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実技試験 ―1―

ー/ー



 波乱の筆記試験が幕を閉じ、面接も終わった。残すは実技試験だけだ。ノーチェスの空にまた月が浮かぶ。その周りで輝く星を見ることはなく、受験者は空を見上げている。
 実技試験の会場に指定されたのは、バウディアムスの訓練所。神精樹の中に設計されたのはいわゆるグラウンドというやつだ。足元には大地、空調設備も完備されている。そして、驚くべきはその『広さ』だ。訓練所の一室だけで豪邸が建てられてしまうほど広々とした空間。天井などはなく、深い青が見下ろしている。どれだけ魔法を使っても被害は最小限で済むだろう。そんな空間に、モニカたち受験者、総勢約800人が集められた。


「モニカ、お疲れ様。筆記の方、どうだった?」

「えっと……それがですね……」

「……何かあったの?」

「体調不良で途中退場しちゃった……てへ!」

「『てへ!』じゃないの! 何やってんのこのバカモニカ!」

「やだ〜怒んないでよ〜!」


 2人が緊張を紛らわすように戯れていると、突如、会場がざわつき始めた。
 空を、見ていた。この瞬間だけは、モニカも輝く星ではなくに目を奪われる。圧倒的な存在感。呼吸を忘れるほどの威圧。光を飲むほど暗いノーチェスの空に、ひらりひらりと、が舞い遊ぶ。何十、いや、何百もの紅い蝶が空を覆い尽くす。一匹一匹は矮小で、可愛らしく舞う蝶が、群れを作り、受験者たちを震え上がらせた。そして、目をくらませる。モニカは、すぐそこまで迫った危機に気が付かない。


「どこ見てるんだい?」


 ぞわりと、背筋を伝う冷たい殺気。咄嗟に振り返ろうとしても、身体が動かない。アステシアと対面したあの日、彼女の瞳から目を離せなかった、あの感覚。

 

 冷たい汗がびっしょりとモニカの身体を湿らせる。吹き抜けた天井からそよぐ夜風がモニカを煽るように靡く。音がなかった。先程までざわつき、騒がしかった会場が一気に冷え切る。空から、無数の紅い蝶が舞い降りる。地に降り立ち、1箇所に集まって形を成していく。


Buenos noches(こんばんわ).」


 モニカはようやく振り返り、その姿を見た。橙と黒のとんがり帽子、大人な雰囲気を漂わせる黒い装束。ふわっと内側に巻かれた茶髪に、女性にしてはかなり高い身長。そして、形の変わった放棄を背に、深々と礼をしている。先程までの殺気が嘘のように消えてなくなり、暖かい空気が流れる。ゆっくりと顔を上げ、帽子の位置を整え、丁寧に自己紹介をする


「初めまして、受験者の諸君。は楽しんでもらえたかな? 私は『獄蝶(ごくちょう)のジョカ』。君たちが目指す、魔法使いの頂点……」


 再び、紅い蝶が空に舞い上がる。ひらひらと楽しそうに空を舞い、どんどん高く登っていく。そして見えなくなるまで遠くまで飛んでいくと、獄蝶のジョカは大きく手を叩いた。


「Bomb!!!!」


 空が爆発した。正確には、紅い蝶たちが1箇所に集まり、盛大な、花火のような爆発を起こす。一瞬、眩しいほど空が輝き、月と星の明かりを忘れさせる。


「大魔法使いだ。実技試験は、この私が担当させてもらうよ」


 大魔法使い。自らそう名乗る『獄蝶のジョカ』は紅い蝶と共に空を飛び、モニカたちを見下ろす。月に照らされる姿に、思わず見惚れてしまいそうなほど、美しい容姿をしている。受験者が唖然として動かない中、モニカだけは、未だに身体をビクビクと震わせ、恐怖心を抑えられず過呼吸になっている。


「モニカ?」


 受験者が獄蝶のジョカが放つ威圧と溢れ出る魔力に気を取られる中、モニカだけはを見ている。視線は獄蝶のジョカの背後に見えるそれに、モニカは身を震わせる。


(……なんで、あんなのがみんなは見えてないの……?)


