「瑠菜さん!お祭り行きたいです。」
「花火!」
「綿あめ!」
「……ヨーヨー……。」
八月の中旬に入ったころ、四人の元気な少女が瑠菜を囲んだ。
手には四日後にあるお祭りのチラシを持っている。
「増えた……。」
「行かないわよ。こんな暑いのに。四日で下がる温度ならまだしも。」
瑠菜はそう言いながらクーラーの温度を下げた。
しかし、クーラーはガタガタと音を出すだけで風は出してくれなかった。
「瑠菜さん!」
「瑠菜ねぇ。」
「行かない?」
「保護者同伴じゃなとダメって書いてあるんです。お願いします。一緒に行ってください。」
「うるさいわねぇ。かえに聞けば?一緒に行ってって。」
瑠菜はそういって扇風機の前に座り込んでしまった。
瑠菜の今日の仕事は、朝から昼まで外を出歩いて、昼から夕方まで取引先の会社に行く。
今日は特に忙しかったのだ。
やっと帰ってきた瑠菜は今何を言われても頭には入ってこない。
「疲れてるんだから、その辺にしてあげなよ。」
「えぇ―。あ、楓李兄さん。」
「あ?」
あきが四人をなだめている間に、瑠菜と同様疲れた顔をした楓李が事務所に入ってきた。
瑠菜とは違って、まだ仕事が残っているらしく帰ってきてすぐに自分の机にあるパソコンを開いている。
「お祭り行きましょう。」
「花火!」
「たこ焼き!」
「りんご飴。」
瑠菜は楓李によってかかる四人を見て、ただお祭りに行きたいだけじゃないと少しあきれている。
(何が楽しいんだか……。)
「……瑠菜、クーラーは壊れたのか?」
「温度が下がんないの。これでも十八度の設定だけど。」
楓李は面倒に思い、四人のことには反応せずに話をそらした。
「朝から本社の事務所に連絡してるんだけど立て込んでて。なんか、急に会社のほとんどのクーラーが壊れたらしいよ。」
「だから一気に買うのはやめなって前社長に行ったのに。」
「ふーん。想像は出来たことだな。」
「花火!」
文句を言う瑠菜は自分一人に扇風機を向けたまま、うちわ片手にソファーで溶けている。
そして、楓李はいくら無視しても訴えてくる四人を見て、頭を抱えた。
嫌でも窓が一つしかないこの部屋は風が通らず、クーラーがなければ三十度を軽く超えるのだ。
「着物、着物着ましょう!」
「花火!」
「りんご飴!」
「まちゅり!」
「着物着て歩きたいです。」
「……わかった。瑠菜、雪紀兄さんたちも誘っとけよ。」
「えぇ……。」
「文句言うな。一生懸命訴えてるんだから聞いてやれ。」
「……ロリコン……。」
瑠菜は楓李に少し小声で文句を言ってから雪紀に電話をした。
もちろん、承諾しないことを願っての行動だ。
しかし、雪紀も即答で承諾した。
きっと、近くにきぃちゃんがいて、瑠菜と雪紀の電話を聞いていたのだろう。
「龍子君も行きましょうね。」
「いや、俺は……。」
「龍子君も行くに決まってんでしょう?」
「龍子も行くぞ。」
瑠菜と楓李に言われて、龍子は仕方なくうなずいた。
暑さでイライラしているのもあるのだろう。
龍子は二人の圧がいつもよりも強い気がした。
「盛り上がってるとこ悪いが、今回の仕事終わりそうにないなら終わらせてから行けよ。」
「ゆ、雪紀さん?大丈夫ですよ……あと、四日……あるので……。」
雪紀はそういって大量の仕事の資料を台の上に置いた。
珍しくしおんも仕事を手伝っていて、ニコニコとしながら雪紀の後ろに立って資料を持っている。
サクラもそれを見て、自信がなくなる。
「こ、こんなに大量なんて、終わらないですよぅ。」
雪紀に仕事の資料を渡されて分かりやすく落ち込んでいるサクラを見て、瑠菜は少しかわいそうだと思った。
「あれ?お兄珍しい仕事も持ってきてるね。こういうのっていつもお兄の仕事じゃん。」
「あぁ、いや。これは……。」
「え?本当ですか?」
瑠菜が雪紀の持ってきた資料のうちの一つを引っ張り出しながら言うと、雪紀は少し焦ったような態度になった。
「もしかして、押し付けようとしてない?デートでも行くの?」
