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25話 土地神様と浄化の儀式 その二

ー/ー




 蹲った体勢から立ち上がり、あらためて一礼するキリさんに僕らも軽く会釈をしながら近づいた。
 何か作業中だったのかな。邪魔をしてしまっていないといいけど……っと、それよりさっきのことを訊いておかないと。

「あの、なんか鳥居潜ったら変な感じがしたんですけど……」
「あ、ごめんね驚かして! 今ちょっと結界張っとってさ。触っても害は無いけん心配せんでいいよ」
「あ、そうなんですね」

 なんだ、ただキリさんが張った結界に触れたってだけか。
 害が無いのなら別に気にしなくても大丈夫だろう。

「いやなんでそんな普通にスルーできんのよアンタ。つかキリさん結界張れるの?」
「神様なんだしそのくらいできるんじゃない?」
「ウム。家でもInsect Barrier(防虫結界) してもらってからPest(害虫)を見なくなり申したワヨ」
「え、なにその便利そうなの。僕の家もやってほしいんだけど」

 サラのやつ、なんて贅沢な神通力の使い方してんだ。羨ましいなオイ。
 などと考えていると、イザは何故か自分の頭に手を添えて渋い顔をしていた。
 ……コイツも羨ましいのだろうか。気持ちは分かるぞ。

「イザ、なんでそんな顔してンノ? 頭イタイ?」
「……ある意味そうね。まあそれはいいとして、キリさん。なんでこんなに紙が散らばってるんです?」

 イザの言う通り、キリさんの足元……社の目の前には大量の白い紙が乱雑に散らばっている。
 これは……習字なんかで使われる半紙だろうか。

「呪いを解くための下準備ってところじゃね。今並べよったところで……あ、一応踏まんように気を付けて」
「分かりました。何か手伝うことってあります?」
「えっと、そうじゃねえ……あ、そうだ。リンギクさん、例の黒い本持ってきとる? ちょっと貸してほしいんじゃけど」
「勿論。ここにあるぞ!」

 キリさんに言われてリンギクさんは鞄を開き、件の本を取り出して見せた。
 話しに聞いていたとおり、黒い。黒いベルトで巻かれた黒い革装丁の黒々とした、高級感と古めかしさのある本だ。
 パッと見た感じだと特筆する特徴はそのくらいで、ニシユキさんの周りに浮かんでいる靄のような嫌悪感は浮かんでこない。

 至って普通の本だ、と。
 そう思って油断していた。

「靄が出てから何か変化とかあった?」
「そうだな……本を開く時に靄が出てくるようになったな。それと最近はそれが少し増えてきているくらいだろうか? 今はこのような感じだ」

 そんな説明がてらリンギクさんが本を開いた瞬間、


 ――ズドォッ!!


 と、おびただしい量の靄が噴出した。


「うおっ!?」
「ええ!? 何何何!?」
「ウオオオ!? スゲエエエ!!」

 思わず僕とニシユキさんは噴水のように勢いよく立ち昇る靄を見上げて驚きの悲鳴を、サラは興奮したような叫びを上げた。
 そんな僕らに対し、リンギクさんは可愛らしく小首を傾げている。

「? どうしたんだ?」
「どうしたも何も……何それ!?」
「昨日言っていた暁の魔本(グリモア)だが?」
いやいやいやいや(イヤイヤイヤイヤ)

 違う、そっちじゃない。
 僕らが訊きたいのはその本から天高く立ち昇っている靄のことだ。

「え、何? 何かなってんの?」
「靄の量がニシユキさんのとは桁違いなんだよ!」
Black Pillar(黒い柱)の如しデスワ」
「え、ヤバ」

 今回も見えていないイザに軽く説明するが……うん、ヤバイ。マジでヤバイ。
 何がヤバいかって、ビジュアルも然ることながら、初めてニシユキさんの部屋で見た時のような本能的な嫌悪感も比ではないことだ。
 具体的にどのくらい嫌かというと、飛ぶタイプのゴキブリの集団が目の前にいるような感じだろうか。見ているだけで冷汗が止まらないんだけど、なんでこの子平気なの?

