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星と焔

ー/ー



魔都ノーチェスのメインストリート

「ん」

「あ!」


 日用品の買い出しのため、モニカが商店街に訪れていた時、2人は偶然出会った。


「騎獅道君、だっけ。久しぶり?」

「誰だ、お前」


 そういう旭の顔には明らかに焦りが見えた。モニカはいたずらっぽい笑みで旭ににじり寄る。顔を逸らしてそっぽ向く旭をものともせず、モニカは人目を気にせず旭の手を取る。


「嘘。覚えてるでしょ? 騎獅道君、顔に出るね」

「……俺を苗字で呼ぶな」


 興味がない、といった風に素っ気ない態度を取っていた旭の顔が怒りで歪む。モニカが旭の地雷を踏み抜く。しかし、モニカは引かない。旭のイラつきが見えていないのか、グイグイと攻め寄る。


「もしかしなくても騎獅道君って、極東の人でしょ! 私、極東のことすごく気になるの」

「鬱陶しい」

「ね〜、お願い! 私に極東のこと教えて!?」

「教えない」

「ちょっとでいいから! 騎獅道君の魔法ってすっごいよね! どうしてあんな魔法使えるの?!」

「…………」

「なんで魔法使いになろうとしてるの? 極東の人で魔法使いって珍しいんでしょ?」


 旭はとうとう受け答えすらしなくなり、早い足取りでメインストリートを進んでいく。ちらりと後ろを振り向くこともせず、ただ真っ直ぐに歩き続けている。黙々と、地面を見つめながら旭は歩く。もはやモニカの言葉など耳にも入っていない。


(……この街の空は、嫌いだ)


 ただ、歩く。何も考えず、前を見ずに、ずっと。どこまでも、どこまでも進んでいくうちに、旭の目に映る景色が変わる。淡白な灰色のタイルが途切れ、緑溢れる自然の風景が広がる。青々しい大自然が旭を包み込んでも、気分が晴れることはない。鬱屈とした気持ちでいる旭の腕を、突如としてモニカが掴む。


「ねぇ、ちょっと待ってってば!」


 ハッとして旭が前を見ると、そこには道のない道があった。既にノーチェスの郊外すらも飛び越えた地域まで来てしまっていたらしい。目の前ではぼろぼろの衣服を着た追い剥ぎが今にも旭たちを襲おうとしている。舐め回すような品のない目つきでモニカを見ている。


「な……なに?」


 一歩、追い剥ぎがモニカに近づいた瞬間、紅い焔が辺り一帯を焼き尽くす。旭はギロリと追い剥ぎを睨みつけ、険しい表情を浮かべる。焔は烈火のごとく燃え上がり、空気すら燃えてしまいそうなほど、熱を伝播させていく。煌めくように紅い焔が2人を包み込むように広がっていく。追い剥ぎは耳を塞ぎたくなるほど痛々しい悲鳴を上げてゴロゴロと焦げた草の上を転げ回っている。


「ね、ねぇ。もういいでしょ、炎止めてよ」


 旭は聞く耳を持たず、焔は火力を増すばかりだ。やがて追い剥ぎの悲鳴すら聞こえなくなり、声にならない声がかすかに耳に入ってくる。それも、バチバチと火花を散らしながら燃える焔の音でかき消されてしまう。


「止めてよ、ねぇ! 止めてってば!」


 ふっ、と。焔が消えていく。轟々と燃え盛っていた焔は空に吸い込まれるように消え、目の前には真っ黒に焼けこげた追い剥ぎの姿があった。ぼろぼろだった服は焼け焦げ、肌も炭のように黒くなっている。もう指先すら動いてはいない。腹部の起伏も見て取ることは出来なかった。慌ててモニカが近寄るも、追い剥ぎは息をしていない。喉からこみあがってくる嗚咽感を我慢しながら、モニカはひたすら声をかけているが、もうそんなことではどうしようもない。


「……どうして? ここまでする必要なかったでしょ!?」


 旭はまたも何も答えない。それどころか、次はお前だ、とでも言いたそうにモニカをじっと見つめている。流石のモニカもこれには怖気付いたのか、一歩後ずさる。するとその直後、2人を囲うようにして焔が燃え上がった。


