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週が明けてすぐ、アーバネット銀行香里ケ丘支店の取引先課長である宮本正守宛てに、顧客の蓮浄寺からの電話が入った。

「おはようございます。実は先代の住職が先週末に亡くなったんです。今後の相談がしたいので、来てもらえんでしょうか?」
「それは、ご愁傷様です。ほんだら直ぐに伺います」

電話を切った宮本は、蓮浄寺からの連絡を簡単に支店長に伝え、朝の予定を変更してすぐさま蓮浄寺へバイクを走らせた。
故人の口座凍結に遺産相続。相続に関する手順を考えながらバイクを走らせた。住宅街の道を何度もスクラッチを切り替えて進んでいくと、一部だけが時代に取り残された広大な敷地が見えてくる。

浄土真宗本願寺派である蓮浄寺の歴史は古く、建立は平安時代だと言われている。前任者から引き継ぎに時、色々と寺の歴史について話してはくれてはいたが、宮本の頭の中に残っている情報は少なかった。
バイクを停めてヘルメットを取ると、蝉の鳴き声が殴りつけてくるように宮本を襲った。剥き出しになった肌に、針先みたいな鋭い日差しが照りつけていた。

目の前には、長い時間を重ねて味わい深くなった山門が大きく口を開いていた。毛穴から噴き出た汗が、額から頬、顎へと何本の支流を作って流れ落ちてくる。
宮本は何度も汗を拭った。茅葺き屋根の四方が、毛筆で跳ねを作ったように上がった山門を潜った。

木材は古すぎて、所々に剥げて白くなってはいるが、山門前に植えられた桜が春には色鮮やかに咲き乱れ、秋には紅く染まり、移りゆく生命と時間を重ねてきた古い山門と重なり合い風情があった。
今は青葉が茂り、虫たちが一瞬を生きている。

(蝉がうるさあて、何も音が聞こえへんわ)

植えられている樹木は、蝉の格好の住処になっていた。寺務所に続く石畳の両脇には石燈籠が立ち並び、所々に苔が生えていて、果てないのない時間が感じられる。周りに生えている木々は、職人によって剪定され、石畳に影のトンネルを作ってくれている。
トンネルを抜けると石畳からの照り返しで、目がチカチカとした。宮本は灼熱(しゃくねつ)地獄を歩かされている気分だった。寺務所に着いた宮本は、そのまま扉を開けた。

「ごめん下さい。アーバネット銀行の宮本です」

声を張り上げて直ぐに、亡くなった先代住職の息子である隆光(りゅうこう)が、奥から小走りで出迎えてくれた。紺色の作務衣を着て、綺麗に剃られた頭部は少しの明かりに反射していた。
その割に眉毛が異様に太くて濃いために、いっそ、眉も剃ればいいのにと、会う度に思う。

「暑い中、ご苦労様です。さあさあ、中へどうぞ」
「失礼します」

隆光の後を従(つ)いて部屋に入ると、寒いほどに冷えた部屋が一気に極楽気分を味わせてくれた。
案内された部屋はいつもの客間で、その先の廊下を進んでいくと、住居部分になっている。また、その先には本堂に繋がっていて、全てが棟続きになっている。

座って直ぐ、目の前に出された氷の入っているお茶を一気に飲み干したかった。しかし、宮本はグッと我慢した。

「この度は、ご愁傷様でした」
「いえいえ。もう九〇歳を越えてましたし、大往生やったと思いますわ。早速なんですが、今日ここへ来てもらったんは、葬式の手配なんですわ」

銀行員に葬式の相談をするなんて、宮本は聞いた記憶がなかった。

「実は、葬式を二回するんですわ。一回目は、まあ、一般的なもんで、親戚筋や檀家さんやらを呼んでの葬式。二回目。これが大変なんです。宗派の僧侶を呼んでの葬式でして、準備にも時間が掛かります。それはまあ、ええんですが、集まる香典のことでご相談をしたいんです」
「はあ」