「うーむ……そんなに騒ぐほどだろうか? たしかに最初に呪いが発動した時よりは少々量が増えたような気はするが」
「最初の分量を知らないから断言はできないけど、少々増えたどころじゃないと思うよそれ。あと一応近づかないでくれると助かるんだけど」
「何!? まさかボクはまた何か過ちを犯してしまったのか……!? 教えてくれ、ソウビキ先輩!!」
「現在進行形で近づいてきてるのが間違いかなぁ!?」

 近づくなって言ってるのに本を片手に全力で追いかけてくる後輩と逃げる僕。気分は飛来するゴキブリ群が迫ってきているようなものである。
 追うのはいいんだけどせめてその本を置いてくれ。頼むから。

「あのー……本、一旦渡してほしいんじゃけど」
「な、なんか見てるだけで体調悪くなってきた気がする……」
「ちょ、ニシユキさん大丈夫ですか!?」
「はっ、しまった! すまない姉さん!!」
「だ、大丈夫。だからあの、一応近づかないで……」
「なっ…………了解した……」
「あの、その本……」

 地獄の追いかけっこをしている傍らでニシユキさんの身体がフラつき、イザに支えられているのを見たリンギクさんは即座に僕を追いかけるのを止めた。そしてそちらへ駆け寄って拒否されると、距離を取ってから体操座りで落ち込み始めた。
 この際僕への謝罪がないのはいいとして、とりあえずさっさとその本をキリさんに渡してくれないかな。

「ヨシヨシ、オ元気出しなッテ」
「うぅ、エゾノ先輩……」

 見かねたサラがリンギクさんを慰めに赴き、頭を撫でる。
 ……なんかこうして見るといじめたみたいで申し訳ない気持ちになってきたちょっと心が痛い。
 ていうかアイツ(サラ)もあの靄平気なのかよ。どうなってんだ。

「ンジャ、このBook借りるネ。……キリチャン! コレマジでキッショイからどうにかして!!!」
「平気じゃないんかい」

 つまむように本を持って叫ぶサラに思わずツッコんでしまった。
 どうやら凄まじい精神力で耐えていただけのようだ。それはそれですごいけども。


「ホイ、キリチャン……なんか落ち込んでる?」
「な、なんでもないです。ありがとう」

 一悶着を終え、あらためてキリさんへリンギクさんの黒い本が渡された。
 流石は腐っても土地神様というか、彼女は靄に対して顔色一つ変えずにサラから本を受け取っていた。
 相変わらず噴出している黒い靄は天を貫かんばかりだが……あれ?

「……なんか、途中で止まってません?」

 僕と同じく立ち昇る靄を見上げていたニシユキさんが呟いた。
 そう、本から柱のように伸びている靄はまるで見えない天井か何かにぶつかるように上の方で拡散している。まるで勢いよく蛇口をひねった時にシンクにぶつかって散らばる水のような感じだ。

「もしかしてコレが結界の効果ですか?」
「あ、はい。一応、靄が外に出んようにするためにね。大丈夫だとは思うけど、万が一他の人が触れて影響があったらいけんし」
「なるほど……あ、すいません作業の途中で」
「いえいえ。それじゃあ始めるねー」

 会話をしながら準備を終えたキリさんは軽い調子でそう言うと、本を脇に挟んで両頬をパン、と叩いて息を整えた。

 ……表情がさっきまでとは全く違う、真剣なものになった。
 雰囲気の変わった彼女の様相に僕らも息を呑む。
 見守る僕らの視線には一瞥もくれることなく、キリさんは足元に散らばった半紙の配置を片手で整えると、その傍らに本を置いた。

 その瞬間、周囲の半紙が黒く染まっていき、比例するように本から出ていた靄がだんだん小さく集約していった。

「よいしょっ」

 目の前の光景に顔色を変えることもなく、彼女は身体を淡く光らせながら気の抜けるような軽い声と共にパン、と蓋でもするように上から半紙を押し付けた。
 するとその半紙もみるみるうちに黒く染まっていき……完全に染まりきったところで本が宙に浮かび上がった。

 僕らが驚いているのも束の間、同時に周囲の黒くなった半紙達も宙に浮き上がってきて……キリさんと同様に淡い光を帯びた状態で黒い本へと飛び掛かった。

 ――バシバシ、バシッ!

 叩きつけられるように全ての黒い半紙が本に吸い付くと、光を失って地面へと降下した。
 もはや本ではなく黒い紙の塊といった状態。いや、塊というのもちょっと違う。黒い球体といった方が正しい状態だ。
 そんな黒球にキリさんは躊躇なく近づき、「えいっ」というこれまた気の抜けるような軽い声で軽くチョップを落とした。
 すると――

