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エピローグへの足音 2話

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 会場内は困惑のざわめきが強くなっている。

 それに気付いているのかいないのか、イレインはアナベルをきついまなざしで睨み続けていた。

「そう、そうよ。卑しい踊り子が、(わたくし)の椅子に座るなんて、間違っています。さあ、すぐにそこからどきなさい」

「お断りしますわ、イレイン王妃。わたくしは陛下に望まれてこの場所に座っているのですから」

 アナベルは美しく、妖艶(ようえん)に微笑む。

 イレインの言葉など気にしていないように見えた。

「――踊り子を卑しい、なんて。そうせざるを得なかったわたくしたちに対して、失礼だとは思いませんか?」

 貴族に売られ、村を焼かれ、村のものすべてがなくなった。大好きな家族を失い、生き残る(すべ)など持たないたった五歳の少女。

 ――それが、アナベルだった。

「わたくしは故郷を焼かれ、帰る場所を失いました……」

 すっと目を伏せて、一粒の涙をこぼす。

「わたくしを助けてくれたのは、旅芸人たち。彼らは仕事に誇りを持って生きていました。――そんな彼らを侮辱(ぶじょく)するというのなら、わたくし、おとなしく聞いてはいられませんわよ?」

 淡々とした口調でイレインに告げるアナベルに、彼女は苛立ったように「ハッ!」と言葉を放つ。

「聞きまして? エルヴィス陛下。彼女は踊り子。そんな下賤(げせん)なものが陛下の隣に座るのは、国民に対して失礼だと思わないのですか!」
「――まったく思わないな。むしろ、国民を(ないがし)ろにする国母のほうが、国民に対して失礼だろう」

 イレインは大きく目を見開いた。

 エルヴィスが冷めたまなざしをイレインに向ける。

 貴族たちは、ただ呆然と彼らのやり取りを見ていた。

 そして、どちらにつくべきかをすぐに考え始める。

「――数ヶ月前、面白いものが撮れた。見てみるか?」

 エルヴィスは長い足を組み、パチンと指を鳴らした。

 記録用のオーブがふわふわとエルヴィスのもとに飛んでいき、彼はがしっとオーブを掴む。

「これは、お前が送った侍女がベルを襲った記録だ――……」

 怒りに震えるような、重低音。

 オーブが再生され、あの日のことが会場内の全員に見えるように映し出された。

 アナベルが眠っていると思っていたマルトが、彼女のベッドを何度もナイフで刺している姿。

 顔は隠されているが、必死なのが伝わってきた。

「あのときは本当に驚きましたわぁ……」
「……」

 イレインは忌々しそうに、その映像を見つめている。

「これだけでは、私が指示したかどうかさえ、わからないではありませんか」

 しかし、やがて落ち着いたのか、くすっと笑いながら首を横に振った。

「それに、この映像ではただベッドを刺しているだけ。これだけなら、いくらでも作り出せるでしょう?」
「……では、こちらはどうだ?」

 エルヴィスが別のオーブを再生する。

 それは――王妃イレインの不貞を映したオーブだった。

「イレイン。お前の子は私の血を引いていない。そうだろう?」

 イレインは顔を青ざめたり、赤くしたりと忙しい。

 そんな彼女の様子を見て、アナベルはしみじみと息を吐く。

「……王妃陛下は欲求不満だったのですか?」

 くすりと笑うアナベルに、イレインは鋭い眼光を向けた。

「こんなもの! 私だという証拠になりませんわっ!」

 捏造しようと思えばいつでも捏造できるものだと、イレインは叫ぶ。

「まぁ、そうだろうな。だが、これは?」

 また別のオーブを取り出し、映像を見せる。

 ――それは、イレインが血を浴びている姿だった。

「ヒッ!」

 会場内の誰かが悲鳴を上げる。血を溜めたバスタブに入り、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている王妃の姿を見て、みな、恐ろしいものを見たかのように硬直する。

