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寵姫になるために 8話

ー/ー



 宮殿内は、アナベルの予想を大きく超えていた。

 ダヴィドの住んでいる屋敷もすごかったが、ここはそれよりもすごかった。あまりのまぶしさに彼女は目を細める。

(――すごいとしか、言いようがないのよね……)

 あまりにもきらびやかすぎて、自分がここにいるのが場違いなのでは? と考えてしまう。

「アナベルさま、私についてきてください」
「え? あ、はい……」

 メイドの一人に声をかけられ、アナベルは彼女についていく。

 その場に残ったのは、エルヴィスとロマーヌだけだ。

「……さて、ロマーヌ。彼女をどう思う?」
「……どう、とは?」
「イレインと戦えそうか?」

 目を(またた)かせたロレーヌは、エルヴィスをじっと凝視した。その視線をさけるように腕を組む彼に、ロマーヌは「そうですね……」とアナベルの背中に視線を移して、にっこりと微笑む。

「性格についてはまだ知りませんので、お答えできません。ですが、あの背筋をピンと伸ばして歩く姿、陛下と並んでも引けを取らない美貌(びぼう)……。話し方は問題ですが、これから学べばよいのです。……ところで、本当に未婚のまま彼女を?」
「ああ。紹介の儀までには間に合わせる」

 ニヤリと口角を上げるエルヴィスに、ロマーヌは扇子を取り出して広げ、口元を隠した。

「――完璧な淑女(レディ)にしてみせますわ」

 すっと目元を細め、ロマーヌを頼もしそうに見るエルヴィス。

 ここで待つのもなんだから、と食堂に案内されたエルヴィスは、おそらくメイドたちに身体を磨かれ、生まれて初めて着るドレスに苦戦しているであろうアナベルを想像して、口元に弧を描いた。

 それを目撃したロマーヌは、意外そうに目を丸くする。

(……陛下は本気、のようですわね。でしたら、私も気合を入れて彼女に接しましょう)

 紹介の儀に向けて。

 ロマーヌが決意を固めているあいだに、アナベルはステージ後ということで問答無用で浴室に案内され、数人がかりできれいに洗われ、魔法を使って身体と髪を乾かし、保湿のためのボディクリームをたっぷりと塗り込まれて、

「ゃ、ぁ、はははっ! くすぐったいっ!」
「我慢してくださいませ。このボディクリーム、とってもお肌がすべすべになるんですよ」

 ――と、くすぐったさに(もだ)えていた。

 ボディクリームを塗り終えると、メイドたちは彼女にふわふわのバスローブを着せて、ドレスルームに案内する。

 浴室からドレスルームは、驚くほど近かった。

「衣装係、あとは頼みます! 私たちは寝室のセッティングへ向かいます!」
「わかりました、お任せください!」

 テンポよく話すメイドたちを見て呆気に取られながらも、ドレスルームにいるメイドたちがアナベルを取り囲む。

 ひくり、とアナベルの表情が引きつった。

 メイドたちは手早くバスローブを脱がせると、彼女の身体を見て「これだけのプロポーションならば、シュミーズドレスにショールが良いかしら?」やら、「他のドレスも似合いそう」やら、「コルセットを使ったドレスもあとで着てもらいましょう」と話し合っているのを聞いて、困惑したようにメイドたちを見渡す。

 剣舞を舞っているときとは違う視線。自分の身体をこうも客観的に見られるのは、慣れないので居心地が悪い。そもそもドレスの種類などアナベルは知らないので、混乱していた。

