。

 「かえ、お疲れさま。お風呂、シャワーだけだけど、汗流す?」
 「あぁ、そうする。」

 瑠菜がコップに入ったお茶を飲む楓李に言うと、楓李はそっけなく答えた。

(それ、私が飲んでたお茶なんだけど……。まぁいいか。)

 楓李は相当疲れているようだ。
 瑠菜の飲んでいたお茶を飲んでいることにも気づかずに飲み干していた。

 「あと三十分くらいね……。龍子君も一緒に行っておいで。」
 「え……僕は……いや、あのぅ……。」
 「入るぞ、龍子。」

 瑠菜に言われただけでは動こうとしなかった龍子だったが、楓李に呼ばれてすぐに部屋を出て行ってしまった。

 瑠菜はキッチンに置いてあるコップやお皿を洗い出した。
 二人が使っていたものも洗い出す。

 「あ、いいですよ。瑠菜さん。僕がやります。」
 「あと三十分くらいで姉さんたち帰ってくるから。汗かいた体で寝てる人を怒ってもらわないとね。」

 瑠菜はしおんの話を聞かずにそう言った。
 コップを洗う手を止めずに少し急いでいるらしく、そわそわした雰囲気のままだ。

 「これから何かあるんですか?」
 「……。」
 「瑠菜さん?」

 サクラは我慢できずに、気になったことを瑠菜に聞いた。
 瑠菜は何も言わずに首を横に振ったかと思えば、すぐに外へと出た。

 「……雨は降らないわね。しー君、サクラ。洗濯物を取り込んでちょうだい。それが終わったら水着の準備ね。」
 「み、水着ですか?」
 「プールですか?」

 瑠菜に水着の用意をするように言われて、しおんもサクラもびっくりしてしまった。

 しおんは自分が遊びに行くことはこれから先ないと思っていたからだ。
あったとしても手伝いなどで雪紀に呼ばれるくらいだと、雪紀の弟子になってからあきらめのようなものを感じていた。

 一方サクラは下着ドロボーを捕まえるために毎日通っていた場所にもう一度行かなければいけないのかと少し嫌そうな反応をした。

 「プールは、私も行きたくないわね。きぃ姉さんから言われたのよ。私もどこへ行くとか細かいことは言われてないけど。」
 「そうですか……。」
 「どこにしまっていたかなぁ。水着なんて。」
 「しー君、見つからなさそうなら先に探しに行ってもいいわよ。準備が終わってないって知ったら姉さん、すんごい怒るから。」
 「いえ、大丈夫です。」

 洗濯物を入れ、瑠菜は手伝ってくれたサクラとしおんにお礼を言うと、物置部屋の中へと入って行ってしまった。
 サクラとしおんは瑠菜に言われたとおり水着を準備しなければいけなかったため、瑠菜が何をしているのか見に行くことはできなかった。

 それから何分かして、楓李と龍子が風呂場から出てきたころ、きぃちゃんとケイが帰ってきた。

 「バカ、さっさと起きろ!瑠菜ちゃんもかえ君も準備終わっているわよ。」
 「……うるせぇ……、疲れてんだ。」
 「フッ……。」

 雪紀が寝ぼけて自分を起こそうと体羽ゆすっている気ぃちゃんの手を払いのけると、きぃちゃんは鼻で笑った。

 その数秒後、雪紀が目を覚ますころには雪紀の体は寝ていたソファーから、十メートルとはいかないものの数メートルは軽く飛ばされていた。

 「起きた?雪紀ちゃん。」
 「はい……起きました。」

 壊れた壁を見て頭を抱える瑠菜と楓李を見て、ケイは慰めるように二人の肩を叩いた。
 そしてニッコリ笑顔でぶりっ子のように両手をほおに当てるきぃちゃんと、ゆっくり立ち上がってふらふらとしている雪紀をいつも通りだなと思いながら見た。

 「車くらいなら僕だって運転できるんだけど。」
 「ケイはやめておけ。」

 ケイがニコニコしながら言うと、雪紀があきれるように言い返した。
 瑠菜や楓李ですらもケイの運転する車には乗ったことがなく、ただわかるのは相当すごい運転をするのだろうなということだ。

