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1 大家恵太②

ー/ー



 小学六年生、夏休み最後の日。僕はこの日のことを死ぬまで忘れないだろう。
 肌を焼くような太陽をまだ喜べる年頃だった僕は五月蠅いほど響くセミの鳴き声なんて気にもしないでほぼ毎日小学校近くの山の中まで遊びに出かけていた。自転車をこぎ、広がる一面の田園風景の中を突っ切る。視界を遮るものがないから基本的に止まることは一度もなく僕はぬるい風を受け続けた。
 小学校の側を通りすぎて山に入ると少し急な道路が続いている。僕はそれまで三だったギアを一にして坂道に備えた。それまで重かったペダルが一気に軽くなり勢い余って凄い速度で僕の脚が回転した。
 しばらく道なりに進んでいくと、それまで通りコンクリートで舗装された路と森に続く草木が生い茂った舗装されていない路の分かれ道が見えてくる。僕は一度自転車を止めて車が来ないことを確認すると道路を横切って舗装されていない方へと入った。すぐ奥には軽トラックが横付けされている瓦屋根の一軒家があって、僕の目的地はそのさらに奥に進んで森の中に入ったところにあった。
 舗装された道路の方は車の通りがそこそこ多いが、こっち側に車が来ることはほぼなく、自転車を走らせるにつれて人の気配は全くしなくなってくる。というのも、ここから先にあるものと言ったら小さい祠くらいで倉石村で暮らす人でもこんなところにまで来る物好きはほとんどいないからだ。それに道を照らすライトも設置されていいないから陽が沈むと暗くてほとんど見えない。そんなわけでこれより先に一人で進むのは僕にとって少し勇気がいることで、人の存在を感じるこの家をセーブ地点のように感じていた。
 気合を入れて肺を満たしていた空気を口から思いっきり吐き出すと、僕は軽いペダルを思いっ切り踏み込んだ。
 木々の間を通る風が山に広がる草や土の匂いを運んでさっきよりも涼しく感じる。何度見ても落ち着く道を数分走り続けると、生い茂った葉っぱが日光を遮って少しだけ見えやすくなった視界に並んで止まっている自転車が数台映った。僕もその整列を崩さないように並べて端っこに自転車を止めた。僕のを除くと自転車の数は四台。ビリじゃなかったことにほっとすると、暑さとは違う理由で出た汗を拭って木々の間を歩き始めた。
 いつもビリの人は次の日になにか罰ゲームが待っている。その罰ゲームを考えるのは一番早く来た人で、それが誰かによって罰ゲームの当たりはずれがあった。特に香織の考える罰ゲームはかなり過酷で、体力自慢している康介がヒイヒイ言う姿をこの夏休みで何度も見てきた。僕はそれが嫌で誰よりも早く秘密基地に着くように努力していたのだが、今日は家を出る直前に琴音の我儘に付き合わされたせいで危うくビリになるところだった。
 歩くには急な坂道をゆっくり膝の上に手のひらを押し付けながら登っていると誰かが自転車を走らせてくる音が聞こえてきた。ジャーッとペダルをこぐのを止めたときに聞こえるゼンマイを巻くような音だ。そのあと、キーッとブレーキをかける音が聞こえた瞬間、僕は腕を精一杯動かして地面を蹴った。
 息を荒げながら油断すると転んでしまいそうな道を注意しながら登っていくと、ひらけた空間に大きな木が聳え立っているのが見えてきた。ようやくたどり着いて少し歩きながら呼吸を整えていると僕を呼ぶ声が聞こえてきて、地面に向いていた視線を前に向けた。巨木の根元に見知った顔の四人が屯している。男の子が一人と女の子が三人。さっき見かけた自転車から予想していた通りだ。
 僕は四人の方へ歩きながら声をかけた。
「みんな早すぎだよ。一番はだれ?」
「わたし!」
 女の子のうちの一人が満足そうに手を上げた。さっき僕のことを呼んだのもこの香織だ。
「これで十回目だろ?もう罰ゲーム考えるのも飽きたんじゃない?」
