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第二十一話 「父と子」

ー/ー



「ちょっとちょっと!また二人ともそんなに泥だらけにして〜!誰が綺麗にするとおもってるのかしら、もう……」
「「すみません……」」

 グウェスと二人で体術訓練をした際には、決まっていつもサラに叱られていた。
 しゅんとしたグウェスの謝罪姿を見るのは珍しく、いつも楽しみに横目で眺めていたものだ。

 お湯で体を流してサッパリした後に三人で食卓を囲む。
 サラが作った温かい食事に舌鼓を打ちながら、その日あった事やなんてことはない日常会話に花を咲かせる。

 そんな時、急に俺たちを覆う家の壁が、屋根が吹き飛び燃え上がる。
 違う、世界が燃えている。
 グウェスは気づけばその場から消えており、サラは何事かを叫びながら俺を抱き締めようとこちらに手を伸ばしている。
 手を伸ばしその手を掴もうとするが、互いの距離は縮まることなく虚しく空を切るだけだ。
 燃える世界に続き、サラの足元から炎が上がり徐々にその体を蝕んでいく。

 やめろ、やめてくれ!
 俺が望んだ未来は、世界は。
 こんなものでは。

『愛してる』、そんな言葉が聞こえた気がする。
 目の前には、もう誰もいないのに。
 いや、正しくは、大きな()()はいる。
 コイツがやったのか? いや、そうに決まっている。
 許せない、許せるわけがない。
 おれは、決っシテ、コイツヲ



「〜〜はっ!?」

 どこだここは!? サラは、グウェスはどこだ!?

「起きたか」

 声がした方に反射で首を動かすと、探していたグウェスの姿があった。
 あぁそうか、そうだった。
 俺はグウェスと模擬戦をして、手も足も出ないまま意識を刈り取られたんだった。
 本当に文字通り、手も足も出なかった。
 ロディアスまでの魔獣との戦闘や、ミルゲンとの模擬戦で少しは自信がついていた。
 今より幼い頃よりかはマシに戦える、戦いになると。
 蓋を開けてみれば惨敗、コロコロ転がされて、終いには意識まで持っていかれてしまった。

「父さん、俺―」
「実力は分かった。昨日話した通りだ。いいな」

 立ち上がり、訓練場の外に向かいながらグウェスは言う。
 気付けば夕方、逆光によりオレンジに燃えるグウェスの後ろ姿はユラユラと揺れ、哀愁すら匂わせる。
 違う、揺れているのはグウェスの背中ではなく、俺の瞳だ。

「待ってくれ!待てよ!!俺も……俺も連れて行ってくれよ!!」

 無様に泣き叫びながら父の背中にしがみつく。
 我ながらみっともないが、そんな事を考える余裕は無い。
 今回の一戦で納得できるほど簡単な問題では既にない。
 サラは俺の母であり、グウェスの妻であり、俺達の家族だ。
 俺一人でも、グウェス一人だけでも背負っていい問題では無い。
 そんなことは納得できない。

「分かってくれライル」
「分かるかよ!!強くなるから!だから、だから俺も―」
「これ以上ッ!!俺に家族を、失わせないでくれッ……」
「ッ…………」

 初めてみたグウェスの、父の泣き顔。
 サラを失ってなお息子を案じて旅に出て、その仇を討とうと誓う戦士としての顔からは想像もつかない顔だった。
 ともすれば、今の俺よりもよっぽどみっともなく泣いているのかもしれない。

「俺がどれだけ心配したと……おまえが生きてると知って安心したと思ってる!サラを失って!気が狂いそうになるほどの怒りと悲しみが身を焦がすんだ!だけどおまえが、おまえが生きていてくれているから俺はまだ……まだ父親でいられるんだ」