 「きぃ姉さん。どこへ行くのですか?」
 「龍子君は、そっか。今年初めてか。あ、サクラちゃんもよね?」
 「しおん君もだよ。きぃちゃん。」
 「あれ?そうだっけ?」
 「昨年は里帰りしてました。」

 浮かれてキャッキャと騒いでいるきぃちゃんを落ち着けるようにケイが言うと、しおんも申し訳なさそうに言った。
 龍子とサクラはきぃちゃんに目を輝かせながらこれからどうするのか聞いている。

 「海より先には行かないわよね?」
 「え?あぁ、安心して。大丈夫。変なところには連れて行かないから。」
 「毎回、急に、外国に連れまわしてるくせに。」
 「しかも日帰りのな。」

 瑠菜と楓李にも言われて、きぃちゃんは笑って言った。
 三人は顔を見合わせながら困った顔をした。

 「隣町に出かけるようなものよ。世界一周くらい。何回あっても楽しいし。」
 「そんな軽いものじゃないのよ。普通の人は世界一周を夢見て、その一部の人が苦労してやっとできるものだから。」
 「大変ねぇ、普通の人ってのは。」

 これでもきぃちゃんは悪気がないようで淡々という。
 瑠菜はそんなきぃちゃんの姿を見てため息をついている。

 「そ、それで。どこに行くんですか?」

 しびれを切らしたサクラは瑠菜ときぃちゃんの間に立って聞いた。

 「瑠菜ちゃんはわかってるんでしょう?」

 瑠菜が黙っていると、きぃちゃんは声のトーンを下げて落ち着いた声で瑠菜に問いかけた。
 サクラはそれを見て聞く対象をきぃちゃんから瑠菜へと変えた。

 「どこ行くんですか?」
 「……行く必要はないと思う……。」

 先ほどの海外へと急に連れていかれたというのを聞いて怖くなってしまったのだろう。
 行き先が知りたくて知りたくてたまらないとでもいうように瑠菜へ詰め寄る。

 「なんで瑠菜さんはわかるんですか?」
 「……当たり前でしょう?私が荷物を詰めたんだから、何となくわかるわよ。」
 「教えてくださいよぅ!」
 「……まぁ、ついてからのお楽しみにしましょう。早く車に乗らないとお兄が怒るわよ。」

 瑠菜に言われてサクラが外を見ると、外ではあきとあきを手伝いに行っていたリナが一人で車の準備をしている雪紀に声をかけている。

 リナが何やら失礼なことを雪紀に行ったのか拳骨を食らっている。
 それなのになぜか雪紀もリナも笑っている。

(いつもリナだけずるいなぁ。)

 サクラがため口で雪紀や楓李に話しかけようものなら、その数秒後には頭へ拳骨が落ちてきて説教2時間コースに入ってしまうだろう。

 リナだと許されてしまうというより、雪紀や楓李がどんなに怒ろうとしてもリナがニコニコとしながら話し始めると首を縦に振ってリナの話を聞いてしまうのだ。
 リナは最初であったころから考えると、髪は短く切っていて男の子のような髪形になっている。

 「サクラ、行くわよ。」
 「はーい。」

 瑠菜に呼ばれてサクラは急いで玄関へと走った。
 きぃちゃん、雪紀、ケイ、楓李、瑠菜、あき、龍子、サクラ、リナの九人が少し大きめの車へと乗り込むと、雪紀がエンジンをかけた。

 車というよりもバスのような椅子の並びで通路まである。
 一番前には運転席がぽつんと一つあり、通路の両脇に二つずつ椅子が並んでいてそれが一番後ろまで三列ずつ。
そして一番後ろは多くて誤認は座れそうな長椅子。

 瑠菜が右側の前から三番目の窓側に座ったのを見てサクラは横に座ろうとしたが、サクラが横へ座る前に楓李が座ってしまった。
そのため、仕方なく一番後ろに座ると、ちびっ子三人が横に座った。

