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70.未来にあなたと

ー/ー




 翌日。

 帰国してすぐに便利屋に復帰した僕は、久しぶりの日本の空気を味わいながらティスタ先生と共に仕事先に向かっていた。

 道中、先生は申し訳なさそうに俯いている。

「昨日はすみませんでした……」

「こちらこそ申し訳ありません。急な帰国で驚かせてしまって」

 昨晩の先生は大騒ぎだった。感動の再会どころか感情の大暴走。千歳さんが止めてくれなければ、帰国したばかりなのに氷像にされるところだった。

 帰国の件を便利屋事務所に連絡した際、飲み会の途中で僕をサプライズ登場させようと言い出したのは千歳さん。兄弟子と行きつけのお店の店主まで巻き込んでドッキリを計画したそうだ。

「先生が元気そうで安心しました」

「うぅ……」

 両手で顔を覆って悶える先生。彼女のこんな姿を見ていると、自分の居場所に帰ってきたのだと実感できる。

「もしかして急に帰国する理由があったんですか? もし何か重大な仕事があるのなら、私も手伝います。遠慮なく頼ってくださいね」

「いえ、仕事ではないです。世界を回っているうちに見たいものをすべて見れたので、旅を一段落させて帰ってきました」

 目にした世界の現実は、僕が想像していた以上に厳しいものばかりだった。魔族どころか、人間同士の差別や偏見も深刻だ。人種に対する意識が低い日本が魔族にとって楽園だということが痛いほど実感できた。

 ティスタ先生が日本に定住しようと決めた理由も今ならわかる。魔族や魔術師に対する風当たりは日本でも強いが、外国に比べたら遥かにマシな状況にある。

 現状に対する具体的な解決策が見つかったわけではない。帰国を決意したのは、僕ひとりにできることは少ないので、いつまでも世界を放浪しているわけにもいけないと思ったから。

 ……というのは建前で、本音は――

「日本に帰ってきたのは、ティセに会いたかったからです」

「またまた、そんな……」

「本当ですよ」

「…………」

 ティセは、少し俯きながら本音を漏らす。

「……私も、ずっと会いたかった」

「うん。これからはずっと一緒にいます」

「恥ずかしげもなく言いますね、キミは……」

「そのために帰ってきたようなものですから。提案があるんですが、事務所の近くにマンションを借りようと思っているので、先生さえよければ一緒に暮らしませんか?」

「……え゛っ」

 ティセの顔が真っ赤に染まる。彼女との同居は、日本に帰ってくる前から考えていたことだった。

 彼女がいつも寝泊まりしているのは、便利屋事務所の横にある仮眠室。居心地の良さは知っているが、せっかくなら「帰る家」があった方がいいのではないかとずっと思っていた。

 プライベートな時間を一緒に過ごせるし、放っておくと不摂生な生活ばかりしているティセの食事も僕が用意できる。もちろん同居は強要することではないので、彼女の返答次第だけど。