「なっ――……!」

 イレインがエルヴィスに近付こうとしたのを、アナベルが止めた。

「よくもこんなに恐ろしいことが、できますね……」

 呆れたような……いや、どちらかと言えば憐れむような声で口にするアナベルに、イレインは唇をかみしめる。

「――若い女性の血を浴びて、若返りの効果はありましたか?」

 アナベルはイレインに近付いて、ひそりとつぶやく。

 バシッと乾いた音を立て、イレインはアナベルを扇子で殴った。

「アナベル!」

 アナベルの頬が真っ赤に染め上げられた。――彼女はすっと目元を細めて、口角を上げる。

「これで正当防衛確定だねぇ?」

 右手の甲で頬を(こす)り、楽しそうに声を弾ませる。アナベルはドレスの裾をまくり上げてナイフを取り出し、その切っ先をイレインに向けた。

 誰も、動かなかった。

 そのことがイレインには信じられなかった。

 どうして誰も助けないの、と周りの人たちに視線を巡らせる。

 だが、イレインを助けようとする人は、一人もいなかった。

「……無駄さ、王妃サマ。……あんたの天下は、今日で終わりだ」

 しんと静まり返った会場に、アナベルの声が響いた――……

「……あなたこそ、なにを言っているのかしら? 私の天下が終わるわけ、ないでしょう?」

 イレインは不敵に笑う。

「ああ、あなたはわからないでしょうけれど。王妃という立場は、強固なものですのよ」
「……飾りの王妃が?」

 エルヴィスが立ち上がり、アナベルの隣に立った。

「飾りだなんて! 私、自分の責務はきちんと果たしておりましてよ?」

 ピクリとエルヴィスの眉が動く。

「ほう?」
「あなたに代わり、政をしたことだってあります」
「私を追い出して、な」
「……だってあなたはまだ幼かったから」
「――王族を築き上げてきたものを、台無しにしたのはお前だろう」

 エルヴィスは冷たい口調で淡々と話していた。

「まぁっ、私の努力をなんだと思っておりますの!?」
「……白々(しらじら)しい。王妃イレイン。――いや、魔女イレインよ、本日限りで私との関わりを一切()たせてもらう!」