 混乱しているあいだに着替えが済んでいて、メイドが彼女に声をかける。

「シュミーズドレスです。着心地はいかがでしょうか?」
「とても軽いのね……。肌触りも良いし、気に入ったわ」

 シュミーズドレスはとても肌触りが良く、そっと肩にかけられたショールの肌触りも、思わず目を見開いてしまうくらい良かった。

「では、今度はこちらに」

 ドレスルームは、化粧するための道具も揃っていた。

 ドレッサーの前に座るようにうながされ、すとんと座る。「失礼いたします」とメイドが口を開き、慣れた手つきでアナベルに化粧をしていく。

 普段、舞台用の濃い化粧しかしていなかったアナベルは、新鮮な気持ちで鏡に映る自分を見つめていた。

「髪もセットしましょうね」

 (くし)を取り出し、髪を毛先からゆっくりと()いていく。

「こちらをお使いしてもよろしいですか?」
「それは?」
「香油でございます。バラの香油は、華やかなアナベルさまに良く似合うかと……」

 香油の入った小瓶を取り出し、蓋を開けてアナベルに差し出す。彼女は手で扇ぐように匂いを確認し、ぱぁっと表情を明るくした。

「すごくいい香りね! でも、これをあたしに使っていいの?」
「もちろんでございます。ぜひ、使わせてください」

 メイドたちのキラキラと輝いている目を見て、アナベルはふっと表情を(ほころ)ばせて小さくうなずいた。

 香油の小瓶をメイドに返し、アナベルの髪に使ってもらう。ふわりと鼻腔をくすぐるバラの香りに包まれて、彼女はうっとりと目を閉じる。

 そのあいだにアナベルの髪はハーフアップに結われ、ヘアアクセサリーで飾り付けられた。

「出来ました! さあ、食堂までご案内いたします」

 一仕事を終えたメイドが、額に滲んだ汗を拭いて、待っていたメイドたちに声をかける。

 椅子から立ち上がり、メイドたちに案内されて食堂まで足を進めた。

「……あの、本当にこの格好で大丈夫?」

 普段着慣れないドレスに戸惑いながら、メイドたちに(たず)ねる。

 着こなしている感じはまったくしない。ドレスに着られている……ような気がして、メイドたちの反応を見た。

「はい。とてもお美しいです」

 メイドの一人がきっぱりと言い切った。周りのメイドたちもうなずいているのを見て、アナベルはホッと息を吐く。

 食堂の扉が開かれて、すでに席についていたエルヴィスとロマーヌを見て、アナベルは「お、お待たせしました……」と食堂に足を踏み入れた。

「……これは、驚いた。踊り子の格好も、旅人の格好も似合っていたが、ドレス姿もこんなに似合うとは」
「そ、そう?」

 エルヴィスの感想に、アナベルはぽっと頬を赤く染めて、安堵したようにはにかむ。

「さぁ、席について。――さっき話していた『お姫さまごっこ』の詳細を教えてくれないか?」

 アナベルは勧められるまま席につき、それを見た執事たちが料理を運んできた。

 料理が三人に配膳されると、ちらりと(うかが)うようにエルヴィスを見る。

「言葉通りよ。まだ幼いあたしに、ミシェルさんが教えてくれたの。どうしたら動きが綺麗に見えるのか、お辞儀の仕方、胸を張って歩くこと……覚えていて損はないからって」

 アナベルの説明に、エルヴィスとロマーヌは目を瞬かせた。そして、どこか納得したように小さく首を縦に振った。

 ――ミシェルらしい、と。

 そのことが嬉しく――同時に切なくもなった。

「……ミシェルさんって本当に博識で、『お姫さまごっこ』を彼女がすると、本当の王女さまみたいに優雅(ゆうが)で綺麗で……あ、本物の王女さまを見たことがあるわけではないんだけど……」