「物件はいくつか目星をつけていまして」

「ど、どう、同棲……ですよね……」

「はい、そうです」

「私、あんまり料理とかできないですけど……」

「僕が作るので大丈夫。世界を回っているうちに、色んな料理も学んだので期待してください。お酒に合うおつまみのレシピも頭に入っています」

「掃除とか、あんまりしないし……」

「事務所の掃除で慣れているので大丈夫です。昔から掃除は得意なんですよ」

「毎晩、お酒を飲み過ぎて倒れているかも……」

「いつものことだから平気です。最近、肝臓の負担を減らす魔術を開発しました」

「キミのおばあ様は、何と言ってましたか……?」

「日本に帰ってすぐに話をしたのですが、先生がいいと言ってくれた時は、ぜひそうするべきだと言ってくれました。実家は徒歩でも行ける距離ですし、問題ありません」

 何も心配無し。伊達に彼女の弟子として近くにいたわけではない。

「じゃあ、よろしくお願いします……」

「断られなくてよかったです」

「そんな誘い、断れるわけないって……わかって言っているくせに……」

 無事に同棲が決まったところで、僕にとって久しぶりの便利屋稼業の再開。

「同棲の件は仕事が終わった後に改めて話すとして……トーヤ君、久しぶりの日本での仕事ですよ。気を引き締めてくださいね」

「はい、わかりました」

「では、行きましょうか!」

 満面の笑顔を浮かべるティセと一緒に歩き出す。世界を旅する途中に何度も脳裏に浮かんだ愛しい人の笑顔は、実際に目にすると本当に眩しい。

 ティセは純白の外套を、僕は灰色の外套を羽織る。魔術師の象徴である外套をふたりで着用して、依頼者の元へと向かった。



 ……………



 久しぶりの日本での仕事はかなり苦戦した。

 依頼は「迷い猫の捜索」――僕がティセに弟子入りしたばかりの頃、便利屋として何度も経験した仕事だ。

「やれやれ、時間が掛かりましたね。事務所に戻りましょう、トーヤ君」

「まさか、他の家の飼い猫になっていたとは思いませんでした。猫ってそういうところありますよねー……」

 朝から迷い猫を探し回って、見つかったのは夕方頃。無事に依頼主に猫を送り届けた後、先生と一緒に事務所へ戻る途中、見覚えのある河川敷を歩く。

「僕がティセに初めて会ったのは、この場所でしたね」

 河川敷で不良にいじめられていた僕を助けてくれ先生の姿は、今でも忘れられない。あの日から僕の生活は一変したのだ。

「はい、今でも覚えています。あの日は、有り得ないくらいパチンコでボロ負けした帰りでした……」

「その情報は初耳ですが……?」

 今は酒もギャンブルもすっかりやらなくなって、仕事に集中しているという。世界を旅している最中に先生が度の超えた不摂生をしていないか気になっていたが、以前より自分の健康に気を使ってくれているみたいで一安心。

 思い出に浸りながら河川敷を歩いていると、河原で数人の男子が言い争っている声が聞こえてきた。

「先生、ちょっと待っていてもらえますか」

 制服姿の数人の子供が、ひとりの男の子を囲んで罵詈雑言を浴びせていた。目の前の光景に既視感を覚えながら、僕は彼等の元へと駆け寄って声をあげる。

「こら、やめなさい!」

 いじめにしか見えない光景だったので容赦なく怒鳴ると、小さな男の子を囲んでいた数人は慌てて逃げ出した。

「大丈夫?」

 いじめられていた少年に向けて手を伸ばすと、少年は僕の手を取って立ち上がった。深々と頭を下げて「ありがとうございました」とお礼を言う少年の髪は灰色、瞳は金色。おそらく半魔族の子供だ。

 僕は、便利屋の住所と電話番号が書かれたメモを少年に渡す。

「お兄さんはここで働いているから、何かあったら遠慮せずに連絡してね」

 少年は、改めて深々とお辞儀をしてから去っていった。

 魔族や半魔族、魔術師に対する偏見は減ってきているが、完全に無くなってはいない。

 人間は、特定の者を敵視することで意思を統一して自分の身を守ろうとする生き物だ。心の安寧のために「何が原因であるか」よりも「誰が悪いのか」を優先した考え方をしている者が多い。

 人が人である限り、同じ差別は続く。

「トーヤ君、大丈夫ですか?」

 急に走り出した僕を後から追ってきたティセは、僕の表情を見て心配そうに聞いてくる。

「はい、平気です。行きましょう、ティセ」

 沈んでいく夕陽を眺めながら一緒に歩き続ける途中、僕が世界を見て回って辿り着いた結論を彼女に話すことにした。

「ティセと同じように世界を回って、色々と気付くことができました。人間と魔族の融和は、現状では難しいと思います。人間同士ですら諍いがある今の世界は、魔族や魔術師にとっては過酷だと感じます」

「……私も同感です」

「だから、仲間を集めようと思います」

 僕は、ティセに向けて手を差し出す。

「人間の中にも、魔族や魔術師を理解してくれる者は必ずいると思うんです。そういった人々と一緒に「種族間の隔たりを無くした世界」を目指そうかなと」

「そうですね。キミや私だけではなく、たくさんの理解者達を集められたら、いつかきっと――」

 ティセは、僕の手を握って力強く頷いた。

 誰よりも強く、誰よりも優しい彼女となら、時間が掛かっても魔族と魔術師の未来を築いていける。彼女が隣を歩いてくれているだけで、どんな困難にも立ち向かえると思える。

「まずは自分の身の周りから、ですね」

「おっしゃる通りです。便利屋稼業は飯の種、稼業のついでに魔族と魔術師、救っちゃいましょう!」

 彼女らしい身の丈にあった目標を聞いて、僕は笑顔で頷く。手を繋いで河川敷を歩きながら、ふたりで新しい一歩を踏み出した。

 躓くことがあってもいい。後ろを振り向かなければいい。立ち止まっても、また歩き出せばいい。ひとりで立ち上がれないならふたりで、ふたりでダメならみんなで。明るい未来が待っていると信じて、ただひたすらに前へ歩く。