次のエピソードへ進む エピローグへの足音 3話


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 会場内は困惑のざわめきが強くなっている。
 それに気付いているのかいないのか、イレインはアナベルをきついまなざしで睨み続けていた。
「そう、そうよ。卑しい踊り子が、|私《わたくし》の椅子に座るなんて、間違っています。さあ、すぐにそこからどきなさい」
「お断りしますわ、イレイン王妃。わたくしは陛下に望まれてこの場所に座っているのですから」
 アナベルは美しく、|妖艶《ようえん》に微笑む。
 イレインの言葉など気にしていないように見えた。
「――踊り子を卑しい、なんて。そうせざるを得なかったわたくしたちに対して、失礼だとは思いませんか?」
 貴族に売られ、村を焼かれ、村のものすべてがなくなった。大好きな家族を失い、生き残る|術《すべ》など持たないたった五歳の少女。
 ――それが、アナベルだった。
「わたくしは故郷を焼かれ、帰る場所を失いました……」
 すっと目を伏せて、一粒の涙をこぼす。
「わたくしを助けてくれたのは、旅芸人たち。彼らは仕事に誇りを持って生きていました。――そんな彼らを|侮辱《ぶじょく》するというのなら、わたくし、おとなしく聞いてはいられませんわよ?」
 淡々とした口調でイレインに告げるアナベルに、彼女は苛立ったように「ハッ!」と言葉を放つ。
「聞きまして? エルヴィス陛下。彼女は踊り子。そんな|下賤《げせん》なものが陛下の隣に座るのは、国民に対して失礼だと思わないのですか!」
「――まったく思わないな。むしろ、国民を|蔑《ないがし》ろにする国母のほうが、国民に対して失礼だろう」
 イレインは大きく目を見開いた。
 エルヴィスが冷めたまなざしをイレインに向ける。
 貴族たちは、ただ呆然と彼らのやり取りを見ていた。
 そして、どちらにつくべきかをすぐに考え始める。
「――数ヶ月前、面白いものが撮れた。見てみるか?」
 エルヴィスは長い足を組み、パチンと指を鳴らした。
 記録用のオーブがふわふわとエルヴィスのもとに飛んでいき、彼はがしっとオーブを掴む。
「これは、お前が送った侍女がベルを襲った記録だ――……」
 怒りに震えるような、重低音。
 オーブが再生され、あの日のことが会場内の全員に見えるように映し出された。
 アナベルが眠っていると思っていたマルトが、彼女のベッドを何度もナイフで刺している姿。
 顔は隠されているが、必死なのが伝わってきた。
「あのときは本当に驚きましたわぁ……」
「……」
 イレインは忌々しそうに、その映像を見つめている。
「これだけでは、私が指示したかどうかさえ、わからないではありませんか」
 しかし、やがて落ち着いたのか、くすっと笑いながら首を横に振った。
「それに、この映像ではただベッドを刺しているだけ。これだけなら、いくらでも作り出せるでしょう?」
「……では、こちらはどうだ?」
 エルヴィスが別のオーブを再生する。
 それは――王妃イレインの不貞を映したオーブだった。
「イレイン。お前の子は私の血を引いていない。そうだろう?」
 イレインは顔を青ざめたり、赤くしたりと忙しい。
 そんな彼女の様子を見て、アナベルはしみじみと息を吐く。
「……王妃陛下は欲求不満だったのですか?」
 くすりと笑うアナベルに、イレインは鋭い眼光を向けた。
「こんなもの! 私だという証拠になりませんわっ!」
 捏造しようと思えばいつでも捏造できるものだと、イレインは叫ぶ。
「まぁ、そうだろうな。だが、これは?」
 また別のオーブを取り出し、映像を見せる。
 ――それは、イレインが血を浴びている姿だった。
「ヒッ!」
 会場内の誰かが悲鳴を上げる。血を溜めたバスタブに入り、|恍惚《こうこつ》の表情を浮かべている王妃の姿を見て、みな、恐ろしいものを見たかのように硬直する。
「なっ――……!」
 イレインがエルヴィスに近付こうとしたのを、アナベルが止めた。
「よくもこんなに恐ろしいことが、できますね……」
 呆れたような……いや、どちらかと言えば憐れむような声で口にするアナベルに、イレインは唇をかみしめる。
「――若い女性の血を浴びて、若返りの効果はありましたか?」
 アナベルはイレインに近付いて、ひそりとつぶやく。
 バシッと乾いた音を立て、イレインはアナベルを扇子で殴った。
「アナベル!」
 アナベルの頬が真っ赤に染め上げられた。――彼女はすっと目元を細めて、口角を上げる。
「これで正当防衛確定だねぇ?」
 右手の甲で頬を|擦《こす》り、楽しそうに声を弾ませる。アナベルはドレスの裾をまくり上げてナイフを取り出し、その切っ先をイレインに向けた。
 誰も、動かなかった。
 そのことがイレインには信じられなかった。
 どうして誰も助けないの、と周りの人たちに視線を巡らせる。
 だが、イレインを助けようとする人は、一人もいなかった。
「……無駄さ、王妃サマ。……あんたの天下は、今日で終わりだ」
 しんと静まり返った会場に、アナベルの声が響いた――……
「……あなたこそ、なにを言っているのかしら? 私の天下が終わるわけ、ないでしょう?」
 イレインは不敵に笑う。
「ああ、あなたはわからないでしょうけれど。王妃という立場は、強固なものですのよ」
「……飾りの王妃が?」
 エルヴィスが立ち上がり、アナベルの隣に立った。
「飾りだなんて! 私、自分の責務はきちんと果たしておりましてよ?」
 ピクリとエルヴィスの眉が動く。
「ほう?」
「あなたに代わり、政をしたことだってあります」
「私を追い出して、な」
「……だってあなたはまだ幼かったから」
「――王族を築き上げてきたものを、台無しにしたのはお前だろう」
 エルヴィスは冷たい口調で淡々と話していた。
「まぁっ、私の努力をなんだと思っておりますの!?」
「……|白々《しらじら》しい。王妃イレイン。――いや、魔女イレインよ、本日限りで私との関わりを一切|断《た》たせてもらう!」