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寵姫 アナベル 5話

ー/ー



「――わたくし、いろいろ知りたいの。特に、王妃サマのことを」

 頬に手を添えて、流し目でオーナーを見る。

 彼女は「へぇ?」と不敵に笑った。

「王妃陛下を探ろうっていうのかい。怖いもの知らずな嬢ちゃんだね」
「うふふ。あなただって知りたいと思いませんか? 王妃サマがどんな生活をしているのか、どんな怖いことをしているのか――……ねぇ、エルミーヌ、さん?」

 目の前の女性の名を口にすると、彼女は息を()んだ。その名を知っているものは限られているからだ。

「……あんた、ミシェルの関係者かい?」

 アナベルはただ目元を微笑む。

 ――それが、答えだった。

「……そう、ミシェル……()ってしまったのね……」
「ミシェルさん、エルミーヌさんのことを気にしていました。お別れもろくに言えずに王都を飛び出したからからって。……そしていつも、あなたことを話すときは声が優しかった」

 懐かしむようにアナベルは目を伏せる。もしもし王都に行くことがあれば、彼女が元気で暮らしているかを確かめてほしい、と。

 アナベルがまだ幼い頃にした約束を、今果たしている。

『黄金のりんごには秘密がある』

 ――それは、ミシェルとエルミーヌがふたりで決めた合言葉。

 今では、この娼館の裏の合言葉になっている。

 表向きは普通の娼館だが、彼女たちの裏の顔は『なんでも屋』だ。

「……そう。つまり、あんたはミシェルから聞いてここに来たってわけね」
「はい。わたくしには護衛が必要です。あの宮殿の中で生き抜くための護衛が。そして、目立たなくてはいけないのです。王妃サマの目を、こちらに向けさせるために」

 紹介の儀でそれは成功したと言える。だが、それだけでは足りない。

「……わたくし、王妃サマと一戦(まじ)えるつもりですのよ」

 うふふ、と彼女は楽しそうに笑う。挑発するようにエルミーヌを見る。

 ――あなたはなにもしませんの? と言外に語りかけた。

「……まさか、王妃陛下に逆らおうとする女性が出てくるとはねぇ。噂の寵姫(ちょうき)は大した肝っ玉だ」
「褒め言葉として受け取りますわね」

 にこにこと笑うアナベルと、呆れたような表情を浮かべるエルミーヌ。

「あたしのことは、ヴィルジニーと呼んでくれ。エルミーヌはとうの昔に捨てた名だ」
「わかりましたわ、ヴィルジニー。それで、承諾いただけますか?」
「金額にもよるね、危険すぎるだろう」

 ちらり、とパトリックを見上げる。

 彼はハッとしたように懐から金貨を取り出した。

 小袋に入っているが、ずっしりと重そうでかなりの量が入っていることがわかる。

「……何人雇うつもりだい?」
「この金貨で、何人くらい雇えますか?」
「最低三人って感じの金貨の量だよ、まったく……」

 パトリックから渡された金貨の小袋を開けて、中に入っているものを確認すると、ヴィルジニーは肩をすくめた。

「それと、もう一つ……お願いがあるのだけれど」
「お願い?」

 アナベルはすっとソファから立ち上がり、ヴィルジニーのもとへ近付いてこっそりと耳打ちする。

「男性の(よろこ)ばせ方を、教えてほしいの」
「……はあっ?」

 ぎょっとしたように目を見開くヴィルジニーに、アナベルは頬を赤らめて「切実な願いですのよ?」と唇を尖らせた。

 まるで少女のような様子に、すっかりと意表を突かれ、ヴィルジニーの警戒心が(ほど)ける。

「ちょっとそこの騎士さんや、悪いけれど、部屋から出ていってくれないかい? これから先は女同士の話だからさ」
「え、しかし……」
「お願いします、パトリック卿」
「……わかりました。扉の前に待機しておりますので、なにかありましたらすぐに呼んでください」
「ありがとうございます!」

 パトリックは小さく頭を下げ、部屋から出ていった。

 ヴィルジニーはアナベルを隣に座らせると、「それで、男の悦ばせ方、だっけ?」と頬に人差し指を添える。

「わたくしが踊り子だったことは、ご存知ですか?」
「ああ、踊り子が寵姫になったって号外に載っていたからね。それが?」
「わたくし、経験がまるっきりありませんの。どうすれば彼を悦ばせることができるのか、わからなくて……」