「そうでもないよ。する人だって結構違うし。そもそも罰ゲーム受けたことない人だっているしね」
 そういうと香織は僕の顔をジーッと見つめて残念そうにため息をついた。
「今日はかなり期待してたんだけどなあ。恵太くんが遅れてくるの。というか珍しく遅れてきたのは何かあったの?」
「行く直前に琴音がわがまま言ってさ……そのせいでね」
「なるほどね。まあそんなことだと思ってたよ。康介くんならまだしも恵太くんが遅いのはなにか理由があるってね」
 納得したように頷く香織を見て、康介は手に持っていたバドミントンのラケットを回すのを止めた。
「俺ならまだしもってどういうことだ」
「普段の行いでしょ」
 不服そうに口をとがらせていた康介に綾奈はピシャリと言い放った。
「コウくんは遅れてくる回数一番多いからってことだよね?カオちゃん」
 綾奈は僕らの名前の上二文字だけを呼ぶ。これは仲のいい人にしか使わないみたいで僕ら以外に使っているところは見たことがない。僕もケイくんなんて呼ばれているが、正直そんなふうに呼ばれると少しムズ痒く感じることもあった。
 香織は綾奈の言ったことに頷いた。
「おかげで康介くんに罰ゲームするの飽きちゃうところだったよ」
 香織がいたずらっ子のようにウシシと笑うと康介は「ふーん」と言ってそれを見た。
「飽きるんだったら俺がビリのときは別に罰ゲームしなくてもいいんだぞ?」
「えー?どうしようかなあ」
「罰ゲームしてあげなきゃだめだよ」
 悩む素振りを見せて反応を楽しむ香織に綾奈が康介に寄り添うような口調をした。
「どうして?」
「もしまた遅れてくることがあったらそれはもう一回カオちゃんの罰ゲームを受けたいってことだよ。本当に嫌だったら遅れないようにするもん」
「なるほど!」
「罰ゲームを受けたいなんて言えないよね。だから次遅れてきたときは遠慮なく罰ゲームをさせてあげないと可哀そうだよ」
「康介くんったら恥ずかしがり屋だなあ」
 そんな会話をしながら高笑いする二人は康介からしたら悪魔のように見えているに違いない。再びラケットをくるくる回しながらしている苦虫を潰したような表情がそう物語っていた。
 この香織と綾奈の悪ノリは僕らの中では何度も見る光景だ。僕らの中で、というのは少なくとも学校では見たことがないからだった。香織は学校でも特に変わらず気さくな感じでクラスメイトと話しているが、綾奈は学級委員をする所謂優等生でこうしたふざけた態度をとることはない。いつもニコニコしていてクラスメイトや先生、ひいては村の大人たちにまで好かれている様子は彼女の可愛らしい見た目も相まってまるでおとぎ話に出てくるお姫様のようだった。
 だからこうやって遊ぶようになるまでは少し近づきにくかったし、遊ぶようになってからこんなに仲良くなれるとは思ってもいなかった。意外と話しやすくて僕も綾奈と話すのは好きだったのだが、二人の悪ノリで被害を被るのは僕か康介のどちらかのことが多くて、いつもの笑顔でいたずらっ子のように話すのを見ると毎回自分に意識が向いていないこと願ってその時ばかりは身を潜めていた。授業で先生に指名されないことを祈る感覚に近いかもしれない。
 今回は康介が犠牲になったが、このあと飛び火してくるかもしれないと思って静かに様子を見守っていると後ろからトントンと肩を叩かれた。
「どうしたの?」
 僕の肩を叩いたのは結衣だった。自分の体くらいあるウサギのぬいぐるみを両腕に抱えて、顔の半分を隠したウサギの頭から目だけを覗かせている。
「あの……来るとき……すれ違ったりとかしなかった?」
 結衣はかなりの恥ずかしがり屋でいつも小さい声でぼそぼそと自信なさげに話す。それに加えて口元に抱きかかえたぬいぐるみが押し付けられているせいで耳を結衣の方に向けて少し近づかないと声を聞くことが出来なかった。
「すれちがう?」
 僕が確認のために尋ねると結衣はコクコクと首を縦に振った。
「誰と?」
「……彰」
「なんで?」