「なんのつもり!?」

「お前の知りたいことを教えてやる」


 旭は、殺すことに躊躇しない。今回の追い剥ぎも同様に、なんの躊躇いもなく、淡々と殺す。旭にとって魔法とは、『殺すための道具』にすぎない。鉄製のバットや鋭利なナイフと何も変わらない。人を傷つけるための道具なのだ。


「俺は、復讐のためだけに魔法を使う」


 旭は焼けこげた追い剥ぎの頭を蹴り飛ばす。その拍子に、追い剥ぎの頭が胴体を別れを告げる。そして、頭部はそのままぼろぼろと崩れてしまった。人の命を、なんとも思っていない。この時モニカに見えたのは、今まで見てきた人間の中でも、最も残酷で、最低の人間の姿だった。真っ黒で、何も見えない。絶望なんて言葉では生ぬるい、もっと深い『何か』。モニカの目には、それが見えなかった。


「何……それ。復讐って……そんな、自分勝手な!」

「希望と奇跡。そんな綺麗事しか知らないお前には、一生かけても分からねぇよ」

「じゃあ、この人はなんで殺されなきゃいけなかったの! この人は何もしなかったじゃない!」

「そいつは追い剥ぎだ。いつか、どこかで誰かを不幸にする。そんなヤツ、すぐにでも死んだ方がマシだ」

「そんなわけない! 死んだ方がいい人間なんて、いる訳ない!」


 紺青の空の元で、2人が叫びをあげる。お互いに考えが相違し合う。怒鳴りあって、相手の気持ちを考慮することもなく、ただ押し付け合う。これは、根本的な価値観の違いで、どちらかが譲るなんてことはできない。そして、本能的に、2人は気づく。

 こいつとは、分かり合えない

 2人を囲う焔が猛ける。今にも2人を包み込んで燃やしてしまいそうなほど揺らぎ、肌に熱を伝える。空気が乾き、次第に瞬きが多くなっていく。風に煽られる焔が、モニカの髪先を掠め、かすかに焦がす。


「復讐は何も生まないよ。また憎しみが連鎖するだけ」

「俺はそれでも構わない。復讐が達成できればその先に興味はない」

「違う! 魔法は……魔法使いは、そんなんじゃない!」

「何が違う。試験の時も言われただろう、魔法使いは人を殺す仕事なんだよ」


 それが魔法使いだと言わんばかりに、旭がモニカに向かって焔を差し向ける。燃え上がる焔を操る旭が、紅い光に照らされて、悔しくも美しく見えてしまう。


「俺は復讐のためだけに生きてきた。あいつを殺すことだけが、俺の生きる理由だ」


 2人を囲っていた焔が夜に消えていく。まだ辺りの熱が冷めることはなく、蒸し暑く、閉塞感にも似た空気が流れる。旭はどこからか、ノーチェスでは見たこともないような箒を取り出し、空を飛んでどこかへ飛ぼうとする。


「……確かに、騎獅道君の言ってることは間違ってないよ。でも――」


 それを引き止めるように、モニカが小さな声で呟いた。旭はそれを聞き逃さなかったのか、ぴくりと身体を動かすのを止めて振り返る。


「君の生きる理由が復讐だけなんて、そんなことはないよ」


 ノーチェスに輝く星空よりも眩しいモニカの瞳を、旭は見ることができなかった。


(何も疑ってない。自分に言い聞かせてるわけじゃない、純白の色……)

