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紹介の儀 その後 5話

ー/ー



 そして、その日の夜。エルヴィスがアナベルのもとへ帰ってきた。

「お帰りなさい、エルヴィス陛下」
「ただいま。身体は大丈夫か?」
「はい、ゆっくり休んだらすっかりと」

 頬に手を添え、顔を赤らめるアナベルに「そうか」と微笑み、服を脱ぎ始めるエルヴィス。

 アナベルはぱっと視線をそらした。

 背中を向けている彼が笑う気配がしたが、アナベルは彼の背中にある傷痕(きずあと)に気付いてハッと顔を上げる。

 エルヴィスに近付くアナベルに、彼は「どうした?」と声をかけた。

「……エルヴィス陛下、この傷痕は……」

 背中に残る傷痕に、エルヴィスが「ああ」と納得したようにつぶやく。

「魔物討伐のときに、部下を庇ってできた傷だ。治癒(ちゆ)魔法もかけなかったから、残ったのだろう」
「……どうして」
「治癒魔法師がいなかったから……だな。さすがにポーションだけでは治りきらなかった」

 アナベルは下唇をかみしめる。

 ――治癒魔法師もいなく、回復薬であるポーションだけを持って戦っているエルヴィスの姿を想像して、涙が込み上げてきた。

(どんなにつらい戦いだったろう)

 なぜエルヴィスがそんな目に()わなくてはいけなかったのか、と。

 だが、彼らが魔物を討伐してくれたおかげで、各地を巡る旅は順調だったのだ、とも考えて複雑な心境になった。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、エルヴィスは懐かしむように目元を細める。

「懐かしいな、この傷はまだ十五歳くらいのときだったか……」

 エルヴィスの言葉に、アナベルが顔を上げる。十五歳といえば、まだまだ子どもの頃ではないかと思い、ぎゅっと拳を握った。

「確か覚醒(かくせい)してすぐだったからな。氷の魔法をうまく制御できずにいた。だが、魔物を討伐していくうちに大分慣れてきたんだ」

 ばさり、とエルヴィスが服を脱ぎ捨て、代わりに寝間着に袖を通す。

 くるりとアナベルに身体を向けると、そっと彼女の頬に手を添えた。

「ああ、こんなに瞳を潤ませて。そんなに私は()()()に見えるか?」

 アナベルはじっとエルヴィスを見つめて、緩やかに首を横に振る。

「ちがう、違うの……」

 アナベルの口から、震えた声が滑り落ちた。

「あたし、エルヴィス陛下たちが魔物を討伐しているとき、なにもできなかった。そのことが、やっぱり悔しいの……」

 当たり前のように魔物を討伐していたエルヴィス。

 自分たちはその恩恵を受けながらも、彼になにも返せていない。

 そのことが、アナベルは悔しかった。

 彼女の言葉はエルヴィスにはとても意外だったようで、その意味を理解すると破顔した。

 アナベルの腕を引っ張り、自分の腕の中に閉じ込めると、彼女は「エルヴィス陛下!?」と慌てたように声を上げる。

「愛おしい、というのはこういうときに使うのだろうな……」

 ぽつりとこぼれた言葉を耳にして、アナベルは顔を一気に真っ赤にさせた。

 それを隠すようにエルヴィスの胸元に額をつけるが、耳まで真っ赤になっているので隠れてはいなかった。

「きみはパトリックたちのことを初心(うぶ)だと言っていたが、きみ自身も充分に初心だと思うよ」
「そうね、あたしもびっくりよ。――好きな人が相手だと、全然違うのだもの」