「だって……私たちが来るとき……彰が学校の近くにいるの見たから」
 私たちというのは結衣と綾奈のことだろう。二人が住む家は隣同士になっていて家族ぐるみの付き合いなのだそうだ。そういうわけで産まれたときから姉妹のように育ったからか、何をするにしても結衣と綾奈は二人で行動することが多くて秘密基地に来るのも毎回一緒だった。
「二人とも見たの?」
「綾奈は……気づいてなかったと思う……一瞬だったし」
「へえ……見間違いじゃなくて?そんな一瞬だったならさ」
「……そうかな」
「そうじゃないの?だってさ、罰ゲーム受ける可能性あるのにわざわざ小学校による意味ってなにさ。そんなの秘密基地着いてからやればいいことなのに」
「でも……うーん……そうなのかなあ」
 僕の言ったことに納得しつつも自分の見たものには自信があるみたいで、結衣は唸りながら首を傾げた。
 僕としては自分が直接見ていないものだし、彰が学校にいたかなんて正直どうでもよくて、それよりも今日は何をして遊ぶのだろうとか自分が好きなことだったらどんなふうにしようとかそんなことで頭がいっぱいで、彰が来るのを今か今かと待ちわびていた。
 待っている時間というのはいつもより長く感じて、実際には結衣と会話してから三十秒ほどで来たのが僕には五分くらい待ったような気がした。
「待たせたね」
 ようやく来た彰は息切れ一つなく少し申し訳なさそうに笑みを浮かべている。山を登る僕の後ろで自転車を止めたのはやはり彰だった。でも、今の様子から見るに僕のように急いで登ったというわけではなくゆっくり歩いてきたという感じだ。
「そうだぞ!人を待たせて。ずいぶんとゆっくりだったじゃないか」
「コウくんに言われたくないんじゃない?」
 自分よりも彰が遅く来て嬉しそうに立ち上がった康介を見て綾奈は呆れたように言った。
「ごめんごめん。こんなに遅れるつもりじゃなかったんだよ」
「何かあったの?」
「ちょっと寄り道をね」
 香織の問いに対する彰の返答を聞いて結衣がぼそっとつぶやいた。
「……小学校?」
「なんでわかったの?」
「……見かけたから」
 彰の驚いた様子を見て結衣は嬉しそうに目を細めると、ほれ見たことかと言わんばかりに僕の脇腹をつついた。くすぐったくて体を少し捩る。
「誰にも見られてないと思ってたんだけど」
「わざわざ学校に行ってまでなにしてたんだ?罰ゲーム受けてまでさ」
「そんな大したことしてないよ。時間つぶしみたいな。この調子でいくと秘密基地に早く着いちゃうと思ってね。それじゃあ面白くないでしょ?だから寄り道してたんだけどみんな思ってたより早くて」
 困っちゃうなあ、と言って笑う彰を見てなんとなく嘘くさいなあと思ったが僕はそれを口にしないで自分の質問の答えに納得することにして頷いた。
「ユイちゃん、アキくんのこと見かけたの!?教えてくれれば良かったのに!」
 少し離れた場所で康介となにやら言い合っていた綾奈が遅れて結衣の言葉に反応した。さっきから所々聞こえてきていたが、康介が今日は二番目に着いたことを誇らしげにして自慢していたのに苛立っていたみたいでそれでと刺々しい態度をとっていたみたいだ。それに対いて康介も自分より遅く来たことを煽るものだからなかなか言い合いが終わらず、結局それに疲れた綾奈がこっちの会話に混ざってきたというようだった。
「ごめんね……でもちゃんと見たわけじゃなかったから」
「まあいいんだけどさ」
 申し訳なさそうに俯いている様子に、仕方ないなあと綾奈が笑うと結衣の頭を撫でた。嬉しいのか照れ臭いのか分からないが結衣はそのままぬいぐるみに顔を埋めた。
「ビリ取るつもりはなかったんだけどなあ。ま、いっか。今日の一位はだれ?」
 彰は腰に手を当てて空を仰いでいたがその口調から悔しさとかは感じられず、むしろ少し楽しみにしているようだ。僕は無言で香織の方を向くと、自分の顔を指さして自慢げに笑っているのが見えた。彰もなんとなく予想していたようで特に驚いたといった様子もなく、ただ頷くだけだった。
