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閑話 佐原主任の想い人 2

ー/ー



「美晴は、進路、どうするの?」


 クラスは分かれてしまったけど、家の方向が一緒だから、私達はよく一緒に登下校した。

 学校で一緒に過ごす時間が減った分、そのわずかな時間が、とても大切だったから、私は時を惜しむように沢山の話をした。


「あ、うん、私は進学しないかな。高校卒業したら、お見合いして、結婚しないといけないから」

「……それ、本気?」

「ミチだって知ってるじゃない。20歳までは恋愛も自由だけど、それまでに好きな人が出来なかったら、お見合いしなさいって言われてるって」

 聞いていた、知っていた……冗談だと思っていた。
 確かに、美晴のお祖母さんは、早く結婚して、幸せになってほしいって、口癖のように言っていたけど。

「いや、聞いていたけど、今時そんなの、時代錯誤(さくご)じゃない? そんな歳で将来決めるなんて早すぎるって! せめて大学卒業までは、待って(もら)えないの?」

「……一応、交渉はしている。でも、それが許してもらえても、選べる学校は、ひとつしかないけど」


 美晴が告げたのは、すぐ近くにある、国立大学。

 極端に偏差値が高いわけじゃないけど、それなりに難関。


「……結構ハードルが高いね。でも、文系の学部もあるから、まだ見込みはあるか。美晴は、お祖母さんに逆らう気はないんでしょ?」

「別に言いなりになるつもりはないよ? だから、交渉してるんだし。ホントは仕事もしたいけど、あの大学なら必要な資格も取れるし、今後の交渉次第だし。ただ、猶予(ゆうよ)は貰いたいけど、お祖母ちゃん悲しませてまで()を張るほど、好きな人がいないだけで」

「誰もいないの? 一人も?」



「うん……あーあ、ミチが男の子だったら、良かったのにな」


「え?」


「だって、私、今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん。ラブレターとか貰っても、全然ときめかなかった。それよりも、ミチといる方が、何倍も楽しかったし。でも、ミチは女の子なんだよね、残念」

「……もし、私が男の子だったら、私と結婚していた?」

「うん。それなら、高校卒業と同時でもいいな。きっと毎日楽しい」

「じゃ、美晴が頑張って大学卒業まで期限を伸ばして、それでも、好きな人が出来なかったら、私と駆け落ちしない? 私も美晴とだったら、一緒に暮らしたい」

「……それ、いいかも。好きな人ができたら、って、別に女の子じゃダメだなんて、一言も言われてないもんね」

「じゃ、約束しよ。美晴が大学卒業するまでに、社会で生活出来る力を身につけて、いざとなったら駆け落ちしよう」

「うん、約束」


 思いがけず、美晴と将来を誓い合って。

 それが、美晴にとっては、女の子同士の、悪ふざけの延長だったとしても。

 たったひとつの道しかなかった将来の選択肢を増やせたような、錯覚めいた希望だったとしても。

『今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん』

 それが、単なる友情の範疇(はんちゅう)だったとしても、嬉しかった。


 やがて、美晴は希望が叶い、大学に進学し。


 交渉の結果、大学の選択肢を増やしてもらい、通学圏内の私立大学に通えることになった。
 そこでも美晴の希望する仕事の資格は取れるんだって。

 私は、とにかくいざとなったら美晴を養えるくらい、手に職を付けるため、近くの看護学校に進学した。

 学んでいるうちに、助産師の道にも興味が出てきた。

 だって、美晴との間には、どんなに望んでも、赤ちゃんは産まれない。

 でも、赤ちゃん、すごく可愛い。

 だから、私が産めない分、世の中のお母さんを手伝って、沢山の命を助けたい……他人には話せない動機だけど、私は真剣に勉強し、看護学校を卒業したあと助産師専攻のある学校に進学した。
 

 無事、助産師の資格も取って。

 私は実家近くの市立病院に就職した。
 

 美晴は、結局大学でも好きな人は出来ず、お見合いを承諾していた。

 ただ、正式に決まるまでは、せめて外で働きたいと交渉して。

 美晴がなりたかったのは、図書館の司書で。

 でも、図書館司書の採用は、なかなか狭き門で。

 近くの市立図書館でも、司書の募集はなく、美晴が選んだのは、商店街の小さな本屋さんの店員だった。


 美晴のお祖母さんの知り合いの、老舗の本屋さん。

 これが、お祖母さんのギリギリの許容範囲。

 ほとんどアルバイトみたいなものだけど、大好きな本に囲まれて仕事出来るのは嬉しい、と話していた。

 
 さすがにこの頃は、私も美晴との約束を本気で果たすのは現実的じゃないことは、分かっていた。

 でも、もし、そのお見合い相手が、嫌なヤツだったら。

 そこまでいかなくても、美晴がどうしても結婚したくないと思うんだったら。


 いつでも美晴を受け入れることが出来るように、私は一生懸命働いた。


 すぐには助産師の仕事はさせてもらえなかったけど。

 まずは産科病棟で看護師として働きながら、少しずつ仕事にも慣れていくのを目標にして。



 やっと、3ヶ月が過ぎた、ある日。


 美晴が連絡してきた。相談したいことがある、と。

 もしかして、お見合いしたのかな?