 モニカに見えていたのは、目を疑うほどのおびただしい量の魔獣の霊だった。叫び、呻き、泣いている。どうして、これだけの量の魔獣を殺してしまったのか、不思議と疑問には思わなかった。それは、魔法使いが魔獣から人々を守る役割があるから、とも言えるかもしれない。しかし、それに加えて、獄蝶のジョカには、『そういう人』だと、ひと目でわかるほどの冷酷さと残酷さがあった。爽やかな笑顔の裏に隠された憎悪を、モニカは見逃さなかった。



「それで! 肝心の試験の方なんだけど……」


 獄蝶のジョカが指を弾く。パチンと、弾けるような音が訓練所に鳴り響いたと同時に、空を泳ぐ紅い蝶の様子が変わる。苦しむようにバタバタと羽を動かし、鱗粉を撒き散らす。


「……色が、変わっていく」

「”獄蝶(ごくちょう)”」


 やがて紅い蝶は姿を変える。目に焼き付くような美しい紅が、ゆっくりと藍色の空に溶けていく。


「綺麗……」

「青い蝶〜! かっこいいね〜」

「この青い蝶は、性質を持っている。その蝶を今400匹出した」


 つまり、何が言いたいのか、分からないはずはなかった。青い蝶が、品定めをするようにモニカたちを見ている。しかし、こんな選別が許されていいのか。実力だけが魔法使いの強さではない。そんなことは、試験官である獄蝶のジョカも理解している。
だが、これが許されてしまうのである。なぜなら、獄蝶のジョカが使だからだ。数多く存在する魔法使いの、頂点に立つものだからこそ分かることがある。


だけで、魔法使いは勤まらない。この青い蝶に選ばれた子だけ、これからの実技試験に挑戦してもらう。残酷だが、君たちのためだからね」


 蝶が一斉に羽ばたく。大きな群れを作っていた蝶は分裂し、2つの群れに別れる。そしてそれらの群れは、それぞれ一目散に目標の人物の元へ飛びついていく。


(ここまで極端に別れるのも珍しいな。1つは検討が付くがもう1つは……)

「ふふん、この蝶なかなか見る目あるじゃん? 」


 パーシーに向かって、蝶たちが競争しながら突っ込んでくる。もう1つの群れも、誰かの元へ一直線に進んでいく。


「君に決めた」


 そして、パーシーは青い蝶に選ばれた。


「パーシー・クラウディア。騎獅道(きしどう) (あさひ)。合格だ。選ばれた子は私の方へ着いてきなさい」


 そして、青い蝶は次々に散らばり、次の強者を探す。喜びと悲しみが入り乱れる会場は、もうパニック状態だった。受験者が青い蝶を求めて乱戦を繰り広げる中、パーシーはモニカを見失ってしまう。青い蝶を手に、不安な気持ちを抱えながらも、パーシーは次のステップへと進んでいく。
 星はまだ、その輝きを失うことなくノーチェスを照らす。青い蝶は、残り100匹――


