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45.暗雲

ー/ー




 3月になってから、魔術犯罪の発生回数は更に増えた。

 警察からの魔術犯罪取り締まり協力依頼の頻度は、先月に比べてかなり多い。便利屋が儲かるのはいいが、こうもハードな仕事ばかりだと気が休まらない。

「……不自然ですね」

 依頼を終えた後、事務所で休憩中にティスタ先生が呟く。

「魔術を使った犯罪が増えていることですか?」

「犯罪件数の増加も不自然ですが、魔術による犯行の大半が短絡的なのが気になります。先月は透明人間の万引き集団、最近は連続痴漢事件、コンビニ強盗……」

「大半が街のチンピラや半グレでしたね。魔符を売り捌いている魔具商人がいるらしいですが、未だに正体不明ですし……」

「魔符を売りつけるにしても、金払いの良い組織にでも売り込めばいいはずです。なぜ街の不良や反社会的人間をターゲットにしているのか、意図が読めません」

 先生の言う通り、全国で発生している魔符を利用した魔術犯罪の容疑者は、どこにでもいる不良やチンピラ、半グレ、職を失って自暴自棄になった者。

 金儲けのために魔符を売り捌くのなら、そういった者達よりも最適な相手がいるはずだ。

「……魔道具の密売組織の代表は、例の「ガーユス」という男なんでしょうか」

「間違いないです。世界的に見ても、魔道具の密売をする魔術師はガーユスしかいません。密売に関しては、部下にやらせているのかもしれませんが」

「大した儲けも無いのに、魔符を売り捌く理由……」

 魔術師殺しという恐ろしい異名を持つガーユス。

 魔術師を殺すことを生業としているのなら、魔符を拡散させて魔術を使う者を増やす目的は何なのだろうか。

 ティスタ先生は「私の推測ですが」という前置きをして考えを語ってくれた。

「小さなトラブルをいくつも起こして、水面下で動いているのかもしれません。同時に、日本にいる数少ない魔術師を疲弊させる目的があるとも考えられます」

「ガーユスの行方がわからない以上、僕達は後手に回るしかありませんからね」

 わからないことは多いけれど、世間で起きている魔術犯罪を放置しておくわけにはいかない。今の僕達は、できることをするしかないのである。

「……あ゛ー……」

 考えるのが疲れたのか、ティスタ先生は頭を抱えてソファの上に寝転がってしまった。

「先生、寝るなら仮眠室へ行きましょう。風邪を引きますよ」

「この前みたいに連れて行ってくださーい……」

 相変わらず僕とふたりの時は素の自分を出してくれるけれど、こんなに無防備だとからかいたくなってしまう。

「わかりました」

 僕はティスタ先生が寝転がるソファまで近付いて、お姫様抱っこをした。先生は小柄なので、すんなりと持ち上がる。

「……え? えぇっ? ちょっと!」

 突然のことで困惑するティスタ先生を抱えたまま、仮眠室へと向かう。

 借りてきた猫のように大人しくなってしまった先生の様子を楽しみながら、事務所の扉を開けようとすると――

「ただいま、戻ったよー」

 外回りを終えた所長の千歳さんと兄弟子の金井さんと鉢合わせてしまった。

「あ゛っ……」

 4人全員、同じような声を出した後に固まる。気まずい静寂の中、最初に口を開いたのは千歳さんだった。

「お楽しみ……いや、お持ち帰りの最中に邪魔してごめんね……?」

「いや……そういうつもりでは……!」

 弁解をしようとすると、僕に抱かれたままのティスタ先生が小さく呟く。

「あぁ、なんということでしょう……私のことを弄んだのですね……?」

 泣きそうな顔をしながら僕の顔を見上げるティスタ先生。僕に物悲しい視線を送る所長と兄弟子。みんなで悪ノリしている。

 何を思ったのか、お姫様抱っこされている先生の姿を兄弟子がスマートフォンのカメラで撮影しはじめた。

「あっ!? 撮ってるんじゃねぇー!」

「ぎゃああーーっ!?」

 僕の腕から離れたティスタ先生が、どこからともなく取り出した銀の杖で兄弟子の尻をシバき倒す。千歳さんは爆笑している。事務所入口は混沌と化した。



 ……………



「ティスタの考えている通りかもしれないね。最近の魔術犯罪の頻度は異常だよ」

 先生の見解を伝えると、千歳さんは大きな溜息を吐いた。

 便利屋近辺だけで起きた魔術犯罪の件数は10を超える。年に数回あるくらいのハードな依頼が、ここ数ヵ月で何度も来ているという。

「トーヤ君、ティスタは大丈夫かい?」

「少し疲れが溜まっているようです」

「……無理もないか。魔術を使った犯罪がこれだけ立て続けだと、心身共に結構キてるんじゃないかと思う」

 誰よりも魔術を愛している先生にとって、魔術犯罪に何度も遭遇して心を病んでしまうのは想像に難くない。

「仕事が終わって事務所に帰ってくると、すぐに寝てしまうことが多くなった気がします」

「休める時にしっかり休めるのは良いことだ。トーヤ君も有事に備えて体調管理をしっかりとしておいてくれ」

「わかりました、ありがとうございます」

 魔術を使えても、体に溜まった疲れは簡単には取れない。

 仮眠室で休んでいる先生のためにできることはないかと考えて、魔術学院のクラスメイトからもらった魔導書のことを思い出す。それは魔術師への昇格祝いで送ってもらったもの。

 全身の魔力の流れを良くする魔術、眼精疲労を取る魔術など、様々な魔術的健康法が記されたものだったと記憶している。自分の体でも実践してみたが、結構な効果があった。

(……先生にもやってあげようかな)

