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Code of the silence

ー/ー



 須佐翔悟が教会日本支部にたどり着いたのは、深夜になってからだった。日本の首都から少々外れた郊外にあるその建物は、一見、教会などという名称とはかけ離れた外観だ。敷地内を囲う、妙に高い塀。真っ白な無機質な角ばった建物は、どちらかと言えばなにかの研究所のようだ。
「さて……どこから行くかね……。とりあえず、まわりを一周してみるか。あれから来たこともないからな。なにがどう変わってるかも分からん」
 ゆっくりと、翔悟は愛車を塀に沿って走らせる。タバコを一息吸い込みながら、横目でその入り口を見る。深夜にも関わらず、まるでスポットライトのような明るさのライトが、何者かの侵入を警戒するかのように入り口付近を照らしている。さらにその天井付近には、二台の監視カメラ。
「……昔より、ずいぶん厳重になってやがるな。こいつはちっと、骨が折れそうだぜ」
 タバコを灰皿に押し付けながら、翔悟は愛車を裏に回す。裏口もあることにはあるが、正面の入り口と同様、ライトとカメラが設置されている。
「おいおい、まるで軍事基地だな……」
 路地の目立たないところに車を止め、後ろのトランクを開ける。
「こういうときは、探偵の七つ道具の出番だな」
 そこから、翔悟はロープを取り出すと、器用にその先に輪を作る。塀の元に歩み寄り、その上部を見上げる。わずかだが、その頂点には装飾のような突起がある。


「……よっ、と」
 翔悟はロープの先に作った輪を放り投げ、うまくひっかけた。ぐっとロープを引き、感触を確かめる。
「……よし、行けるな」
 上腕の力をフルに使い、翔悟は塀の頂点までたどり着く。軽率に飛び込まず、まずは辺りを見回す。裏口に程近いこの場所には、そこ以外にカメラやライトはないようだ。また、建物にはいくつか、窓が存在する。
 翔悟は音もなく敷地内に降りると、その窓の近くに用心深く近寄る。窓はどうやら普通の窓で、曇ってもいなければ、特別硬いわけでもないようだ。中は壁、床ともにタイルが敷き詰められた造りになっている。
「……どうやら、トイレだな。トイレなら、監視カメラもないだろ。早速、七つ道具、その二、と」
 ガムテープを取り出し、翔悟は窓の鍵付近に張る。そして上着を右腕に巻きつけると、勢いよく、拳を窓ガラスにたたきつけた。ガラスは砕け散るが、大きな音をたてることもなく、ぽっかりと穴があく。
 その穴から手を突っ込み、鍵を開けると、翔悟はその中に滑り込む。

 中は予想通り、男子トイレだった。辺りを警戒しながら、翔悟は外を窺う。トイレの外は、普通の廊下だった。電気はすでに消えているが、薄緑の、消灯時用の灯りがかすかに辺りを照らしている。
「……さて、目指すは資料庫だな。『グレイヴディガー』とやらの資料も、おそらくは……あるはずだ」
 教会は各支部ごとに扱う退魔術の形態は違うが、その情報のネットワークは強固なものだ。なにしろ、怪物や悪魔に国境など無意味に等しい。交通手段の発達した現代では、なおさらだ。
 だからこそ、情報の共有も、国境や文化を越える必要がある。つまり、ここには、紅香を狙っているやつらの情報がある……可能性はある。
 ただ、水葉の言っていたことが確かならば、その情報は教会の極秘機密だ。それがここでも調べられるかは、正直わからなかった。だが、調べられるとしたら、ここしかないだろう。
 静かに、翔悟は廊下に出る。資料庫は以前と変わっていなければ、二階の南東の隅にあるはずだ。しかし、そこに直接行こうとすると、見張りの巡回ルートを通ることになる。ここでは、普通の警備員を使ったりはしない。対応する相手が相手だけに、夜間の警備も所属する構成員が担当している。それだけに、発見されればやっかいだ。
 そこまで考えたとき、背後から足音が聞こえた。規則的な足音からして、おそらく、その見張りだ。