 なにも言わない二人に、アナベルは当時を思い出しながら言葉を重ねた。



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 宮殿内は、アナベルの予想を大きく超えていた。
 ダヴィドの住んでいる屋敷もすごかったが、ここはそれよりもすごかった。あまりのまぶしさに彼女は目を細める。
(――すごいとしか、言いようがないのよね……)
 あまりにもきらびやかすぎて、自分がここにいるのが場違いなのでは? と考えてしまう。
「アナベルさま、私についてきてください」
「え? あ、はい……」
 メイドの一人に声をかけられ、アナベルは彼女についていく。
 その場に残ったのは、エルヴィスとロマーヌだけだ。
「……さて、ロマーヌ。彼女をどう思う?」
「……どう、とは?」
「イレインと戦えそうか?」
 目を|瞬《またた》かせたロレーヌは、エルヴィスをじっと凝視した。その視線をさけるように腕を組む彼に、ロマーヌは「そうですね……」とアナベルの背中に視線を移して、にっこりと微笑む。
「性格についてはまだ知りませんので、お答えできません。ですが、あの背筋をピンと伸ばして歩く姿、陛下と並んでも引けを取らない|美貌《びぼう》……。話し方は問題ですが、これから学べばよいのです。……ところで、本当に未婚のまま彼女を?」
「ああ。紹介の儀までには間に合わせる」
 ニヤリと口角を上げるエルヴィスに、ロマーヌは扇子を取り出して広げ、口元を隠した。
「――完璧な|淑女《レディ》にしてみせますわ」
 すっと目元を細め、ロマーヌを頼もしそうに見るエルヴィス。
 ここで待つのもなんだから、と食堂に案内されたエルヴィスは、おそらくメイドたちに身体を磨かれ、生まれて初めて着るドレスに苦戦しているであろうアナベルを想像して、口元に弧を描いた。
 それを目撃したロマーヌは、意外そうに目を丸くする。
(……陛下は本気、のようですわね。でしたら、私も気合を入れて彼女に接しましょう)
 紹介の儀に向けて。
 ロマーヌが決意を固めているあいだに、アナベルはステージ後ということで問答無用で浴室に案内され、数人がかりできれいに洗われ、魔法を使って身体と髪を乾かし、保湿のためのボディクリームをたっぷりと塗り込まれて、
「ゃ、ぁ、はははっ! くすぐったいっ!」
「我慢してくださいませ。このボディクリーム、とってもお肌がすべすべになるんですよ」
 ――と、くすぐったさに|悶《もだ》えていた。
 ボディクリームを塗り終えると、メイドたちは彼女にふわふわのバスローブを着せて、ドレスルームに案内する。
 浴室からドレスルームは、驚くほど近かった。
「衣装係、あとは頼みます! 私たちは寝室のセッティングへ向かいます!」
「わかりました、お任せください!」
 テンポよく話すメイドたちを見て呆気に取られながらも、ドレスルームにいるメイドたちがアナベルを取り囲む。
 ひくり、とアナベルの表情が引きつった。
 メイドたちは手早くバスローブを脱がせると、彼女の身体を見て「これだけのプロポーションならば、シュミーズドレスにショールが良いかしら?」やら、「他のドレスも似合いそう」やら、「コルセットを使ったドレスもあとで着てもらいましょう」と話し合っているのを聞いて、困惑したようにメイドたちを見渡す。
 剣舞を舞っているときとは違う視線。自分の身体をこうも客観的に見られるのは、慣れないので居心地が悪い。そもそもドレスの種類などアナベルは知らないので、混乱していた。
 混乱しているあいだに着替えが済んでいて、メイドが彼女に声をかける。
「シュミーズドレスです。着心地はいかがでしょうか?」
「とても軽いのね……。肌触りも良いし、気に入ったわ」
 シュミーズドレスはとても肌触りが良く、そっと肩にかけられたショールの肌触りも、思わず目を見開いてしまうくらい良かった。
「では、今度はこちらに」
 ドレスルームは、化粧するための道具も揃っていた。
 ドレッサーの前に座るようにうながされ、すとんと座る。「失礼いたします」とメイドが口を開き、慣れた手つきでアナベルに化粧をしていく。
 普段、舞台用の濃い化粧しかしていなかったアナベルは、新鮮な気持ちで鏡に映る自分を見つめていた。
「髪もセットしましょうね」
 |櫛《くし》を取り出し、髪を毛先からゆっくりと|梳《と》いていく。
「こちらをお使いしてもよろしいですか?」
「それは?」
「香油でございます。バラの香油は、華やかなアナベルさまに良く似合うかと……」
 香油の入った小瓶を取り出し、蓋を開けてアナベルに差し出す。彼女は手で扇ぐように匂いを確認し、ぱぁっと表情を明るくした。
「すごくいい香りね! でも、これをあたしに使っていいの?」
「もちろんでございます。ぜひ、使わせてください」
 メイドたちのキラキラと輝いている目を見て、アナベルはふっと表情を|綻《ほころ》ばせて小さくうなずいた。
 香油の小瓶をメイドに返し、アナベルの髪に使ってもらう。ふわりと鼻腔をくすぐるバラの香りに包まれて、彼女はうっとりと目を閉じる。
 そのあいだにアナベルの髪はハーフアップに結われ、ヘアアクセサリーで飾り付けられた。
「出来ました! さあ、食堂までご案内いたします」
 一仕事を終えたメイドが、額に滲んだ汗を拭いて、待っていたメイドたちに声をかける。
 椅子から立ち上がり、メイドたちに案内されて食堂まで足を進めた。
「……あの、本当にこの格好で大丈夫?」
 普段着慣れないドレスに戸惑いながら、メイドたちに|尋《たず》ねる。
 着こなしている感じはまったくしない。ドレスに着られている……ような気がして、メイドたちの反応を見た。
「はい。とてもお美しいです」
 メイドの一人がきっぱりと言い切った。周りのメイドたちもうなずいているのを見て、アナベルはホッと息を吐く。
 食堂の扉が開かれて、すでに席についていたエルヴィスとロマーヌを見て、アナベルは「お、お待たせしました……」と食堂に足を踏み入れた。
「……これは、驚いた。踊り子の格好も、旅人の格好も似合っていたが、ドレス姿もこんなに似合うとは」
「そ、そう?」
 エルヴィスの感想に、アナベルはぽっと頬を赤く染めて、安堵したようにはにかむ。
「さぁ、席について。――さっき話していた『お姫さまごっこ』の詳細を教えてくれないか?」
 アナベルは勧められるまま席につき、それを見た執事たちが料理を運んできた。
 料理が三人に配膳されると、ちらりと|窺《うかが》うようにエルヴィスを見る。
「言葉通りよ。まだ幼いあたしに、ミシェルさんが教えてくれたの。どうしたら動きが綺麗に見えるのか、お辞儀の仕方、胸を張って歩くこと……覚えていて損はないからって」
 アナベルの説明に、エルヴィスとロマーヌは目を瞬かせた。そして、どこか納得したように小さく首を縦に振った。
 ――ミシェルらしい、と。
 そのことが嬉しく――同時に切なくもなった。
「……ミシェルさんって本当に博識で、『お姫さまごっこ』を彼女がすると、本当の王女さまみたいに|優雅《ゆうが》で綺麗で……あ、本物の王女さまを見たことがあるわけではないんだけど……」
 なにも言わない二人に、アナベルは当時を思い出しながら言葉を重ねた。