地球上に火を克服した生物はいない。あらゆる特殊な環境に適応できたとしても高熱では細胞が破壊されるからだ。扱いの難しさから、人間や魔族以外に火を扱える生物は存在しない。
赫灼の魔術を扱う赤魔氏族でさえ、自身を滅ぼしてしまうリスクを考慮して「炎熱防御の魔術」を開発した経緯がある。
物理的な防御を落とす代わりに肉体の温度を一定に保ち、皮膚表面に張った魔力で熱や火から身を守る魔術。つまり「身体の内側だけは何があっても燃えず、熱によって細胞が破壊されない」ということ。
その特性を理解した僕は「最初の一撃」で彼の体に仕込みをした。
「これ、は……ぐ、ぁ゛……!?」
ガーユスの左肩から植物の蔦が這い出てくる。初撃で肩に撃ち込んだのは、魔力の弾丸ではなく、魔力を込めた植物の種。
熱と炎の魔術から最も届きにくい場所は、ガーユスの肉体の内側。膨大な魔力によって完璧な熱防御をしている彼の肉体そのものが、自然魔術の行使に最適な環境だったのだ。
長い時間を掛けて魔力を込めた植物の種は、ガーユスの体を蝕むように成長。左肩の傷口から伸びていく蔦は徐々に樹木に成長して、ガーユスを包み込んでいく。
「こんな……こんな、もの……っ……!」
ガーユスは、体の内側から生える植物を燃やし尽くそうとする……が、完璧な熱防御が災いして体内の種が処理ができない。数秒もしないうちにガーユスの左半身は樹木に包まれる。
枯死封印は、対象を樹木に封じ込める魔術。行使者が意図して解くか、樹木と化した封印者が枯れ死ぬまで封印は解けない。
封印された者は「輪廻転生の輪から外れる」ことになり、対象を半死半生の物言わぬ樹木に変貌させて封じ込め続ける。
古のエルフが使用を躊躇うほどの恐ろしい魔術、当然デメリットもある。必要になる魔力量が通常魔術の比ではないのだ。
「はぁ、はっ……ぅ……っ……」
封印魔術の行使中、立っていられないほどの目眩に襲われて地面に膝をつく。魔力不足になった時の症状が出ている。封印魔術の行使で魔力がすべて持っていかれてしまった。失敗すれば次は無い。
魔界の言語による詠唱を終えて、朦朧とする意識の中で相印だけは崩さないように手に力を入れ続ける。人間の世界で使われている「
智拳印」に似た相印。封印魔術完了まで、同じ相印を結び続けなければならない。
「ふ、ふざけるな、お前を、殺せばっ……!」
ガーユスは、まだ動く右手で回転式拳銃を構える。ティスタ先生に向けて発砲したのは1発。拳銃には、残り5発の弾丸が装填されているはず。
魔力が残っていない僕に銃弾を防ぐ手段は無い。
(……ここまで来て……!)
ガーユスが放った凶弾は、狙いすましたかのように僕の左胸へと命中した。
「が、はっ……」
死を覚悟するような痛みが左胸に走る。
しかし、銃弾は僕の体を傷付けなかった。御守り代わりにと左胸ポケットに入れていた銀のプレートが銃弾を防いでくれた。ティスタ先生に貰った魔術学院への通行証。同じポケットには魔術学院の生徒達と撮った写真も入っている。
こんな偶然が本当にあるのかと驚愕する。亡くなった魔術学院の生徒達が、最後に僕を守ってくれたのではないかと思う。
「何故、だ、どうして――」
銃弾が直撃しても死なない僕の姿を見て、ガーユスの表情から余裕が消える。銃弾が胸に当たった衝撃で吹き飛びながらも、僕は相印を崩さない。
もし銃撃された部位が頭部だったなら、今の1発で終わっていた。弾が外れるリスクを恐れたガーユスが胴体を狙ったことが幸いしたのだろう。
「……っ……こんなガキに、俺が、俺だけが、やられるものか……!……お前も、連れて行く……!」
意地でも僕を道連れにするため、体の大半を樹木に覆われながら、辛うじて動く右手で再び銃撃をしようと試みてくるガーユス。
「もう、遅い……!」
息絶え絶えになりながら、ガーユスに向けて告げる。
4発の銃声の後、何かを弾き飛ばすような金属音が響いた。
「……~~~っ……いってぇぇ……!……またお気に入りのスーツに穴が空いちまった……!」
ガーユスの苦し紛れの抵抗から守ってくれたのは、ギリギリのタイミングで駆け付けてくれた兄弟子の金井さん。皮膚表面を金属のように固くする魔術で自分の身を盾にしてくれた。
「バカ、な、俺が……こんな、愚人に――」
取るに足らない存在だと思っていた者に最後の抵抗を妨害されたガーユスは、僕達に向けて怒りに震える瞳を向けてくる。
そんな状態の彼に、背後からトドメの一撃が与えられた。
「充分暴れたし、好きなだけ殺したんだ。もういいだろう」
「ぁ、がッ――」
樹木と化しつつあったガーユスの胸元を貫く深紅の刃は、千歳さんが呪術で作り上げた血の刃。ガーユスとの戦いに赴く前に連絡を入れておいたふたりの応援が間に合ってくれた。
ガーユスは、肉体のすべてを樹木に変貌させていく。物言わぬ大木に姿を変えた魔術師殺しを見て、僕は安堵から大きく息を吐く。
「……すみません、助かり……ました……」
応援に駆け付けてくれたふたりにお礼を言うのと同時、僕は地面に倒れた。体に力が入らない。
「トーヤさんっ!? うわ、すごい鼻血だ!」
「金井くん、急いで人を呼んできてくれ」
「了解です!」
駆け足で去っていく兄弟子の背中を見送りながら、朦朧とする意識の中でティスタ先生の方に視線を向ける。
先生も魔力切れで限界だったみたいで、眠るように地面に倒れ伏している。刃物で刺された腹部は止血を終えているから大丈夫だとは思うが、すぐにでも駆け寄って治してあげたい。
でも、体が一切動かない。指一本動かすのも無理そうだ。
「……トーヤ君。無理をさせてしまってすまない。後始末はやっておくから、キミは休んでくれ。ティスタを守ってくれて本当にありがとう」
千歳さんの言葉で完全に気が抜けたのか、強烈な睡魔が襲ってきた。僕は弱々しく頷いた後、静かに目を瞑る。
瞼の裏に浮かぶのは、亡くなってしまった魔術学院の生徒達。彼等は笑顔を浮かべていた。
「みんな、終わったよ――」
今は亡き友人達に向けて事態の収束を告げた後、僕は意識を完全に手放した。