話の流れがよく理解できない宮本は、隆光が作ってくれた間に、やっとお茶を喉に流し込んだ。一口のつもりが、枯れた土に水が吸い込んでいくように止まらなくなって、一気に飲み干した。

「香典の受付を頼まれて欲しい、とかですか?」
「ちゃいます、ちゃいます。集まる香典の額が、億単位になるんですわ。多分、五億から十億になるんとちゃうかな? って思ってます」
「え? そんなに、ですか?」

隆光は困ったような笑みを浮かべていた。

「同じ宗派の僧侶が大勢、来てくれはるんです。ただ、持ってきてくれはる香典の桁が違いまして。百万単位で持ってきはるから、集まる額も億単位になるんです」

坊さんって、儲かってるんですね。と、出かけた言葉を飲み込んだ。

「じゃあ、年始と同じように、現金輸送車が必要ですね」
「はい。輸送車だけじゃなくて、お金の勘定と受付の補助もお願いしたかったんです。入ってくるお金だけじゃありません。香典返しもお手伝いしてもらいたいんです。一般の人たちにはおかしな習慣だと思われるかもしれへんけど、頂いた香典は、そのまま同額返しするんです」

 宮本は内心で舌打ちをした。

「日程は、いつですか?」
「多分、九月上旬頃になると思います」

隆光は、一仕事を終えたことにほっとしたのか、お茶を口に含んだ。
その後、少しばかり隆光と今後の話と世間話をして宮本は寺を出た。

(億単位で入金後、同額が出て行くんかいな。出て行く時は月が変わってるやろうから、帳簿的には痛いわ。月が跨いでから、支店長には出金の件は報告やな。支店長は嫌がりよるからな)

九月上旬頃なら、そんなに頑張らなくても香典だけで目標をクリアできるし、仕事がさぼれる。
(適当に顧客回りして、漫画喫茶で涼むのもありやな)
宮本は頬が緩むのを止められなかった。



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週が明けてすぐ、アーバネット銀行香里ケ丘支店の取引先課長である宮本正守宛てに、顧客の蓮浄寺からの電話が入った。

「おはようございます。実は先代の住職が先週末に亡くなったんです。今後の相談がしたいので、来てもらえんでしょうか?」
「それは、ご愁傷様です。ほんだら直ぐに伺います」

電話を切った宮本は、蓮浄寺からの連絡を簡単に支店長に伝え、朝の予定を変更してすぐさま蓮浄寺へバイクを走らせた。
故人の口座凍結に遺産相続。相続に関する手順を考えながらバイクを走らせた。住宅街の道を何度もスクラッチを切り替えて進んでいくと、一部だけが時代に取り残された広大な敷地が見えてくる。

浄土真宗本願寺派である蓮浄寺の歴史は古く、建立は平安時代だと言われている。前任者から引き継ぎに時、色々と寺の歴史について話してはくれてはいたが、宮本の頭の中に残っている情報は少なかった。
バイクを停めてヘルメットを取ると、蝉の鳴き声が殴りつけてくるように宮本を襲った。剥き出しになった肌に、針先みたいな鋭い日差しが照りつけていた。

目の前には、長い時間を重ねて味わい深くなった山門が大きく口を開いていた。毛穴から噴き出た汗が、額から頬、顎へと何本の支流を作って流れ落ちてくる。
宮本は何度も汗を拭った。茅葺き屋根の四方が、毛筆で跳ねを作ったように上がった山門を潜った。

木材は古すぎて、所々に剥げて白くなってはいるが、山門前に植えられた桜が春には色鮮やかに咲き乱れ、秋には紅く染まり、移りゆく生命と時間を重ねてきた古い山門と重なり合い風情があった。
今は青葉が茂り、虫たちが一瞬を生きている。

(蝉がうるさあて、何も音が聞こえへんわ)

