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19.SATURDAY NIGHT/BLANKEY JET CITY

ー/ー



 業務中も時計が気になって仕方がない。
 いつもなら早く終わって欲しいと思う勤務時間が、今日は驚くほどのスピードで過ぎ去ってしまい、あっという間に終業を迎えた。

 土曜の夜というコトもあり、同僚達はどこに飲みに行くかという相談をしている。

 楽しそうでイイなぁ。こっちは花見でも、罰ゲームのような催し物が用意されているというのに。

 俺以外が楽しむ宴に行かなきゃならないのは気が重い。

 こんな日に限って業務も順調に終わり、残業の依頼も無く早々に退社を促される。

 ほぼ一斉に、大半の従業員がエントランスに溢れたため、バッタリと佐向亜依子に会った。

「あ、先輩! 退社時間が被るコト無かったから、一緒に帰るの珍しいですねー。どうせだからゴハン行きませんか?」

 何コレ? 死ぬの? っていうか、何でこんな日に限って夢のようなお誘いがあるの?

 ここは死んでも行きたいところだが、ヤツらとの約束を反故にするのはいささか気が引ける。

 念のため、財布の中身に関する記憶を辿るが、給料日後なのでそこそこ入っているハズ。

 先日の食事を奢るという約束もクリアになる上、念願だった佐向亜依子との距離もグッと縮まる。

 イイコト尽くしじゃないか。今更L☆Dの守銭奴どもとの約束をドタキャンしたところで、次に会った時に酒でも飲ませれば解決するだろう。

 そうだ。何もギターの弾き語りなんか出来なくたって、当初の目的は達成するのだから。


 ギターなんて……弾けなくても。


「……パイ……先輩! ちょっと先輩? 何フリーズしてるんですか? そんなに行きたくない、ですか?」

 やや寂しそうな佐向亜依子の声で我に返る。

「いや、いやいやいや、滅相もない! これ以上無い光栄です! が、今日は地元の恐い先輩に呼ばれてまして……ただホントに死ぬほど行きたいんで、いま発狂してしまいそうなんですよね」

 最後の最後まで悩んだ挙げ句、先約であるL☆Dとの約束を取ってしまった。

 ギリギリで逃げたと思われるのも癪だし、そもそも佐向亜依子の好意を引き出す為に始めたギターを投げたとあっては、俺自身のコケンに関わる。

 今日のデビューを華々しく飾り、自信にみなぎった俺が、改めて彼女を食事に誘いたいという希望が勝ったのだ。

「えー! そっかぁ~まぁ仕方無いですよね? 急に誘って困らせちゃってゴメンなさい。今日は大人しく帰って寂しく家飲みでもします。シクシクシク」

 少し芝居掛かった感じで、佐向亜依子が泣き真似をした。

 いや、本気で可愛いんですけど。付き合ってたら確実に抱き締めてるんですけど。

「ちょ、あ、いや、こちらこそホントにゴメンなさい。あの、この埋め合わせは必ずしますから」

 情けないが、何度も彼女に頭を下げて許しを乞う。

 鏡を見るまでもなく、いま俺の顔は猛烈に情けない感じになっているハズだ。

「イイですよーだ。これから夜の街でナンパでもされてきますよー」

 それはそれで心配なんだが。

「本当に申し訳ない。土曜の夜にこんなオッサンを誘ってくれたのに、断ってしまって……プライド傷付けてたらホントにゴメンなさい」

 ここは誠心誠意謝るしかない。

「あは! そんなに自分のコト卑下しないでくださいよぉ。私がスエノ先輩のコト苛めてるみたいじゃないですかぁ」

 下げ通しだった頭を上げると、表情からはそんなに怒っていない印象を受けた。

「週明けに必ず調整します! 良い店探しておきますから!! ホントにゴメンなさい」

 苦笑いの彼女を残し、ペコペコと頭を下げてその場を立ち去った。

 駅に向かう間、佐向亜依子の方を振り返り、こちらを見ているかもわからないのに頭を下げながら走る。

 さて、駅に到着してスマートフォンを確認すると、やはりメッセージが届いていた。

 俺が断腸の思いで、意中の女性の誘いを断ったコトなど、当然ながら知る由もなく文面は浮かれていた。

『アミオさん! もうすぐ五重の塔着きます。先にやってるんで急いで来てくださいよー』

 送り主はミチヨで、桜をバックに全員が入るように撮った自撮り画像が添付されていた。

 ハイハイ。急いで向かいますよ!

