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彼女の愛した不為人~マリオネット~ 3-①

ー/ー



 新幹線内は予想通りの混雑で、ゆっくり会話もできないまま、目的地に到着した。

 駅からタクシーに乗り、十分程で貴弘さんが入院しているという病院に着いた。

 案内された先は、特別室。


 そこにいたのは。


「あなた……貴弘さん?」

 虚ろな目をして、座っている男性……おそらく、貴弘さん。


 そして。


 年老いた一組の男女。

 老夫婦とおぼしき片割れ、夫人が手を引いているのは。


「……弘夢?」

 老婦人の陰に隠れながら、佐和子さんをじっと見ている、小学生くらいの男の子。


「……きわこおばちゃん、じゃない?」

「弘夢……忘れちゃった? どんなにどんなに会いたかったか……弘夢」


 老婦人に背を押されて、少年は、佐和子さんに近づく。

 手を伸ばして、半ば強引に、佐和子さんは少年を抱き寄せる。


「弘夢……弘夢!」

 何度も名前を読んで、強く、強く抱き締めた……幻ではないと確かめるように。

「……ママ? ……ママ!」

 堰を切ったように、少年は声を上げて泣き出した。


「ママ! どうして! どこにいってたの? パパも病気で、僕ずっとおばあちゃんちにいたんだよ! 何で、すぐに来てくれなかったの?!」

「ゴメン、ゴメンね。もう、絶対離れないから。ずっと一緒にいるから……弘夢は、ママのこと、忘れないでいてくれたのね?」

「うん。おばあちゃんが、パパが病気だから、ママは代わりにお仕事に行ってるって。パパが治ったらスグに帰ってくるからって」

「おばあちゃん?」

「うん」


 弘夢くんは、老婦人を見返る。


「ママが帰ってきたから、パパの病気も、治るよね」


「あなたは……」

 弘夢くんの体を、ぎゅっと抱き締めたまま、佐和子さんは老婦人を見る。


「はじめまして、と言うのも変な感じね。あなたは娘にそっくりだから。……希和子の母です。この度は、娘が大変なことを仕出かして……本当にごめんなさい」

「希和子……さんの?」

「あの子が、この方……貴弘さんとおっしゃるのね、貴弘さんをこんな風にしてしまったの。頭にひどい傷を負わせて、それが元で記憶をなくして、心まで病んでしまった。すっかり心を閉ざして、何も見ないし、しゃべることもなくなってしまったの」

「希和子……さんは?」


「あの子は……娘は、今、手術室です。事が露見したと知って、非常階段から飛び降りたの」


 貴弘さんの入院していた特別室は三階の病棟で、希和子さんが飛び降りたのは非常階段のやはり三階からだった。

 下が苗を植え替えたばかりの花壇で柔らかい土だったことと、非常階段の柵に服が引っかかり、一直線に落ちる羽目にならなかったことで、即死は免れた。

 けれど、頭部外傷と腹腔内出血で、緊急手術となった。


「もうじき1時間くらい、まだ危険な状態だと……」


 今、主人がついています、と老婦人――須藤真知子(マチコ)さんは言った。

 夫婦かと思った傍らの男性は、真知子さんの夫であり希和子さんの養父である須藤義正氏の弟である和正(カズマサ)氏であった。


「本来は主人が謝罪申し上げるのが筋ではございますが、今回のことで、ひどくショックを受けておりまして……主人は娘を溺愛しているものですから……全ては娘可愛さに、ことを隠匿しようとした、親の私達の責任です」

「いいえ、元はと言えば、私の愚息が希和子を傷付けた事が全ての元凶です」


 和正氏が頭を下げる真知子さんの様子を見て、慌てて言葉を挟む。


「それは、七年前の?」
「ご存知なんですね」
 瑛比古さんの問いというより確認の言葉に、和正氏、特に驚く様子もない。
「流産した、というくらいのことしか……」
「その流れてしまった子の父親が私の倅だということは……」
「……結婚なさっていたと」