植えられている樹木は、蝉の格好の住処になっていた。寺務所に続く石畳の両脇には石燈籠が立ち並び、所々に苔が生えていて、果てないのない時間が感じられる。周りに生えている木々は、職人によって剪定され、石畳に影のトンネルを作ってくれている。
トンネルを抜けると石畳からの照り返しで、目がチカチカとした。宮本は灼熱(しゃくねつ)地獄を歩かされている気分だった。寺務所に着いた宮本は、そのまま扉を開けた。

「ごめん下さい。アーバネット銀行の宮本です」

声を張り上げて直ぐに、亡くなった先代住職の息子である隆光(りゅうこう)が、奥から小走りで出迎えてくれた。紺色の作務衣を着て、綺麗に剃られた頭部は少しの明かりに反射していた。
その割に眉毛が異様に太くて濃いために、いっそ、眉も剃ればいいのにと、会う度に思う。

「暑い中、ご苦労様です。さあさあ、中へどうぞ」
「失礼します」

隆光の後を従(つ)いて部屋に入ると、寒いほどに冷えた部屋が一気に極楽気分を味わせてくれた。
案内された部屋はいつもの客間で、その先の廊下を進んでいくと、住居部分になっている。また、その先には本堂に繋がっていて、全てが棟続きになっている。

座って直ぐ、目の前に出された氷の入っているお茶を一気に飲み干したかった。しかし、宮本はグッと我慢した。

「この度は、ご愁傷様でした」
「いえいえ。もう九〇歳を越えてましたし、大往生やったと思いますわ。早速なんですが、今日ここへ来てもらったんは、葬式の手配なんですわ」

銀行員に葬式の相談をするなんて、宮本は聞いた記憶がなかった。

「実は、葬式を二回するんですわ。一回目は、まあ、一般的なもんで、親戚筋や檀家さんやらを呼んでの葬式。二回目。これが大変なんです。宗派の僧侶を呼んでの葬式でして、準備にも時間が掛かります。それはまあ、ええんですが、集まる香典のことでご相談をしたいんです」
「はあ」

話の流れがよく理解できない宮本は、隆光が作ってくれた間に、やっとお茶を喉に流し込んだ。一口のつもりが、枯れた土に水が吸い込んでいくように止まらなくなって、一気に飲み干した。

「香典の受付を頼まれて欲しい、とかですか?」
「ちゃいます、ちゃいます。集まる香典の額が、億単位になるんですわ。多分、五億から十億になるんとちゃうかな? って思ってます」
「え? そんなに、ですか?」

隆光は困ったような笑みを浮かべていた。

「同じ宗派の僧侶が大勢、来てくれはるんです。ただ、持ってきてくれはる香典の桁が違いまして。百万単位で持ってきはるから、集まる額も億単位になるんです」

坊さんって、儲かってるんですね。と、出かけた言葉を飲み込んだ。

「じゃあ、年始と同じように、現金輸送車が必要ですね」
「はい。輸送車だけじゃなくて、お金の勘定と受付の補助もお願いしたかったんです。入ってくるお金だけじゃありません。香典返しもお手伝いしてもらいたいんです。一般の人たちにはおかしな習慣だと思われるかもしれへんけど、頂いた香典は、そのまま同額返しするんです」

 宮本は内心で舌打ちをした。

「日程は、いつですか?」
「多分、九月上旬頃になると思います」

隆光は、一仕事を終えたことにほっとしたのか、お茶を口に含んだ。
その後、少しばかり隆光と今後の話と世間話をして宮本は寺を出た。

(億単位で入金後、同額が出て行くんかいな。出て行く時は月が変わってるやろうから、帳簿的には痛いわ。月が跨いでから、支店長には出金の件は報告やな。支店長は嫌がりよるからな)

九月上旬頃なら、そんなに頑張らなくても香典だけで目標をクリアできるし、仕事がさぼれる。
(適当に顧客回りして、漫画喫茶で涼むのもありやな)
宮本は頬が緩むのを止められなかった。



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