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1 大家恵太①

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 夏は朝の始まりが早い。五時くらいにはすでに陽が昇っていて、六時にもなると三十度近くまで気温が上がる。ただでさえこの時期になるとあの頃の夢を見るというのにこの暑さでは眠りが浅くなって疲れが取れるどころか溜まっているような気さえする。電気代を気にしてエアコンにタイマーをかけるが、消えては目が覚めてまたエアコンをつける。この繰り返し。結局寝るのを諦めて二時くらいから椅子に座ってぼんやりしているというのがいつもの流れだった。  
 雨戸を閉めているから外の様子を見ることが出来ず、時間を確認するには壁に掛けてあった時計を見る必要があった。針を使ったアナログのものではなく、数字で時間が記されるデジタル時計で時刻のほかにも日付や曜日、湿度に天気まで分かる優れモノだ。八月八日土曜日、午前五時五十二分。スマホでかけた目覚ましが鳴るまであと八分。
 高校は夏休みに入っていて本来であればこんなに早く目覚ましを鳴らす必要はない。だが僕らは高校三年生になって受験勉強に精を出さなくてはいけない時期だ。幸いなことに夏休み期間でも学校は解放されていて勉強しに行くことが出来た。家には誘惑が多くて集中することが出来ないことも多い。それに、暗い部屋で長い間一人で椅子に座っているのは苦痛以外の何物でもなかった。そういうわけで僕は夏休みに入ってから毎日、まるで授業があるかのように朝早くから登校していた。
 耳を澄ませてみるとそれまでキジバトや蝉の鳴く声しか聞こえなかったのが、階下から誰かが廊下を歩く音がしているのに気付いた。一階で寝ているのは父と母だ。暑さのせいで目が覚めたのだろうか。少なくとも僕のために朝食を作ってくれるというわけではないことだけは分かっていた。親はせっかくの休みであればゆっくりと休んでいたい人だし、僕も別に自分のペースに合わせてほしいとは考えていない。だから夏休みに入ってからは自分の分の朝食は自分で作ることが家族の中で当たり前になっていた。だが妹の琴音だけは少し例外と言ってもいいかもしれない。琴音は誰かが起きてきたらそのタイミングで同時に起きる。そうすることで他のだれかにご飯を作ってもらっていた。三歳下の妹はそういうのが上手だった。
 時計を見ると五時五十九分という数字が目に入った。僕は少し遠くにあったスマホを取ってそのまま鳴ってもいないアラームを解除した。そのまま布団を片付けないでドアをゆっくりと開ける。さっきまで聞こえていた階下の物音の代わりにかすかに換気扇の音がしていた。すぐ隣にある琴音の部屋からは何の物音もせず、起きているのか寝ているのか分からない。とにかく僕は物音を立てないように部屋から出ると、ゆっくりと階段を下りて行った。