「相変わらず早いね。飽きない?」
「よく言われるけど全然だよ。彰くんにするのは初めてだし、恵太くんにも出来てないしね」
「確かに。それにしても凄いね、恵太は。一人だけじゃないか?罰ゲーム受けてないの」
 まあね、と短く答えて有頂天になるのを堪えたが、抑えきれずに口元が緩んでしまう。彰にこうやって褒められると嬉しくていつも誇らしい気分になった。
「でも康介くんに関して言えば彰くんの言う通りかもね。私が作った罰ゲームの半分以上は康介くんが受けてるから」
「あははは。そういえばそうだ。康介は間違いなくワースト一位だよね。昨日もビリじゃなかった?」
「そうだよ。昨日はユイちゃんが一番だったから、色々一緒に考えたよね」
「……うん!……みんな集まったし……そろそろ罰ゲームしたいなって思ってたんだけど」
 結衣が困ったように巨木の方にチラッと目をやったので僕らもそっちを見ると座っていたはずの康介の姿が見当たらなくなっていた。辺りを見回してみてもどこにもいない。
「あれ!?さっきまで一緒に話してたのに!」
 綾奈が驚いて不思議そうに言った。僕らが会話に夢中になっている間にどこかに行ってしまったのだろうか。それとも忘れ物か何かに気付いて一旦帰ったのだろうか。誰かに連れ去られたという可能性もなくはなかったがこの村で康介にそんなことをする人間がいるとは考えにくいし、そもそもそんなことがあれば僕らだって気付くはずだ。
 とにかく、理由が何であれ僕らが康介を探さない理由はない。ふと彰の方を見ると少し俯きながら顎に手を当てて静かに考えているようで、少しして顔を上げるといつものようににこやかに笑った。
「どうする?彰」
 堪えきれずに聞くと彰は僕の方を向いて答えた。
「多分すぐ見つかると思うけど一応探してみようか」
「すぐ見つかるってどういうこと?」
「康介がいなくなったのは大した理由じゃないってことだよ」
「忘れ物をしたとか?」
 香織も僕と同じことを考えていたみたいで気になっていたことを訊いてくれた。
「その可能性もあるから自転車を見に行ってみよう。そうすれば帰ってるか分かるから」
「そんなふうに言うってことは違うってこと?」
「なにと?」
「アキくんの予想とカオちゃんの予想」
「違うよ」
「ふーん……」
 どうやら綾奈は僕や香織と同じ予想だったみたいで、彰と考えが合わなかったのがあんまり気に食わないみたいだ。頬を膨らませて少し残念そうにする綾奈はそんなにもその予想に自信を持っていたのだろうか。
「結衣ちゃんは康介くんがどこにいると思う?」
 香織のその質問を全く予想していなかったのか、聞かれた途端慌てたように目をキョロキョロさせると結衣は少し考えてから口を開いた。
「……綾奈と同じ……一回帰っちゃったんじゃないかな……」
「そっか。じゃあ恵太くん」
「僕も三人の考えに近いかな。他に康介が行きそうな場所もないし」
「それなら四人で自転車見に行って来たら?それで戻ってきたら僕の考えを教えるよ。どう?その方が面白いと思うけど」
「いいね。そうしようよ」
 香織が賛成すると綾奈も頷く。本当はもう少し考えていたかったけど香織たちの答えるスピードが速くて全然そんな余裕はなかった。一緒に行かないという選択肢はないような気がして仕方なく「分かった」と答えた。
「結衣もそれでいい?」
「………うん」
「じゃあ、行ってらっしゃい。結果楽しみに待ってるよ」
 いつもよりも結衣の歯切れが悪く感じたが別にいま気にするほどでもなく、そのまま僕らが登ってきた方へと四人で歩き始めた。途中で返ってみると、彰は置いてある椅子に座っている。
「恵太くん。先行くよ」
 香織が立ち止まっている僕に声をかけてくる。僕が見ているのに気付いたからか彰は手を振ってきたのだが、それに手を振り返すというのもなんか違う気がして再び背を向けると先を行く女子三人組を追いかけるために走り出した。


