翌日、二人組の刑事はまたやって来た。
圭亮はよく眠っている真理愛を病室に残し、看護師に声を掛けて談話コーナーへ向かう。今度は良枝も同席することになった。
「虐待?」
「ええ。真理愛ちゃんは母親の今日子さんに、日常的に虐待を受けていたと推測されます」
「ぎゃ、虐待、って。あんな小さな子を殴ったりとか、あの」
突き付けられた、あまりにも重い事実を受け止めきれない
体の良枝に、刑事は静かに訂正を入れる。
「いえ、そういう身体的なものではなく、養育放棄。所謂ネグレクトと呼ばれるものです。しかし、虐待には違いありません」
「あの、真理愛は栄養失調だって言われたんですけど。今日子が死を考えるような状態だったから、死ぬ前から僕が見つけるまで何も食べられなかった、だけじゃ、なくて?」
「あなたに発見されるまでの数日間、真理愛ちゃんが水以外摂取していないのはまず間違いないそうです」
「はい、それはまあわかる気もするんです。言葉は悪いですけど、それどころじゃなかった、っていうのか。……そういう特殊な状況なら、誰だって」
縋るような思いでようやく口にした圭亮に、刑事の答えは甘いものではなかった。
「交友関係から外出状況を聞く限り、以前から真理愛ちゃんを一人置いて家を空けることは度々あったようなんです。発育状態から見ても、おそらく普段からきちんと食事も与えていなかったのでは、と」
「そんな、酷い……」
良枝の苦しげな声。
「真理愛ちゃんは今、四歳と九か月です。一般的には幼稚園や保育園の年中組、と言うんですかね、それにあたる年齢になります。しかし、調べられる範囲では就園した記録はありません」
「えっと、それって。生まれてからずっとあのマンションの部屋にいた、……今日子に閉じ込められてた、ってことですか?」
圭亮の問いに、刑事は少し考える素振りを見せた。
「それは現時点では何とも言えません。ただ、同じマンションの住人にも、真理愛ちゃんの存在はほとんど知られていなかったようです。少なくとも、『泣き声が聞こえた』『異常を感じた』と言う証言は出て来ていません」
「……小さな子が、赤ちゃんがいたら、普通周りにはわかりますよね? 泣き声もそうですし、公園に連れて行ったりとかで人目につきますから」
遠慮がちに口を挟んだ良枝にも、刑事は肯定も否定も返さない。
「外に連れ出した形跡がなくても、それだけで閉じ込めていたと判断することはできませんから。泣き声にしても、聞こえないからなかったとは言えないでしょう。……単身世帯が多いマンションで、留守にしている部屋も少なくなかったので、すべての住人から聞き取りができたわけではないんです。ですから、今後新たな証言や目撃情報が出て来る可能性はあります」
そのあとすぐに話を終えて帰って行く二人を見送った。
警察案件ということもあるのかは圭亮にはわからなかったが、真理愛には常時の付き添いは不要だった。
圭亮が二人を発見したのは土曜日。
金曜日の夜、仕事を終えて帰宅したところに手紙が届いていたのだ。スマートフォンのアドレスからも今日子のデータは削除していて、直接訪ねる以外に連絡を取る方法もなかった。そもそも、彼女と別れてから何度か機種変更しているのだが。
手紙の内容が気にはなったものの、さすがに何の確証もなく夜遅く動こうとは思えなかった。翌朝に封筒の住所とマンション名を検索して、ルートを調べた上で訪問したのだ。
翌日曜日は一日病院に張り付いていたが、月曜からは普段通りの勤務を続けている。
圭亮は仕事の帰りに毎日病室を訪れ、時間が許す限り真理愛の傍についているように努めた。両親も日々顔を出してくれている。
法的な手続きはこれからだが、圭亮は真理愛を娘として引き取る意思を固めていた。