 初めて夜を過ごしたときは、エルヴィスにリードをされて、アナベルはただ彼に身を任せていた。

 確かに気持ち良かったし、なによりも彼を感じられる行為だと思う。

「……踊り子なのに、経験がない?」

 疑惑の目でアナベルを見るヴィルジニーに、こくりとうなずいた。

 そして、今までどうやり過ごしていたかを説明すると、彼女は顔をうつむかせ肩を震わせる。

「み、ミシェルらしい……!」

 ひぃひぃと腹を(かか)えて笑い出した彼女に、アナベルは眉を下げる。

「彼女の乙女チックな考えを、ずーっと守っていたわけだ。なるほどねぇ……。うーん、でもねぇ、こればかりは……あたしたちに習うよりは、その()に聞いたほうが良いんじゃない?」

 顔を上げてニヤニヤと笑うヴィルジニーに、アナベルはきょとんとした表情を浮かべ、「なぜ?」と問いかけた。

「あんたは真っ白だから、彼色に染まることができるってわけさ」
「……そまる?」

 あまりピンと来ていないようで、ヴィルジニーは「箱入り娘かい?」とどこか呆れたように息を吐く。

「……そうね、言い方を変えましょう。彼の好みになるってこと」
「習わなくても?」
「そう。初めての相手ならなおさらだ。どうしてもうまくいかないってなったら、相談しにおいで。だが、まずは彼と相談してからね」

 真剣な表情で言われて、アナベルは考え込むように顎に指をかけ、「そんなもの……?」と小声で言葉をこぼす。

「じゃあ、とりあえず、あんたに負けない美人を呼んでみるかね」
「お願いします。そういえば、ここは王妃サマの手が回っていないようですわね?」
「ああ、王妃陛下はあたしらのことが大嫌いだからね。どんなに美しくても、娼婦は汚らわしいそうだ」

 ケッと悪態をつく姿を見て、アナベルは顎にかけていた指を頬に移動させ、じっとヴィルジニーを見つめた。

「……酷い人ですわね。理由があって娼館で働いている方も多いでしょうに」
「まあね。まぁ、危険な仕事の代わりに、良くしてやっておくれよ。あたしの可愛い子ちゃんたちに」
「もちろんですわ」