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 小学六年生、夏休み最後の日。僕はこの日のことを死ぬまで忘れないだろう。
 肌を焼くような太陽をまだ喜べる年頃だった僕は五月蠅いほど響くセミの鳴き声なんて気にもしないでほぼ毎日小学校近くの山の中まで遊びに出かけていた。自転車をこぎ、広がる一面の田園風景の中を突っ切る。視界を遮るものがないから基本的に止まることは一度もなく僕はぬるい風を受け続けた。
 小学校の側を通りすぎて山に入ると少し急な道路が続いている。僕はそれまで三だったギアを一にして坂道に備えた。それまで重かったペダルが一気に軽くなり勢い余って凄い速度で僕の脚が回転した。
 しばらく道なりに進んでいくと、それまで通りコンクリートで舗装された路と森に続く草木が生い茂った舗装されていない路の分かれ道が見えてくる。僕は一度自転車を止めて車が来ないことを確認すると道路を横切って舗装されていない方へと入った。すぐ奥には軽トラックが横付けされている瓦屋根の一軒家があって、僕の目的地はそのさらに奥に進んで森の中に入ったところにあった。
 舗装された道路の方は車の通りがそこそこ多いが、こっち側に車が来ることはほぼなく、自転車を走らせるにつれて人の気配は全くしなくなってくる。というのも、ここから先にあるものと言ったら小さい祠くらいで倉石村で暮らす人でもこんなところにまで来る物好きはほとんどいないからだ。それに道を照らすライトも設置されていいないから陽が沈むと暗くてほとんど見えない。そんなわけでこれより先に一人で進むのは僕にとって少し勇気がいることで、人の存在を感じるこの家をセーブ地点のように感じていた。
 気合を入れて肺を満たしていた空気を口から思いっきり吐き出すと、僕は軽いペダルを思いっ切り踏み込んだ。
 木々の間を通る風が山に広がる草や土の匂いを運んでさっきよりも涼しく感じる。何度見ても落ち着く道を数分走り続けると、生い茂った葉っぱが日光を遮って少しだけ見えやすくなった視界に並んで止まっている自転車が数台映った。僕もその整列を崩さないように並べて端っこに自転車を止めた。僕のを除くと自転車の数は四台。ビリじゃなかったことにほっとすると、暑さとは違う理由で出た汗を拭って木々の間を歩き始めた。
 いつもビリの人は次の日になにか罰ゲームが待っている。その罰ゲームを考えるのは一番早く来た人で、それが誰かによって罰ゲームの当たりはずれがあった。特に香織の考える罰ゲームはかなり過酷で、体力自慢している康介がヒイヒイ言う姿をこの夏休みで何度も見てきた。僕はそれが嫌で誰よりも早く秘密基地に着くように努力していたのだが、今日は家を出る直前に琴音の我儘に付き合わされたせいで危うくビリになるところだった。
 歩くには急な坂道をゆっくり膝の上に手のひらを押し付けながら登っていると誰かが自転車を走らせてくる音が聞こえてきた。ジャーッとペダルをこぐのを止めたときに聞こえるゼンマイを巻くような音だ。そのあと、キーッとブレーキをかける音が聞こえた瞬間、僕は腕を精一杯動かして地面を蹴った。
 息を荒げながら油断すると転んでしまいそうな道を注意しながら登っていくと、ひらけた空間に大きな木が聳え立っているのが見えてきた。ようやくたどり着いて少し歩きながら呼吸を整えていると僕を呼ぶ声が聞こえてきて、地面に向いていた視線を前に向けた。巨木の根元に見知った顔の四人が屯している。男の子が一人と女の子が三人。さっき見かけた自転車から予想していた通りだ。
 僕は四人の方へ歩きながら声をかけた。
「みんな早すぎだよ。一番はだれ?」
「わたし!」
 女の子のうちの一人が満足そうに手を上げた。さっき僕のことを呼んだのもこの香織だ。
「これで十回目だろ?もう罰ゲーム考えるのも飽きたんじゃない?」