 顔を隠すのは諦めたらしいアナベルが、両肩を上げた。エルヴィスは抱きしめていた腕を緩め、代わりに彼女の頬に手を添える。

「そんな表情(かお)で見ないで。可愛く見えちゃう」
「私はいったい、どんな表情をしているんだい?」

 小さく口角を上げるエルヴィスに、アナベルが彼の目をじっと見つめた。

 彼女の瞳に映る自分の表情を見て、「ベルはこの表情(かお)が可愛いと?」と首をかしげる。

「ええ、そうよ。あたしのことを好きでたまらないって感じが、可愛いわ」

 クスリ、と口角を上げ、自分でも意図せず甘い声が出たアナベルは、エルヴィスの胸元に手を置いた。

 彼の体温が寝間着越しに伝わり、ドキドキと胸が高鳴る。

「……ベル」

 すっとエルヴィスがアナベルの頬から顎へ指を移動させ、くいっと上を向かせる。真剣な表情のエルヴィスに魅入られるように、自然とまぶたを閉じた。

 ちゅっ、と軽い音を響かせて、唇が重なる。

「……不思議だわぁ……」

 唇が離れると、アナベルが自分の唇に指の腹を押し付ける。「不思議?」とエルヴィスが問う。

「昨日もたくさんキスをしたのに、今日もしたくなっちゃうなんて」

 本当に不思議だわ、とアナベルがつぶやくと、エルヴィスは彼女の肩に自分の額を押し当てた。

「……エルヴィス陛下?」
「……いや、うん。……本当、よくこんなに純粋に育ったものだ……」

 (なか)ば感心したような、呆れたような口調にアナベルが不思議そうに彼を見つめる。

「……あの、エルヴィス陛下。こんなときになんですけれど、あたしが考えた『寵姫(ちょうき)の仕事』を確認してくださいますか?」

 彼女の肩に額を乗せていたエルヴィスが、ピクリと肩を揺らした。

 彼の表情を見つめていると、一瞬のうちにアナベルの『恋人』ではなく、一国の『王』としての表情になっていた。

「聞こうか、きみの考えた寵姫像を」
「ありがとうございます。では、こちらにおかけください」

 アナベルはエルヴィスを椅子に座らせて、メイドたちと練りに練った『寵姫の仕事』を彼に見せる。

 エルヴィスは紙に視線を落とし、一通り読み終えると「ふむ」と顎に手をかけて真剣に考え込んだ。

「……よくもまぁ、噂話とはいえこれだけ集めたものだ。それに、寵姫の仕事としてのこれは、面白いな」
「噂話は長年勤めていたメイドたちの功績ですわ。わたくしが考えたのはこちらのほう」

 すっと自分が考えた部分を指すと、エルヴィスがうなずいた。アナベルの口調が寵姫のものへと変わったことに気付いたエルヴィスだったが、なにも言わずに彼女の話に耳をかたむける。