 ――ビリッ。

 本に取り付いていた黒い紙にまるで亀裂のような破れが生じた。
 それを起点に、掘り返すようにしてキリさんは紙を破って取り払う。
 そして中から出てきたのは――


 キリさんは取り出された本を確認するように、軽く叩いてみたり回したりページを捲ったりして外と中に目をしっかりと通し始めた。

「……よし、完了! とりあえず成功じゃねっ」

 そうして一通りの確認作業の後、彼女は華やいだ笑顔をこちらに向けたのだった。




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 蹲った体勢から立ち上がり、あらためて一礼するキリさんに僕らも軽く会釈をしながら近づいた。
 何か作業中だったのかな。邪魔をしてしまっていないといいけど……っと、それよりさっきのことを訊いておかないと。
「あの、なんか鳥居潜ったら変な感じがしたんですけど……」
「あ、ごめんね驚かして! 今ちょっと結界張っとってさ。触っても害は無いけん心配せんでいいよ」
「あ、そうなんですね」
 なんだ、ただキリさんが張った結界に触れたってだけか。
 害が無いのなら別に気にしなくても大丈夫だろう。
「いやなんでそんな普通にスルーできんのよアンタ。つかキリさん結界張れるの?」
「神様なんだしそのくらいできるんじゃない?」
「ウム。家でも|Insect Barrier《防虫結界》 してもらってから|Pest《害虫》を見なくなり申したワヨ」
「え、なにその便利そうなの。僕の家もやってほしいんだけど」
 サラのやつ、なんて贅沢な神通力の使い方してんだ。羨ましいなオイ。
 などと考えていると、イザは何故か自分の頭に手を添えて渋い顔をしていた。
 ……コイツも羨ましいのだろうか。気持ちは分かるぞ。
「イザ、なんでそんな顔してンノ? 頭イタイ?」
「……ある意味そうね。まあそれはいいとして、キリさん。なんでこんなに紙が散らばってるんです?」
 イザの言う通り、キリさんの足元……社の目の前には大量の白い紙が乱雑に散らばっている。
 これは……習字なんかで使われる半紙だろうか。
「呪いを解くための下準備ってところじゃね。今並べよったところで……あ、一応踏まんように気を付けて」
「分かりました。何か手伝うことってあります?」
「えっと、そうじゃねえ……あ、そうだ。リンギクさん、例の黒い本持ってきとる? ちょっと貸してほしいんじゃけど」
「勿論。ここにあるぞ!」
 キリさんに言われてリンギクさんは鞄を開き、件の本を取り出して見せた。
 話しに聞いていたとおり、黒い。黒いベルトで巻かれた黒い革装丁の黒々とした、高級感と古めかしさのある本だ。
 パッと見た感じだと特筆する特徴はそのくらいで、ニシユキさんの周りに浮かんでいる靄のような嫌悪感は浮かんでこない。
 至って普通の本だ、と。
 そう思って油断していた。
「靄が出てから何か変化とかあった?」
「そうだな……本を開く時に靄が出てくるようになったな。それと最近はそれが少し増えてきているくらいだろうか? 今はこのような感じだ」
 そんな説明がてらリンギクさんが本を開いた瞬間、
 ――ズドォッ!!
 と、おびただしい量の靄が噴出した。
「うおっ!?」
「ええ!? 何何何!?」
「ウオオオ!? スゲエエエ!!」
 思わず僕とニシユキさんは噴水のように勢いよく立ち昇る靄を見上げて驚きの悲鳴を、サラは興奮したような叫びを上げた。
 そんな僕らに対し、リンギクさんは可愛らしく小首を傾げている。
「? どうしたんだ?」
「どうしたも何も……何それ!?」
「昨日言っていた|暁の魔本《グリモア》だが?」
『|いやいやいやいや《イヤイヤイヤイヤ》』
 違う、そっちじゃない。
 僕らが訊きたいのはその本から天高く立ち昇っている靄のことだ。
「え、何? 何かなってんの?」
「靄の量がニシユキさんのとは桁違いなんだよ!」
「|Black Pillar《黒い柱》の如しデスワ」
「え、ヤバ」
 今回も見えていないイザに軽く説明するが……うん、ヤバイ。マジでヤバイ。
 何がヤバいかって、ビジュアルも然ることながら、初めてニシユキさんの部屋で見た時のような本能的な嫌悪感も比ではないことだ。
 具体的にどのくらい嫌かというと、飛ぶタイプのゴキブリの集団が目の前にいるような感じだろうか。見ているだけで冷汗が止まらないんだけど、なんでこの子平気なの?
「うーむ……そんなに騒ぐほどだろうか? たしかに最初に呪いが発動した時よりは少々量が増えたような気はするが」
「最初の分量を知らないから断言はできないけど、少々増えたどころじゃないと思うよそれ。あと一応近づかないでくれると助かるんだけど」