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 波乱の筆記試験が幕を閉じ、面接も終わった。残すは実技試験だけだ。ノーチェスの空にまた月が浮かぶ。その周りで輝く星を見ることはなく、受験者は空を見上げている。
 実技試験の会場に指定されたのは、バウディアムスの訓練所。神精樹の中に設計されたのはいわゆるグラウンドというやつだ。足元には大地、空調設備も完備されている。そして、驚くべきはその『広さ』だ。訓練所の一室だけで豪邸が建てられてしまうほど広々とした空間。天井などはなく、深い青が見下ろしている。どれだけ魔法を使っても被害は最小限で済むだろう。そんな空間に、モニカたち受験者、総勢約800人が集められた。
「モニカ、お疲れ様。筆記の方、どうだった?」
「えっと……それがですね……」
「……何かあったの?」
「体調不良で途中退場しちゃった……てへ!」
「『てへ!』じゃないの! 何やってんのこのバカモニカ!」
「やだ〜怒んないでよ〜!」
 2人が緊張を紛らわすように戯れていると、突如、会場がざわつき始めた。
 空を、見ていた。この瞬間だけは、モニカも輝く星ではなく《《それ》》に目を奪われる。圧倒的な存在感。呼吸を忘れるほどの威圧。光を飲むほど暗いノーチェスの空に、ひらりひらりと、《《紅い蝶》》が舞い遊ぶ。何十、いや、何百もの紅い蝶が空を覆い尽くす。一匹一匹は矮小で、可愛らしく舞う蝶が、群れを作り、受験者たちを震え上がらせた。そして、目をくらませる。モニカは、すぐそこまで迫った危機に気が付かない。
「どこ見てるんだい?」
 ぞわりと、背筋を伝う冷たい殺気。咄嗟に振り返ろうとしても、身体が動かない。アステシアと対面したあの日、彼女の瞳から目を離せなかった、あの感覚。
 《《畏怖》》
 冷たい汗がびっしょりとモニカの身体を湿らせる。吹き抜けた天井からそよぐ夜風がモニカを煽るように靡く。音がなかった。先程までざわつき、騒がしかった会場が一気に冷え切る。空から、無数の紅い蝶が舞い降りる。地に降り立ち、1箇所に集まって形を成していく。
「|Buenos noches《こんばんわ》.」
 モニカはようやく振り返り、その姿を見た。橙と黒のとんがり帽子、大人な雰囲気を漂わせる黒い装束。ふわっと内側に巻かれた茶髪に、女性にしてはかなり高い身長。そして、形の変わった放棄を背に、深々と礼をしている。先程までの殺気が嘘のように消えてなくなり、暖かい空気が流れる。ゆっくりと顔を上げ、帽子の位置を整え、丁寧に自己紹介をする
「初めまして、受験者の諸君。《《余興》》は楽しんでもらえたかな? 私は『|獄蝶《ごくちょう》のジョカ』。君たちが目指す、魔法使いの頂点……」
 再び、紅い蝶が空に舞い上がる。ひらひらと楽しそうに空を舞い、どんどん高く登っていく。そして見えなくなるまで遠くまで飛んでいくと、獄蝶のジョカは大きく手を叩いた。
「Bomb!!!!」
 空が爆発した。正確には、紅い蝶たちが1箇所に集まり、盛大な、花火のような爆発を起こす。一瞬、眩しいほど空が輝き、月と星の明かりを忘れさせる。
「大魔法使いだ。実技試験は、この私が担当させてもらうよ」
 大魔法使い。自らそう名乗る『獄蝶のジョカ』は紅い蝶と共に空を飛び、モニカたちを見下ろす。月に照らされる姿に、思わず見惚れてしまいそうなほど、美しい容姿をしている。受験者が唖然として動かない中、モニカだけは、未だに身体をビクビクと震わせ、恐怖心を抑えられず過呼吸になっている。
「モニカ?」
 受験者が獄蝶のジョカが放つ威圧と溢れ出る魔力に気を取られる中、モニカだけは《《別の何か》》を見ている。視線は獄蝶のジョカの背後に見えるそれに、モニカは身を震わせる。
(……なんで、あんなのがみんなは見えてないの……?)
 モニカに見えていたのは、目を疑うほどのおびただしい量の魔獣の霊だった。叫び、呻き、泣いている。どうして、これだけの量の魔獣を殺してしまったのか、不思議と疑問には思わなかった。それは、魔法使いが魔獣から人々を守る役割があるから、とも言えるかもしれない。しかし、それに加えて、獄蝶のジョカには、『そういう人』だと、ひと目でわかるほどの冷酷さと残酷さがあった。爽やかな笑顔の裏に隠された憎悪を、モニカは見逃さなかった。
「それで! 肝心の試験の方なんだけど……」
 獄蝶のジョカが指を弾く。パチンと、弾けるような音が訓練所に鳴り響いたと同時に、空を泳ぐ紅い蝶の様子が変わる。苦しむようにバタバタと羽を動かし、鱗粉を撒き散らす。
「……色が、変わっていく」
「”|獄蝶《ごくちょう》”」
 やがて紅い蝶は姿を変える。目に焼き付くような美しい紅が、ゆっくりと藍色の空に溶けていく。
「綺麗……」
「青い蝶〜! かっこいいね〜」
「この青い蝶は、《《強者に引き寄せられる》》性質を持っている。その蝶を今400匹出した」
 つまり、何が言いたいのか、分からないはずはなかった。青い蝶が、品定めをするようにモニカたちを見ている。しかし、こんな選別が許されていいのか。実力だけが魔法使いの強さではない。そんなことは、試験官である獄蝶のジョカも理解している。
だが、これが許されてしまうのである。なぜなら、獄蝶のジョカが《《大魔法使い》》だからだ。数多く存在する魔法使いの、頂点に立つものだからこそ分かることがある。
「《《気持ち》》だけで、魔法使いは勤まらない。この青い蝶に選ばれた子だけ、これからの実技試験に挑戦してもらう。残酷だが、君たちのためだからね」
 蝶が一斉に羽ばたく。大きな群れを作っていた蝶は分裂し、2つの群れに別れる。そしてそれらの群れは、それぞれ一目散に目標の人物の元へ飛びついていく。
(ここまで極端に別れるのも珍しいな。1つは検討が付くがもう1つは……)
「ふふん、この蝶なかなか見る目あるじゃん? 」
 パーシーに向かって、蝶たちが競争しながら突っ込んでくる。もう1つの群れも、誰かの元へ一直線に進んでいく。
「君に決めた」
 そして、パーシーは青い蝶に選ばれた。
「パーシー・クラウディア。|騎獅道《きしどう》 |旭《あさひ》。合格だ。選ばれた子は私の方へ着いてきなさい」
 そして、青い蝶は次々に散らばり、次の強者を探す。喜びと悲しみが入り乱れる会場は、もうパニック状態だった。受験者が青い蝶を求めて乱戦を繰り広げる中、パーシーはモニカを見失ってしまう。青い蝶を手に、不安な気持ちを抱えながらも、パーシーは次のステップへと進んでいく。
 星はまだ、その輝きを失うことなくノーチェスを照らす。青い蝶は、残り100匹――