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第2話 没落令嬢と武器商人

ー/ー



 黒いローブをまとった猫背の男が、そこで周囲の者たちと話をしていた。
 他の者たちと並ぶとより一層に男の小柄さが際立つが、それとは裏腹にローブ越しからも隆々と盛り上がった膂力(りょりょく)が際立っており、それはまるで岩のような頑健さを感じさせた。

「あの人だよ」

 ミレーヌがララに告げる。

 すると男はすぐに振り返り、金髪の少女の姿に気づくと感情の(とぼ)しい声で言った。

「おや? 目を覚ましたようですね」
「アナタがわたくしの暴走を止めてくださったとうかがいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました」

 ララは深々と頭を下げる。

「いえいえ、私はただ軽い運動をしたまでです。それよりも、お身体の具合はいかがですか?」
「え、ええ……。おかげさまでもう何ともありませんわ」

 ()()()()の一言で片付けてしまう男の言動が、果たして本気なのか冗談なのかまでは判別出来なかったが、それでもララが目を()らして彼を見ると、

 ――あら?

 男の体全体の輪郭をなぞるように、薄い紫色をした煙のようなものがぼんやりと浮かんでいることに気づいた。

 ララは一度小さくかぶりを振ってからもう一度視線を戻してみるが、やはりその煙のようなものはたしかに男の体から浮かび上がっており、目の錯覚ではないようだ。

「どうかしましたか?」
「い、いいえ、何でもありませんわ!」

 男に不意に問われ、慌ててかぶりを振る。

「あの……いくつかお(たず)ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ」

 男はわずかに笑みを浮かべて答える。

「正気を失っていたわたくしを、指ひとつ触れることなく吹き飛ばしたとうかがいました。そのような芸当が出来るアナタは一体何者なのでしょうか?」
「私はヤンと申します。見てのとおりただの商人でございますよ」

 男は飄々(ひょうひょう)とした口調でララの質問に答える。

「ではヤン殿。アナタは何を商うのですか?」
「私どもヤン商会は武器を取り扱っておりまする」
「武器商人……」

 ヤン商会ということは、ヤンと名乗ったこの男がその会長なのだろう、と彼女は理解した。

「それではもうひとつ。わたくしはアナタからいただいた青い薬で正気に戻ることができました。それについても感謝いたします。ですが、わたくしは寡聞(かぶん)にしてその青い薬に関して何の見聞も持ち得ておりません。それは一体どのようなものなのですか?」
「ああ、これのことですか?」

 男はおもむろに腰に下げている巾着袋を開いてそこから何かを取り出すと、手を広げてそれをみせる。
 そこにあったのは、小指の第一関節ほどの大きさをした青い錠剤だった。

「本当に青い……ですわね」
「これは『踊る屍者(ダンス・マカブル)』の症状を抑える薬で、まだ名前もありません」
「『踊る屍者(ダンス・マカブル)』の症状を? そのような薬、聞いたことありませんわ!」

 思わず目を剥くララ。
 彼女が驚くのも無理も無い。『踊る屍者(ダンス・マカブル)』はこのアルセイシア王国のみならずエウロペア大陸の至るところで発生している原因不明の奇病であり、その対処法は感染者の首を()ねる、心臓を潰す、焼き尽くすなど物理的に排除する以外無いのだ。
 だから、もしも本当にこの奇病に対抗出来る薬が存在するのであればそれは世紀の大発明であり、その開発者は賞賛と共に後世にその名を刻むであろう。

「ああ、効果があると言っても一時的なものです。先ほどアナタが陥ったような症状を、長くともひと月ほど鎮めることが出来る。気休めにすぎませんよ」
「ですが……それでもいつか絶望的な奇病の特効剤となり得る希望の光ではありませんか? そのような稀有(けう)なものを、なぜ武器商人であるアナタがお待ちだったのですか?」
「これは知り合いからいくつか譲ってもらったものです。貴重なものなので当然市場には出回っておりません。ですから、その存在を知らないのも無理はありません」
「そのような大切なものをわたくしのために……。あの、ちなみにお値段はいかほどになるのでしょうか?」
「そうですね……。売り物ではないのでハッキリとは申せませぬが、今の市場価値であれば一粒あたり百金といったところでしょうか?」
「百金ッ!?」

 二人はそれを聞いて目を()いた。
 そして、そのような貴重なものを飲んだと事実が後になって重くのし掛かり、ララは思わず眩暈(めまい)に襲われてしまうのだった。

「そのような大それたものをいただいてしまった以上、それだけのものを返さねばなりません」
「いいえ、これは私が自分でしたこと。アナタが気にする必要はありません」
「そういうワケには参りませんわ!」

 ララはヤンに向けて深々と頭を下げ、

「お薬の代金、どうかアナタの元で働かせていただくことでお返しさせてくださいませッ!!」

 そう懇願する。

「もちろんアタシも働かせてもらうよ」

 ミレーヌもそれに追随する。

 ヤンは腕組みをしてしばらく考えこんでから、

「わかりました。こちらとしても人手は欲しかったところですので、ぜひともお願いいたします」

 そう言って胸の前で右手の拳を左手のひらで包みこむように合わせ、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、ヤン殿。ご挨拶が遅れましたがわたくしはララ。そしてこちらはミレーヌです。よろしくお願いしますわ」