 あきが左側の一番前に座っていたケイの横に座り、その横に荷物とともに座るきぃちゃん。

 どこへ行くのかもわからないまま約二時間、サクラは車の揺れが気持ちよくてうとうとしていた。


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 夏ももう終わりに近づき、空は秋の空へと変わり始まている。
 ここ最近は台風が直撃したりしているため、瑠菜のもとへ来る依頼は少なくなっているが、楓李や雪紀は医療の知識を持っているため台風の被害にあって怪我をしている人の所へ行っている。
 「一週間、楓李兄さんも龍子君もここへは来てませんね。」
 「まぁ、忙しいのよ。たぶん今日くらいまでじゃないかしら?」
 「そうですかぁ。」
 「何?早く会いたいんの?」
 「そ、そんなわけないです。ただ、龍子君いないと、静かで……落ち着かない、というか。」
 「龍子君に会いたいんだ。」
 「違いますって!」
 瑠菜が終わった仕事を片付けながらサクラをからかっていると、久しぶりに小屋の扉がトントンとなった。
楓李や、あきならわざわざノックなんかせずに入ってくるだろう。
 瑠菜は、急に音が鳴ってびっくりする。
 「サクラ、ごめん。開けてあげて。」
 「はーい。大丈夫ですか?…………どうぞお入りください。」
 「あ……え、はい。」
 瑠菜がびっくりした反動で落としてしまったペンを取ろうと机にもぐりこんでいるため、サクラが扉を開けた。
 すると、あまりにも小さいサクラが出てきたからか、扉の先にいた人は少し戸惑ってしまっていた。
 「あ、座ってください。」
 「え、えーと……君が、相談に乗ってくれるの?」
 扉の先にいたのは制服を着た女の子だった。
 胸には名門校の校章をつけていて、頭もよさそうな見た目をしている。
 「あ、いえ。相談は……。」
 「彼女は私の妹で手伝いをしているだけです。基本的には私が相談に乗らせていただいております。もし彼女がいいというのであれば単純な悩みのみ彼女にやらせることもできますが、どうしますか?」
 机の下からペンを拾った瑠菜はサクラの言葉をさえぎって女子高生の前に出た。
 女子高生は急に出てきた瑠菜を信用していないような目で見ている。
(この子の相談は聞く必要がないと思うけど。)
 「いえ、あなたにお願いしたいです。」
 「……じゃあ、サクラ。お菓子とお茶をよろしく。」
 「はーい。えっと、アレルギーや好き嫌いはありますか?」
 「……だ、大丈夫です。」
 「ないなら、私が選んできます。」
 「お願いします。」
 サクラは瑠菜の教え通りの対応をして、奥のかごから数種類のお菓子を取ってお皿へと盛る。
 こう見えて、瑠菜はしっかりサクラに教えているのだ。
 ただ、サクラがへまして瑠菜が呼び出されるだけで。
 「それで?どんな相談があるの?」
 「え……あ、はい。実は私の住んでいる地域は学力主義なんです。その中で私は、一番下の学校に通っています。」
 「そんなことないです。すごく頭のいい学校で入れないって有名なとこですよね?」
 「サクラ。」
 「あ、すみません。話の途中で……。」
 「いえ、いいんです。周りからはそう言われていますが、地域の中では底辺高校なんです。先生や親はすごく応援してくれて頑張らなきゃと思うんですが、私自身はその学校内でも底辺で……。そんな中、頑張っていたんですがなぜか怒られてしまって。やる気も自信もなくなってしまい。」
 少女は下を向いたまま動かなくなってしまった。
 (話したくないから、前置きが長かったのか。面倒ね。)
 瑠菜はそう思いながらコーヒーを一口飲んだ。
 サクラは瑠菜が猫舌なのを知っているため、瑠菜のコーヒーはぬるめに入れてくれる。
おかげで気持ちを落ち着けたいときにすぐ飲めるのだ。
 「なぜ、怒られてしまったの?」
 「……。」
 「言いたくないなら言わなくてもいいわ。ただ、どんなにわかりにくい説明でも、途中で何も言えなくなってしまってもいいから、言ってもらえると助かるの。」