「いつか、見つかるはずだから。君が、本当に大切にできるものが」

「……そんな日は一生来ねぇよ」


 モニカから目を逸らし、旭は遥か遠くに消えていく。気がつけば、もう空には月が顔を出していた。この月があと一度沈めば、バウディアムスの合格発表だ。


「モニカ〜探したよ〜、こんなところで何してるの?」

「パーシー!」

「うぇ……何?」


 迎えに来たパーシーに向かって、モニカが叫ぶ。


「私、やりたいことできた」

「そ、そう……よかったね?」

「だから、応援して」

「うん……?」


 断言する。これから先に待ち受けているものは、決して明るいものなんかじゃない。それでも――


  「よぉ〜し! 頑張るぞ!」


 希望の光は、潰えない。いつまでも、遙か空高くから見守っている。


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魔都ノーチェスのメインストリート
「ん」
「あ!」
 日用品の買い出しのため、モニカが商店街に訪れていた時、2人は偶然出会った。
「騎獅道君、だっけ。久しぶり?」
「誰だ、お前」
 そういう旭の顔には明らかに焦りが見えた。モニカはいたずらっぽい笑みで旭ににじり寄る。顔を逸らしてそっぽ向く旭をものともせず、モニカは人目を気にせず旭の手を取る。
「嘘。覚えてるでしょ? 騎獅道君、顔に出るね」
「……俺を苗字で呼ぶな」
 興味がない、といった風に素っ気ない態度を取っていた旭の顔が怒りで歪む。モニカが旭の地雷を踏み抜く。しかし、モニカは引かない。旭のイラつきが見えていないのか、グイグイと攻め寄る。
「もしかしなくても騎獅道君って、極東の人でしょ! 私、極東のことすごく気になるの」
「鬱陶しい」
「ね〜、お願い! 私に極東のこと教えて!?」
「教えない」
「ちょっとでいいから! 騎獅道君の魔法ってすっごいよね! どうしてあんな魔法使えるの?!」
「…………」
「なんで魔法使いになろうとしてるの? 極東の人で魔法使いって珍しいんでしょ?」
 旭はとうとう受け答えすらしなくなり、早い足取りでメインストリートを進んでいく。ちらりと後ろを振り向くこともせず、ただ真っ直ぐに歩き続けている。黙々と、地面を見つめながら旭は歩く。もはやモニカの言葉など耳にも入っていない。
(……この街の空は、嫌いだ)
 ただ、歩く。何も考えず、前を見ずに、ずっと。どこまでも、どこまでも進んでいくうちに、旭の目に映る景色が変わる。淡白な灰色のタイルが途切れ、緑溢れる自然の風景が広がる。青々しい大自然が旭を包み込んでも、気分が晴れることはない。鬱屈とした気持ちでいる旭の腕を、突如としてモニカが掴む。
「ねぇ、ちょっと待ってってば!」
 ハッとして旭が前を見ると、そこには道のない道があった。既にノーチェスの郊外すらも飛び越えた地域まで来てしまっていたらしい。目の前ではぼろぼろの衣服を着た追い剥ぎが今にも旭たちを襲おうとしている。舐め回すような品のない目つきでモニカを見ている。
「な……なに?」
 一歩、追い剥ぎがモニカに近づいた瞬間、紅い焔が辺り一帯を焼き尽くす。旭はギロリと追い剥ぎを睨みつけ、険しい表情を浮かべる。焔は烈火のごとく燃え上がり、空気すら燃えてしまいそうなほど、熱を伝播させていく。煌めくように紅い焔が2人を包み込むように広がっていく。追い剥ぎは耳を塞ぎたくなるほど痛々しい悲鳴を上げてゴロゴロと焦げた草の上を転げ回っている。
「ね、ねぇ。もういいでしょ、炎止めてよ」
 旭は聞く耳を持たず、焔は火力を増すばかりだ。やがて追い剥ぎの悲鳴すら聞こえなくなり、声にならない声がかすかに耳に入ってくる。それも、バチバチと火花を散らしながら燃える焔の音でかき消されてしまう。
「止めてよ、ねぇ! 止めてってば!」
 ふっ、と。焔が消えていく。轟々と燃え盛っていた焔は空に吸い込まれるように消え、目の前には真っ黒に焼けこげた追い剥ぎの姿があった。ぼろぼろだった服は焼け焦げ、肌も炭のように黒くなっている。もう指先すら動いてはいない。腹部の起伏も見て取ることは出来なかった。慌ててモニカが近寄るも、追い剥ぎは息をしていない。喉からこみあがってくる嗚咽感を我慢しながら、モニカはひたすら声をかけているが、もうそんなことではどうしようもない。