 翔悟は廊下の角に身を隠し、足音のした方向を窺う。その視線の先は、こちらから見てT字路となっている。やがて、向かって右の通路から、懐中電灯の灯りが射し、壁を照らす。やがて、その灯りは再び、視界から消えた。
 忍び足で、翔悟はT字路の右の廊下を覗き込む。そこに見張りの姿はなく、近くのドアの向こうから、かすかに反響するような音が聞こえてくる。どうやら、部屋の中の見回りをしているようだ。それほど広い部屋ではないのか、徐々に足音は近づいてくるように聞こえる。
「……よし、気がつけよ……」
 目立たないよう、手で覆い隠しながら、数本のタバコに火を着ける。そして翔悟は、そのタバコをドアの向こう側に投げた。そして、廊下の角に身を潜めて、待つ。
 やがて、ドアの開く音がした。
「……ん? なんだ?」
 そして、男の声とともに、少しずつ離れていく足音が響く。
 そっと角から廊下の奥をうかがう。教会の制服姿の男がこちらに背を向け、先ほど翔悟の投げたタバコの方へと歩いて行くのが見て取れた。
「……かかった」
 ごく小さな声でささやきながら、翔悟は見張りの背後に忍び寄る。手を伸ばせば届くほどの距離まで迫ったところで、翔悟はすばやく手刀を男の首筋に叩き込んだ。

 見張りは声もなく、その場に倒れる。
「悪いな。ちょっと、静かにしててもらうぜ」
 翔悟は静かに見張りを引きずり、侵入してきたトイレへと、男を連れて行く。トイレの個室へと男をほうり込むと、制服を奪い、ロープで縛り上げた上、口をガムテープで塞いだ。さらにトイレの鍵をかけると、便座を利用して、天井と壁との間から、外へ出る。これで、しばらく見つかることはあるまい。
「……さて、これで多少はごまかせそうだな」
 男の制服をシャツの上から羽織り、そのフードを目深に被る。帽子の上から被る形になるが、このトレードマークは外せない。
 再びトイレを出ると、翔悟は二階へと向かう。一階をざっとみた感じ、部屋などの構成は以前翔悟が所属していた時と変わらない。恐らく、この分なら資料庫の位置も変わるまい。
 階段を見つけ、翔悟はそこを上っていく。階段の踊り場に監視カメラがあるが、この服装なら、多少映ったところで問題はないだろう。翔悟はカメラの下をそのまま通り抜ける。
 二階へとたどり着くと、翔悟は油断なく階段の陰から廊下を見る。ここも、見張りが巡回している。それも、こちらは西へ続く廊下と、南へ伸びる廊下とに一人ずつ。これでは、先ほどのような手段は使えない。
 それに、たしか資料庫の扉は施錠が義務付けられていたはず。恐らく、見張りのどちらかが鍵を持っているのだろうが……。
「……そういや、一階には警備室があったはずだ。このカッコでうまくごまかしゃ、鍵を借りられるかもな。……おし」
 意を決して、翔悟は南側の廊下へ向かう。
「ん? お前、どうした?」
 見張りの男が、翔悟を発見して声をかけてきた。その背後、50mほど向こうには資料庫の扉が見える。
「いや、俺は今夜の警備室担当なんだが、資料庫のカメラになにか動くものが映っていてな。手のひらくらいの大きさのもんだったから、ねずみかなんかなんだろうが、確認して来いって警備主任がうるさくってな。悪いが、鍵を貸してもらえないか」
 芝居がかった口調と身振りで、翔悟が言う。実際、翔悟がいた頃の主任は口うるさかったので、若干、本音も入っている。
「ははは、そうか。あの爺さんにも困ったもんだな。仕事熱心なのはいいが、神経質すぎる。ほら、さっさと済ませて、早くもどれよ。でないと、またどやされるぞ」
「悪いな、まったくだ」
 肩をすくめながら、翔悟は見張りの男から鍵を受け取る。運のいいことに、警備の爺さんは未だに人事異動もないらしい。

 そそくさと、翔悟は資料庫の扉を開ける。言い訳が言い訳なだけに、用事はさっさと済ませたほうがよさそうだ。
 資料庫は、それほど大きなものではない。小さな部屋に、天井まである棚がずらりとならんでいる。
「本部の関係なら……こっちにあるはずだ」
 念のため、翔悟は監視カメラの視界を避けて、本棚の間を進んでいく。もし、警備室から本物の警備員が来たらアウトだ。
「あった……ここだな。『グレイヴディガー』とやらの情報があるかどうか……ん?」
 そのとき、翔悟の視界の隅に何かが映った。
「これは……検索システムか?」
 そこにあったのは、最近の図書館や大きな書店などで見かける、蔵書の検索システムだった。電源は、まだ来ているようだ。重大な機密が簡単に検索できるとも思えないが、何かのヒントにはなるかもしれない。翔悟は、その電源を入れる。
『検索ワード』
 無機質な青い画面に、関連ワードを入力する項目が現れる。
「……直で入れても……やっぱだめだよな」
 試しに『グレイヴディガー』と検索してみるが、一件もヒットしない。