 電車に揺られ、スマートフォンでこの後弾く予定の曲を聴きながら、イメージトレーニングをする。

 イヤフォンから流れる曲に合わせて、人から見えないように右手でストロークをなぞる。

 ギリギリになっても歌詞が頭に入りきらず、不安しか残っていない。

 ただギターに関しては、やれるだけのコトはやったという自信があるので、あとは持っているモノをぶつけるだけである。

 電車に乗り込み、エンドレスリピートで、ボブ・ディランのノッキンオンヘブンズドアを流していると、8回程のループで最寄り駅付近に着いた。

 このまま待ち合わせ場所の、本門寺五重の塔に向かっても良かったのだが、採点を緩くさせるべく、駅前の酒屋で打算的に袖の下のビールを購入。

 ここで発泡酒ではなくビールというところに、俺の採点への強い心意気を感じ取って頂きたい。

 しかもロング缶を6本セットという大奮発までしてしまった。

 三キロ強の重量を右手の指先に感じながら、普段は降り立たない自宅と反対側の商店街に進む。

 私鉄沿線なので、派手な街とは言えないものの、寺側の参道は飲食店も多く、二十時過ぎにしては人通りも目立っていた。

 景色から徐々に商店が減ってゆき、本門寺を正面にすると寺町としての厳かな雰囲気を肌で感じる。

 総門をくぐり、そびえる階段を数えながら登る。九十六段を登り切ると、やや呼吸が荒くなっているコトに気付いた。

 砂利敷きの中央にある石畳の参道を歩き、アントニオ猪木がモデルという仁王像が両サイドで出迎える門を抜け、大堂が見えたら右に曲がる。

 薄暗い道を抜けると五重の塔。遠目にも女子がたむろしているのが確認出来た。

 気持ち的には巌流島の宮本武蔵。ここ数日の俺の本気を試す。

 いざ、ラスボスが待ち構える五重の塔へと歩みを進める。


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 業務中も時計が気になって仕方がない。 いつもなら早く終わって欲しいと思う勤務時間が、今日は驚くほどのスピードで過ぎ去ってしまい、あっという間に終業を迎えた。
 土曜の夜というコトもあり、同僚達はどこに飲みに行くかという相談をしている。
 楽しそうでイイなぁ。こっちは花見でも、罰ゲームのような催し物が用意されているというのに。
 俺以外が楽しむ宴に行かなきゃならないのは気が重い。
 こんな日に限って業務も順調に終わり、残業の依頼も無く早々に退社を促される。
 ほぼ一斉に、大半の従業員がエントランスに溢れたため、バッタリと佐向亜依子に会った。
「あ、先輩! 退社時間が被るコト無かったから、一緒に帰るの珍しいですねー。どうせだからゴハン行きませんか?」
 何コレ? 死ぬの? っていうか、何でこんな日に限って夢のようなお誘いがあるの?
 ここは死んでも行きたいところだが、ヤツらとの約束を反故にするのはいささか気が引ける。
 念のため、財布の中身に関する記憶を辿るが、給料日後なのでそこそこ入っているハズ。
 先日の食事を奢るという約束もクリアになる上、念願だった佐向亜依子との距離もグッと縮まる。
 イイコト尽くしじゃないか。今更L☆Dの守銭奴どもとの約束をドタキャンしたところで、次に会った時に酒でも飲ませれば解決するだろう。
 そうだ。何もギターの弾き語りなんか出来なくたって、当初の目的は達成するのだから。
 ギターなんて……弾けなくても。
「……パイ……先輩! ちょっと先輩? 何フリーズしてるんですか? そんなに行きたくない、ですか?」
 やや寂しそうな佐向亜依子の声で我に返る。
「いや、いやいやいや、滅相もない! これ以上無い光栄です! が、今日は地元の恐い先輩に呼ばれてまして……ただホントに死ぬほど行きたいんで、いま発狂してしまいそうなんですよね」
 最後の最後まで悩んだ挙げ句、先約であるL☆Dとの約束を取ってしまった。
