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焔の心 ―3―

ー/ー



闘いの後には何も残らなかった。草木を枯れさせる勢いで空間すらも蝕もうとしていた妖気は跡形もなくなり、視界に映るすべてを地獄に変えていた青い炎もいつの間にか姿を消していた。その中で、八重が遺していったものといえば――


「これくらいか」

「綺麗……何かの宝石?」


 ただ1つ、彼女が遺した『存在証明』。ひし形の美しい形状。まったく傷のない宝石の表面は光を鏡のように反射している。それなのに、水晶のように宝石の奥が透けて見える。妖しくも美しい黒と白の宝石だった。


「いるか?」

「え!? だ、ダメだよ。それは旭君がもらったものでしょ!」

「なんだよ、欲しいんじゃないのか?」

「そりゃ、綺麗だし……欲しいけど」


 顔を赤くしてモニカが言葉を濁す。鈍感、というか、色恋に興味のない旭には、モニカが照れている理由が分からなかったらしく、適当な相槌を打って黒白の宝石をしまった。


(く、黒と白の宝石って……もしかして……!)


 宝石には、プレゼントとして贈る時、それぞれに込められた意味がある。例えば、紅の宝石、ガーネットは『友愛、真実』。蒼の宝石、サファイアは『誠実、真理』を表す。このように、数多くある宝石のすべてに意味が込められている。だが、そのほとんどは俗説であり、特に意味はない。だが、モニカのような年頃の少女は、そういうことを気にしてしまうのだ。ちなみに、旭が手にしている『黒と白の宝石』には特に特別な意味がある。


「……そ、その宝石、やっぱりもらってあげてもいいよ」

「はぁ? 要らないんじゃなかったのかよ」

「気分が変わったの……!」

「ふーん」


 『ユーディアラアト』と呼ばれる黒と白の宝石がある。その宝石は円満な関係を願って恋人にプレゼントとしたり、恋愛成就のお守りとして持つ者も多いらしい。特に、プロポーズをする時に贈ることが多い。なんとも単純な理由だが、黒と白、『黒白(こくはく)』からプロポーズが連想されるかららしい。
 つまりモニカは、このどさくさに紛れて旭から宝石をプレゼントしてもらおうとしていたのだ。


「……やっぱあげない」

「えっ、なんで!」

「なんとなく」


 だが、モニカの姑息な作戦も、旭の気分によって阻まれた。


「あー、今何時だ?」

「んーと、ちょうど19時だよ!」

「……お前、時間大丈夫か」


 ルールとして、生徒の帰寮時刻は18時と決められている。そして、時計はばっちり19時を示し、辺りはほとんど暗くなっている。2日目にして堂々の門限破りだった。


「や、やばい……」


 だが、モニカが焦っているのは帰寮時刻を過ぎたことではなかった。今日の19時、何か忘れていることがあったのではないか。


「今日、19時から予定が……」

「なら急げよ」

「お恥ずかしながら、もう魔素(マナ)が残ってなくて……」

「女子寮は男子禁制だろ」

「一瞬! ちょっとでいいから! 乗せていってくれないかな……!?」


 これ以上の言い訳は思い浮かばず、旭はため息をついてしぶしぶ箒を取り出した。ふわりと宙に浮く箒に腰を下ろし、だるそうに口を開く。


「早く乗れ」

「し、失礼します!」


 とはいえ、旭も八重との闘いで魔素(マナ)と体力を消耗し切っていた。ふらふらと覚束無い飛翔(エア)で2人は空を駆ける。2人乗りだからか、魔素(マナ)が残り少ないからか、旭はやけに安全運転でゆっくりと進んでいく。2人きりの夜の旅、などではなく、2人の間にはソラが挟まっている。


「狭いんだが」

「仕方ありませんから」

「頭にでも乗ればいいだろ!」

「危ないじゃないですか」


 旭からモニカを守るような位置にソラが居座っている。いつもならモニカの肩や頭で器用にバランスをとって乗っかっているのだが、今日ばかりはそうはしなった。


「ねぇ、旭君って、なんで箒を使ってるの?」

「なんでって……今までずっとそうだったから」

「そっか。でも、箒だとこうやって2人乗りできるから、いいよね」


 しれっといないことにされたソラは、がーんと音が聞こえてくるほどはっきりと驚いたような顔をしていた。嘘だよ、とモニカは優しくソラを撫でて何とか機嫌を保っている。
 それからも、旭とモニカは他愛のない会話を続けていた。学校の様子はどうかとか、普段はどこで過ごしているのかとか、そんなことをずっと話していた。


「ほら、着いたぞ」


 だが、そんな時間も長くは続かず、ものの5分程度で盤星寮についてしまった。別れは惜しかったが、引き止めるわけにも行かないと、モニカはただ『ありがとう』とだけ言って箒から降りた。寮長にバレないようにと、少し遠くで降りたモニカは、ソラと2人でほどほどと歩いて盤星寮に向かっていく。だが、我慢できずにモニカは振り返る。そこには、箒に乗って帰ろうと空を飛ぶ旭の姿があった。


「旭君!」

「……ん?」

()()()!」


 モニカは子どもみたいに無邪気な笑顔で旭に手を振る。肩に乗ったソラも、仕方ないといった風に小さく手を振っているようだった。


「あぁ、()()()