 「勉……強中にほかの……紙にメモを取っていたら……、授業の後に呼ばれて……。関係ないことをするなって。……でも……私、関係ないことなんて……していなかったから。」
(また、この系統か。)
 瑠菜はそう思いながらコップに入ったコーヒーを一口、口に入れた。
 夏休み前の受験生を担当する先生からの圧力や理不尽さを感じる高校生は少なくない。
 そんな先生が嫌になる人もいるだろう。
 瑠菜も怒られたりして理不尽さを感じていた時期が最近まであったらしく、日記にはそのことばかり書かれていたからわかる。
記憶はなくとも、多少感じる部分はあるのだ。
 「あなたが自信を無くす必要はないわ。あなたはあなたの人生を生きればいいのだから。」
 「でも、私には夢とかは……まったく。将来についてもあまりで……。」
 「大丈夫。夢がないってことは、夢に縛られないってこと。つまりは自由ってことでしょう?それにあなたはとても真面目に見えるわ。あなたならお金にならない仕事を副業として楽しむこともできるわ。」
 「でも、ほかの人はしっかり決めて……。」
 「私が、この仕事を選んだのは三年前。元は医者になるために勉強をしていたの。」
 「え?」
 「夢を持つのに襲いも早いもない。途中でやめたらゼロに戻るんだから。」
 瑠菜はそう言って自分の飲んでいたコーヒーを洗い場に捨て、そのままコップを置いた。
 サクラに対し、その子を帰らせるように合図したのだ。
 「そ、それじゃあ……今日はもう……。」
 「え?」
 「えっと、お金は……。」
 「今日はもういいわ。あなた学生でしょう?お母さん、お父さんのお金、無駄にしないようにね。」
 「お、お金なら、あります。だから……。」
 少女はそういって札束を出した。
 普通の高校生が稼げる額ではないことだけは誰が見てもすぐにわかる。
 「ふーん。で?何の話がしたいの?」
 「……実は。」
 サクラはそういって少女の前に立つ瑠菜を見てお金につられたのだろうと思った。
 少女も少しうれしそうに話そうとしている。
 「って、言うと思う?残念だけど、そんな大金を出されたところで、じゃあ続行とはならないわよ。」
 「え……。」
 瑠菜はそう言うと、すぐに少女と少女の荷物を外へと追い出した。
 サクラは瑠菜のまさかの行動に驚いたのか、口をパクパクさせながらそれを見ていた。
 ガチャリとドアを閉めた瑠菜は少女がちゃんと帰ったか、後姿が見えなくなるまで窓の外を見ていた。
 「ちょっと、ひどいんじゃないですか?」
 サクラに言われて瑠菜は首をかしげた。
 「ひどい?あぁ。確かにいつもならあんな風に追い出さないわね。じゃ、サクラ。あの子があの大金を持っていた理由、わかる?」
 「そりゃ、お父さんお母さんから……。」
 「されが一番うれしいことね。まぁ、そんな親もなかなかいないと思うけど。もう一つ、考えられることない?」
 「え?」
 瑠菜が人差し指を立てると、サクラは意味が分からないという表情をした。
 サクラには親がいないため親からのお小遣いをもらったことがない。
親は大量にお小遣いをくれるんだろうと思っていた。
 実際、瑠菜は自分のお手伝いをしてくれるサクラに約一万円のお小遣いを給料として毎月くれる。
 「自分で稼いだ。もしそうだとしたら、違法の可能性が高いし関わらないほうがいいわ。」
 「違法って……犯罪者ってことですか?」
 サクラは顔を青くしてわなわなとしながら叫んだ。
 瑠菜はにっこりと笑ってまた首をかしげた。
 そして、それっきり何も言わなくなった。
 サクラにとってその瑠菜の反応は、社会の怖さをどんな言葉で教えられるよりも心に深く刻まれた気がした。
 楓李と雪紀、その二人を手伝いに行っていた龍子が帰ってきたのはその日の昼過ぎだった。
 「おかえりなさい。お昼ご飯は食べましたか?」
 「作れって言ってたか?」
 「作ってはないです。もし食べてなければ作ろうかと思って。」
 「悪い……。」
 しおんに強く当たっていると、サクラと瑠菜ににらまれたため雪紀は居心地悪そうに謝った。