「何!? まさかボクはまた何か過ちを犯してしまったのか……!? 教えてくれ、ソウビキ先輩!!」
「現在進行形で近づいてきてるのが間違いかなぁ!?」
 近づくなって言ってるのに本を片手に全力で追いかけてくる後輩と逃げる僕。気分は飛来するゴキブリ群が迫ってきているようなものである。
 追うのはいいんだけどせめてその本を置いてくれ。頼むから。
「あのー……本、一旦渡してほしいんじゃけど」
「な、なんか見てるだけで体調悪くなってきた気がする……」
「ちょ、ニシユキさん大丈夫ですか!?」
「はっ、しまった! すまない姉さん!!」
「だ、大丈夫。だからあの、一応近づかないで……」
「なっ…………了解した……」
「あの、その本……」
 地獄の追いかけっこをしている傍らでニシユキさんの身体がフラつき、イザに支えられているのを見たリンギクさんは即座に僕を追いかけるのを止めた。そしてそちらへ駆け寄って拒否されると、距離を取ってから体操座りで落ち込み始めた。
 この際僕への謝罪がないのはいいとして、とりあえずさっさとその本をキリさんに渡してくれないかな。
「ヨシヨシ、オ元気出しなッテ」
「うぅ、エゾノ先輩……」
 見かねたサラがリンギクさんを慰めに赴き、頭を撫でる。
 ……なんかこうして見るといじめたみたいで申し訳ない気持ちになってきたちょっと心が痛い。
 ていうか|アイツ《サラ》もあの靄平気なのかよ。どうなってんだ。
「ンジャ、このBook借りるネ。……キリチャン! コレマジでキッショイからどうにかして!!!」
「平気じゃないんかい」
 つまむように本を持って叫ぶサラに思わずツッコんでしまった。
 どうやら凄まじい精神力で耐えていただけのようだ。それはそれですごいけども。
「ホイ、キリチャン……なんか落ち込んでる?」
「な、なんでもないです。ありがとう」
 一悶着を終え、あらためてキリさんへリンギクさんの黒い本が渡された。
 流石は腐っても土地神様というか、彼女は靄に対して顔色一つ変えずにサラから本を受け取っていた。
 相変わらず噴出している黒い靄は天を貫かんばかりだが……あれ?
「……なんか、途中で止まってません?」
 僕と同じく立ち昇る靄を見上げていたニシユキさんが呟いた。
 そう、本から柱のように伸びている靄はまるで見えない天井か何かにぶつかるように上の方で拡散している。まるで勢いよく蛇口をひねった時にシンクにぶつかって散らばる水のような感じだ。
「もしかしてコレが結界の効果ですか?」
「あ、はい。一応、靄が外に出んようにするためにね。大丈夫だとは思うけど、万が一他の人が触れて影響があったらいけんし」
「なるほど……あ、すいません作業の途中で」
「いえいえ。それじゃあ始めるねー」
 会話をしながら準備を終えたキリさんは軽い調子でそう言うと、本を脇に挟んで両頬をパン、と叩いて息を整えた。
 ……表情がさっきまでとは全く違う、真剣なものになった。
 雰囲気の変わった彼女の様相に僕らも息を呑む。
 見守る僕らの視線には一瞥もくれることなく、キリさんは足元に散らばった半紙の配置を片手で整えると、その傍らに本を置いた。
 その瞬間、周囲の半紙が黒く染まっていき、比例するように本から出ていた靄がだんだん小さく集約していった。
「よいしょっ」
 目の前の光景に顔色を変えることもなく、彼女は身体を淡く光らせながら気の抜けるような軽い声と共にパン、と蓋でもするように上から半紙を押し付けた。
 するとその半紙もみるみるうちに黒く染まっていき……完全に染まりきったところで本が宙に浮かび上がった。
 僕らが驚いているのも束の間、同時に周囲の黒くなった半紙達も宙に浮き上がってきて……キリさんと同様に淡い光を帯びた状態で黒い本へと飛び掛かった。
 ――バシバシ、バシッ!
 叩きつけられるように全ての黒い半紙が本に吸い付くと、光を失って地面へと降下した。
 もはや本ではなく黒い紙の塊といった状態。いや、塊というのもちょっと違う。黒い球体といった方が正しい状態だ。
 そんな黒球にキリさんは躊躇なく近づき、「えいっ」というこれまた気の抜けるような軽い声で軽くチョップを落とした。
 すると――
 ――ビリッ。
 本に取り付いていた黒い紙にまるで亀裂のような破れが生じた。
 それを起点に、掘り返すようにしてキリさんは紙を破って取り払う。
 そして中から出てきたのは――《《白い本》》。
 キリさんは取り出された本を確認するように、軽く叩いてみたり回したりページを捲ったりして外と中に目をしっかりと通し始めた。
「……よし、完了! とりあえず成功じゃねっ」
 そうして一通りの確認作業の後、彼女は華やいだ笑顔をこちらに向けたのだった。