「ほかに、手がかりになりそうなキーワードは……そうだな」
 他に思いつくといえば、紅香が聞いたという襲ってきた相手の名乗った名前くらいか。
「たしか……ウィノナ、だったか。人名となると、逆に複数ヒットし過ぎそうだな」
 とりあえず、キーワードとして入力してみる。やはり、いくつかの件数がヒットする。ただ、それほど多い名でもないのか、調べきらないほどではない。
「……部外者の名前は除外していいだろうな。……とすると、これ辺りが妥当そうだな」
 『教会所属者名簿・欧州本部』。という項目をクリックする。と、画面にその本がある場所が表示される。早速、その場所へ行って本棚を眺める。程なくして、目当ての本が見つかった。
 思ったよりも、ずいぶんと大きな本だ。かなり昔からの名簿らしく、厚さも相当なものだ。
「ウィノナ……か。何人かいるが……名前だけじゃ、特定できないな」
 そこで、翔悟は紅香の話を思い出す。人形のような瞳の、黒髪の女……。しかし、個人の容姿まではさすがに載っていない。
「……戦闘に関係のない部署の人間は除いていいだろうな。そういや……」
 戦闘で思い出す。確か、紅香を襲った女は左手にワイヤーを仕込んでいたと言っていた。ここに載っている人間で戦闘に関係する部署の人間、そしてなおかつ、そんな特殊な武器を使っている人間など、そうそういないだろう。
「とすると……こいつか」

『ウィノナ=ヴァイカート 国籍・ドイツ 所属・教会欧州本部緊急遊撃部隊『セイント・アンガー』。特殊なワイヤーとそれによる奇襲戦法を得意とする、対悪魔エクソシスト。同所属部隊副隊長』
 名前、武器、戦い方の特徴から言って、ほぼ間違いない。ワイヤーを打ち出す左腕など、そうそう持っている人間はいないだろう。だが、文字を追う翔悟の視線が、次の行で止まる。
『1958年生まれ。1973年、孤児院より、15歳で入隊。それより8年間、数々の戦歴を挙げるが、81年、ドイツ、ベルリンでの作戦にて殉職』
「……なんだこりゃ。58年生まれ? ドイツで殉職?」
 その記事の下には、かなり古いものだが、写真も載っている。それを見る限り、紅香の言っていた特徴と合致する。
「血縁者……ってこたぁないか。子どものいた記述はねえし、いたとしても自分と同じ名前はつけないだろ。孤児院出身ってことは、もともとの身寄りだって……」
 翔悟がそこまで文字を追ったそのとき、突然、資料庫の明かりがついた。
「探せ! やつはまだここにいるはずだ!」
 続いて、先ほどの見張りの怒声と、ばたばたという足音が響く。
「くそ! なんでバレやがった!?」
 毒づきながら、翔悟は名簿を手にしたまま、駆け出す。今、確認できただけの情報では足りない。とりあえず、この中から有益な情報を見つけ出すほかない。

 さいわい、この部屋には外へ通じる窓がある。徐々に迫り来る包囲網を振り切って、翔悟は窓までたどり着くと、駆ける勢いをそのままに、窓ガラスを破って地上へと着地する。……だが。
「いたぞ! 逃がすな!」
「おいおい、お見通しってわけかよ!」
 すでに追っ手の姿が建物の角から見えている。まるで元々、予定されていたかのようなすばやい対応だ。
「くそったれめ、こうなったら探偵の七つ道具、その3、4、5、6を飛ばして、奥の手ってやつを見せてやるぜ」
 唇を噛みながら、翔悟はこちらに駆けてくる追っ手を睨む。が、くるりと踵を返すと、猛烈な勢いで建物の敷地内から出る裏口へと走り出した。
「そらっ、この逃げ足の速さが探偵の奥の手ってやつだ!」
 カメラに映ることもかまわず、翔悟は裏口から飛び出し、停めてある愛車へと向かう。運転席へ飛び乗りながら、翔悟は思いのほか、相手の正体が巨大なもののような予感を拭い去ることができなかった。