 そしてその後すぐ、雪紀は相当疲れた様子でソファーの上に倒れこんだ。
 「相当疲れてるみたいね。ほっときましょう。」
 「みっともないですね。疲れているとはいえ帰ってきてそうそうやつあたりしてそのまま昼寝なんて。」
 サクラはまるでダメ人間でも見るかのように雪紀に軽蔑の目を向けた。
 瑠菜もそれをされて仕方ないとでも思っているのか、サクラを怒ったりせずに黙っている。
 黙ったまま、部屋の隅にあるタンスから薄い毛布を出して雪紀にかけた。
 「かえ、お疲れさま。お風呂、シャワーだけだけど、汗流す?」
 「あぁ、そうする。」
 瑠菜がコップに入ったお茶を飲む楓李に言うと、楓李はそっけなく答えた。
(それ、私が飲んでたお茶なんだけど……。まぁいいか。)
 楓李は相当疲れているようだ。
 瑠菜の飲んでいたお茶を飲んでいることにも気づかずに飲み干していた。
 「あと三十分くらいね……。龍子君も一緒に行っておいで。」
 「え……僕は……いや、あのぅ……。」
 「入るぞ、龍子。」
 瑠菜に言われただけでは動こうとしなかった龍子だったが、楓李に呼ばれてすぐに部屋を出て行ってしまった。
 瑠菜はキッチンに置いてあるコップやお皿を洗い出した。
 二人が使っていたものも洗い出す。
 「あ、いいですよ。瑠菜さん。僕がやります。」
 「あと三十分くらいで姉さんたち帰ってくるから。汗かいた体で寝てる人を怒ってもらわないとね。」
 瑠菜はしおんの話を聞かずにそう言った。
 コップを洗う手を止めずに少し急いでいるらしく、そわそわした雰囲気のままだ。
 「これから何かあるんですか?」
 「……。」
 「瑠菜さん?」
 サクラは我慢できずに、気になったことを瑠菜に聞いた。
 瑠菜は何も言わずに首を横に振ったかと思えば、すぐに外へと出た。
 「……雨は降らないわね。しー君、サクラ。洗濯物を取り込んでちょうだい。それが終わったら水着の準備ね。」
 「み、水着ですか?」
 「プールですか?」
 瑠菜に水着の用意をするように言われて、しおんもサクラもびっくりしてしまった。
 しおんは自分が遊びに行くことはこれから先ないと思っていたからだ。
あったとしても手伝いなどで雪紀に呼ばれるくらいだと、雪紀の弟子になってからあきらめのようなものを感じていた。
 一方サクラは下着ドロボーを捕まえるために毎日通っていた場所にもう一度行かなければいけないのかと少し嫌そうな反応をした。
 「プールは、私も行きたくないわね。きぃ姉さんから言われたのよ。私もどこへ行くとか細かいことは言われてないけど。」
 「そうですか……。」
 「どこにしまっていたかなぁ。水着なんて。」
 「しー君、見つからなさそうなら先に探しに行ってもいいわよ。準備が終わってないって知ったら姉さん、すんごい怒るから。」
 「いえ、大丈夫です。」
 洗濯物を入れ、瑠菜は手伝ってくれたサクラとしおんにお礼を言うと、物置部屋の中へと入って行ってしまった。
 サクラとしおんは瑠菜に言われたとおり水着を準備しなければいけなかったため、瑠菜が何をしているのか見に行くことはできなかった。
 それから何分かして、楓李と龍子が風呂場から出てきたころ、きぃちゃんとケイが帰ってきた。
 「バカ、さっさと起きろ!瑠菜ちゃんもかえ君も準備終わっているわよ。」
 「……うるせぇ……、疲れてんだ。」
 「フッ……。」
 雪紀が寝ぼけて自分を起こそうと体羽ゆすっている気ぃちゃんの手を払いのけると、きぃちゃんは鼻で笑った。
 その数秒後、雪紀が目を覚ますころには雪紀の体は寝ていたソファーから、十メートルとはいかないものの数メートルは軽く飛ばされていた。
 「起きた?雪紀ちゃん。」
 「はい……起きました。」
 壊れた壁を見て頭を抱える瑠菜と楓李を見て、ケイは慰めるように二人の肩を叩いた。
 そしてニッコリ笑顔でぶりっ子のように両手をほおに当てるきぃちゃんと、ゆっくり立ち上がってふらふらとしている雪紀をいつも通りだなと思いながら見た。
 「車くらいなら僕だって運転できるんだけど。」
 「ケイはやめておけ。」