「そうでもないよ。する人だって結構違うし。そもそも罰ゲーム受けたことない人だっているしね」
 そういうと香織は僕の顔をジーッと見つめて残念そうにため息をついた。
「今日はかなり期待してたんだけどなあ。恵太くんが遅れてくるの。というか珍しく遅れてきたのは何かあったの?」
「行く直前に琴音がわがまま言ってさ……そのせいでね」
「なるほどね。まあそんなことだと思ってたよ。康介くんならまだしも恵太くんが遅いのはなにか理由があるってね」
 納得したように頷く香織を見て、康介は手に持っていたバドミントンのラケットを回すのを止めた。
「俺ならまだしもってどういうことだ」
「普段の行いでしょ」
 不服そうに口をとがらせていた康介に綾奈はピシャリと言い放った。
「コウくんは遅れてくる回数一番多いからってことだよね?カオちゃん」
 綾奈は僕らの名前の上二文字だけを呼ぶ。これは仲のいい人にしか使わないみたいで僕ら以外に使っているところは見たことがない。僕もケイくんなんて呼ばれているが、正直そんなふうに呼ばれると少しムズ痒く感じることもあった。
 香織は綾奈の言ったことに頷いた。
「おかげで康介くんに罰ゲームするの飽きちゃうところだったよ」
 香織がいたずらっ子のようにウシシと笑うと康介は「ふーん」と言ってそれを見た。
「飽きるんだったら俺がビリのときは別に罰ゲームしなくてもいいんだぞ?」
「えー?どうしようかなあ」
「罰ゲームしてあげなきゃだめだよ」
 悩む素振りを見せて反応を楽しむ香織に綾奈が康介に寄り添うような口調をした。
「どうして?」
「もしまた遅れてくることがあったらそれはもう一回カオちゃんの罰ゲームを受けたいってことだよ。本当に嫌だったら遅れないようにするもん」
「なるほど!」
「罰ゲームを受けたいなんて言えないよね。だから次遅れてきたときは遠慮なく罰ゲームをさせてあげないと可哀そうだよ」
「康介くんったら恥ずかしがり屋だなあ」
 そんな会話をしながら高笑いする二人は康介からしたら悪魔のように見えているに違いない。再びラケットをくるくる回しながらしている苦虫を潰したような表情がそう物語っていた。
 この香織と綾奈の悪ノリは僕らの中では何度も見る光景だ。僕らの中で、というのは少なくとも学校では見たことがないからだった。香織は学校でも特に変わらず気さくな感じでクラスメイトと話しているが、綾奈は学級委員をする所謂優等生でこうしたふざけた態度をとることはない。いつもニコニコしていてクラスメイトや先生、ひいては村の大人たちにまで好かれている様子は彼女の可愛らしい見た目も相まってまるでおとぎ話に出てくるお姫様のようだった。
 だからこうやって遊ぶようになるまでは少し近づきにくかったし、遊ぶようになってからこんなに仲良くなれるとは思ってもいなかった。意外と話しやすくて僕も綾奈と話すのは好きだったのだが、二人の悪ノリで被害を被るのは僕か康介のどちらかのことが多くて、いつもの笑顔でいたずらっ子のように話すのを見ると毎回自分に意識が向いていないこと願ってその時ばかりは身を潜めていた。授業で先生に指名されないことを祈る感覚に近いかもしれない。
 今回は康介が犠牲になったが、このあと飛び火してくるかもしれないと思って静かに様子を見守っていると後ろからトントンと肩を叩かれた。
「どうしたの?」
 僕の肩を叩いたのは結衣だった。自分の体くらいあるウサギのぬいぐるみを両腕に抱えて、顔の半分を隠したウサギの頭から目だけを覗かせている。
「あの……来るとき……すれ違ったりとかしなかった?」
 結衣はかなりの恥ずかしがり屋でいつも小さい声でぼそぼそと自信なさげに話す。それに加えて口元に抱きかかえたぬいぐるみが押し付けられているせいで耳を結衣の方に向けて少し近づかないと声を聞くことが出来なかった。
「すれちがう?」
 僕が確認のために尋ねると結衣はコクコクと首を縦に振った。
「誰と?」
「……彰」
「なんで?」