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 須佐翔悟が教会日本支部にたどり着いたのは、深夜になってからだった。日本の首都から少々外れた郊外にあるその建物は、一見、教会などという名称とはかけ離れた外観だ。敷地内を囲う、妙に高い塀。真っ白な無機質な角ばった建物は、どちらかと言えばなにかの研究所のようだ。
「さて……どこから行くかね……。とりあえず、まわりを一周してみるか。あれから来たこともないからな。なにがどう変わってるかも分からん」
 ゆっくりと、翔悟は愛車を塀に沿って走らせる。タバコを一息吸い込みながら、横目でその入り口を見る。深夜にも関わらず、まるでスポットライトのような明るさのライトが、何者かの侵入を警戒するかのように入り口付近を照らしている。さらにその天井付近には、二台の監視カメラ。
「……昔より、ずいぶん厳重になってやがるな。こいつはちっと、骨が折れそうだぜ」
 タバコを灰皿に押し付けながら、翔悟は愛車を裏に回す。裏口もあることにはあるが、正面の入り口と同様、ライトとカメラが設置されている。
「おいおい、まるで軍事基地だな……」
 路地の目立たないところに車を止め、後ろのトランクを開ける。
「こういうときは、探偵の七つ道具の出番だな」
 そこから、翔悟はロープを取り出すと、器用にその先に輪を作る。塀の元に歩み寄り、その上部を見上げる。わずかだが、その頂点には装飾のような突起がある。
「……よっ、と」
 翔悟はロープの先に作った輪を放り投げ、うまくひっかけた。ぐっとロープを引き、感触を確かめる。
「……よし、行けるな」
 上腕の力をフルに使い、翔悟は塀の頂点までたどり着く。軽率に飛び込まず、まずは辺りを見回す。裏口に程近いこの場所には、そこ以外にカメラやライトはないようだ。また、建物にはいくつか、窓が存在する。
 翔悟は音もなく敷地内に降りると、その窓の近くに用心深く近寄る。窓はどうやら普通の窓で、曇ってもいなければ、特別硬いわけでもないようだ。中は壁、床ともにタイルが敷き詰められた造りになっている。
「……どうやら、トイレだな。トイレなら、監視カメラもないだろ。早速、七つ道具、その二、と」
 ガムテープを取り出し、翔悟は窓の鍵付近に張る。そして上着を右腕に巻きつけると、勢いよく、拳を窓ガラスにたたきつけた。ガラスは砕け散るが、大きな音をたてることもなく、ぽっかりと穴があく。
 その穴から手を突っ込み、鍵を開けると、翔悟はその中に滑り込む。
 中は予想通り、男子トイレだった。辺りを警戒しながら、翔悟は外を窺う。トイレの外は、普通の廊下だった。電気はすでに消えているが、薄緑の、消灯時用の灯りがかすかに辺りを照らしている。
「……さて、目指すは資料庫だな。『グレイヴディガー』とやらの資料も、おそらくは……あるはずだ」
 教会は各支部ごとに扱う退魔術の形態は違うが、その情報のネットワークは強固なものだ。なにしろ、怪物や悪魔に国境など無意味に等しい。交通手段の発達した現代では、なおさらだ。
 だからこそ、情報の共有も、国境や文化を越える必要がある。つまり、ここには、紅香を狙っているやつらの情報がある……可能性はある。
 ただ、水葉の言っていたことが確かならば、その情報は教会の極秘機密だ。それがここでも調べられるかは、正直わからなかった。だが、調べられるとしたら、ここしかないだろう。
 静かに、翔悟は廊下に出る。資料庫は以前と変わっていなければ、二階の南東の隅にあるはずだ。しかし、そこに直接行こうとすると、見張りの巡回ルートを通ることになる。ここでは、普通の警備員を使ったりはしない。対応する相手が相手だけに、夜間の警備も所属する構成員が担当している。それだけに、発見されればやっかいだ。
 そこまで考えたとき、背後から足音が聞こえた。規則的な足音からして、おそらく、その見張りだ。
 翔悟は廊下の角に身を隠し、足音のした方向を窺う。その視線の先は、こちらから見てT字路となっている。やがて、向かって右の通路から、懐中電灯の灯りが射し、壁を照らす。やがて、その灯りは再び、視界から消えた。
