「あたしはあの時、ママと一緒に一回死んだんだと思う」
「! 真理愛!」
弾かれたように自分を見た父に、真理愛は穏やかな笑顔を向けた。……十歳とは思えない、と常々言われている、大人びた表情。
「パパ、大丈夫。……あたし、ママのことってあんまり思い出せなかったんだ。最近になって、なんでか少しずつ浮かぶんだけど、──ママが笑ってる顔ばっかなの。ママはあたしのこと好きだった、かな?」
「……好きだったよ。だからパパに迎えに来てって頼んだんだ。真理愛が、大事だから」
父の、今にも泣き出しそうな表情。微かに震える声。
「きっとあの日、前の『真理愛』は死んじゃったんだ。それであたしは卵の中でゆらゆらしてて、……この家で五歳の誕生日に『パパ』って、『じーじ、ばーば』って呼んだときに卵のカラが割れたんだよ。そのとき、今の『天城 真理愛』が生まれたんじゃないかな。あたしはそう思ってるんだ」
「ゆらゆら? その、卵の中、で寝てたんじゃなくて揺れてたってこと?」
不思議そうな、けれどどこか硬い父の声に真理愛は首を捻って考える。
「うーん、上手く言えないんだけど。寝てはなかった、かな。目も見えてたし、耳も聞こえてたから。でも、何かよくわかんない、ふわふわした感じだった。うん、やっぱゆらゆら」
「そう、か」
「そう。……だからね、あたしは十歳だけど、『今の、新しいあたし』は五歳なのかもしれないな、って」
あの時を境に真理愛の何もかもが変わったのかもしれない。曖昧ながらも常に身の内にある感覚だ。
「真理愛、そろそろ戻ろう。風邪をひく」
黙って何か考えていたらしい父が、はっと気づいたように背中に手を置いた。
白い息を吐きながらガラス戸を開けた真理愛に、祖母が飛んで来て頬を両手で包んでくれる。
「寒かったでしょ、こんなに冷たくなって。ほら、早く中へ」
「うん」
「お風呂沸かすから、真理愛ちゃんすぐ入ってね」
コートを脱いで防寒具も外し、部屋の暖気に一息ついた真理愛に、祖父がふと思いついたように話し始めた。
「真理愛ちゃん。星が好きなら、今度天体観測できるところに行かないか? そういう名所ってあるよな、圭亮?」
「ああ。星の綺麗な高原に、天文台が売りの宿とかあった筈だよ」
「あら、いいじゃない! ねぇ、真理愛ちゃん」
盛り上がる家族。祖母の弾んだ声に、真理愛は申し訳なさそうに口を開く。
「……でも、お休みは塾の講習があるから。旅行は無理、かも」
真理愛は中学受験のために、進学塾に通っているのだ。これから受験に向けて忙しくなる一方なのは、塾でも折に触れて予告されている。
「ああ、そうね。今はそれが第一よねぇ」
「じゃあ、受験が終わったらみんなで行こう。合格祝い、な?」
父の提案に、真理愛は笑って頷いた。