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62.人外魔境②

ー/ー




 時刻は正午。

 30分もの間、冬也の作り出した結界内で強烈な水蒸気爆発が多発する。冷気と熱気、氷と炎、純粋な殺意に満ちた魔力が何度もぶつかり合い、大気を震わせるような轟音が人気の無い街中に響き渡る。

 世界最高峰の魔術師同士の戦いは、ビル建設跡地を何も存在しない更地に変貌させていた。

 互角の戦いを繰り広げる中、ティスタは違和感を覚える。

(何を狙っている……?)

 ガーユスは、致命的なダメージを受けないよう防御に集中している。不意打ちで腹部に傷を負ったティスタが消耗することを狙っているのか、予想もしていない切り札があるのか。

 ティスタのやることは変わらない。ガーユスを消耗させて、可能なら自身の手でガーユスを仕留める。

 実力伯仲の死闘の最中、弟子の手を煩わせたくないという焦りがティスタの戦い方に現れはじめる。ガーユスは、その隙を見逃さない。

「他のことに気を取られている場合じゃないだろう!」

 同じ境地に立つ魔術師との戦いにガーユスも高揚を隠せない。魔術師なら誰もが心に抱える「魔術を好き放題に振るいたい」という欲求を解放しながら、赫灼(かくしゃく)の魔術を放つ。

 放たれた無数の火球がティスタに襲い掛かる。

(ぎん)戦輪(せんりん) 流氷(りゅうひょう)(やいば)

 短い詠唱の後、ティスタの周囲に4つの銀の輪が現れる。回転ノコギリのように回る戦輪は、冷気と水流を纏いながら高速で飛び交い、火球をすべて掻き消した。

 魔術師としての実力が拮抗している今の状況、相打ちも有り得る。

「なぁ、ちょっといいか」

 戦いの最中、ガーユスが攻撃を中断。ティスタも同時に動きを止めた。罠の可能性を考慮して、ガーユスの様子を観察しながら言葉に応じる。

「命乞いですか?」

「いや、そうじゃなくて……やっぱり殺すのが惜しい。魔術師として最高峰の実力があるのに、どうして人間の味方をするのか疑問だ」

「……それが食い扶持だからですよ。深い意味なんてありません。地に足を付けて、弟子や同僚と一緒に普通の生活を楽しんでいたいだけです」

「キミの堕落した生活は、才能の無駄遣いだ」

「そうでもありません。私のような小市民にはお似合いの生き方です」

「世界を旅した経験があるんだろう。その過程で見たはずだ。魔族や魔術師が現代社会において、どれほど過酷な仕打ちを受けているのか」

「…………」

「俺と一緒に人間を滅ぼして、魔族と魔術師全盛の時代を創るのも悪くないんじゃないか?」

 ティスタは知っている。魔力を持つ者が海外でどのような扱いをされているのか、どれほど恐ろしい所業を受けているのか。

 良くて軟禁状態、最悪の場合は実験動物扱い。

 海外での魔術師や魔族の扱いは、筆舌に尽くし難いものばかり。深刻な魔族差別が横行している日本の現状ですら比較的まともと言えるような状況だ。

「……大半の人間がロクでもないのは、私も認めましょう。返す言葉もありません」

 幼いティスタは、自分が「世界の異物」として扱われていることに心の底から絶望していた。

 現状を少しでも良くしようと手を尽くし、大人になってからは少しでも魔術を広めようと弟子を取ったこともあったが、世間の魔術師に対する風評が原因で長くは続かなかった。

 酒に溺れ、自堕落な生活を続けるようになってしまった自身の過去を省みれば、ガーユスの言う「才能の無駄遣い」という言葉は間違いなく正しい。

 そんな彼女にも、胸を張って誇れることがある。

「便利屋稼業は結構楽しいですよ。色んな人との出会いがありましたし、幸いなことに出来の良い弟子も取れましたから」

 人間の負の側面ばかり見てきた人生だった彼女を真っ当な道に繋ぎ止めたのは、便利屋稼業を通じて出会った者達の感謝の言葉と依頼者の笑顔、そして何よりも冬也の存在が大きい。

 もし何かが違っていたら、ティスタもガーユスと同じ存在になっていたかもしれない。ティスタは、ガーユスの思想のすべてを否定してはいない。ただ違う生き方をしてきただけ。

「私も、私の仲間も、もちろんあなたでも、生き様に文句を言われる筋合いはありません。しかし、思想を押し付けて迷惑を掛けるのは論外です。わかりますか、ガーユス。小学校で習うことですよ」

「余計なお世話だよ」

「……やっぱり、あなたとは気が合いませんね」

 言葉は尽くした。あとは、お互いの意地を通すだけ。

 魔術師としてだけではなく、この醜い人間の世界で苦悩した者同士、どちらの生き様が正しいのか、決着をつけなくてはいけない。

 真正面からぶつかり合い、プライドごと彼を叩き潰そうと意気込むティスタに対して、狡猾なガーユスは一体何を仕掛けてくるのか。

(必ず何かある。私のみを狙うだけではない、大規模な切り札が――)