 ソイツが、嫌なヤツだったのかも知れない。

 心配と、ちょっとした期待を胸に、私は次の休みに、美晴と落ち合った。

 夜は美晴は外出できないから。

 そして、告げられたのは。



「好きな人が、できたの」


 ……いつかは、こんな日が来るとは、思っていたけど。



 でも、美晴が続けて発した言葉で、私はショックを受けている暇を与えられなかった。



「それと、赤ちゃんが、できたみたいなの」



 
 
 




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「美晴は、進路、どうするの?」
 クラスは分かれてしまったけど、家の方向が一緒だから、私達はよく一緒に登下校した。
 学校で一緒に過ごす時間が減った分、そのわずかな時間が、とても大切だったから、私は時を惜しむように沢山の話をした。
「あ、うん、私は進学しないかな。高校卒業したら、お見合いして、結婚しないといけないから」
「……それ、本気?」
「ミチだって知ってるじゃない。20歳までは恋愛も自由だけど、それまでに好きな人が出来なかったら、お見合いしなさいって言われてるって」
 聞いていた、知っていた……冗談だと思っていた。
 確かに、美晴のお祖母さんは、早く結婚して、幸せになってほしいって、口癖のように言っていたけど。
「いや、聞いていたけど、今時そんなの、時代|錯誤《さくご》じゃない? そんな歳で将来決めるなんて早すぎるって! せめて大学卒業までは、待って|貰《もら》えないの?」
「……一応、交渉はしている。でも、それが許してもらえても、選べる学校は、ひとつしかないけど」
 美晴が告げたのは、すぐ近くにある、国立大学。
 極端に偏差値が高いわけじゃないけど、それなりに難関。
「……結構ハードルが高いね。でも、文系の学部もあるから、まだ見込みはあるか。美晴は、お祖母さんに逆らう気はないんでしょ?」
「別に言いなりになるつもりはないよ? だから、交渉してるんだし。ホントは仕事もしたいけど、あの大学なら必要な資格も取れるし、今後の交渉次第だし。ただ、|猶予《ゆうよ》は貰いたいけど、お祖母ちゃん悲しませてまで|我《が》を張るほど、好きな人がいないだけで」
「誰もいないの? 一人も?」
「うん……あーあ、ミチが男の子だったら、良かったのにな」
「え?」
「だって、私、今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん。ラブレターとか貰っても、全然ときめかなかった。それよりも、ミチといる方が、何倍も楽しかったし。でも、ミチは女の子なんだよね、残念」
「……もし、私が男の子だったら、私と結婚していた?」
「うん。それなら、高校卒業と同時でもいいな。きっと毎日楽しい」
「じゃ、美晴が頑張って大学卒業まで期限を伸ばして、それでも、好きな人が出来なかったら、私と駆け落ちしない? 私も美晴とだったら、一緒に暮らしたい」
「……それ、いいかも。好きな人ができたら、って、別に女の子じゃダメだなんて、一言も言われてないもんね」
「じゃ、約束しよ。美晴が大学卒業するまでに、社会で生活出来る力を身につけて、いざとなったら駆け落ちしよう」
「うん、約束」
 思いがけず、美晴と将来を誓い合って。
 それが、美晴にとっては、女の子同士の、悪ふざけの延長だったとしても。
 たったひとつの道しかなかった将来の選択肢を増やせたような、錯覚めいた希望だったとしても。
『今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん』
 それが、単なる友情の|範疇《はんちゅう》だったとしても、嬉しかった。
 やがて、美晴は希望が叶い、大学に進学し。
 交渉の結果、大学の選択肢を増やしてもらい、通学圏内の私立大学に通えることになった。
 そこでも美晴の希望する仕事の資格は取れるんだって。
 私は、とにかくいざとなったら美晴を養えるくらい、手に職を付けるため、近くの看護学校に進学した。
 学んでいるうちに、助産師の道にも興味が出てきた。
 だって、美晴との間には、どんなに望んでも、赤ちゃんは産まれない。
 でも、赤ちゃん、すごく可愛い。
 だから、私が産めない分、世の中のお母さんを手伝って、沢山の命を助けたい……他人には話せない動機だけど、私は真剣に勉強し、看護学校を卒業したあと助産師専攻のある学校に進学した。
 無事、助産師の資格も取って。
 私は実家近くの市立病院に就職した。
 美晴は、結局大学でも好きな人は出来ず、お見合いを承諾していた。
 ただ、正式に決まるまでは、せめて外で働きたいと交渉して。
 美晴がなりたかったのは、図書館の司書で。
 でも、図書館司書の採用は、なかなか狭き門で。
 近くの市立図書館でも、司書の募集はなく、美晴が選んだのは、商店街の小さな本屋さんの店員だった。
 美晴のお祖母さんの知り合いの、老舗の本屋さん。
 これが、お祖母さんのギリギリの許容範囲。
 ほとんどアルバイトみたいなものだけど、大好きな本に囲まれて仕事出来るのは嬉しい、と話していた。
 さすがにこの頃は、私も美晴との約束を本気で果たすのは現実的じゃないことは、分かっていた。
 でも、もし、そのお見合い相手が、嫌なヤツだったら。
 そこまでいかなくても、美晴がどうしても結婚したくないと思うんだったら。
 いつでも美晴を受け入れることが出来るように、私は一生懸命働いた。
 すぐには助産師の仕事はさせてもらえなかったけど。
 まずは産科病棟で看護師として働きながら、少しずつ仕事にも慣れていくのを目標にして。
 やっと、3ヶ月が過ぎた、ある日。
 美晴が連絡してきた。相談したいことがある、と。
 もしかして、お見合いしたのかな?
 ソイツが、嫌なヤツだったのかも知れない。
 心配と、ちょっとした期待を胸に、私は次の休みに、美晴と落ち合った。
 夜は美晴は外出できないから。
 そして、告げられたのは。
「好きな人が、できたの」
 ……いつかは、こんな日が来るとは、思っていたけど。
 でも、美晴が続けて発した言葉で、私はショックを受けている暇を与えられなかった。
「それと、赤ちゃんが、できたみたいなの」