リナも瑠菜の真似をして言うと、図星のような反応をした。
「あんまり攻めんなよ?かわいそうだろ?」
それを見ていた楓李はわざとらしく雪紀の方を見ながら二人を止めた。
瑠菜は仕方ないなぁと言いながらサクラの方を見た。
「わかった、やるわよ。私とリナが。」
「え?」
「サクラと龍子君はお祭りを楽しんできてね。」
「は?」
「やったぁ!いいんですか?瑠菜さんっ!」
「あ?」
行かなくて済むと思って安心していた龍子はつい素の声が出てしまった。
何も言えない龍子の横でピョンピョン飛び跳ねながら喜ぶサクラを見て瑠菜は少しうれしく思う。
「その代わり、姉ちゃんたちには自分たちで頼みなさい。浴衣も着させてもらえるだろうし、クゥ、リィ、スゥのお世話もきぃ姉に頼めば大丈夫だから。」
「はーい!」
サクラはそう言って、さっそく三つ子を連れてきぃちゃんの所へと向かった。
「あの……僕、本当に人混みが苦手で。」
「がんばれ。」
「龍子、あとで俺の部屋来い。」
?
瑠菜に適当にあしらわれた龍子を、楓李は自分の部屋へと呼んだ。
お祭り当日の夕方ごろ。
瑠菜と楓李、リナは雪紀から届いた仕事をすべて終わらせた。
途中、楓李は龍子の様子が気になるからと言って抜けたがすぐに帰ってきた。
もちろん、瑠菜やリナが何を言っても龍子を部屋へと呼んだ理由は教えてくれなかった。
「もしかして、お祭り行けたんじゃ。」
「意外と早く終わったわねぇ。でも私は行かないつもりだったし。」
「俺も行くつもりはなかったからなぁ。」
リナは文句を言いながら炭酸の強いジュースを飲み干した。
瑠菜も楓李も酒じゃないかと心配するくらい、酒に溺れる大人のようにリナはジト目で楓李と瑠菜を見た。
「映画でも見に行かない?」
「私は映画なら家で見る方が好きだなぁ。」
「俺も。」
「じゃぁ、ゲームセンターとか?」
「取ったやつを置く場所ないからパス。」
「ゲームセンターにあるものなら捨てるほどあるから奥の部屋から持って行っていいぞ。」
「……何なの?キミらは。」
リナはあきれたように大きなため息をしながら言った。
瑠菜と楓李はどちらかがどちらかに合わせているというよりも似た者同士で根っから気があっているようであった。
「来年また行けばいいでしょ?お祭りなんてそう簡単にはなくならないし。」
「確かにそうだけど……。」
瑠菜に言われてリナは仕方なしにお菓子を食べ始めた。
そのころ、慣れない浴衣を着て疲れた龍子は一人でたこ焼きを食べていた。
三つ子はきぃちゃんが二人で楽しみなさいと言って預かってくれたのだ。
サクラはというと、龍子の座っている大きめの石の斜め前の屋台でヨーヨー釣りをしていた。
きぃちゃんから借りた浴衣を少し濡らしながら、りんご飴と綿菓子を龍子に持たせて、なかなか釣れないヨーヨーとにらめっこをしているのだ。
「下手か……。」
「うるさいですよ!……あっ……。」
サクラが持ち上げたヨーヨーはボチャンっと言って元いた場所へと戻ってしまった。
龍子が文句を言ったからだと言いたげにサクラは龍子をにらむ。
「代われ……。」
龍子はそういって自分の持っていたものをサクラに渡すと、サクラの横にしゃがんだ。
屋台のおじさんから一本のおもちゃの釣竿をもらってヨーヨーを見た。
「切れるまでならいくつでも取っていいよ。」
「はぁい。」
(ティッシュだったら一つも取れないわけだな。)
龍子はすぐにぼったくりだとわかり、おじさんをにらんだ。
三日月のように細い目は仮面のようだ。
「サクラ、一歩後ろに下がって。」
龍子はそういってヨーヨーを釣り始めた。
一つ、二つ、三つ……。
龍子は軽々とヨーヨーを釣り、一回で二つ一気に釣ったりもした。
「すごい!すごいよ。龍子君。」
「ぼ、坊や、もうそろそろ……。」
「まだ、ちぎれてないよ?」
店主の顔が真っ青になっていることにも気づかずにサクラはそう言って店主を黙らせる。
いくら龍子でもこれには少し笑ってしまいそうになる。
(もうそろそろかわいそうか。)
