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寵姫 アナベル 17話

ー/ー



 エルヴィスはアナベルを起こさないようにゆっくりと歩き、寝室へ運ぶ。

 マルトに扉を開けさせ、アナベルをベッドに下ろすと、彼女の髪を手で梳いて毛先に口付けた。

 マルトはぎょっとしたように目を大きく見開いたが、ちらりと彼に横目で見られて慌てて視線をそらす。

「……くれぐれも、よろしく頼む」
「は、はい。おやすみなさいませ……」

 マルトはエルヴィスに頭を下げた。

 彼は小さく息を吐いてから、寝室を出ていく。

 ぱたんと扉が閉まり、アナベルと二人きりになったマルトは、ベッドまで近付いて彼女の様子を眺めた。

 じっと見つめて、羨ましそうにため息を吐く。

「……良いわね、あなたは。……それに比べて、私は……」

 ぎゅっとドレスの裾を握りしめ、マルトは唇をかみしめた。

 エルヴィスは寝室から出て、今は標的(ターゲット)と二人きり。すっとドレスをまくり上げ、隠していたナイフを手にする。

(――あなたに恨みはないわ。ただ、こうしないと私が殺されてしまうから――……だから、ごめんなさい)

 緊張から息を荒くし、ナイフの柄を両手で握り、ぐっと頭の上に持ち上げ――アナベルの心臓をめがけて一気に振り下ろした。

 アナベルの身体から、血が流れる。ふわり、と甘い香りが漂い、マルトの鼻腔をくすぐる。

 ――やった、やってしまった……

 マルトは乱心したように、ナイフを何度も何度も振り下ろす。

 そのたびに、彼女の身体から真っ赤な血の花弁が飛び散る。

 何度も心臓を刺し、これで生きている人間などいないだろうと安堵して、マルトはアナベルから離れた。

 いや、離れようとした。

 しかし、彼女の手はベッドから伸びているアナベルの手に繋がれて、離れることができない。

「な……っ!?」
「もう終わり?」

 くすり、と笑いながら血をドクドクと流しているアナベルが起き上がった。

「ヒッ!」
「あらぁ、そんなに怯えなくてもいいじゃない。あんなに熱く、あたしを刺していたのに」

 血に濡れたアナベルが、彼女の手を掴んだまま微笑みかける。

「どうしてっ!」
「うふふ、かわいそうな子。……あたしたちが王妃イレインの思惑に気付かないとでも?」

 肩を震わせて口元に弧を(えが)く。口元にもべったりと血がついていて、マルトはもう一度「ヒィッ!」と短い悲鳴を上げた。

「……本当に、かわいそうな子……」

 (あわ)れむような視線を彼女に注ぐアナベルに、マルトは呆然と立ち尽くす。

 膝が震えて動けないマルトに対し、アナベルは空いている手でパチン、と指を鳴らした。

 すると、ロクサーヌ、イネス、カミーユが一斉にマルトに襲いかかる。

「きゃぁあああッ!」
「……はあ、まさか本当に、こーんなに呆気なく捕まるなんて」
「殺しちゃダメよ。彼女はもう、わたくしのものなのだから」

 ロクサーヌの呆れたような声に、マルトは震えた。そして、続けられた彼女の言葉に信じられないものを見るように目を見開く。

「――さあ、あなたは……わたくしと王妃イレイン、どちらを選ぶ?」

 人を魅了する悪魔のような微笑みを浮かべ、アナベルはマルトに問いかけた。

 彼女の答えは――……

 ◆◆◆

 ――数ヶ月後。

 舞踏会の準備は滞りなく進んだ。国の貴族たちを招待したエルヴィスは、隣にいるアナベルの肩に触れた。

「……どうしました?」
「……いや。ついに、明日だ……」
「ええ、今からとても楽しみですわ」

 にこりと微笑むアナベルは、エルヴィスにもたれかかる。

 ――あの日、アナベルは魔法を使った。

 香りの魔法と幻想の魔法で彼女を(あざむ)いたのだ。

「まったく、末恐ろしい魔法だ」
「うふふ、便利な魔法でしょう? ……明日、ロクサーヌたちも会場に入れますからね」
「わかっている。王妃イレインがどんな人物なのか、貴族たちに見せつけるとしよう」