 忍び足で、翔悟はT字路の右の廊下を覗き込む。そこに見張りの姿はなく、近くのドアの向こうから、かすかに反響するような音が聞こえてくる。どうやら、部屋の中の見回りをしているようだ。それほど広い部屋ではないのか、徐々に足音は近づいてくるように聞こえる。
「……よし、気がつけよ……」
 目立たないよう、手で覆い隠しながら、数本のタバコに火を着ける。そして翔悟は、そのタバコをドアの向こう側に投げた。そして、廊下の角に身を潜めて、待つ。
 やがて、ドアの開く音がした。
「……ん? なんだ?」
 そして、男の声とともに、少しずつ離れていく足音が響く。
 そっと角から廊下の奥をうかがう。教会の制服姿の男がこちらに背を向け、先ほど翔悟の投げたタバコの方へと歩いて行くのが見て取れた。
「……かかった」
 ごく小さな声でささやきながら、翔悟は見張りの背後に忍び寄る。手を伸ばせば届くほどの距離まで迫ったところで、翔悟はすばやく手刀を男の首筋に叩き込んだ。
 見張りは声もなく、その場に倒れる。
「悪いな。ちょっと、静かにしててもらうぜ」
 翔悟は静かに見張りを引きずり、侵入してきたトイレへと、男を連れて行く。トイレの個室へと男をほうり込むと、制服を奪い、ロープで縛り上げた上、口をガムテープで塞いだ。さらにトイレの鍵をかけると、便座を利用して、天井と壁との間から、外へ出る。これで、しばらく見つかることはあるまい。
「……さて、これで多少はごまかせそうだな」
 男の制服をシャツの上から羽織り、そのフードを目深に被る。帽子の上から被る形になるが、このトレードマークは外せない。
 再びトイレを出ると、翔悟は二階へと向かう。一階をざっとみた感じ、部屋などの構成は以前翔悟が所属していた時と変わらない。恐らく、この分なら資料庫の位置も変わるまい。
 階段を見つけ、翔悟はそこを上っていく。階段の踊り場に監視カメラがあるが、この服装なら、多少映ったところで問題はないだろう。翔悟はカメラの下をそのまま通り抜ける。
 二階へとたどり着くと、翔悟は油断なく階段の陰から廊下を見る。ここも、見張りが巡回している。それも、こちらは西へ続く廊下と、南へ伸びる廊下とに一人ずつ。これでは、先ほどのような手段は使えない。
 それに、たしか資料庫の扉は施錠が義務付けられていたはず。恐らく、見張りのどちらかが鍵を持っているのだろうが……。
「……そういや、一階には警備室があったはずだ。このカッコでうまくごまかしゃ、鍵を借りられるかもな。……おし」
 意を決して、翔悟は南側の廊下へ向かう。
「ん? お前、どうした?」
 見張りの男が、翔悟を発見して声をかけてきた。その背後、50mほど向こうには資料庫の扉が見える。
「いや、俺は今夜の警備室担当なんだが、資料庫のカメラになにか動くものが映っていてな。手のひらくらいの大きさのもんだったから、ねずみかなんかなんだろうが、確認して来いって警備主任がうるさくってな。悪いが、鍵を貸してもらえないか」
 芝居がかった口調と身振りで、翔悟が言う。実際、翔悟がいた頃の主任は口うるさかったので、若干、本音も入っている。
「ははは、そうか。あの爺さんにも困ったもんだな。仕事熱心なのはいいが、神経質すぎる。ほら、さっさと済ませて、早くもどれよ。でないと、またどやされるぞ」
「悪いな、まったくだ」
 肩をすくめながら、翔悟は見張りの男から鍵を受け取る。運のいいことに、警備の爺さんは未だに人事異動もないらしい。
 そそくさと、翔悟は資料庫の扉を開ける。言い訳が言い訳なだけに、用事はさっさと済ませたほうがよさそうだ。
 資料庫は、それほど大きなものではない。小さな部屋に、天井まである棚がずらりとならんでいる。
「本部の関係なら……こっちにあるはずだ」
 念のため、翔悟は監視カメラの視界を避けて、本棚の間を進んでいく。もし、警備室から本物の警備員が来たらアウトだ。
「あった……ここだな。『グレイヴディガー』とやらの情報があるかどうか……ん?」
 そのとき、翔悟の視界の隅に何かが映った。
「これは……検索システムか?」