 目指す先が遠くても、いつかきっと辿り着ける。今の僕には、肩を並べて一緒に歩いてくれる最愛の女性がいるから。



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 翌日。
 帰国してすぐに便利屋に復帰した僕は、久しぶりの日本の空気を味わいながらティスタ先生と共に仕事先に向かっていた。
 道中、先生は申し訳なさそうに俯いている。
「昨日はすみませんでした……」
「こちらこそ申し訳ありません。急な帰国で驚かせてしまって」
 昨晩の先生は大騒ぎだった。感動の再会どころか感情の大暴走。千歳さんが止めてくれなければ、帰国したばかりなのに氷像にされるところだった。
 帰国の件を便利屋事務所に連絡した際、飲み会の途中で僕をサプライズ登場させようと言い出したのは千歳さん。兄弟子と行きつけのお店の店主まで巻き込んでドッキリを計画したそうだ。
「先生が元気そうで安心しました」
「うぅ……」
 両手で顔を覆って悶える先生。彼女のこんな姿を見ていると、自分の居場所に帰ってきたのだと実感できる。
「もしかして急に帰国する理由があったんですか? もし何か重大な仕事があるのなら、私も手伝います。遠慮なく頼ってくださいね」
「いえ、仕事ではないです。世界を回っているうちに見たいものをすべて見れたので、旅を一段落させて帰ってきました」
 目にした世界の現実は、僕が想像していた以上に厳しいものばかりだった。魔族どころか、人間同士の差別や偏見も深刻だ。人種に対する意識が低い日本が魔族にとって楽園だということが痛いほど実感できた。
 ティスタ先生が日本に定住しようと決めた理由も今ならわかる。魔族や魔術師に対する風当たりは日本でも強いが、外国に比べたら遥かにマシな状況にある。
 現状に対する具体的な解決策が見つかったわけではない。帰国を決意したのは、僕ひとりにできることは少ないので、いつまでも世界を放浪しているわけにもいけないと思ったから。
 ……というのは建前で、本音は――
「日本に帰ってきたのは、ティセに会いたかったからです」
「またまた、そんな……」
「本当ですよ」
「…………」
 ティセは、少し俯きながら本音を漏らす。
「……私も、ずっと会いたかった」
「うん。これからはずっと一緒にいます」
「恥ずかしげもなく言いますね、キミは……」
「そのために帰ってきたようなものですから。提案があるんですが、事務所の近くにマンションを借りようと思っているので、先生さえよければ一緒に暮らしませんか?」
「……え゛っ」
 ティセの顔が真っ赤に染まる。彼女との同居は、日本に帰ってくる前から考えていたことだった。
 彼女がいつも寝泊まりしているのは、便利屋事務所の横にある仮眠室。居心地の良さは知っているが、せっかくなら「帰る家」があった方がいいのではないかとずっと思っていた。
 プライベートな時間を一緒に過ごせるし、放っておくと不摂生な生活ばかりしているティセの食事も僕が用意できる。もちろん同居は強要することではないので、彼女の返答次第だけど。
「物件はいくつか目星をつけていまして」
「ど、どう、同棲……ですよね……」
「はい、そうです」
「私、あんまり料理とかできないですけど……」
「僕が作るので大丈夫。世界を回っているうちに、色んな料理も学んだので期待してください。お酒に合うおつまみのレシピも頭に入っています」
「掃除とか、あんまりしないし……」
「事務所の掃除で慣れているので大丈夫です。昔から掃除は得意なんですよ」
「毎晩、お酒を飲み過ぎて倒れているかも……」
「いつものことだから平気です。最近、肝臓の負担を減らす魔術を開発しました」
「キミのおばあ様は、何と言ってましたか……?」
「日本に帰ってすぐに話をしたのですが、先生がいいと言ってくれた時は、ぜひそうするべきだと言ってくれました。実家は徒歩でも行ける距離ですし、問題ありません」
 何も心配無し。伊達に彼女の弟子として近くにいたわけではない。
「じゃあ、よろしくお願いします……」
「断られなくてよかったです」
「そんな誘い、断れるわけないって……わかって言っているくせに……」
 無事に同棲が決まったところで、僕にとって久しぶりの便利屋稼業の再開。
「同棲の件は仕事が終わった後に改めて話すとして……トーヤ君、久しぶりの日本での仕事ですよ。気を引き締めてくださいね」
「はい、わかりました」
「では、行きましょうか!」