 何も言い返せない。
 グウェスの決意がどれ程強く、俺の考えがどれ程浅はかなのか、痛いほど胸に刺さった。

「サラの仇を討ちたいと、共に来ようとするおまえの気持ちはありがたい。けれどな、()()()()()()()()()()おまえを連れて行く訳にはいかないんだ」

 もしも俺がついて行き、万が一があったら。
 サラが命を賭して俺を助けた意味が無くなってしまう。
 そんなことでは俺もグウェスも、サラに二度と顔向け出来ない。
 そしておそらく、そこでグウェスの心も壊れてしまうだろう。
 それが闘魔なのだと、血が訴えているのだ。
 先程の夢でも、そして今までの道中でも、この世界に来てから『怒り』という感情が強く沸き立つ時、この身を『怒り』が支配しようとする感覚に覚えがある。
 普段は何事もなく当たり前に保っている理性や意識が、激しく燃える激情により塗りつぶされる感覚。
 サラを失ったグウェスは、おそらくその意識を保つ線がギリギリで繋がっている状態だ。
 そしてその線を繋いでいるのは他でもない、俺という息子の存在だろう。
 グウェスは俺を失う訳にはいかず、力不足の俺を連れていけない。
 俺だってグウェスを失いたくない為、付いていって力になりたい。
 単純に力が足りない。
 俺に力があれば。

「……すぐ討伐に向かうわけじゃないんだろう?」

 俺が漏らした一言にグウェスの眉がピクリと動く。

「時間をくれ!その間に、俺は強くなる!絶対に足手まといにはならないよう、強くなる!」
「ライル、違うんだ。もう、そういう問題では―」
「違うもんかよ!!」

 先程とは代わって、今回は俺が言葉を遮る。

「俺だって力になって、父さんの助けになりたいんだ!今の俺が力不足なのは百も承知だ!だから強くなる!強くなって父さんと龍を倒す!母さんの仇は二人で討たないとダメなんだ!わかるだろ、わかってくれよ!?俺たちは、家族だろう!!」
「…………」

 激情のままに捲し立てる。
 筋は通っていないかもしれないが、そんなことは考える余裕もないし知ったことではない。
 今はこの思いをぶつけることこそが何よりの優先事項だと、魂が叫んでいる。

「帰ろう、ライル」
「っ!父さ―」
「二ヶ月だ。二ヶ月待ってやるからAランクになれ。それが最低条件だ」
「!!」

 二ヶ月、待つ?
 待ってくれると、そう言ったのか?

「Aランクになればいいんだね。その言葉、覚えておいてよ」
「なれなければ必ず置いていく。手足を縛ってでもゼールさんに預けるからな」

 上等だ。
 必ずAランクに上り詰めて、決してグウェス一人では行かせない。
 これがラストチャンス、必ず掴んでみせる。

「分かった、絶対に連れて行かせるから。ところで、さ。龍の居処の目星が付いたって言ってたけど、いったいどこなの?」
「あくまでも目星が付いただけで確定したわけではないぞ。超大山脈、『グランロアマウン』の何処かだ」


 アトラ王国領とロデナス王国領との間にそびえる超大山脈『グランロアマウン』。
 最大標高は10000メートルにも達する、長大な面積を誇る大山脈。
 過酷な環境を有し、鍛え抜かれた強靭な魔獣が数多く生息しており中にはAランクの魔獣も多くいると聞く。
 標高の低い場所を進めばアトラとロデナスとの最短ルートなのだが、その危険性故にわざわざ迂回して長期のルートを選ぶ者も少なくない。
 そのどこかに、龍がいる。

「まだハッキリとはしていない。だが十中八九、山脈の何処かを縄張りにしているはずだ。確かな情報筋から聞いた話だ」
「……父さんってそういうの聞き出せるんだね」
「なっ、どういう意味だそれは……まったく、今日は戻るぞ。ゼールさん達に心配をかけてしまう」