 地の利はガーユスにある。街の人々、あるいは街そのものを狙って大規模魔術や現代兵器を使用すれば、ティスタは周辺への影響を考えながら戦わなくてはいけない。

 例えば時限爆弾。冬也とはじめて戦った際に撤退の手段として使った爆弾の件は虚言だったが、今回は本当に仕掛けているかもしれない。

 ガーユスは、勝利を確信している時以外に正面から戦う男ではないが、魔術師としての矜持が一切ないわけでもない。余裕があるうちは、魔術でティスタを殺そうとする可能性が高い。

(……あぁ、そうか。探知範囲外からの攻撃。今の会話も時間稼ぎ)

 ティスタは、天を見上げながら魔力の感知範囲を拡げた。

 正午、太陽が最も高い位置に昇る時間。頭上で輝く太陽の光に隠して密かに作り上げられていた膨大な熱量の存在に気付く。

「……なんでわかるんだよ。本当に化け物か」

 戦闘中、ティスタや他の魔術師に気付かれないように細心の注意を払いながら上空10km以上、成層圏で時間を掛けて作り出された強大な魔力塊。街に直撃した場合、冬也の作り上げた樹木の結界ごと一帯は焦土となる。

 ガーユスの切り札は、探知範囲外からの大規模魔術投下。先程の会話は時間稼ぎ。ド派手な魔術の応酬は、上空で形成していた巨大な火球の存在を悟られないためだった。

「もう少し大きくして、キミごと街を燃やし尽くしたかったんだけどな!」

 ガーユスは天を目掛けて手を挙げた後、勢いよく腕を振り下ろす。

 天空から墜ちてくる巨大な火球。着弾を許せば、ティスタを含めた周囲の魔術師や街そのものを消し飛ばす威力を秘めている。

(やっと見せたな、切り札を!)

 危機的状況の中、天から襲い掛かる火球には目もくれずにガーユスに向けて突撃するティスタ。遥か上空で生成していた巨大な火球は、地表への着弾までに時間が掛かる。

(これで大目標は達した。私が凌げば、あとは彼が――)

 まずは魔術の行使者であるガーユスの動きを封じ、次に天空から墜ちてくる火球への対処。

「本当にキミはやりづらいな……!」

 吐き捨てるように叫んだガーユスは、隠し持っていた拳銃の銃口を突撃してくるティスタに向けて構える。今朝、警官から強奪した回転式拳銃(リボルバー)には6発の弾丸が装填されている。