龍子が水の中に糸のように細くされたティッシュをつけようとしたとき、サクラが龍子の肩を軽くたたいた。
「ねぇ!龍子君。私あの紫欲しい!」
「ん?あぁ。最後の一つな。」
龍子はサクラの持っている数十個のヨーヨーを見ながら言う。
サクラもそれで満足のようですぐにうなずいた。
「じゃ、じゃあ。その紫はあげるから、そっちのは全部返してくれないか?」
「え?何で?」
「こっちもこんなにとられると商売にならないんだよ。なぁ、返しては……。」
サクラと龍子の会話を無視して、龍子は軽々と紫のヨーヨーを釣り上げた。
(子供にそんなこと言うか?普通。……いや、中学、高校くらいの年なら言われてもおかしくないか。)
「はい。サクラ。」
「ありがと。こっちはお土産にするので返しません。ちびっ子たちにあげるんです!」
龍子は水でティッシュをぬらしてちぎりながらサクラにヨーヨーを渡した。
すると、サクラは嬉しそうにヨーヨーを受け取った。
「……かわいいな。」
「え?」
「なんでもない。」
龍子がふと横を見ると、店主がとれるわけがないとでも言いたそうに自分でもヨーヨー釣りをしている。
龍子はそれを見て誇らしく思った。
龍子はずるをする人間は嫌いだ。
そういう人に得をしてほしくないと思っている。
だから、少しでも店主の利益をつぶしただけで満足すると思っていた。
しかし、龍子が満足したのは店主の悔しそうな顔を見た時ではなく、サクラのうれしそうな笑顔を見た時の方だった。
「龍子君すごいですね!あの店主でもできなかったのに。」
「普通だろ。」
「すごいですよ。何より私にはできなかったんですから。」
「そうか。」
「冷めてますねぇ。」
サクラがからかうように言うそれに龍子は何も反応しなかった。
いつもならサクラをバカにしたりするが、龍子は他の誰よりも本当に自分はすごいのではないかと思っていたのだ。
サクラから異常に褒められたからだろうか。
(……いや、あの店主がバカなだけだな。)
龍子はそう思った瞬間にすっと熱が引くように素に戻った。
「もう行くか。」
「え?どこに行くんですか?」
「他に買いたいものないか?」
「あ、じゃあ。あれとあれも買います!」
「はいはい。」
サクラはりんご飴やたこ焼きの二周目を買う。
数分後、大きな綿菓子を持ったサクラは満足そうに龍子に買ったものを渡した。
「これ、持ってください。」
「はいはい。」
「あ、これおいしいですよ?食べますか?」
「いや、いい。」
「えぇ、おいしいのに。」
男が女の荷物を持てときぃちゃんがかかわる男全員に教え込んでいるため、龍子はサクラに文句ひとつ言わずにサクラが買ったものを持った。
そしてそのままサクラの手引いて森の中へと入った。
奥へと進むにつれて人の声がだんだん静かになっていく。
「ねぇ、花火は?ここからも見えるの?」
「さぁ?」
「えぇ?花火見たいのに。」
サクラは空の星や付きすらも見えないくらい集まった葉を見て言った。
どう見ても花火が見えるとは思えない。
「龍子く……ん……。」
ヒュー、バンっと花火の音が鳴り響くとともにサクラは音がした方角を向いた。
「うわっ!やっぱすげぇな。」
「すごい……すごい!きれい。初めて見た。」
「俺も生で見るのは初めてだな。」
「こんな風に見えるんだ。」
サクラと龍子の目の前には大量の花火が花開く。
ほぼ真横で開く花火は休みなく次々と打ちあがった。
「キレイだったね。龍子君、ありがとう。なんでこんな場所知ってたの?」
「ん?……何でもない。」
「え?」
花火が終わった後、びっくりするくらい真っ暗な場所でサクラは龍子に聞いた。
龍子はサクラの聞いていることの回答にはならないようなことを言う。
「何となく知っただけ。」
「……そうなんですか。そりゃ、彼女さんと一回くらい来ますもんね。こういうとこは。」
「いや、彼女出来たことねぇし……そ、そうだよ。」
(楓李様に教えてもらったとは言いたくない……。こうなるなら言ってもよかったか?)