 ボディタッチの多い魔術なので女性に対して使うのは少々気が引けるが、今後のことを考えるとやっておいて損は無い。決して邪な気持ちは無い。仕事に必要なことなのだから。


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 3月になってから、魔術犯罪の発生回数は更に増えた。
 警察からの魔術犯罪取り締まり協力依頼の頻度は、先月に比べてかなり多い。便利屋が儲かるのはいいが、こうもハードな仕事ばかりだと気が休まらない。
「……不自然ですね」
 依頼を終えた後、事務所で休憩中にティスタ先生が呟く。
「魔術を使った犯罪が増えていることですか?」
「犯罪件数の増加も不自然ですが、魔術による犯行の大半が短絡的なのが気になります。先月は透明人間の万引き集団、最近は連続痴漢事件、コンビニ強盗……」
「大半が街のチンピラや半グレでしたね。魔符を売り捌いている魔具商人がいるらしいですが、未だに正体不明ですし……」
「魔符を売りつけるにしても、金払いの良い組織にでも売り込めばいいはずです。なぜ街の不良や反社会的人間をターゲットにしているのか、意図が読めません」
 先生の言う通り、全国で発生している魔符を利用した魔術犯罪の容疑者は、どこにでもいる不良やチンピラ、半グレ、職を失って自暴自棄になった者。
 金儲けのために魔符を売り捌くのなら、そういった者達よりも最適な相手がいるはずだ。
「……魔道具の密売組織の代表は、例の「ガーユス」という男なんでしょうか」
「間違いないです。世界的に見ても、魔道具の密売をする魔術師はガーユスしかいません。密売に関しては、部下にやらせているのかもしれませんが」
「大した儲けも無いのに、魔符を売り捌く理由……」
 魔術師殺しという恐ろしい異名を持つガーユス。
 魔術師を殺すことを生業としているのなら、魔符を拡散させて魔術を使う者を増やす目的は何なのだろうか。
 ティスタ先生は「私の推測ですが」という前置きをして考えを語ってくれた。
「小さなトラブルをいくつも起こして、水面下で動いているのかもしれません。同時に、日本にいる数少ない魔術師を疲弊させる目的があるとも考えられます」
「ガーユスの行方がわからない以上、僕達は後手に回るしかありませんからね」
 わからないことは多いけれど、世間で起きている魔術犯罪を放置しておくわけにはいかない。今の僕達は、できることをするしかないのである。
「……あ゛ー……」
 考えるのが疲れたのか、ティスタ先生は頭を抱えてソファの上に寝転がってしまった。
「先生、寝るなら仮眠室へ行きましょう。風邪を引きますよ」
「この前みたいに連れて行ってくださーい……」
 相変わらず僕とふたりの時は素の自分を出してくれるけれど、こんなに無防備だとからかいたくなってしまう。
「わかりました」
 僕はティスタ先生が寝転がるソファまで近付いて、お姫様抱っこをした。先生は小柄なので、すんなりと持ち上がる。
