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2-13 転生の序盤は

ー/ー



 それぞれが麦茶を飲み干した後、梢賢(しょうけん)は丁寧にテーブルを拭いた。グラスを片付けて書物をテーブルに置く。
 
「さあて、どうする?まず読んでみる?」
 
「そうだね。そうさせてもらおうかな」
 
 新聞でも読むような手軽な雰囲気の中、蕾生(らいお)は少し不安を表した。
 
「読めるのか?すんげえ昔の人が書いたんだろ?」
 
「古典なら満点ですけど?」
 
 ドヤ顔の(はるか)に少しムカつきつつも、蕾生は口を曲げて要求した。
 
「じゃあ読み聞かせてくれよ」
 
「オッケイ、なになに……?こは我が父雲水(うんすい)入道なるが諸国一見の旅にて候いしが──」
 
「ちょ、ちょっと待て!音読されてもわかんねえよ!翻訳してくれよ!」
 
 焦った蕾生に、梢賢はニヤニヤしながらつっこんだ。
 
「翻訳て。外国語ちゃうで」
 
「俺には同じだよ!」
 
 その主張に永も苦笑しながら頷いた。
 
「わかったわかった。えーっと、これは私の父の雲水が国中を旅していた時に出会った亡霊の話である」
 
「うんうん」
 
「化け物が出ると噂された小屋に泊まった日のこと、川から丸木舟が流れてきた。そこにはぼうっと光る人間が乗っていた──」
 
「うんうん」
 
 しかし永は直ぐに音読を止め、自分だけで読み進めてしまう。
 
「……」
 
「永?」
 
「……」
 
「おい、続きは?」
 
 蕾生の声など聞こえていないようで、永はそこからたっぷり十分ほど書物を精読していた。
 蕾生はつまらなくなったが、梢賢が無言で「読み終わるまで待っとけ」と合図を送るので、黙ってそれを見守った。
 
「なるほど」
 
 漸く顔を上げた永は、少しスッキリしたような顔をしていた。
 
「どうや?」
 
「そうだね。かなり詳しく、正確に書かれている。雲寛(うんかん)は几帳面な人だったからその性格がよく出てるね」
 
「ウンカン?」
 
 蕾生が首を捻ると、梢賢が捕捉してくれた。
 
「初代が雲水、その息子の雲寛が二代目や。この本の筆者やな」
 
「読ませてもらって良かった。おかげで当時の記憶が鮮明になったよ」
 
「そうか!──で?」
 
 蕾生は少し高揚していた。自分の知らない情報が与えられることを期待して。
 
「うん、この書物には前半が雲水氏から聞いた(ぬえ)の亡霊の話。後半が雲寛氏が実際に見た鵺のことが書いてある」
 
「永と鈴心(すずね)はその雲水と雲寛に会ってるんだな?」
 
「うん」
 
「どれくらい前なんだ?」
 
 蕾生の疑問はまたも梢賢が教えてくれた。
 
「ざっと六百五十年くらい前や。貴族の世から武士の時代になって二百年ちょっと。それなりに平和な時代やな」
 
 それに頷きながら、永は少し言いにくそうに喋る。
 
「雲水氏に会ったのは僕らが九回目の転生の時だよ。まだその頃はライが鵺に変化して殺される──をただ繰り返していた頃で何もわかっていなかった」
 
「九回もか?」
 
 永がそんなに時間を無駄に使うなんて想像できない蕾生は、意外な気持ちからつい責めるような口調になってしまった。
 
「うん……最初の頃の転生は本当に意味がわからなくてただ無駄に過ごしてしまっていた。
 僕は今でこそある程度要領を得ているから余裕な感じを見せられているけど、当初はほんとに──できれば恥ずかしくて言いたくない程だよ」
 