 アナベルの答えに満足そうに微笑むと、ヴィルジニーは立ち上がり、扉のほうへ歩く。

「あんたはここで待っていて。護衛の騎士と一緒にね」
「ええ」

 扉の前に待機していたパトリックと入れ替わるように、彼女は部屋から出ていった。

 ヴィルジニーはアナベルの要望に当てはまる人物を呼びにいくため、娼婦たちのところへ足を進めた。



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「――わたくし、いろいろ知りたいの。特に、王妃サマのことを」
 頬に手を添えて、流し目でオーナーを見る。
 彼女は「へぇ?」と不敵に笑った。
「王妃陛下を探ろうっていうのかい。怖いもの知らずな嬢ちゃんだね」
「うふふ。あなただって知りたいと思いませんか? 王妃サマがどんな生活をしているのか、どんな怖いことをしているのか――……ねぇ、エルミーヌ、さん?」
 目の前の女性の名を口にすると、彼女は息を|呑《の》んだ。その名を知っているものは限られているからだ。
「……あんた、ミシェルの関係者かい?」
 アナベルはただ目元を微笑む。
 ――それが、答えだった。
「……そう、ミシェル……|逝《い》ってしまったのね……」
「ミシェルさん、エルミーヌさんのことを気にしていました。お別れもろくに言えずに王都を飛び出したからからって。……そしていつも、あなたことを話すときは声が優しかった」
 懐かしむようにアナベルは目を伏せる。もしもし王都に行くことがあれば、彼女が元気で暮らしているかを確かめてほしい、と。
 アナベルがまだ幼い頃にした約束を、今果たしている。
『黄金のりんごには秘密がある』
 ――それは、ミシェルとエルミーヌがふたりで決めた合言葉。
 今では、この娼館の裏の合言葉になっている。
 表向きは普通の娼館だが、彼女たちの裏の顔は『なんでも屋』だ。
「……そう。つまり、あんたはミシェルから聞いてここに来たってわけね」
「はい。わたくしには護衛が必要です。あの宮殿の中で生き抜くための護衛が。そして、目立たなくてはいけないのです。王妃サマの目を、こちらに向けさせるために」
 紹介の儀でそれは成功したと言える。だが、それだけでは足りない。
「……わたくし、王妃サマと一戦|交《まじ》えるつもりですのよ」
 うふふ、と彼女は楽しそうに笑う。挑発するようにエルミーヌを見る。
 ――あなたはなにもしませんの? と言外に語りかけた。
「……まさか、王妃陛下に逆らおうとする女性が出てくるとはねぇ。噂の|寵姫《ちょうき》は大した肝っ玉だ」
「褒め言葉として受け取りますわね」
 にこにこと笑うアナベルと、呆れたような表情を浮かべるエルミーヌ。
「あたしのことは、ヴィルジニーと呼んでくれ。エルミーヌはとうの昔に捨てた名だ」
「わかりましたわ、ヴィルジニー。それで、承諾いただけますか?」
「金額にもよるね、危険すぎるだろう」
 ちらり、とパトリックを見上げる。
 彼はハッとしたように懐から金貨を取り出した。
 小袋に入っているが、ずっしりと重そうでかなりの量が入っていることがわかる。
「……何人雇うつもりだい?」
「この金貨で、何人くらい雇えますか?」
「最低三人って感じの金貨の量だよ、まったく……」
 パトリックから渡された金貨の小袋を開けて、中に入っているものを確認すると、ヴィルジニーは肩をすくめた。
「それと、もう一つ……お願いがあるのだけれど」
「お願い?」
 アナベルはすっとソファから立ち上がり、ヴィルジニーのもとへ近付いてこっそりと耳打ちする。
「男性の|悦《よろこ》ばせ方を、教えてほしいの」
「……はあっ?」
 ぎょっとしたように目を見開くヴィルジニーに、アナベルは頬を赤らめて「切実な願いですのよ?」と唇を尖らせた。
 まるで少女のような様子に、すっかりと意表を突かれ、ヴィルジニーの警戒心が|解《ほど》ける。
「ちょっとそこの騎士さんや、悪いけれど、部屋から出ていってくれないかい? これから先は女同士の話だからさ」
「え、しかし……」
「お願いします、パトリック卿」
「……わかりました。扉の前に待機しておりますので、なにかありましたらすぐに呼んでください」
「ありがとうございます!」
 パトリックは小さく頭を下げ、部屋から出ていった。
 ヴィルジニーはアナベルを隣に座らせると、「それで、男の悦ばせ方、だっけ?」と頬に人差し指を添える。
「わたくしが踊り子だったことは、ご存知ですか?」
「ああ、踊り子が寵姫になったって号外に載っていたからね。それが?」
「わたくし、経験がまるっきりありませんの。どうすれば彼を悦ばせることができるのか、わからなくて……」
 初めて夜を過ごしたときは、エルヴィスにリードをされて、アナベルはただ彼に身を任せていた。
 確かに気持ち良かったし、なによりも彼を感じられる行為だと思う。
「……踊り子なのに、経験がない?」
 疑惑の目でアナベルを見るヴィルジニーに、こくりとうなずいた。
 そして、今までどうやり過ごしていたかを説明すると、彼女は顔をうつむかせ肩を震わせる。
「み、ミシェルらしい……!」
 ひぃひぃと腹を|抱《かか》えて笑い出した彼女に、アナベルは眉を下げる。
「彼女の乙女チックな考えを、ずーっと守っていたわけだ。なるほどねぇ……。うーん、でもねぇ、こればかりは……あたしたちに習うよりは、その|彼《・》に聞いたほうが良いんじゃない?」
 顔を上げてニヤニヤと笑うヴィルジニーに、アナベルはきょとんとした表情を浮かべ、「なぜ?」と問いかけた。
「あんたは真っ白だから、彼色に染まることができるってわけさ」
「……そまる?」
 あまりピンと来ていないようで、ヴィルジニーは「箱入り娘かい?」とどこか呆れたように息を吐く。
「……そうね、言い方を変えましょう。彼の好みになるってこと」
「習わなくても?」
「そう。初めての相手ならなおさらだ。どうしてもうまくいかないってなったら、相談しにおいで。だが、まずは彼と相談してからね」
 真剣な表情で言われて、アナベルは考え込むように顎に指をかけ、「そんなもの……?」と小声で言葉をこぼす。
「じゃあ、とりあえず、あんたに負けない美人を呼んでみるかね」
「お願いします。そういえば、ここは王妃サマの手が回っていないようですわね?」
「ああ、王妃陛下はあたしらのことが大嫌いだからね。どんなに美しくても、娼婦は汚らわしいそうだ」
 ケッと悪態をつく姿を見て、アナベルは顎にかけていた指を頬に移動させ、じっとヴィルジニーを見つめた。
「……酷い人ですわね。理由があって娼館で働いている方も多いでしょうに」
「まあね。まぁ、危険な仕事の代わりに、良くしてやっておくれよ。あたしの可愛い子ちゃんたちに」
「もちろんですわ」
 アナベルの答えに満足そうに微笑むと、ヴィルジニーは立ち上がり、扉のほうへ歩く。
「あんたはここで待っていて。護衛の騎士と一緒にね」
「ええ」
 扉の前に待機していたパトリックと入れ替わるように、彼女は部屋から出ていった。
 ヴィルジニーはアナベルの要望に当てはまる人物を呼びにいくため、娼婦たちのところへ足を進めた。