「……え? えぇっ? ちょっと!」
 突然のことで困惑するティスタ先生を抱えたまま、仮眠室へと向かう。
 借りてきた猫のように大人しくなってしまった先生の様子を楽しみながら、事務所の扉を開けようとすると――
「ただいま、戻ったよー」
 外回りを終えた所長の千歳さんと兄弟子の金井さんと鉢合わせてしまった。
「あ゛っ……」
 4人全員、同じような声を出した後に固まる。気まずい静寂の中、最初に口を開いたのは千歳さんだった。
「お楽しみ……いや、お持ち帰りの最中に邪魔してごめんね……?」
「いや……そういうつもりでは……!」
 弁解をしようとすると、僕に抱かれたままのティスタ先生が小さく呟く。
「あぁ、なんということでしょう……私のことを弄んだのですね……?」
 泣きそうな顔をしながら僕の顔を見上げるティスタ先生。僕に物悲しい視線を送る所長と兄弟子。みんなで悪ノリしている。
 何を思ったのか、お姫様抱っこされている先生の姿を兄弟子がスマートフォンのカメラで撮影しはじめた。
「あっ!? 撮ってるんじゃねぇー!」
「ぎゃああーーっ!?」
 僕の腕から離れたティスタ先生が、どこからともなく取り出した銀の杖で兄弟子の尻をシバき倒す。千歳さんは爆笑している。事務所入口は混沌と化した。
 ……………
「ティスタの考えている通りかもしれないね。最近の魔術犯罪の頻度は異常だよ」
 先生の見解を伝えると、千歳さんは大きな溜息を吐いた。
 便利屋近辺だけで起きた魔術犯罪の件数は10を超える。年に数回あるくらいのハードな依頼が、ここ数ヵ月で何度も来ているという。
「トーヤ君、ティスタは大丈夫かい?」
「少し疲れが溜まっているようです」
「……無理もないか。魔術を使った犯罪がこれだけ立て続けだと、心身共に結構キてるんじゃないかと思う」
 誰よりも魔術を愛している先生にとって、魔術犯罪に何度も遭遇して心を病んでしまうのは想像に難くない。
「仕事が終わって事務所に帰ってくると、すぐに寝てしまうことが多くなった気がします」
「休める時にしっかり休めるのは良いことだ。トーヤ君も有事に備えて体調管理をしっかりとしておいてくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
 魔術を使えても、体に溜まった疲れは簡単には取れない。
 仮眠室で休んでいる先生のためにできることはないかと考えて、魔術学院のクラスメイトからもらった魔導書のことを思い出す。それは魔術師への昇格祝いで送ってもらったもの。
 全身の魔力の流れを良くする魔術、眼精疲労を取る魔術など、様々な魔術的健康法が記されたものだったと記憶している。自分の体でも実践してみたが、結構な効果があった。
(……先生にもやってあげようかな)
 ボディタッチの多い魔術なので女性に対して使うのは少々気が引けるが、今後のことを考えるとやっておいて損は無い。決して邪な気持ちは無い。仕事に必要なことなのだから。