椿ちゃん。あいつは君の両親の必死の告発で社会的信用をなくし、経営していた会社も隠していた違法行為が次々に見つかって破綻。とんでもない負債を抱えて夜逃げしたらしい。
けど、そんな事を聞いても椿ちゃんの気持ちは晴れないよね。そんな事を望んだんじゃないよね。
もしもあの日、渋滞に巻き込まれずに取引先から帰って来られれば、海辺で君の亡骸を見ることなく、今僕の隣に居てくれたはずだ。
いや、別れたあの日に強引にでも君を連れてどこかに逃げ出していれば……、いや、その前に君の好意に気づけていれば、君を悲惨な目に遭わせることなく、幸せにすることが出来ていた。間違いなく。
離婚に至った原因は親父の会社が不正が原因で潰れた事だ。でも、僕が何もしていないことは明らかだったし、そこをはっきり主張すべきだった。なのに、僕は君の家の名誉を守ろうとしてそれが出来なかった。何よりも、君が僕を好きじゃないと思い込んでしまっていたからそれをする発想にも至らなかった。
君を死なせてしまったのは僕の弱さだ。君の気持ちに気づけなかった鈍感さのせいなんだ。僕のせいなんだ……。ごめん、椿ちゃん。僕のせいで……。
約束通り、椿ちゃんの遺灰をあの海に撒いた。鮮やかで透き通った色をしているのに、今はぼやけて見えてしまう。大好きな海なのに、心が踊らない。
あの日から今まで僕が生きてきたのは、椿ちゃんが元気でいる事を信じていたから。それが無くなった今、生きる意味を見出せない。椿ちゃんを殺した世界が憎いし、自分が赦せない。
このまま生きてても僕はただおかしくなるだけ。もう、いいだろう。もう、生きたくない。椿ちゃんの元へ行こう。一緒に海の一つになろう。
初めて出会ったあの時。僕は君に、椿ちゃんに一目惚れをしたんだ。小柄でお淑やかで気品に溢れていて。でもかわいさも溢れている。小さな顔も身体も全てがかわいく思えた。性格だって温厚で優しい椿ちゃんが大好きだ。たまに見せてくれるあの笑顔をみれば、なんだってできるし、どんな願いだって叶えられると本気で思えたんだ。
ただ、椿ちゃんは自分の気持ちに向き合えてないと思えた。結婚だって望んでなかったし、僕の事はタイプじゃなかったはずだ。だからせめて自分の意志を出せるようにとやってきたけど、それが間違いだったんだろう。だから飛び出して逝ってしまった。僕がいなければ、出会わなければ椿ちゃんはこの世界に居たのだ。生きていたのだ。
――椿ちゃん。今度はずっと一緒にいようね。邪魔される事なく最期まで二人一緒に。約束するよ。
今日の海は一際青かった。そして、一際冷たかった。