 ギリギリで逃げたと思われるのも癪だし、そもそも佐向亜依子の好意を引き出す為に始めたギターを投げたとあっては、俺自身のコケンに関わる。
 今日のデビューを華々しく飾り、自信にみなぎった俺が、改めて彼女を食事に誘いたいという希望が勝ったのだ。
「えー! そっかぁ~まぁ仕方無いですよね? 急に誘って困らせちゃってゴメンなさい。今日は大人しく帰って寂しく家飲みでもします。シクシクシク」
 少し芝居掛かった感じで、佐向亜依子が泣き真似をした。
 いや、本気で可愛いんですけど。付き合ってたら確実に抱き締めてるんですけど。
「ちょ、あ、いや、こちらこそホントにゴメンなさい。あの、この埋め合わせは必ずしますから」
 情けないが、何度も彼女に頭を下げて許しを乞う。
 鏡を見るまでもなく、いま俺の顔は猛烈に情けない感じになっているハズだ。
「イイですよーだ。これから夜の街でナンパでもされてきますよー」
 それはそれで心配なんだが。
「本当に申し訳ない。土曜の夜にこんなオッサンを誘ってくれたのに、断ってしまって……プライド傷付けてたらホントにゴメンなさい」
 ここは誠心誠意謝るしかない。
「あは! そんなに自分のコト卑下しないでくださいよぉ。私がスエノ先輩のコト苛めてるみたいじゃないですかぁ」
 下げ通しだった頭を上げると、表情からはそんなに怒っていない印象を受けた。
「週明けに必ず調整します! 良い店探しておきますから!! ホントにゴメンなさい」
 苦笑いの彼女を残し、ペコペコと頭を下げてその場を立ち去った。
 駅に向かう間、佐向亜依子の方を振り返り、こちらを見ているかもわからないのに頭を下げながら走る。
 さて、駅に到着してスマートフォンを確認すると、やはりメッセージが届いていた。
 俺が断腸の思いで、意中の女性の誘いを断ったコトなど、当然ながら知る由もなく文面は浮かれていた。
『アミオさん! もうすぐ五重の塔着きます。先にやってるんで急いで来てくださいよー』
 送り主はミチヨで、桜をバックに全員が入るように撮った自撮り画像が添付されていた。
 ハイハイ。急いで向かいますよ!
 電車に揺られ、スマートフォンでこの後弾く予定の曲を聴きながら、イメージトレーニングをする。
 イヤフォンから流れる曲に合わせて、人から見えないように右手でストロークをなぞる。
 ギリギリになっても歌詞が頭に入りきらず、不安しか残っていない。
 ただギターに関しては、やれるだけのコトはやったという自信があるので、あとは持っているモノをぶつけるだけである。
 電車に乗り込み、エンドレスリピートで、ボブ・ディランのノッキンオンヘブンズドアを流していると、8回程のループで最寄り駅付近に着いた。
 このまま待ち合わせ場所の、本門寺五重の塔に向かっても良かったのだが、採点を緩くさせるべく、駅前の酒屋で打算的に袖の下のビールを購入。
 ここで発泡酒ではなくビールというところに、俺の採点への強い心意気を感じ取って頂きたい。
 しかもロング缶を6本セットという大奮発までしてしまった。
 三キロ強の重量を右手の指先に感じながら、普段は降り立たない自宅と反対側の商店街に進む。
 私鉄沿線なので、派手な街とは言えないものの、寺側の参道は飲食店も多く、二十時過ぎにしては人通りも目立っていた。
 景色から徐々に商店が減ってゆき、本門寺を正面にすると寺町としての厳かな雰囲気を肌で感じる。
 総門をくぐり、そびえる階段を数えながら登る。九十六段を登り切ると、やや呼吸が荒くなっているコトに気付いた。
 砂利敷きの中央にある石畳の参道を歩き、アントニオ猪木がモデルという仁王像が両サイドで出迎える門を抜け、大堂が見えたら右に曲がる。
 薄暗い道を抜けると五重の塔。遠目にも女子がたむろしているのが確認出来た。
 気持ち的には巌流島の宮本武蔵。ここ数日の俺の本気を試す。
 いざ、ラスボスが待ち構える五重の塔へと歩みを進める。