龍子はプライドが邪魔して自分に彼女がいることになったのを少し後悔した。
サクラに楓李から教えてもらったと言えば、サクラは絶対に楓李へお礼を言いに行く。
龍子は二人だけで楓李とサクラがしゃべることにすらも少し嫉妬してしまったのだ。
だから、言えなかった。
本当のことを一つも。
「……り、龍子君……。」
「……帰るか。」
「うん。」
サクラに声をかけられて龍子は周りを見て気が付いた。
穴場というだけあって、カップルが花火の興奮で帯びた熱を発散し始めていることに。
(……カップル多いな。)
サクラと龍子はそっと来た道を帰って行った。
森を抜け、お祭り会場まで戻ると人々はもう帰ったようで屋台も片付け始めていて、電気もつけているところとつけていないところがあった。
「お祭り、終わったんですね。」
「あぁ。」
「寂しいですね。」
「そうだな。」
「サクラ、龍子君。」
サクラと龍子が周りをきょろきょろしながら歩いていると、いつもお通りの明るい声に呼ばれた。
「あれ?瑠菜さんたちも来てたんですか?」
「いや、迎えに来たんだ。」
瑠菜と楓李はお祭り会場の出入り口の看板の横に立っていた。
中には入りたくないらしく、入り口で手招きをしている。
サクラはそれを見てうれしそうに瑠菜に抱き着いた。
「もう九時過ぎてるしさすがにね。私たちが善良な大人に怒られちゃうから。」
「何より、瑠菜が落ち着かないもんな。」
「そうそう、心配で……じゃなくて!怒られちゃうから!」
「ふーん。」
瑠菜は楓李につられて言った後に顔を赤くした。
「し、心配なんかするわけないでしょう?怒られたくないから仕方なしよ!」
「わかった、わかった。」
瑠菜はそういって歩き出してしまったかと思うと、すぐに後ろを振り返って三人をいた。
「はやく帰るわよ!こんなとこ、うるさくてこれ以上いたくないわ。」
「誰もいなくて静かですけど……。」
「お祭りはいろんなのが集まるからな。だから瑠菜も心配してたんだろうよ。」
「ほら、花火見たんでしょう?私見てないんだから話し聞かせてよ!」
そう言って頬を膨らませる瑠菜を見て、楓李はやれやれと言って歩き出した。
サクラと龍子は顔をかしげながら顔を見合わせた後に瑠菜のもとへ駆け寄った。
二人がその次の日にその祭り会場近くを歩いた時、二人は顔を青くした。
楓李が言っていたいろんなものの意味が分かるほど、会場の一メートル以内にはたくさんのお墓が並びお祭りの時に見たにぎやかな様子はなく、薄暗かった。
しかも道には花束が所々に置いてある。
「だから言ったでしょう?危ないって。」
それを怖がりながら話すサクラと龍子を見て、瑠菜は何でもないとでもいうように言った。
瑠菜いわく、あの会場の近くは事故がなぜか多発している場所で、あのお祭りの日も何人かはねられて死んだらしい。
サクラはそれを聞いて恐怖でしかなかったが、龍子はやはり瑠菜は不思議な人だと思った。