 そう言って二人も深々と頭を下げる。

「これも何かの縁かも知れませんね……」

 そしてヤンはふと茜色に染まりゆく空を見上げ、ひとりつぶやくのだった。
 


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 黒いローブをまとった猫背の男が、そこで周囲の者たちと話をしていた。
 他の者たちと並ぶとより一層に男の小柄さが際立つが、それとは裏腹にローブ越しからも隆々と盛り上がった|膂力《りょりょく》が際立っており、それはまるで岩のような頑健さを感じさせた。
「あの人だよ」
 ミレーヌがララに告げる。
 すると男はすぐに振り返り、金髪の少女の姿に気づくと感情の|乏《とぼ》しい声で言った。
「おや? 目を覚ましたようですね」
「アナタがわたくしの暴走を止めてくださったとうかがいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました」
 ララは深々と頭を下げる。
「いえいえ、私はただ軽い運動をしたまでです。それよりも、お身体の具合はいかがですか?」
「え、ええ……。おかげさまでもう何ともありませんわ」
 |軽《・》|い《・》|運《・》|動《・》の一言で片付けてしまう男の言動が、果たして本気なのか冗談なのかまでは判別出来なかったが、それでもララが目を|凝《こ》らして彼を見ると、
 ――あら?
 男の体全体の輪郭をなぞるように、薄い紫色をした煙のようなものがぼんやりと浮かんでいることに気づいた。
 ララは一度小さくかぶりを振ってからもう一度視線を戻してみるが、やはりその煙のようなものはたしかに男の体から浮かび上がっており、目の錯覚ではないようだ。
「どうかしましたか?」
「い、いいえ、何でもありませんわ!」
 男に不意に問われ、慌ててかぶりを振る。
「あの……いくつかお|訊《たず》ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ」
 男はわずかに笑みを浮かべて答える。
「正気を失っていたわたくしを、指ひとつ触れることなく吹き飛ばしたとうかがいました。そのような芸当が出来るアナタは一体何者なのでしょうか?」
「私はヤンと申します。見てのとおりただの商人でございますよ」
 男は|飄々《ひょうひょう》とした口調でララの質問に答える。
「ではヤン殿。アナタは何を商うのですか?」
「私どもヤン商会は武器を取り扱っておりまする」
「武器商人……」
 ヤン商会ということは、ヤンと名乗ったこの男がその会長なのだろう、と彼女は理解した。
「それではもうひとつ。わたくしはアナタからいただいた青い薬で正気に戻ることができました。それについても感謝いたします。ですが、わたくしは|寡聞《かぶん》にしてその青い薬に関して何の見聞も持ち得ておりません。それは一体どのようなものなのですか?」
「ああ、これのことですか?」
 男はおもむろに腰に下げている巾着袋を開いてそこから何かを取り出すと、手を広げてそれをみせる。
 そこにあったのは、小指の第一関節ほどの大きさをした青い錠剤だった。
「本当に青い……ですわね」
「これは『|踊る屍者《ダンス・マカブル》』の症状を抑える薬で、まだ名前もありません」
「『|踊る屍者《ダンス・マカブル》』の症状を? そのような薬、聞いたことありませんわ!」
 思わず目を剥くララ。
 彼女が驚くのも無理も無い。『|踊る屍者《ダンス・マカブル》』はこのアルセイシア王国のみならずエウロペア大陸の至るところで発生している原因不明の奇病であり、その対処法は感染者の首を|刎《は》ねる、心臓を潰す、焼き尽くすなど物理的に排除する以外無いのだ。
 だから、もしも本当にこの奇病に対抗出来る薬が存在するのであればそれは世紀の大発明であり、その開発者は賞賛と共に後世にその名を刻むであろう。
「ああ、効果があると言っても一時的なものです。先ほどアナタが陥ったような症状を、長くともひと月ほど鎮めることが出来る。気休めにすぎませんよ」
「ですが……それでもいつか絶望的な奇病の特効剤となり得る希望の光ではありませんか? そのような|稀有《けう》なものを、なぜ武器商人であるアナタがお待ちだったのですか?」
「これは知り合いからいくつか譲ってもらったものです。貴重なものなので当然市場には出回っておりません。ですから、その存在を知らないのも無理はありません」
「そのような大切なものをわたくしのために……。あの、ちなみにお値段はいかほどになるのでしょうか?」
「そうですね……。売り物ではないのでハッキリとは申せませぬが、今の市場価値であれば一粒あたり百金といったところでしょうか?」
「百金ッ!?」
 二人はそれを聞いて目を|剥《む》いた。
 そして、そのような貴重なものを飲んだと事実が後になって重くのし掛かり、ララは思わず|眩暈《めまい》に襲われてしまうのだった。
「そのような大それたものをいただいてしまった以上、それだけのものを返さねばなりません」
「いいえ、これは私が自分でしたこと。アナタが気にする必要はありません」
「そういうワケには参りませんわ!」
 ララはヤンに向けて深々と頭を下げ、
「お薬の代金、どうかアナタの元で働かせていただくことでお返しさせてくださいませッ!!」
 そう懇願する。
「もちろんアタシも働かせてもらうよ」
 ミレーヌもそれに追随する。
 ヤンは腕組みをしてしばらく考えこんでから、
「わかりました。こちらとしても人手は欲しかったところですので、ぜひともお願いいたします」
 そう言って胸の前で右手の拳を左手のひらで包みこむように合わせ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ヤン殿。ご挨拶が遅れましたがわたくしはララ。そしてこちらはミレーヌです。よろしくお願いしますわ」
 そう言って二人も深々と頭を下げる。
「これも何かの縁かも知れませんね……」
 そしてヤンはふと茜色に染まりゆく空を見上げ、ひとりつぶやくのだった。