 そこにあったのは、最近の図書館や大きな書店などで見かける、蔵書の検索システムだった。電源は、まだ来ているようだ。重大な機密が簡単に検索できるとも思えないが、何かのヒントにはなるかもしれない。翔悟は、その電源を入れる。
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「ほかに、手がかりになりそうなキーワードは……そうだな」
 他に思いつくといえば、紅香が聞いたという襲ってきた相手の名乗った名前くらいか。
「たしか……ウィノナ、だったか。人名となると、逆に複数ヒットし過ぎそうだな」
 とりあえず、キーワードとして入力してみる。やはり、いくつかの件数がヒットする。ただ、それほど多い名でもないのか、調べきらないほどではない。
「……部外者の名前は除外していいだろうな。……とすると、これ辺りが妥当そうだな」
 『教会所属者名簿・欧州本部』。という項目をクリックする。と、画面にその本がある場所が表示される。早速、その場所へ行って本棚を眺める。程なくして、目当ての本が見つかった。
 思ったよりも、ずいぶんと大きな本だ。かなり昔からの名簿らしく、厚さも相当なものだ。
「ウィノナ……か。何人かいるが……名前だけじゃ、特定できないな」
 そこで、翔悟は紅香の話を思い出す。人形のような瞳の、黒髪の女……。しかし、個人の容姿まではさすがに載っていない。
「……戦闘に関係のない部署の人間は除いていいだろうな。そういや……」
 戦闘で思い出す。確か、紅香を襲った女は左手にワイヤーを仕込んでいたと言っていた。ここに載っている人間で戦闘に関係する部署の人間、そしてなおかつ、そんな特殊な武器を使っている人間など、そうそういないだろう。
「とすると……こいつか」
『ウィノナ=ヴァイカート 国籍・ドイツ 所属・教会欧州本部緊急遊撃部隊『セイント・アンガー』。特殊なワイヤーとそれによる奇襲戦法を得意とする、対悪魔エクソシスト。同所属部隊副隊長』
 名前、武器、戦い方の特徴から言って、ほぼ間違いない。ワイヤーを打ち出す左腕など、そうそう持っている人間はいないだろう。だが、文字を追う翔悟の視線が、次の行で止まる。
『1958年生まれ。1973年、孤児院より、15歳で入隊。それより8年間、数々の戦歴を挙げるが、81年、ドイツ、ベルリンでの作戦にて殉職』
「……なんだこりゃ。58年生まれ? ドイツで殉職?」
 その記事の下には、かなり古いものだが、写真も載っている。それを見る限り、紅香の言っていた特徴と合致する。
「血縁者……ってこたぁないか。子どものいた記述はねえし、いたとしても自分と同じ名前はつけないだろ。孤児院出身ってことは、もともとの身寄りだって……」
 翔悟がそこまで文字を追ったそのとき、突然、資料庫の明かりがついた。
「探せ! やつはまだここにいるはずだ!」
 続いて、先ほどの見張りの怒声と、ばたばたという足音が響く。
「くそ! なんでバレやがった!?」
 毒づきながら、翔悟は名簿を手にしたまま、駆け出す。今、確認できただけの情報では足りない。とりあえず、この中から有益な情報を見つけ出すほかない。
 さいわい、この部屋には外へ通じる窓がある。徐々に迫り来る包囲網を振り切って、翔悟は窓までたどり着くと、駆ける勢いをそのままに、窓ガラスを破って地上へと着地する。……だが。
「いたぞ! 逃がすな!」
「おいおい、お見通しってわけかよ!」
 すでに追っ手の姿が建物の角から見えている。まるで元々、予定されていたかのようなすばやい対応だ。
「くそったれめ、こうなったら探偵の七つ道具、その3、4、5、6を飛ばして、奥の手ってやつを見せてやるぜ」
 唇を噛みながら、翔悟はこちらに駆けてくる追っ手を睨む。が、くるりと踵を返すと、猛烈な勢いで建物の敷地内から出る裏口へと走り出した。
「そらっ、この逃げ足の速さが探偵の奥の手ってやつだ!」
 カメラに映ることもかまわず、翔悟は裏口から飛び出し、停めてある愛車へと向かう。運転席へ飛び乗りながら、翔悟は思いのほか、相手の正体が巨大なもののような予感を拭い去ることができなかった。