 満面の笑顔を浮かべるティセと一緒に歩き出す。世界を旅する途中に何度も脳裏に浮かんだ愛しい人の笑顔は、実際に目にすると本当に眩しい。
 ティセは純白の外套を、僕は灰色の外套を羽織る。魔術師の象徴である外套をふたりで着用して、依頼者の元へと向かった。
 ……………
 久しぶりの日本での仕事はかなり苦戦した。
 依頼は「迷い猫の捜索」――僕がティセに弟子入りしたばかりの頃、便利屋として何度も経験した仕事だ。
「やれやれ、時間が掛かりましたね。事務所に戻りましょう、トーヤ君」
「まさか、他の家の飼い猫になっていたとは思いませんでした。猫ってそういうところありますよねー……」
 朝から迷い猫を探し回って、見つかったのは夕方頃。無事に依頼主に猫を送り届けた後、先生と一緒に事務所へ戻る途中、見覚えのある河川敷を歩く。
「僕がティセに初めて会ったのは、この場所でしたね」
 河川敷で不良にいじめられていた僕を助けてくれ先生の姿は、今でも忘れられない。あの日から僕の生活は一変したのだ。
「はい、今でも覚えています。あの日は、有り得ないくらいパチンコでボロ負けした帰りでした……」
「その情報は初耳ですが……?」
 今は酒もギャンブルもすっかりやらなくなって、仕事に集中しているという。世界を旅している最中に先生が度の超えた不摂生をしていないか気になっていたが、以前より自分の健康に気を使ってくれているみたいで一安心。
 思い出に浸りながら河川敷を歩いていると、河原で数人の男子が言い争っている声が聞こえてきた。
「先生、ちょっと待っていてもらえますか」
 制服姿の数人の子供が、ひとりの男の子を囲んで罵詈雑言を浴びせていた。目の前の光景に既視感を覚えながら、僕は彼等の元へと駆け寄って声をあげる。
「こら、やめなさい!」
 いじめにしか見えない光景だったので容赦なく怒鳴ると、小さな男の子を囲んでいた数人は慌てて逃げ出した。
「大丈夫?」
 いじめられていた少年に向けて手を伸ばすと、少年は僕の手を取って立ち上がった。深々と頭を下げて「ありがとうございました」とお礼を言う少年の髪は灰色、瞳は金色。おそらく半魔族の子供だ。
 僕は、便利屋の住所と電話番号が書かれたメモを少年に渡す。
「お兄さんはここで働いているから、何かあったら遠慮せずに連絡してね」
 少年は、改めて深々とお辞儀をしてから去っていった。
 魔族や半魔族、魔術師に対する偏見は減ってきているが、完全に無くなってはいない。
 人間は、特定の者を敵視することで意思を統一して自分の身を守ろうとする生き物だ。心の安寧のために「何が原因であるか」よりも「誰が悪いのか」を優先した考え方をしている者が多い。
 人が人である限り、同じ差別は続く。
「トーヤ君、大丈夫ですか?」
 急に走り出した僕を後から追ってきたティセは、僕の表情を見て心配そうに聞いてくる。
「はい、平気です。行きましょう、ティセ」
 沈んでいく夕陽を眺めながら一緒に歩き続ける途中、僕が世界を見て回って辿り着いた結論を彼女に話すことにした。
「ティセと同じように世界を回って、色々と気付くことができました。人間と魔族の融和は、現状では難しいと思います。人間同士ですら諍いがある今の世界は、魔族や魔術師にとっては過酷だと感じます」
「……私も同感です」
「だから、仲間を集めようと思います」
 僕は、ティセに向けて手を差し出す。
「人間の中にも、魔族や魔術師を理解してくれる者は必ずいると思うんです。そういった人々と一緒に「種族間の隔たりを無くした世界」を目指そうかなと」
「そうですね。キミや私だけではなく、たくさんの理解者達を集められたら、いつかきっと――」
 ティセは、僕の手を握って力強く頷いた。
 誰よりも強く、誰よりも優しい彼女となら、時間が掛かっても魔族と魔術師の未来を築いていける。彼女が隣を歩いてくれているだけで、どんな困難にも立ち向かえると思える。
「まずは自分の身の周りから、ですね」
「おっしゃる通りです。便利屋稼業は飯の種、稼業のついでに魔族と魔術師、救っちゃいましょう!」
 彼女らしい身の丈にあった目標を聞いて、僕は笑顔で頷く。手を繋いで河川敷を歩きながら、ふたりで新しい一歩を踏み出した。
 躓くことがあってもいい。後ろを振り向かなければいい。立ち止まっても、また歩き出せばいい。ひとりで立ち上がれないならふたりで、ふたりでダメならみんなで。明るい未来が待っていると信じて、ただひたすらに前へ歩く。
 目指す先が遠くても、いつかきっと辿り着ける。今の僕には、肩を並べて一緒に歩いてくれる最愛の女性がいるから。