「だって……私たちが来るとき……彰が学校の近くにいるの見たから」
 私たちというのは結衣と綾奈のことだろう。二人が住む家は隣同士になっていて家族ぐるみの付き合いなのだそうだ。そういうわけで産まれたときから姉妹のように育ったからか、何をするにしても結衣と綾奈は二人で行動することが多くて秘密基地に来るのも毎回一緒だった。
「二人とも見たの?」
「綾奈は……気づいてなかったと思う……一瞬だったし」
「へえ……見間違いじゃなくて?そんな一瞬だったならさ」
「……そうかな」
「そうじゃないの?だってさ、罰ゲーム受ける可能性あるのにわざわざ小学校による意味ってなにさ。そんなの秘密基地着いてからやればいいことなのに」
「でも……うーん……そうなのかなあ」
 僕の言ったことに納得しつつも自分の見たものには自信があるみたいで、結衣は唸りながら首を傾げた。
 僕としては自分が直接見ていないものだし、彰が学校にいたかなんて正直どうでもよくて、それよりも今日は何をして遊ぶのだろうとか自分が好きなことだったらどんなふうにしようとかそんなことで頭がいっぱいで、彰が来るのを今か今かと待ちわびていた。
 待っている時間というのはいつもより長く感じて、実際には結衣と会話してから三十秒ほどで来たのが僕には五分くらい待ったような気がした。
「待たせたね」
 ようやく来た彰は息切れ一つなく少し申し訳なさそうに笑みを浮かべている。山を登る僕の後ろで自転車を止めたのはやはり彰だった。でも、今の様子から見るに僕のように急いで登ったというわけではなくゆっくり歩いてきたという感じだ。
「そうだぞ!人を待たせて。ずいぶんとゆっくりだったじゃないか」
「コウくんに言われたくないんじゃない?」
 自分よりも彰が遅く来て嬉しそうに立ち上がった康介を見て綾奈は呆れたように言った。
「ごめんごめん。こんなに遅れるつもりじゃなかったんだよ」
「何かあったの?」
「ちょっと寄り道をね」
 香織の問いに対する彰の返答を聞いて結衣がぼそっとつぶやいた。
「……小学校?」
「なんでわかったの?」
「……見かけたから」
 彰の驚いた様子を見て結衣は嬉しそうに目を細めると、ほれ見たことかと言わんばかりに僕の脇腹をつついた。くすぐったくて体を少し捩る。
「誰にも見られてないと思ってたんだけど」
「わざわざ学校に行ってまでなにしてたんだ?罰ゲーム受けてまでさ」
「そんな大したことしてないよ。時間つぶしみたいな。この調子でいくと秘密基地に早く着いちゃうと思ってね。それじゃあ面白くないでしょ?だから寄り道してたんだけどみんな思ってたより早くて」
 困っちゃうなあ、と言って笑う彰を見てなんとなく嘘くさいなあと思ったが僕はそれを口にしないで自分の質問の答えに納得することにして頷いた。
「ユイちゃん、アキくんのこと見かけたの!?教えてくれれば良かったのに!」
 少し離れた場所で康介となにやら言い合っていた綾奈が遅れて結衣の言葉に反応した。さっきから所々聞こえてきていたが、康介が今日は二番目に着いたことを誇らしげにして自慢していたのに苛立っていたみたいでそれでと刺々しい態度をとっていたみたいだ。それに対いて康介も自分より遅く来たことを煽るものだからなかなか言い合いが終わらず、結局それに疲れた綾奈がこっちの会話に混ざってきたというようだった。
「ごめんね……でもちゃんと見たわけじゃなかったから」
「まあいいんだけどさ」
 申し訳なさそうに俯いている様子に、仕方ないなあと綾奈が笑うと結衣の頭を撫でた。嬉しいのか照れ臭いのか分からないが結衣はそのままぬいぐるみに顔を埋めた。
「ビリ取るつもりはなかったんだけどなあ。ま、いっか。今日の一位はだれ?」
 彰は腰に手を当てて空を仰いでいたがその口調から悔しさとかは感じられず、むしろ少し楽しみにしているようだ。僕は無言で香織の方を向くと、自分の顔を指さして自慢げに笑っているのが見えた。彰もなんとなく予想していたようで特に驚いたといった様子もなく、ただ頷くだけだった。