 モニカに届かないように、旭は小さな声で返事をした。


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闘いの後には何も残らなかった。草木を枯れさせる勢いで空間すらも蝕もうとしていた妖気は跡形もなくなり、視界に映るすべてを地獄に変えていた青い炎もいつの間にか姿を消していた。その中で、八重が遺していったものといえば――
「これくらいか」
「綺麗……何かの宝石?」
 ただ1つ、彼女が遺した『存在証明』。ひし形の美しい形状。まったく傷のない宝石の表面は光を鏡のように反射している。それなのに、水晶のように宝石の奥が透けて見える。妖しくも美しい黒と白の宝石だった。
「いるか?」
「え!? だ、ダメだよ。それは旭君がもらったものでしょ!」
「なんだよ、欲しいんじゃないのか?」
「そりゃ、綺麗だし……欲しいけど」
 顔を赤くしてモニカが言葉を濁す。鈍感、というか、色恋に興味のない旭には、モニカが照れている理由が分からなかったらしく、適当な相槌を打って黒白の宝石をしまった。
(く、黒と白の宝石って……もしかして……!)
 宝石には、プレゼントとして贈る時、それぞれに込められた意味がある。例えば、紅の宝石、ガーネットは『友愛、真実』。蒼の宝石、サファイアは『誠実、真理』を表す。このように、数多くある宝石のすべてに意味が込められている。だが、そのほとんどは俗説であり、特に意味はない。だが、モニカのような年頃の少女は、そういうことを気にしてしまうのだ。ちなみに、旭が手にしている『黒と白の宝石』には特に特別な意味がある。
「……そ、その宝石、やっぱりもらってあげてもいいよ」
「はぁ? 要らないんじゃなかったのかよ」
「気分が変わったの……!」
「ふーん」
 『ユーディアラアト』と呼ばれる黒と白の宝石がある。その宝石は円満な関係を願って恋人にプレゼントとしたり、恋愛成就のお守りとして持つ者も多いらしい。特に、プロポーズをする時に贈ることが多い。なんとも単純な理由だが、黒と白、『|黒白《こくはく》』からプロポーズが連想されるかららしい。
 つまりモニカは、このどさくさに紛れて旭から宝石をプレゼントしてもらおうとしていたのだ。
「……やっぱあげない」
「えっ、なんで!」
「なんとなく」
 だが、モニカの姑息な作戦も、旭の気分によって阻まれた。
「あー、今何時だ?」
「んーと、ちょうど19時だよ!」
「……お前、時間大丈夫か」
 ルールとして、生徒の帰寮時刻は18時と決められている。そして、時計はばっちり19時を示し、辺りはほとんど暗くなっている。2日目にして堂々の門限破りだった。
「や、やばい……」
 だが、モニカが焦っているのは帰寮時刻を過ぎたことではなかった。今日の19時、何か忘れていることがあったのではないか。
「今日、19時から予定が……」
「なら急げよ」
「お恥ずかしながら、もう|魔素《マナ》が残ってなくて……」
「女子寮は男子禁制だろ」
「一瞬! ちょっとでいいから! 乗せていってくれないかな……!?」
 これ以上の言い訳は思い浮かばず、旭はため息をついてしぶしぶ箒を取り出した。ふわりと宙に浮く箒に腰を下ろし、だるそうに口を開く。
「早く乗れ」
「し、失礼します!」
 とはいえ、旭も八重との闘いで|魔素《マナ》と体力を消耗し切っていた。ふらふらと覚束無い|飛翔《エア》で2人は空を駆ける。2人乗りだからか、|魔素《マナ》が残り少ないからか、旭はやけに安全運転でゆっくりと進んでいく。2人きりの夜の旅、などではなく、2人の間にはソラが挟まっている。
「狭いんだが」
「仕方ありませんから」
「頭にでも乗ればいいだろ!」
「危ないじゃないですか」
 旭からモニカを守るような位置にソラが居座っている。いつもならモニカの肩や頭で器用にバランスをとって乗っかっているのだが、今日ばかりはそうはしなった。
「ねぇ、旭君って、なんで箒を使ってるの?」
「なんでって……今までずっとそうだったから」
「そっか。でも、箒だとこうやって2人乗りできるから、いいよね」
 しれっといないことにされたソラは、がーんと音が聞こえてくるほどはっきりと驚いたような顔をしていた。嘘だよ、とモニカは優しくソラを撫でて何とか機嫌を保っている。
 それからも、旭とモニカは他愛のない会話を続けていた。学校の様子はどうかとか、普段はどこで過ごしているのかとか、そんなことをずっと話していた。
「ほら、着いたぞ」
 だが、そんな時間も長くは続かず、ものの5分程度で盤星寮についてしまった。別れは惜しかったが、引き止めるわけにも行かないと、モニカはただ『ありがとう』とだけ言って箒から降りた。寮長にバレないようにと、少し遠くで降りたモニカは、ソラと2人でほどほどと歩いて盤星寮に向かっていく。だが、我慢できずにモニカは振り返る。そこには、箒に乗って帰ろうと空を飛ぶ旭の姿があった。
「旭君!」
「……ん?」
「|ま《・》|た《・》|ね《・》!」
 モニカは子どもみたいに無邪気な笑顔で旭に手を振る。肩に乗ったソラも、仕方ないといった風に小さく手を振っているようだった。
「あぁ、|ま《・》|た《・》|な《・》」
 モニカに届かないように、旭は小さな声で返事をした。