洗面台の鏡に映る自分と見つめ合う。
祖母に似た目元。母に似た、らしい栗色の髪。
夕食も済ませて、祖父母はテレビを観ている。父はまだ帰宅していない。
母は服薬自殺だったようだ。真理愛を同じ部屋に残して。
あの日母が飲んだ、たくさんの小さな白い粒。いまならわかる、あれは、錠剤だ。危険な薬、だったのだろう。
両親が結婚していなかったことも、おそらく母が父に黙って真理愛を産んだことも具体的に聞かされたことはない。
むしろさり気なくはぐらかされてきたのだが、真理愛はそう確信していた。
五歳になる少し前にこの家に来て、それからもう七年以上共に過ごした。
もし知っていたら会いにも来ないような父では、──祖父母でもないことはよくわかっている。
真理愛は、母のことはあまり覚えていない。思い出せない。
……記憶を探ろうとしても、見つけることはできない。
思い返せば、いつもお腹を空かせていた。
キッチンのシンク下に置かれた踏み台に乗って、水道のレバーを押してコップに汲んだ水を飲む。
母が置いて行く菓子パンを食べ尽くしたとき、……何も置いて行ってもらえなかったとき。
一人で留守番をしている真理愛にとって、それは唯一の空腹を満たす手段だった。
叩かれたことも、怒鳴られたこともなかった。出掛けていなければ、一緒に食事することもあった。
しかし、必要とされ愛されている実感もまた、なかったのだと真理愛は思う。
──なぜ、母は自分を産んだのか。真理愛は、母にとっては不要だったのか。枷でしかなかったのか。
考えるたびに行き詰る。胸が締め付けられる気がする。
辛いことも、苦しいことも、たくさんあった、筈。
けれど、詳細はどこまでも曖昧なのだ。きっと自分を守るために、心に蓋をしてしまったのだろう。
あのとき。
死を選んだときに真理愛を連れて行かなかったのは、母の愛情なのか。それとも、単に興味がなかったからなのだろうか。
母は、企ての前に父を呼んでいたらしい。
殺風景な四角いマンションの一室で、母の遺体と共に起き上がる体力も気力もない真理愛を見つけてくれたのは父だった。
確実なのは、父が来ていなければ真理愛は今ここに居ないということだけだ。
普段から誰ひとり訪ねる人もいなかったあの部屋で、真理愛もまたひっそりと息絶えていただろう。
「ママは真理愛が好きだったから。大事だったから、パパに『迎えに来て』って頼んだんだよ」
いつか父に聞かされた言葉。
それが事実だったらいいのに。……ただ無心に信じられたらいいのに。
この家にも、新しい家族にもすっかり馴染んだ小学生の頃。
父にも祖父母にも、心から大切にされ慈しまれているという自信のようなものが、真理愛の心と身体の隅々まで行き渡ったからだろうか。
ふと、何の脈絡もなく母の姿が浮かぶことがあった。
顔立ちも服装も周りの光景もすべて紗が掛かったようなのに、笑みを湛えた母の口元だけが鮮明な、不思議な感覚。
「まりあはクリスマスに生まれたから、聖母マリア様と同じ名前なの。『真理の愛』って意味なのよ。……まだ、わかんないね」
ぎゅっと抱き締めてくれた母の、優しい声。他は全部忘れてもいい。
──忘れてしまいたい、と願っていたから、その通りになったのかもしれない。