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 新幹線内は予想通りの混雑で、ゆっくり会話もできないまま、目的地に到着した。
 駅からタクシーに乗り、十分程で貴弘さんが入院しているという病院に着いた。
 案内された先は、特別室。
 そこにいたのは。
「あなた……貴弘さん?」
 虚ろな目をして、座っている男性……おそらく、貴弘さん。
 そして。
 年老いた一組の男女。
 老夫婦とおぼしき片割れ、夫人が手を引いているのは。
「……弘夢?」
 老婦人の陰に隠れながら、佐和子さんをじっと見ている、小学生くらいの男の子。
「……きわこおばちゃん、じゃない?」
「弘夢……忘れちゃった? どんなにどんなに会いたかったか……弘夢」
 老婦人に背を押されて、少年は、佐和子さんに近づく。
 手を伸ばして、半ば強引に、佐和子さんは少年を抱き寄せる。
「弘夢……弘夢!」
 何度も名前を読んで、強く、強く抱き締めた……幻ではないと確かめるように。
「……ママ? ……ママ!」
 堰を切ったように、少年は声を上げて泣き出した。
「ママ! どうして! どこにいってたの? パパも病気で、僕ずっとおばあちゃんちにいたんだよ! 何で、すぐに来てくれなかったの?!」
「ゴメン、ゴメンね。もう、絶対離れないから。ずっと一緒にいるから……弘夢は、ママのこと、忘れないでいてくれたのね?」
「うん。おばあちゃんが、パパが病気だから、ママは代わりにお仕事に行ってるって。パパが治ったらスグに帰ってくるからって」
「おばあちゃん?」
「うん」
 弘夢くんは、老婦人を見返る。
「ママが帰ってきたから、パパの病気も、治るよね」
「あなたは……」
 弘夢くんの体を、ぎゅっと抱き締めたまま、佐和子さんは老婦人を見る。
「はじめまして、と言うのも変な感じね。あなたは娘にそっくりだから。……希和子の母です。この度は、娘が大変なことを仕出かして……本当にごめんなさい」
「希和子……さんの?」
「あの子が、この方……貴弘さんとおっしゃるのね、貴弘さんをこんな風にしてしまったの。頭にひどい傷を負わせて、それが元で記憶をなくして、心まで病んでしまった。すっかり心を閉ざして、何も見ないし、しゃべることもなくなってしまったの」
「希和子……さんは?」
「あの子は……娘は、今、手術室です。事が露見したと知って、非常階段から飛び降りたの」
 貴弘さんの入院していた特別室は三階の病棟で、希和子さんが飛び降りたのは非常階段のやはり三階からだった。
 下が苗を植え替えたばかりの花壇で柔らかい土だったことと、非常階段の柵に服が引っかかり、一直線に落ちる羽目にならなかったことで、即死は免れた。
 けれど、頭部外傷と腹腔内出血で、緊急手術となった。
「もうじき1時間くらい、まだ危険な状態だと……」
 今、主人がついています、と老婦人――須藤|真知子《マチコ》さんは言った。
 夫婦かと思った傍らの男性は、真知子さんの夫であり希和子さんの養父である須藤義正氏の弟である|和正《カズマサ》氏であった。
「本来は主人が謝罪申し上げるのが筋ではございますが、今回のことで、ひどくショックを受けておりまして……主人は娘を溺愛しているものですから……全ては娘可愛さに、ことを隠匿しようとした、親の私達の責任です」
「いいえ、元はと言えば、私の愚息が希和子を傷付けた事が全ての元凶です」
 和正氏が頭を下げる真知子さんの様子を見て、慌てて言葉を挟む。
「それは、七年前の?」
「ご存知なんですね」
 瑛比古さんの問いというより確認の言葉に、和正氏、特に驚く様子もない。
「流産した、というくらいのことしか……」
「その流れてしまった子の父親が私の倅だということは……」
「……結婚なさっていたと」