 土壇場でガーユスが現代兵器を持ち出したのは、これ以上の魔力消費が命取りになると判断したから。撤退時に必要な魔力を温存するためだった。


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 時刻は正午。
 30分もの間、冬也の作り出した結界内で強烈な水蒸気爆発が多発する。冷気と熱気、氷と炎、純粋な殺意に満ちた魔力が何度もぶつかり合い、大気を震わせるような轟音が人気の無い街中に響き渡る。
 世界最高峰の魔術師同士の戦いは、ビル建設跡地を何も存在しない更地に変貌させていた。
 互角の戦いを繰り広げる中、ティスタは違和感を覚える。
(何を狙っている……?)
 ガーユスは、致命的なダメージを受けないよう防御に集中している。不意打ちで腹部に傷を負ったティスタが消耗することを狙っているのか、予想もしていない切り札があるのか。
 ティスタのやることは変わらない。ガーユスを消耗させて、可能なら自身の手でガーユスを仕留める。
 実力伯仲の死闘の最中、弟子の手を煩わせたくないという焦りがティスタの戦い方に現れはじめる。ガーユスは、その隙を見逃さない。
「他のことに気を取られている場合じゃないだろう!」
 同じ境地に立つ魔術師との戦いにガーユスも高揚を隠せない。魔術師なら誰もが心に抱える「魔術を好き放題に振るいたい」という欲求を解放しながら、|赫灼《かくしゃく》の魔術を放つ。
 放たれた無数の火球がティスタに襲い掛かる。
『|銀《ぎん》の|戦輪《せんりん》 |流氷《りゅうひょう》の|刃《やいば》』
 短い詠唱の後、ティスタの周囲に4つの銀の輪が現れる。回転ノコギリのように回る戦輪は、冷気と水流を纏いながら高速で飛び交い、火球をすべて掻き消した。
 魔術師としての実力が拮抗している今の状況、相打ちも有り得る。
「なぁ、ちょっといいか」
 戦いの最中、ガーユスが攻撃を中断。ティスタも同時に動きを止めた。罠の可能性を考慮して、ガーユスの様子を観察しながら言葉に応じる。
「命乞いですか?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱり殺すのが惜しい。魔術師として最高峰の実力があるのに、どうして人間の味方をするのか疑問だ」
「……それが食い扶持だからですよ。深い意味なんてありません。地に足を付けて、弟子や同僚と一緒に普通の生活を楽しんでいたいだけです」
「キミの堕落した生活は、才能の無駄遣いだ」
「そうでもありません。私のような小市民にはお似合いの生き方です」
「世界を旅した経験があるんだろう。その過程で見たはずだ。魔族や魔術師が現代社会において、どれほど過酷な仕打ちを受けているのか」
「…………」
「俺と一緒に人間を滅ぼして、魔族と魔術師全盛の時代を創るのも悪くないんじゃないか?」
 ティスタは知っている。魔力を持つ者が海外でどのような扱いをされているのか、どれほど恐ろしい所業を受けているのか。
 良くて軟禁状態、最悪の場合は実験動物扱い。
 海外での魔術師や魔族の扱いは、筆舌に尽くし難いものばかり。深刻な魔族差別が横行している日本の現状ですら比較的まともと言えるような状況だ。
「……大半の人間がロクでもないのは、私も認めましょう。返す言葉もありません」
 幼いティスタは、自分が「世界の異物」として扱われていることに心の底から絶望していた。
 現状を少しでも良くしようと手を尽くし、大人になってからは少しでも魔術を広めようと弟子を取ったこともあったが、世間の魔術師に対する風評が原因で長くは続かなかった。
 酒に溺れ、自堕落な生活を続けるようになってしまった自身の過去を省みれば、ガーユスの言う「才能の無駄遣い」という言葉は間違いなく正しい。
 そんな彼女にも、胸を張って誇れることがある。
「便利屋稼業は結構楽しいですよ。色んな人との出会いがありましたし、幸いなことに出来の良い弟子も取れましたから」
 人間の負の側面ばかり見てきた人生だった彼女を真っ当な道に繋ぎ止めたのは、便利屋稼業を通じて出会った者達の感謝の言葉と依頼者の笑顔、そして何よりも冬也の存在が大きい。
 もし何かが違っていたら、ティスタもガーユスと同じ存在になっていたかもしれない。ティスタは、ガーユスの思想のすべてを否定してはいない。ただ違う生き方をしてきただけ。
「私も、私の仲間も、もちろんあなたでも、生き様に文句を言われる筋合いはありません。しかし、思想を押し付けて迷惑を掛けるのは論外です。わかりますか、ガーユス。小学校で習うことですよ」
「余計なお世話だよ」
「……やっぱり、あなたとは気が合いませんね」
 言葉は尽くした。あとは、お互いの意地を通すだけ。
 魔術師としてだけではなく、この醜い人間の世界で苦悩した者同士、どちらの生き様が正しいのか、決着をつけなくてはいけない。
 真正面からぶつかり合い、プライドごと彼を叩き潰そうと意気込むティスタに対して、狡猾なガーユスは一体何を仕掛けてくるのか。
(必ず何かある。私のみを狙うだけではない、大規模な切り札が――)
 地の利はガーユスにある。街の人々、あるいは街そのものを狙って大規模魔術や現代兵器を使用すれば、ティスタは周辺への影響を考えながら戦わなくてはいけない。
 例えば時限爆弾。冬也とはじめて戦った際に撤退の手段として使った爆弾の件は虚言だったが、今回は本当に仕掛けているかもしれない。
 ガーユスは、勝利を確信している時以外に正面から戦う男ではないが、魔術師としての矜持が一切ないわけでもない。余裕があるうちは、魔術でティスタを殺そうとする可能性が高い。
(……あぁ、そうか。探知範囲外からの攻撃。今の会話も時間稼ぎ)
 ティスタは、天を見上げながら魔力の感知範囲を拡げた。
 正午、太陽が最も高い位置に昇る時間。頭上で輝く太陽の光に隠して密かに作り上げられていた膨大な熱量の存在に気付く。
「……なんでわかるんだよ。本当に化け物か」
 戦闘中、ティスタや他の魔術師に気付かれないように細心の注意を払いながら上空10km以上、成層圏で時間を掛けて作り出された強大な魔力塊。街に直撃した場合、冬也の作り上げた樹木の結界ごと一帯は焦土となる。
 ガーユスの切り札は、探知範囲外からの大規模魔術投下。先程の会話は時間稼ぎ。ド派手な魔術の応酬は、上空で形成していた巨大な火球の存在を悟られないためだった。
「もう少し大きくして、キミごと街を燃やし尽くしたかったんだけどな!」
 ガーユスは天を目掛けて手を挙げた後、勢いよく腕を振り下ろす。
 天空から墜ちてくる巨大な火球。着弾を許せば、ティスタを含めた周囲の魔術師や街そのものを消し飛ばす威力を秘めている。
(やっと見せたな、切り札を!)
 危機的状況の中、天から襲い掛かる火球には目もくれずにガーユスに向けて突撃するティスタ。遥か上空で生成していた巨大な火球は、地表への着弾までに時間が掛かる。
(これで大目標は達した。私が凌げば、あとは彼が――)
 まずは魔術の行使者であるガーユスの動きを封じ、次に天空から墜ちてくる火球への対処。
「本当にキミはやりづらいな……!」
 吐き捨てるように叫んだガーユスは、隠し持っていた拳銃の銃口を突撃してくるティスタに向けて構える。今朝、警官から強奪した|回転式拳銃《リボルバー》には6発の弾丸が装填されている。
 土壇場でガーユスが現代兵器を持ち出したのは、これ以上の魔力消費が命取りになると判断したから。撤退時に必要な魔力を温存するためだった。