 僕が暮らしている地域には学校が小学校までしかなく、中学生になってからは隣町にある学校に通う必要があった。隣町はこの辺り一帯の中で一番栄えている場所で上を山に、下を海に囲まれているという特徴を持つ温泉街だった。その山の向こう側にはいくつかの村があり、そこで暮らしている人たちがよく出入りしていて、住民の中には隣町も実質村の延長上の様なものとしてとらえている人が多かったと思う。とはいえ隣町に入るには山を越えることは避けられないもので、僕の住む倉石村は町まで自転車で行くのに三十分以上必要だった。
 そんなわけで夏休みにわざわざ学校まで来る人が少ないかと言えば全くそんなことはなく、むしろ休み前となんら変わることのない光景が教室に広がっていた。幼いころから遊びに遊びまくった地元ではもはややることはなく、学校に来て友達と話した方がいいのだろう。昼には教室が賑やかになって勉強どころではなくなっていた。あっちこっちで昨日みたテレビの話やら今日は何をしようやらそういった会話が聞こえて騒がしい。
 僕は手を止めて勉強していたテキストを閉じ、そのまま机に突っ伏した。この空間が鬱陶しいのであれば学校から別の場所へ移動すべきというのは分かっていたが、そうする必要がないことも僕には分かっていた。あと一、二時間でもしたらここにいる大半の生徒たちは学校から出て町へと繰り出す。そうなったら教室はまた勉強に適した空間に戻るのだ。制服を着て学校に来ているからと言って勉強したいと考えている人はほとんどいないだろう。そもそも僕だって好きで勉強しているわけじゃない。だが、制服を着て学校に行く素振りを見せれば誰にも文句を言われず町に堂々と来ることが出来るのだ。夏休みで遊び盛りの高校生たちがこれを利用しない手はない。僕は教室に入る人数が減るまでただ待っていればいいだけだった。
 本来であればだれかと話して時間を潰せたらいいのだろうが、生憎、今の僕にはそうやって気軽に話せる人がいなかった。今のと言ったのは普通に学校生活を送るうえで会話することはよくあるからだ。今学校に来ている人たちは基本的に遊ぶ約束をして待ち合わせのために教室にいる。そうやってこれから約束している誰かと遊びます、という人に話しかけたいとは思えなかった。下手に話しかけて会話が弾んでしまったりでもしたら嫌だし、万が一誘われでもしたら断わる必要が出てくる。それに僕の様な人間がまた友達を作るというのは考えられないし、僕は一人でいた方がいいのだと思う。だからこうして顔を突っ伏して時間が経つのを待つことで気が楽だった。
 しばらく目を閉じていると徐々に聞こえてくる音がぼんやりとしてくるのに気付いた。それもそのはずだ。今日もほとんど寝れていない。こんな状況なのだから絶対にこのまま寝てしまうだろう。どうせまた夢を見て苦しくなって目が覚める。それが分かっているのに眠気に逆らえないということが僕の胸をきつく締め付ける。微睡んで心地いいのと眠ることへの抵抗で気持ち悪いのとで僕の頭の中はぐちゃぐちゃだ。どうして夢を見るのだろう。見たくなんかないのに。そこで僕の意識はプツンと途切れた。


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 夏は朝の始まりが早い。五時くらいにはすでに陽が昇っていて、六時にもなると三十度近くまで気温が上がる。ただでさえこの時期になるとあの頃の夢を見るというのにこの暑さでは眠りが浅くなって疲れが取れるどころか溜まっているような気さえする。電気代を気にしてエアコンにタイマーをかけるが、消えては目が覚めてまたエアコンをつける。この繰り返し。結局寝るのを諦めて二時くらいから椅子に座ってぼんやりしているというのがいつもの流れだった。  
 雨戸を閉めているから外の様子を見ることが出来ず、時間を確認するには壁に掛けてあった時計を見る必要があった。針を使ったアナログのものではなく、数字で時間が記されるデジタル時計で時刻のほかにも日付や曜日、湿度に天気まで分かる優れモノだ。八月八日土曜日、午前五時五十二分。スマホでかけた目覚ましが鳴るまであと八分。
 高校は夏休みに入っていて本来であればこんなに早く目覚ましを鳴らす必要はない。だが僕らは高校三年生になって受験勉強に精を出さなくてはいけない時期だ。幸いなことに夏休み期間でも学校は解放されていて勉強しに行くことが出来た。家には誘惑が多くて集中することが出来ないことも多い。それに、暗い部屋で長い間一人で椅子に座っているのは苦痛以外の何物でもなかった。そういうわけで僕は夏休みに入ってから毎日、まるで授業があるかのように朝早くから登校していた。
 耳を澄ませてみるとそれまでキジバトや蝉の鳴く声しか聞こえなかったのが、階下から誰かが廊下を歩く音がしているのに気付いた。一階で寝ているのは父と母だ。暑さのせいで目が覚めたのだろうか。少なくとも僕のために朝食を作ってくれるというわけではないことだけは分かっていた。親はせっかくの休みであればゆっくりと休んでいたい人だし、僕も別に自分のペースに合わせてほしいとは考えていない。だから夏休みに入ってからは自分の分の朝食は自分で作ることが家族の中で当たり前になっていた。だが妹の琴音だけは少し例外と言ってもいいかもしれない。琴音は誰かが起きてきたらそのタイミングで同時に起きる。そうすることで他のだれかにご飯を作ってもらっていた。三歳下の妹はそういうのが上手だった。
 時計を見ると五時五十九分という数字が目に入った。僕は少し遠くにあったスマホを取ってそのまま鳴ってもいないアラームを解除した。そのまま布団を片付けないでドアをゆっくりと開ける。さっきまで聞こえていた階下の物音の代わりにかすかに換気扇の音がしていた。すぐ隣にある琴音の部屋からは何の物音もせず、起きているのか寝ているのか分からない。とにかく僕は物音を立てないように部屋から出ると、ゆっくりと階段を下りて行った。