「……なるほど。では、きみの考える通りに動いてくれ」
「――任せてくださいませ」

 エルヴィスはその計画に同意する。こうしてアナベルは、自分が理想とする『寵姫の仕事』をすることになった。



次のエピソードへ進む 寵姫 アナベル 1話


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 そして、その日の夜。エルヴィスがアナベルのもとへ帰ってきた。
「お帰りなさい、エルヴィス陛下」
「ただいま。身体は大丈夫か?」
「はい、ゆっくり休んだらすっかりと」
 頬に手を添え、顔を赤らめるアナベルに「そうか」と微笑み、服を脱ぎ始めるエルヴィス。
 アナベルはぱっと視線をそらした。
 背中を向けている彼が笑う気配がしたが、アナベルは彼の背中にある|傷痕《きずあと》に気付いてハッと顔を上げる。
 エルヴィスに近付くアナベルに、彼は「どうした?」と声をかけた。
「……エルヴィス陛下、この傷痕は……」
 背中に残る傷痕に、エルヴィスが「ああ」と納得したようにつぶやく。
「魔物討伐のときに、部下を庇ってできた傷だ。|治癒《ちゆ》魔法もかけなかったから、残ったのだろう」
「……どうして」
「治癒魔法師がいなかったから……だな。さすがにポーションだけでは治りきらなかった」
 アナベルは下唇をかみしめる。
 ――治癒魔法師もいなく、回復薬であるポーションだけを持って戦っているエルヴィスの姿を想像して、涙が込み上げてきた。
(どんなにつらい戦いだったろう)
 なぜエルヴィスがそんな目に|遭《あ》わなくてはいけなかったのか、と。
 だが、彼らが魔物を討伐してくれたおかげで、各地を巡る旅は順調だったのだ、とも考えて複雑な心境になった。
 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、エルヴィスは懐かしむように目元を細める。
「懐かしいな、この傷はまだ十五歳くらいのときだったか……」
 エルヴィスの言葉に、アナベルが顔を上げる。十五歳といえば、まだまだ子どもの頃ではないかと思い、ぎゅっと拳を握った。
「確か|覚醒《かくせい》してすぐだったからな。氷の魔法をうまく制御できずにいた。だが、魔物を討伐していくうちに大分慣れてきたんだ」
 ばさり、とエルヴィスが服を脱ぎ捨て、代わりに寝間着に袖を通す。
 くるりとアナベルに身体を向けると、そっと彼女の頬に手を添えた。
「ああ、こんなに瞳を潤ませて。そんなに私は|可《・》|哀《・》|想《・》に見えるか?」
 アナベルはじっとエルヴィスを見つめて、緩やかに首を横に振る。
「ちがう、違うの……」
 アナベルの口から、震えた声が滑り落ちた。
「あたし、エルヴィス陛下たちが魔物を討伐しているとき、なにもできなかった。そのことが、やっぱり悔しいの……」
 当たり前のように魔物を討伐していたエルヴィス。
 自分たちはその恩恵を受けながらも、彼になにも返せていない。
 そのことが、アナベルは悔しかった。
 彼女の言葉はエルヴィスにはとても意外だったようで、その意味を理解すると破顔した。
 アナベルの腕を引っ張り、自分の腕の中に閉じ込めると、彼女は「エルヴィス陛下!?」と慌てたように声を上げる。
「愛おしい、というのはこういうときに使うのだろうな……」
 ぽつりとこぼれた言葉を耳にして、アナベルは顔を一気に真っ赤にさせた。
 それを隠すようにエルヴィスの胸元に額をつけるが、耳まで真っ赤になっているので隠れてはいなかった。
「きみはパトリックたちのことを|初心《うぶ》だと言っていたが、きみ自身も充分に初心だと思うよ」
「そうね、あたしもびっくりよ。――好きな人が相手だと、全然違うのだもの」
 顔を隠すのは諦めたらしいアナベルが、両肩を上げた。エルヴィスは抱きしめていた腕を緩め、代わりに彼女の頬に手を添える。
「そんな|表情《かお》で見ないで。可愛く見えちゃう」
「私はいったい、どんな表情をしているんだい?」
 小さく口角を上げるエルヴィスに、アナベルが彼の目をじっと見つめた。
 彼女の瞳に映る自分の表情を見て、「ベルはこの|表情《かお》が可愛いと?」と首をかしげる。
「ええ、そうよ。あたしのことを好きでたまらないって感じが、可愛いわ」
 クスリ、と口角を上げ、自分でも意図せず甘い声が出たアナベルは、エルヴィスの胸元に手を置いた。
 彼の体温が寝間着越しに伝わり、ドキドキと胸が高鳴る。
「……ベル」
 すっとエルヴィスがアナベルの頬から顎へ指を移動させ、くいっと上を向かせる。真剣な表情のエルヴィスに魅入られるように、自然とまぶたを閉じた。
 ちゅっ、と軽い音を響かせて、唇が重なる。
「……不思議だわぁ……」
 唇が離れると、アナベルが自分の唇に指の腹を押し付ける。「不思議?」とエルヴィスが問う。
「昨日もたくさんキスをしたのに、今日もしたくなっちゃうなんて」
 本当に不思議だわ、とアナベルがつぶやくと、エルヴィスは彼女の肩に自分の額を押し当てた。
「……エルヴィス陛下?」
「……いや、うん。……本当、よくこんなに純粋に育ったものだ……」
 |半《なか》ば感心したような、呆れたような口調にアナベルが不思議そうに彼を見つめる。
「……あの、エルヴィス陛下。こんなときになんですけれど、あたしが考えた『|寵姫《ちょうき》の仕事』を確認してくださいますか?」
 彼女の肩に額を乗せていたエルヴィスが、ピクリと肩を揺らした。
 彼の表情を見つめていると、一瞬のうちにアナベルの『恋人』ではなく、一国の『王』としての表情になっていた。
「聞こうか、きみの考えた寵姫像を」
「ありがとうございます。では、こちらにおかけください」
 アナベルはエルヴィスを椅子に座らせて、メイドたちと練りに練った『寵姫の仕事』を彼に見せる。
 エルヴィスは紙に視線を落とし、一通り読み終えると「ふむ」と顎に手をかけて真剣に考え込んだ。
「……よくもまぁ、噂話とはいえこれだけ集めたものだ。それに、寵姫の仕事としてのこれは、面白いな」
「噂話は長年勤めていたメイドたちの功績ですわ。わたくしが考えたのはこちらのほう」
 すっと自分が考えた部分を指すと、エルヴィスがうなずいた。アナベルの口調が寵姫のものへと変わったことに気付いたエルヴィスだったが、なにも言わずに彼女の話に耳をかたむける。
「……なるほど。では、きみの考える通りに動いてくれ」
「――任せてくださいませ」
 エルヴィスはその計画に同意する。こうしてアナベルは、自分が理想とする『寵姫の仕事』をすることになった。