 この数ヶ月、ロクサーヌ、イネス、カミーユの働きで、王妃イレインの悪事の証拠が山のように揃えることができた。

 彼女たちはイレインに近い貴族の男性たちを巧みに誘惑し、様々な証言を得た。

 そこから調べに調べて、イレインが今まで行っていたことを知り、顔をしかめていたことは記憶に新しい。

「……まさか、貴族の男性を誘惑して、とは……」
「彼女たちの得意分野ですわ。……それにしても、本当に陛下の子ではなかったのですね」

 イレインが産んだ子どもに関しても、調べが上がっていた。

「ああ。まさか私に似たような男を(たぶら)かしていたとはな。……どうやら私は、とことんイレインに(あなど)られていたらしい」

 自分自身に呆れたようにつぶやくエルヴィスに、アナベルは「……王妃イレインがおかしいだけでしょう」とバッサリ言い切る。

「……侯爵家の方と、そういう行為をしていたとは思いませんでしたね。しかも、口封じされていましたし……よく見つかりました」
「記録用のオーブを発明したものを、表彰しなくていけないな……」

 記録用のオーブを発明した人物は、『記録用』ということを隠していろいろな場所にオーブを配ったらしい。置物として置いてほしいと、大なり小なり、様々なオーブを。

 その結果、粗悪品で記録できないものも多くあったが、イレインや侯爵という自分よりも身分の高い人には質の良いオーブを渡していたらしく、バッチリと証拠が残っていた。

「わたくしたちにとっては、ラッキーでしたけれど」
「記録用のオーブ、とは言っていなかったようだからな。まさか数年前のことまで記録されているとは……」

 日付まで記入されているオーブの映像。

 これを見たイレインの表情を思い浮かべて、アナベルは口角を上げる。

「――ところで、舞踏会のテーマは本当に、『リボン』で良かったんですの?」
「ああ。リボンは結ぶもの。そして……解けるものだからな」

 エルヴィスは自分の手を見つめる。そっと、アナベルが自分の手を重ねた。

「……明日だ、ベル」
「ええ、エルヴィス。最後まで、あなたと一緒に」

 きゅっと手を絡め、二人は見つめ合う。

 ――王妃イレインから、すべてを奪うときがきた。



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 エルヴィスはアナベルを起こさないようにゆっくりと歩き、寝室へ運ぶ。
 マルトに扉を開けさせ、アナベルをベッドに下ろすと、彼女の髪を手で梳いて毛先に口付けた。
 マルトはぎょっとしたように目を大きく見開いたが、ちらりと彼に横目で見られて慌てて視線をそらす。
「……くれぐれも、よろしく頼む」
「は、はい。おやすみなさいませ……」
 マルトはエルヴィスに頭を下げた。
 彼は小さく息を吐いてから、寝室を出ていく。
 ぱたんと扉が閉まり、アナベルと二人きりになったマルトは、ベッドまで近付いて彼女の様子を眺めた。
 じっと見つめて、羨ましそうにため息を吐く。
「……良いわね、あなたは。……それに比べて、私は……」
 ぎゅっとドレスの裾を握りしめ、マルトは唇をかみしめた。
 エルヴィスは寝室から出て、今は|標的《ターゲット》と二人きり。すっとドレスをまくり上げ、隠していたナイフを手にする。
(――あなたに恨みはないわ。ただ、こうしないと私が殺されてしまうから――……だから、ごめんなさい)
 緊張から息を荒くし、ナイフの柄を両手で握り、ぐっと頭の上に持ち上げ――アナベルの心臓をめがけて一気に振り下ろした。
 アナベルの身体から、血が流れる。ふわり、と甘い香りが漂い、マルトの鼻腔をくすぐる。
 ――やった、やってしまった……
 マルトは乱心したように、ナイフを何度も何度も振り下ろす。
 そのたびに、彼女の身体から真っ赤な血の花弁が飛び散る。
 何度も心臓を刺し、これで生きている人間などいないだろうと安堵して、マルトはアナベルから離れた。
 いや、離れようとした。
 しかし、彼女の手はベッドから伸びているアナベルの手に繋がれて、離れることができない。
「な……っ!?」
「もう終わり?」
 くすり、と笑いながら血をドクドクと流しているアナベルが起き上がった。