 永は沈んで過去の反省を述べる。その姿に蕾生は悪いことを言ってしまったと思った。
 
「それは、仕方ないだろ?そもそも自分が繰り返し生まれ変わってるなんて信じられねえよ。
 わりぃ、つい今の永と比べちまった」
 
「いいよ、僕が三十三回失敗してきたのは事実だからね」
 
 蕾生が謝ると、永も首を振って困ったように笑った。自嘲の笑みだった。


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 それぞれが麦茶を飲み干した後、|梢賢《しょうけん》は丁寧にテーブルを拭いた。グラスを片付けて書物をテーブルに置く。
「さあて、どうする?まず読んでみる?」
「そうだね。そうさせてもらおうかな」
 新聞でも読むような手軽な雰囲気の中、|蕾生《らいお》は少し不安を表した。
「読めるのか?すんげえ昔の人が書いたんだろ?」
「古典なら満点ですけど?」
 ドヤ顔の|永《はるか》に少しムカつきつつも、蕾生は口を曲げて要求した。
「じゃあ読み聞かせてくれよ」
「オッケイ、なになに……?こは我が父|雲水《うんすい》入道なるが諸国一見の旅にて候いしが──」
「ちょ、ちょっと待て!音読されてもわかんねえよ!翻訳してくれよ!」
 焦った蕾生に、梢賢はニヤニヤしながらつっこんだ。
「翻訳て。外国語ちゃうで」
「俺には同じだよ!」
 その主張に永も苦笑しながら頷いた。
「わかったわかった。えーっと、これは私の父の雲水が国中を旅していた時に出会った亡霊の話である」
「うんうん」
「化け物が出ると噂された小屋に泊まった日のこと、川から丸木舟が流れてきた。そこにはぼうっと光る人間が乗っていた──」
「うんうん」
 しかし永は直ぐに音読を止め、自分だけで読み進めてしまう。
「……」
「永?」
「……」
「おい、続きは?」
 蕾生の声など聞こえていないようで、永はそこからたっぷり十分ほど書物を精読していた。
 蕾生はつまらなくなったが、梢賢が無言で「読み終わるまで待っとけ」と合図を送るので、黙ってそれを見守った。
「なるほど」
 漸く顔を上げた永は、少しスッキリしたような顔をしていた。
「どうや?」
「そうだね。かなり詳しく、正確に書かれている。|雲寛《うんかん》は几帳面な人だったからその性格がよく出てるね」
「ウンカン?」
 蕾生が首を捻ると、梢賢が捕捉してくれた。
「初代が雲水、その息子の雲寛が二代目や。この本の筆者やな」
「読ませてもらって良かった。おかげで当時の記憶が鮮明になったよ」
「そうか!──で?」
 蕾生は少し高揚していた。自分の知らない情報が与えられることを期待して。
「うん、この書物には前半が雲水氏から聞いた|鵺《ぬえ》の亡霊の話。後半が雲寛氏が実際に見た鵺のことが書いてある」
「永と|鈴心《すずね》はその雲水と雲寛に会ってるんだな?」
「うん」
「どれくらい前なんだ?」
 蕾生の疑問はまたも梢賢が教えてくれた。
「ざっと六百五十年くらい前や。貴族の世から武士の時代になって二百年ちょっと。それなりに平和な時代やな」
 それに頷きながら、永は少し言いにくそうに喋る。
「雲水氏に会ったのは僕らが九回目の転生の時だよ。まだその頃はライが鵺に変化して殺される──をただ繰り返していた頃で何もわかっていなかった」
「九回もか?」
 永がそんなに時間を無駄に使うなんて想像できない蕾生は、意外な気持ちからつい責めるような口調になってしまった。
「うん……最初の頃の転生は本当に意味がわからなくてただ無駄に過ごしてしまっていた。
 僕は今でこそある程度要領を得ているから余裕な感じを見せられているけど、当初はほんとに──できれば恥ずかしくて言いたくない程だよ」
 永は沈んで過去の反省を述べる。その姿に蕾生は悪いことを言ってしまったと思った。
「それは、仕方ないだろ?そもそも自分が繰り返し生まれ変わってるなんて信じられねえよ。
 わりぃ、つい今の永と比べちまった」
「いいよ、僕が三十三回失敗してきたのは事実だからね」
 蕾生が謝ると、永も首を振って困ったように笑った。自嘲の笑みだった。