 夕暮れの中を並んで歩く二つの影。
 親子の行く先は、過酷な未来へと続いている


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「ちょっとちょっと!また二人ともそんなに泥だらけにして〜!誰が綺麗にするとおもってるのかしら、もう……」「「すみません……」」
 グウェスと二人で体術訓練をした際には、決まっていつもサラに叱られていた。
 しゅんとしたグウェスの謝罪姿を見るのは珍しく、いつも楽しみに横目で眺めていたものだ。
 お湯で体を流してサッパリした後に三人で食卓を囲む。
 サラが作った温かい食事に舌鼓を打ちながら、その日あった事やなんてことはない日常会話に花を咲かせる。
 そんな時、急に俺たちを覆う家の壁が、屋根が吹き飛び燃え上がる。
 違う、世界が燃えている。
 グウェスは気づけばその場から消えており、サラは何事かを叫びながら俺を抱き締めようとこちらに手を伸ばしている。
 手を伸ばしその手を掴もうとするが、互いの距離は縮まることなく虚しく空を切るだけだ。
 燃える世界に続き、サラの足元から炎が上がり徐々にその体を蝕んでいく。
 やめろ、やめてくれ!
 俺が望んだ未来は、世界は。
 こんなものでは。
『愛してる』、そんな言葉が聞こえた気がする。
 目の前には、もう誰もいないのに。
 いや、正しくは、大きな|何《・》|か《・》はいる。
 コイツがやったのか? いや、そうに決まっている。
 許せない、許せるわけがない。
 おれは、決っシテ、コイツヲ
「〜〜はっ!?」
 どこだここは!? サラは、グウェスはどこだ!?
「起きたか」
 声がした方に反射で首を動かすと、探していたグウェスの姿があった。
 あぁそうか、そうだった。
 俺はグウェスと模擬戦をして、手も足も出ないまま意識を刈り取られたんだった。
 本当に文字通り、手も足も出なかった。
 ロディアスまでの魔獣との戦闘や、ミルゲンとの模擬戦で少しは自信がついていた。
 今より幼い頃よりかはマシに戦える、戦いになると。
 蓋を開けてみれば惨敗、コロコロ転がされて、終いには意識まで持っていかれてしまった。
「父さん、俺―」
「実力は分かった。昨日話した通りだ。いいな」
 立ち上がり、訓練場の外に向かいながらグウェスは言う。
 気付けば夕方、逆光によりオレンジに燃えるグウェスの後ろ姿はユラユラと揺れ、哀愁すら匂わせる。
 違う、揺れているのはグウェスの背中ではなく、俺の瞳だ。
「待ってくれ!待てよ!!俺も……俺も連れて行ってくれよ!!」
 無様に泣き叫びながら父の背中にしがみつく。
 我ながらみっともないが、そんな事を考える余裕は無い。
 今回の一戦で納得できるほど簡単な問題では既にない。
 サラは俺の母であり、グウェスの妻であり、俺達の家族だ。
 俺一人でも、グウェス一人だけでも背負っていい問題では無い。
 そんなことは納得できない。
「分かってくれライル」
「分かるかよ!!強くなるから!だから、だから俺も―」
「これ以上ッ!!俺に家族を、失わせないでくれッ……」
「ッ…………」
 初めてみたグウェスの、父の泣き顔。
 サラを失ってなお息子を案じて旅に出て、その仇を討とうと誓う戦士としての顔からは想像もつかない顔だった。
 ともすれば、今の俺よりもよっぽどみっともなく泣いているのかもしれない。
「俺がどれだけ心配したと……おまえが生きてると知って安心したと思ってる!サラを失って!気が狂いそうになるほどの怒りと悲しみが身を焦がすんだ!だけどおまえが、おまえが生きていてくれているから俺はまだ……まだ父親でいられるんだ」
 何も言い返せない。
 グウェスの決意がどれ程強く、俺の考えがどれ程浅はかなのか、痛いほど胸に刺さった。