「ヒッ!」
「あらぁ、そんなに怯えなくてもいいじゃない。あんなに熱く、あたしを刺していたのに」
 血に濡れたアナベルが、彼女の手を掴んだまま微笑みかける。
「どうしてっ!」
「うふふ、かわいそうな子。……あたしたちが王妃イレインの思惑に気付かないとでも?」
 肩を震わせて口元に弧を|描《えが》く。口元にもべったりと血がついていて、マルトはもう一度「ヒィッ!」と短い悲鳴を上げた。
「……本当に、かわいそうな子……」
 |憐《あわ》れむような視線を彼女に注ぐアナベルに、マルトは呆然と立ち尽くす。
 膝が震えて動けないマルトに対し、アナベルは空いている手でパチン、と指を鳴らした。
 すると、ロクサーヌ、イネス、カミーユが一斉にマルトに襲いかかる。
「きゃぁあああッ!」
「……はあ、まさか本当に、こーんなに呆気なく捕まるなんて」
「殺しちゃダメよ。彼女はもう、わたくしのものなのだから」
 ロクサーヌの呆れたような声に、マルトは震えた。そして、続けられた彼女の言葉に信じられないものを見るように目を見開く。
「――さあ、あなたは……わたくしと王妃イレイン、どちらを選ぶ?」
 人を魅了する悪魔のような微笑みを浮かべ、アナベルはマルトに問いかけた。
 彼女の答えは――……
 ◆◆◆
 ――数ヶ月後。
 舞踏会の準備は滞りなく進んだ。国の貴族たちを招待したエルヴィスは、隣にいるアナベルの肩に触れた。
「……どうしました?」
「……いや。ついに、明日だ……」
「ええ、今からとても楽しみですわ」
 にこりと微笑むアナベルは、エルヴィスにもたれかかる。
 ――あの日、アナベルは魔法を使った。
 香りの魔法と幻想の魔法で彼女を|欺《あざむ》いたのだ。
「まったく、末恐ろしい魔法だ」
「うふふ、便利な魔法でしょう? ……明日、ロクサーヌたちも会場に入れますからね」
「わかっている。王妃イレインがどんな人物なのか、貴族たちに見せつけるとしよう」
 この数ヶ月、ロクサーヌ、イネス、カミーユの働きで、王妃イレインの悪事の証拠が山のように揃えることができた。
 彼女たちはイレインに近い貴族の男性たちを巧みに誘惑し、様々な証言を得た。
 そこから調べに調べて、イレインが今まで行っていたことを知り、顔をしかめていたことは記憶に新しい。
「……まさか、貴族の男性を誘惑して、とは……」
「彼女たちの得意分野ですわ。……それにしても、本当に陛下の子ではなかったのですね」
 イレインが産んだ子どもに関しても、調べが上がっていた。
「ああ。まさか私に似たような男を|誑《たぶら》かしていたとはな。……どうやら私は、とことんイレインに|侮《あなど》られていたらしい」
 自分自身に呆れたようにつぶやくエルヴィスに、アナベルは「……王妃イレインがおかしいだけでしょう」とバッサリ言い切る。
「……侯爵家の方と、そういう行為をしていたとは思いませんでしたね。しかも、口封じされていましたし……よく見つかりました」
「記録用のオーブを発明したものを、表彰しなくていけないな……」
 記録用のオーブを発明した人物は、『記録用』ということを隠していろいろな場所にオーブを配ったらしい。置物として置いてほしいと、大なり小なり、様々なオーブを。
 その結果、粗悪品で記録できないものも多くあったが、イレインや侯爵という自分よりも身分の高い人には質の良いオーブを渡していたらしく、バッチリと証拠が残っていた。
「わたくしたちにとっては、ラッキーでしたけれど」
「記録用のオーブ、とは言っていなかったようだからな。まさか数年前のことまで記録されているとは……」
 日付まで記入されているオーブの映像。
 これを見たイレインの表情を思い浮かべて、アナベルは口角を上げる。
「――ところで、舞踏会のテーマは本当に、『リボン』で良かったんですの?」
「ああ。リボンは結ぶもの。そして……解けるものだからな」
 エルヴィスは自分の手を見つめる。そっと、アナベルが自分の手を重ねた。
「……明日だ、ベル」
「ええ、エルヴィス。最後まで、あなたと一緒に」
 きゅっと手を絡め、二人は見つめ合う。
 ――王妃イレインから、すべてを奪うときがきた。