「相変わらず早いね。飽きない?」
「よく言われるけど全然だよ。彰くんにするのは初めてだし、恵太くんにも出来てないしね」
「確かに。それにしても凄いね、恵太は。一人だけじゃないか?罰ゲーム受けてないの」
 まあね、と短く答えて有頂天になるのを堪えたが、抑えきれずに口元が緩んでしまう。彰にこうやって褒められると嬉しくていつも誇らしい気分になった。
「でも康介くんに関して言えば彰くんの言う通りかもね。私が作った罰ゲームの半分以上は康介くんが受けてるから」
「あははは。そういえばそうだ。康介は間違いなくワースト一位だよね。昨日もビリじゃなかった?」
「そうだよ。昨日はユイちゃんが一番だったから、色々一緒に考えたよね」
「……うん!……みんな集まったし……そろそろ罰ゲームしたいなって思ってたんだけど」
 結衣が困ったように巨木の方にチラッと目をやったので僕らもそっちを見ると座っていたはずの康介の姿が見当たらなくなっていた。辺りを見回してみてもどこにもいない。
「あれ!?さっきまで一緒に話してたのに!」
 綾奈が驚いて不思議そうに言った。僕らが会話に夢中になっている間にどこかに行ってしまったのだろうか。それとも忘れ物か何かに気付いて一旦帰ったのだろうか。誰かに連れ去られたという可能性もなくはなかったがこの村で康介にそんなことをする人間がいるとは考えにくいし、そもそもそんなことがあれば僕らだって気付くはずだ。
 とにかく、理由が何であれ僕らが康介を探さない理由はない。ふと彰の方を見ると少し俯きながら顎に手を当てて静かに考えているようで、少しして顔を上げるといつものようににこやかに笑った。
「どうする?彰」
 堪えきれずに聞くと彰は僕の方を向いて答えた。
「多分すぐ見つかると思うけど一応探してみようか」
「すぐ見つかるってどういうこと?」
「康介がいなくなったのは大した理由じゃないってことだよ」
「忘れ物をしたとか?」
 香織も僕と同じことを考えていたみたいで気になっていたことを訊いてくれた。
「その可能性もあるから自転車を見に行ってみよう。そうすれば帰ってるか分かるから」
「そんなふうに言うってことは違うってこと?」
「なにと?」
「アキくんの予想とカオちゃんの予想」
「違うよ」
「ふーん……」
 どうやら綾奈は僕や香織と同じ予想だったみたいで、彰と考えが合わなかったのがあんまり気に食わないみたいだ。頬を膨らませて少し残念そうにする綾奈はそんなにもその予想に自信を持っていたのだろうか。
「結衣ちゃんは康介くんがどこにいると思う?」
 香織のその質問を全く予想していなかったのか、聞かれた途端慌てたように目をキョロキョロさせると結衣は少し考えてから口を開いた。
「……綾奈と同じ……一回帰っちゃったんじゃないかな……」
「そっか。じゃあ恵太くん」
「僕も三人の考えに近いかな。他に康介が行きそうな場所もないし」
「それなら四人で自転車見に行って来たら?それで戻ってきたら僕の考えを教えるよ。どう?その方が面白いと思うけど」
「いいね。そうしようよ」
 香織が賛成すると綾奈も頷く。本当はもう少し考えていたかったけど香織たちの答えるスピードが速くて全然そんな余裕はなかった。一緒に行かないという選択肢はないような気がして仕方なく「分かった」と答えた。
「結衣もそれでいい?」
「………うん」
「じゃあ、行ってらっしゃい。結果楽しみに待ってるよ」
 いつもよりも結衣の歯切れが悪く感じたが別にいま気にするほどでもなく、そのまま僕らが登ってきた方へと四人で歩き始めた。途中で返ってみると、彰は置いてある椅子に座っている。
「恵太くん。先行くよ」
 香織が立ち止まっている僕に声をかけてくる。僕が見ているのに気付いたからか彰は手を振ってきたのだが、それに手を振り返すというのもなんか違う気がして再び背を向けると先を行く女子三人組を追いかけるために走り出した。