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すれ違いの幸追人~カムパネルラ~ 3-④

ー/ー



 実は分かっていた。

 瑛比古さんの暗示も、ずっと前からハルが自分でかけ直していた。
 いつかは話そうと思っていて、そのままにしてるが、なかなか話せずにいた。

 しっかりしているようで、過保護気味の瑛比古さんを、ハルも実は甘やかしている自覚はある。


 そんな瑛比古さんはハルには知らせたくないようだったが、ハルには見えていた。

 希和子さんに何があったのか。
 それを佐和子さんが全て知ってしまったことを。

 ハルに届いた助けを求める「叫び」。

 そこには、佐和子さんだけなく、希和子さんの声も、紛れ込んでいた。



『お姉さん、助けて……』



 消え入りそうな、小さな声。

 様々な悪感情の中で、今にも押しつぶされてしまいそうになりながら、佐和子さんにすがっていた、かすかな思い。


 魂の底から、助けを求める、悲痛な叫び。


 それは、佐和子さんにも、届いていたと思う。


 途切れていたはずの同調が、あの新幹線のホームで、不意に繋がった。


 そして、一気に流れ込んできた記憶。

 もしかしたら、希和子さんが自殺を図った瞬間だったのかもしれない。


 あの記憶が、希和子さんとの再同調によるものだったのか、それとも同調した佐和子さんの思考が流れ込んできたのか、今となっては分からないけれど。

 純粋な佐和子さん自身の思考は、ほとんど感じ取れなかったし。



 ただ、あの時を境に、佐和子さんは、変わった。


 ただただ希和子さんから憎しみを向けられていることに憤り哀しみ、嘆いていた佐和子さん。

 けれど実際は、現実的に自分の出生について調べたり、憧れを抱きつつ高望みはしないよう自分を律したり、理知的な行動や思考を取っていた。

 そんな現実対処能力を人には見せないようにしていた、と思う。

 佐和子さん自身が、そんな自分を好いていなかったのかもしれない。

 春のような穏やかな微笑みで、現実のつらさなど意に介さず、ただただ愛される存在になりたい、それが彼女の理想だったのかもしれない。


 その影で、冬の大地ような冷静さと力強さで、愛するものを守る力を隠し持って。



 そして、あれほどの苦しみを味わいながら、それでも佐和子さんは希和子さんを、唯一無二の妹を、切り捨てることは出来なかった。


 希和子さんのために、修羅の道を選んだ。



 春の微笑みの仮面を被ったまま、冬の冷徹さで、家族を、妹を守る。

 それは、きっと、誰にも知られることなく、成し遂げられる、復讐。


 佐和子さんにしかできない、眠り続ける希和子さんの意思を受けて。

 希和子さんの心を壊した、本当の、相手に。




 不思議だね。

 佐和子さんも希和子さんも、心から愛してくれる養い親と出会ったのに。

 仲の良い姉妹になりたいと、願っていたのに。


 一人の男の身勝手な愛情を発端に、行き違ってしまった。

 彼とて、最初から間違っていたわけではないはずなのに。

 そうでなければ、彼女は、心の奥底で彼を慕うことはなかったと思う。


 家族を愛し、家族に愛されたい。

 ただそれだけの、当たり前の欲求。


 平凡で幸せな家族になりたい、そんな同じ幸せを追い求めていたはずなのに。


 やっと同じ方を向いて行けたのは、幸せからは程遠い、修羅の道。


『それでも幸せよ。愛する夫と子供と、妹を守るためだもの。多くの幸せは、望まないわ』



 あの夜、別れ際、流れ込んできた佐和子さんの想い。



 そして。



『お幸せに』

 それは、別れの言葉。



 それっきり、佐和子さんの想いも、希和子さんの思念も、ハルに流れ込んでくることはなかった。



(お幸せに)