「……どうして? ここまでする必要なかったでしょ!?」
 旭はまたも何も答えない。それどころか、次はお前だ、とでも言いたそうにモニカをじっと見つめている。流石のモニカもこれには怖気付いたのか、一歩後ずさる。するとその直後、2人を囲うようにして焔が燃え上がった。
「なんのつもり!?」
「お前の知りたいことを教えてやる」
 旭は、殺すことに躊躇しない。今回の追い剥ぎも同様に、なんの躊躇いもなく、淡々と殺す。旭にとって魔法とは、『殺すための道具』にすぎない。鉄製のバットや鋭利なナイフと何も変わらない。人を傷つけるための道具なのだ。
「俺は、復讐のためだけに魔法を使う」
 旭は焼けこげた追い剥ぎの頭を蹴り飛ばす。その拍子に、追い剥ぎの頭が胴体を別れを告げる。そして、頭部はそのままぼろぼろと崩れてしまった。人の命を、なんとも思っていない。この時モニカに見えたのは、今まで見てきた人間の中でも、最も残酷で、最低の人間の姿だった。真っ黒で、何も見えない。絶望なんて言葉では生ぬるい、もっと深い『何か』。モニカの目には、それが見えなかった。
「何……それ。復讐って……そんな、自分勝手な!」
「希望と奇跡。そんな綺麗事しか知らないお前には、一生かけても分からねぇよ」
「じゃあ、この人はなんで殺されなきゃいけなかったの! この人は何もしなかったじゃない!」
「そいつは追い剥ぎだ。いつか、どこかで誰かを不幸にする。そんなヤツ、すぐにでも死んだ方がマシだ」
「そんなわけない! 死んだ方がいい人間なんて、いる訳ない!」
 紺青の空の元で、2人が叫びをあげる。お互いに考えが相違し合う。怒鳴りあって、相手の気持ちを考慮することもなく、ただ押し付け合う。これは、根本的な価値観の違いで、どちらかが譲るなんてことはできない。そして、本能的に、2人は気づく。
 こいつとは、分かり合えない
 2人を囲う焔が猛ける。今にも2人を包み込んで燃やしてしまいそうなほど揺らぎ、肌に熱を伝える。空気が乾き、次第に瞬きが多くなっていく。風に煽られる焔が、モニカの髪先を掠め、かすかに焦がす。
「復讐は何も生まないよ。また憎しみが連鎖するだけ」
「俺はそれでも構わない。復讐が達成できればその先に興味はない」
「違う! 魔法は……魔法使いは、そんなんじゃない!」
「何が違う。試験の時も言われただろう、魔法使いは人を殺す仕事なんだよ」
 それが魔法使いだと言わんばかりに、旭がモニカに向かって焔を差し向ける。燃え上がる焔を操る旭が、紅い光に照らされて、悔しくも美しく見えてしまう。
「俺は復讐のためだけに生きてきた。あいつを殺すことだけが、俺の生きる理由だ」
 2人を囲っていた焔が夜に消えていく。まだ辺りの熱が冷めることはなく、蒸し暑く、閉塞感にも似た空気が流れる。旭はどこからか、ノーチェスでは見たこともないような箒を取り出し、空を飛んでどこかへ飛ぼうとする。
「……確かに、騎獅道君の言ってることは間違ってないよ。でも――」
 それを引き止めるように、モニカが小さな声で呟いた。旭はそれを聞き逃さなかったのか、ぴくりと身体を動かすのを止めて振り返る。
「君の生きる理由が復讐だけなんて、そんなことはないよ」
 ノーチェスに輝く星空よりも眩しいモニカの瞳を、旭は見ることができなかった。
(何も疑ってない。自分に言い聞かせてるわけじゃない、純白の色……)
「いつか、見つかるはずだから。君が、本当に大切にできるものが」
「……そんな日は一生来ねぇよ」
 モニカから目を逸らし、旭は遥か遠くに消えていく。気がつけば、もう空には月が顔を出していた。この月があと一度沈めば、バウディアムスの合格発表だ。
「モニカ〜探したよ〜、こんなところで何してるの?」
「パーシー!」
「うぇ……何?」
 迎えに来たパーシーに向かって、モニカが叫ぶ。
「私、やりたいことできた」
「そ、そう……よかったね?」
「だから、応援して」
「うん……?」
 断言する。これから先に待ち受けているものは、決して明るいものなんかじゃない。それでも――
  「よぉ〜し! 頑張るぞ!」
 希望の光は、潰えない。いつまでも、遙か空高くから見守っている。