「サラの仇を討ちたいと、共に来ようとするおまえの気持ちはありがたい。けれどな、|サ《・》|ラ《・》|が《・》|い《・》|な《・》|い《・》|か《・》|ら《・》|こ《・》|そ《・》おまえを連れて行く訳にはいかないんだ」
 もしも俺がついて行き、万が一があったら。
 サラが命を賭して俺を助けた意味が無くなってしまう。
 そんなことでは俺もグウェスも、サラに二度と顔向け出来ない。
 そしておそらく、そこでグウェスの心も壊れてしまうだろう。
 それが闘魔なのだと、血が訴えているのだ。
 先程の夢でも、そして今までの道中でも、この世界に来てから『怒り』という感情が強く沸き立つ時、この身を『怒り』が支配しようとする感覚に覚えがある。
 普段は何事もなく当たり前に保っている理性や意識が、激しく燃える激情により塗りつぶされる感覚。
 サラを失ったグウェスは、おそらくその意識を保つ線がギリギリで繋がっている状態だ。
 そしてその線を繋いでいるのは他でもない、俺という息子の存在だろう。
 グウェスは俺を失う訳にはいかず、力不足の俺を連れていけない。
 俺だってグウェスを失いたくない為、付いていって力になりたい。
 単純に力が足りない。
 俺に力があれば。
「……すぐ討伐に向かうわけじゃないんだろう?」
 俺が漏らした一言にグウェスの眉がピクリと動く。
「時間をくれ!その間に、俺は強くなる!絶対に足手まといにはならないよう、強くなる!」
「ライル、違うんだ。もう、そういう問題では―」
「違うもんかよ!!」
 先程とは代わって、今回は俺が言葉を遮る。
「俺だって力になって、父さんの助けになりたいんだ!今の俺が力不足なのは百も承知だ!だから強くなる!強くなって父さんと龍を倒す!母さんの仇は二人で討たないとダメなんだ!わかるだろ、わかってくれよ!?俺たちは、家族だろう!!」
「…………」
 激情のままに捲し立てる。
 筋は通っていないかもしれないが、そんなことは考える余裕もないし知ったことではない。
 今はこの思いをぶつけることこそが何よりの優先事項だと、魂が叫んでいる。
「帰ろう、ライル」
「っ!父さ―」
「二ヶ月だ。二ヶ月待ってやるからAランクになれ。それが最低条件だ」
「!!」
 二ヶ月、待つ?
 待ってくれると、そう言ったのか?
「Aランクになればいいんだね。その言葉、覚えておいてよ」
「なれなければ必ず置いていく。手足を縛ってでもゼールさんに預けるからな」
 上等だ。
 必ずAランクに上り詰めて、決してグウェス一人では行かせない。
 これがラストチャンス、必ず掴んでみせる。
「分かった、絶対に連れて行かせるから。ところで、さ。龍の居処の目星が付いたって言ってたけど、いったいどこなの?」
「あくまでも目星が付いただけで確定したわけではないぞ。超大山脈、『グランロアマウン』の何処かだ」
 アトラ王国領とロデナス王国領との間にそびえる超大山脈『グランロアマウン』。
 最大標高は10000メートルにも達する、長大な面積を誇る大山脈。
 過酷な環境を有し、鍛え抜かれた強靭な魔獣が数多く生息しており中にはAランクの魔獣も多くいると聞く。
 標高の低い場所を進めばアトラとロデナスとの最短ルートなのだが、その危険性故にわざわざ迂回して長期のルートを選ぶ者も少なくない。
 そのどこかに、龍がいる。
「まだハッキリとはしていない。だが十中八九、山脈の何処かを縄張りにしているはずだ。確かな情報筋から聞いた話だ」
「……父さんってそういうの聞き出せるんだね」
「なっ、どういう意味だそれは……まったく、今日は戻るぞ。ゼールさん達に心配をかけてしまう」
 夕暮れの中を並んで歩く二つの影。
 親子の行く先は、過酷な未来へと続いている