 ハルも祈る。

 愛する人を守ることしか望まない、ささやかな幸せしか望まない彼女の、彼女自身の幸せを。



 そしてハルもまた、別れを告げた。




 遅すぎた、初恋、に。


 無邪気な、少年の、日々に。






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 実は分かっていた。
 瑛比古さんの暗示も、ずっと前からハルが自分でかけ直していた。
 いつかは話そうと思っていて、そのままにしてるが、なかなか話せずにいた。
 しっかりしているようで、過保護気味の瑛比古さんを、ハルも実は甘やかしている自覚はある。
 そんな瑛比古さんはハルには知らせたくないようだったが、ハルには見えていた。
 希和子さんに何があったのか。
 それを佐和子さんが全て知ってしまったことを。
 ハルに届いた助けを求める「叫び」。
 そこには、佐和子さんだけなく、希和子さんの声も、紛れ込んでいた。
『お姉さん、助けて……』
 消え入りそうな、小さな声。
 様々な悪感情の中で、今にも押しつぶされてしまいそうになりながら、佐和子さんにすがっていた、かすかな思い。
 魂の底から、助けを求める、悲痛な叫び。
 それは、佐和子さんにも、届いていたと思う。
 途切れていたはずの同調が、あの新幹線のホームで、不意に繋がった。
 そして、一気に流れ込んできた記憶。
 もしかしたら、希和子さんが自殺を図った瞬間だったのかもしれない。
 あの記憶が、希和子さんとの再同調によるものだったのか、それとも同調した佐和子さんの思考が流れ込んできたのか、今となっては分からないけれど。
 純粋な佐和子さん自身の思考は、ほとんど感じ取れなかったし。
 ただ、あの時を境に、佐和子さんは、変わった。
 ただただ希和子さんから憎しみを向けられていることに憤り哀しみ、嘆いていた佐和子さん。
 けれど実際は、現実的に自分の出生について調べたり、憧れを抱きつつ高望みはしないよう自分を律したり、理知的な行動や思考を取っていた。
 そんな現実対処能力を人には見せないようにしていた、と思う。
 佐和子さん自身が、そんな自分を好いていなかったのかもしれない。
 春のような穏やかな微笑みで、現実のつらさなど意に介さず、ただただ愛される存在になりたい、それが彼女の理想だったのかもしれない。
 その影で、冬の大地ような冷静さと力強さで、愛するものを守る力を隠し持って。
 そして、あれほどの苦しみを味わいながら、それでも佐和子さんは希和子さんを、唯一無二の妹を、切り捨てることは出来なかった。
 希和子さんのために、修羅の道を選んだ。
 春の微笑みの仮面を被ったまま、冬の冷徹さで、家族を、妹を守る。
 それは、きっと、誰にも知られることなく、成し遂げられる、復讐。
 佐和子さんにしかできない、眠り続ける希和子さんの意思を受けて。
 希和子さんの心を壊した、本当の、相手に。
 不思議だね。
 佐和子さんも希和子さんも、心から愛してくれる養い親と出会ったのに。
 仲の良い姉妹になりたいと、願っていたのに。
 一人の男の身勝手な愛情を発端に、行き違ってしまった。
 彼とて、最初から間違っていたわけではないはずなのに。
 そうでなければ、彼女は、心の奥底で彼を慕うことはなかったと思う。
 家族を愛し、家族に愛されたい。
 ただそれだけの、当たり前の欲求。
 平凡で幸せな家族になりたい、そんな同じ幸せを追い求めていたはずなのに。
 やっと同じ方を向いて行けたのは、幸せからは程遠い、修羅の道。
『それでも幸せよ。愛する夫と子供と、妹を守るためだもの。多くの幸せは、望まないわ』
 あの夜、別れ際、流れ込んできた佐和子さんの想い。
 そして。
『お幸せに』
 それは、別れの言葉。
 それっきり、佐和子さんの想いも、希和子さんの思念も、ハルに流れ込んでくることはなかった。
(お幸せに)
 ハルも祈る。
 愛する人を守ることしか望まない、ささやかな幸せしか望まない彼女の、彼女自身の幸せを。
 そしてハルもまた、別れを告げた。
 遅すぎた、初恋、に。
 無邪気な、少年の、日々に。