会場内は困惑のざわめきが強くなっている。
それに気付いているのかいないのか、イレインはアナベルをきついまなざしで睨み続けていた。
「そう、そうよ。卑しい踊り子が、
私の椅子に座るなんて、間違っています。さあ、すぐにそこからどきなさい」
「お断りしますわ、イレイン王妃。わたくしは陛下に望まれてこの場所に座っているのですから」
アナベルは美しく、
妖艶に微笑む。
イレインの言葉など気にしていないように見えた。
「――踊り子を卑しい、なんて。そうせざるを得なかったわたくしたちに対して、失礼だとは思いませんか?」
貴族に売られ、村を焼かれ、村のものすべてがなくなった。大好きな家族を失い、生き残る
術など持たないたった五歳の少女。
――それが、アナベルだった。
「わたくしは故郷を焼かれ、帰る場所を失いました……」
すっと目を伏せて、一粒の涙をこぼす。
「わたくしを助けてくれたのは、旅芸人たち。彼らは仕事に誇りを持って生きていました。――そんな彼らを
侮辱するというのなら、わたくし、おとなしく聞いてはいられませんわよ?」
淡々とした口調でイレインに告げるアナベルに、彼女は苛立ったように「ハッ!」と言葉を放つ。
「聞きまして? エルヴィス陛下。彼女は踊り子。そんな
下賤なものが陛下の隣に座るのは、国民に対して失礼だと思わないのですか!」
「――まったく思わないな。むしろ、国民を
蔑ろにする国母のほうが、国民に対して失礼だろう」
イレインは大きく目を見開いた。
エルヴィスが冷めたまなざしをイレインに向ける。
貴族たちは、ただ呆然と彼らのやり取りを見ていた。
そして、どちらにつくべきかをすぐに考え始める。
「――数ヶ月前、面白いものが撮れた。見てみるか?」
エルヴィスは長い足を組み、パチンと指を鳴らした。
記録用のオーブがふわふわとエルヴィスのもとに飛んでいき、彼はがしっとオーブを掴む。
「これは、お前が送った侍女がベルを襲った記録だ――……」
怒りに震えるような、重低音。
オーブが再生され、あの日のことが会場内の全員に見えるように映し出された。
アナベルが眠っていると思っていたマルトが、彼女のベッドを何度もナイフで刺している姿。
顔は隠されているが、必死なのが伝わってきた。
「あのときは本当に驚きましたわぁ……」
「……」
イレインは忌々しそうに、その映像を見つめている。
「これだけでは、私が指示したかどうかさえ、わからないではありませんか」
しかし、やがて落ち着いたのか、くすっと笑いながら首を横に振った。
「それに、この映像ではただベッドを刺しているだけ。これだけなら、いくらでも作り出せるでしょう?」
「……では、こちらはどうだ?」
エルヴィスが別のオーブを再生する。
それは――王妃イレインの不貞を映したオーブだった。
「イレイン。お前の子は私の血を引いていない。そうだろう?」
イレインは顔を青ざめたり、赤くしたりと忙しい。
そんな彼女の様子を見て、アナベルはしみじみと息を吐く。
「……王妃陛下は欲求不満だったのですか?」
くすりと笑うアナベルに、イレインは鋭い眼光を向けた。
「こんなもの! 私だという証拠になりませんわっ!」
捏造しようと思えばいつでも捏造できるものだと、イレインは叫ぶ。
「まぁ、そうだろうな。だが、これは?」
また別のオーブを取り出し、映像を見せる。
――それは、イレインが血を浴びている姿だった。
「ヒッ!」
会場内の誰かが悲鳴を上げる。血を溜めたバスタブに入り、
恍惚の表情を浮かべている王妃の姿を見て、みな、恐ろしいものを見たかのように硬直する。
「なっ――……!」
イレインがエルヴィスに近付こうとしたのを、アナベルが止めた。
「よくもこんなに恐ろしいことが、できますね……」
呆れたような……いや、どちらかと言えば憐れむような声で口にするアナベルに、イレインは唇をかみしめる。
「――若い女性の血を浴びて、若返りの効果はありましたか?」
アナベルはイレインに近付いて、ひそりとつぶやく。
バシッと乾いた音を立て、イレインはアナベルを扇子で殴った。
「アナベル!」
アナベルの頬が真っ赤に染め上げられた。――彼女はすっと目元を細めて、口角を上げる。
「これで正当防衛確定だねぇ?」
右手の甲で頬を
擦り、楽しそうに声を弾ませる。アナベルはドレスの裾をまくり上げてナイフを取り出し、その切っ先をイレインに向けた。
誰も、動かなかった。
そのことがイレインには信じられなかった。
どうして誰も助けないの、と周りの人たちに視線を巡らせる。
だが、イレインを助けようとする人は、一人もいなかった。
「……無駄さ、王妃サマ。……あんたの天下は、今日で終わりだ」
しんと静まり返った会場に、アナベルの声が響いた――……
「……あなたこそ、なにを言っているのかしら? 私の天下が終わるわけ、ないでしょう?」
イレインは不敵に笑う。
「ああ、あなたはわからないでしょうけれど。王妃という立場は、強固なものですのよ」
「……飾りの王妃が?」
エルヴィスが立ち上がり、アナベルの隣に立った。
「飾りだなんて! 私、自分の責務はきちんと果たしておりましてよ?」
ピクリとエルヴィスの眉が動く。
「ほう?」
「あなたに代わり、政をしたことだってあります」
「私を追い出して、な」
「……だってあなたはまだ幼かったから」
「――王族を築き上げてきたものを、台無しにしたのはお前だろう」
エルヴィスは冷たい口調で淡々と話していた。
「まぁっ、私の努力をなんだと思っておりますの!?」
「……
白々しい。王妃イレイン。――いや、魔女イレインよ、本日限りで私との関わりを一切
断たせてもらう!」