 僕が暮らしている地域には学校が小学校までしかなく、中学生になってからは隣町にある学校に通う必要があった。隣町はこの辺り一帯の中で一番栄えている場所で上を山に、下を海に囲まれているという特徴を持つ温泉街だった。その山の向こう側にはいくつかの村があり、そこで暮らしている人たちがよく出入りしていて、住民の中には隣町も実質村の延長上の様なものとしてとらえている人が多かったと思う。とはいえ隣町に入るには山を越えることは避けられないもので、僕の住む倉石村は町まで自転車で行くのに三十分以上必要だった。
 そんなわけで夏休みにわざわざ学校まで来る人が少ないかと言えば全くそんなことはなく、むしろ休み前となんら変わることのない光景が教室に広がっていた。幼いころから遊びに遊びまくった地元ではもはややることはなく、学校に来て友達と話した方がいいのだろう。昼には教室が賑やかになって勉強どころではなくなっていた。あっちこっちで昨日みたテレビの話やら今日は何をしようやらそういった会話が聞こえて騒がしい。
 僕は手を止めて勉強していたテキストを閉じ、そのまま机に突っ伏した。この空間が鬱陶しいのであれば学校から別の場所へ移動すべきというのは分かっていたが、そうする必要がないことも僕には分かっていた。あと一、二時間でもしたらここにいる大半の生徒たちは学校から出て町へと繰り出す。そうなったら教室はまた勉強に適した空間に戻るのだ。制服を着て学校に来ているからと言って勉強したいと考えている人はほとんどいないだろう。そもそも僕だって好きで勉強しているわけじゃない。だが、制服を着て学校に行く素振りを見せれば誰にも文句を言われず町に堂々と来ることが出来るのだ。夏休みで遊び盛りの高校生たちがこれを利用しない手はない。僕は教室に入る人数が減るまでただ待っていればいいだけだった。
 本来であればだれかと話して時間を潰せたらいいのだろうが、生憎、今の僕にはそうやって気軽に話せる人がいなかった。今のと言ったのは普通に学校生活を送るうえで会話することはよくあるからだ。今学校に来ている人たちは基本的に遊ぶ約束をして待ち合わせのために教室にいる。そうやってこれから約束している誰かと遊びます、という人に話しかけたいとは思えなかった。下手に話しかけて会話が弾んでしまったりでもしたら嫌だし、万が一誘われでもしたら断わる必要が出てくる。それに僕の様な人間がまた友達を作るというのは考えられないし、僕は一人でいた方がいいのだと思う。だからこうして顔を突っ伏して時間が経つのを待つことで気が楽だった。
 しばらく目を閉じていると徐々に聞こえてくる音がぼんやりとしてくるのに気付いた。それもそのはずだ。今日もほとんど寝れていない。こんな状況なのだから絶対にこのまま寝てしまうだろう。どうせまた夢を見て苦しくなって目が覚める。それが分かっているのに眠気に逆らえないということが僕の胸をきつく締め付ける。微睡んで心地いいのと眠ることへの抵抗で気持ち悪いのとで僕の頭の中はぐちゃぐちゃだ。どうして夢を見るのだろう。見たくなんかないのに。そこで僕の意識はプツンと途切れた。


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