 ケイがニコニコしながら言うと、雪紀があきれるように言い返した。
 瑠菜や楓李ですらもケイの運転する車には乗ったことがなく、ただわかるのは相当すごい運転をするのだろうなということだ。
 「きぃ姉さん。どこへ行くのですか?」
 「龍子君は、そっか。今年初めてか。あ、サクラちゃんもよね?」
 「しおん君もだよ。きぃちゃん。」
 「あれ?そうだっけ?」
 「昨年は里帰りしてました。」
 浮かれてキャッキャと騒いでいるきぃちゃんを落ち着けるようにケイが言うと、しおんも申し訳なさそうに言った。
 龍子とサクラはきぃちゃんに目を輝かせながらこれからどうするのか聞いている。
 「海より先には行かないわよね?」
 「え?あぁ、安心して。大丈夫。変なところには連れて行かないから。」
 「毎回、急に、外国に連れまわしてるくせに。」
 「しかも日帰りのな。」
 瑠菜と楓李にも言われて、きぃちゃんは笑って言った。
 三人は顔を見合わせながら困った顔をした。
 「隣町に出かけるようなものよ。世界一周くらい。何回あっても楽しいし。」
 「そんな軽いものじゃないのよ。普通の人は世界一周を夢見て、その一部の人が苦労してやっとできるものだから。」
 「大変ねぇ、普通の人ってのは。」
 これでもきぃちゃんは悪気がないようで淡々という。
 瑠菜はそんなきぃちゃんの姿を見てため息をついている。
 「そ、それで。どこに行くんですか?」
 しびれを切らしたサクラは瑠菜ときぃちゃんの間に立って聞いた。
 「瑠菜ちゃんはわかってるんでしょう?」
 瑠菜が黙っていると、きぃちゃんは声のトーンを下げて落ち着いた声で瑠菜に問いかけた。
 サクラはそれを見て聞く対象をきぃちゃんから瑠菜へと変えた。
 「どこ行くんですか?」
 「……行く必要はないと思う……。」
 先ほどの海外へと急に連れていかれたというのを聞いて怖くなってしまったのだろう。
 行き先が知りたくて知りたくてたまらないとでもいうように瑠菜へ詰め寄る。
 「なんで瑠菜さんはわかるんですか?」
 「……当たり前でしょう?私が荷物を詰めたんだから、何となくわかるわよ。」
 「教えてくださいよぅ!」
 「……まぁ、ついてからのお楽しみにしましょう。早く車に乗らないとお兄が怒るわよ。」
 瑠菜に言われてサクラが外を見ると、外ではあきとあきを手伝いに行っていたリナが一人で車の準備をしている雪紀に声をかけている。
 リナが何やら失礼なことを雪紀に行ったのか拳骨を食らっている。
 それなのになぜか雪紀もリナも笑っている。
(いつもリナだけずるいなぁ。)
 サクラがため口で雪紀や楓李に話しかけようものなら、その数秒後には頭へ拳骨が落ちてきて説教2時間コースに入ってしまうだろう。
 リナだと許されてしまうというより、雪紀や楓李がどんなに怒ろうとしてもリナがニコニコとしながら話し始めると首を縦に振ってリナの話を聞いてしまうのだ。
 リナは最初であったころから考えると、髪は短く切っていて男の子のような髪形になっている。
 「サクラ、行くわよ。」
 「はーい。」
 瑠菜に呼ばれてサクラは急いで玄関へと走った。
 きぃちゃん、雪紀、ケイ、楓李、瑠菜、あき、龍子、サクラ、リナの九人が少し大きめの車へと乗り込むと、雪紀がエンジンをかけた。
 車というよりもバスのような椅子の並びで通路まである。
 一番前には運転席がぽつんと一つあり、通路の両脇に二つずつ椅子が並んでいてそれが一番後ろまで三列ずつ。
そして一番後ろは多くて誤認は座れそうな長椅子。
 瑠菜が右側の前から三番目の窓側に座ったのを見てサクラは横に座ろうとしたが、サクラが横へ座る前に楓李が座ってしまった。
そのため、仕方なく一番後ろに座ると、ちびっ子三人が横に座った。
 あきが左側の一番前に座っていたケイの横に座り、その横に荷物とともに座るきぃちゃん。
 どこへ行くのかもわからないまま約二時間、サクラは車の揺れが気持ちよくてうとうとしていた。


夏の終わり②

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